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滅ぶ世界のヒストリア  作者: なつ
第一章 大きな運命を操る乙女
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第九話 ルワン・ド・エルン・マーティー女史の誘惑

フィルは城を出た。フィルの宣言に対し、それが何なのか分かった反応をしたのはティップだけだったが、故に、そこから先も丁重な態度だった。ティップはあからさまに苦々しい顔をしながら言った。

「何のことか分からないが、一週間は警備を増強しておこう。盗賊として城に盗みに入るなんて頼もしいじゃないか、実に一人前だ。楽しみにしているよ」

 丁重な態度ではあったが、それ以上のことを聞けなかったのは失敗だった。それに、ティップが反応したのが「ジェルの秘宝」だったのか「比護の鎖」だったのか、分からなかった。もちろんどちらも理解していたのかもしれないが。わずか十分ほどの会合であったが、フィルのティップに対する評価は「食えない奴」だが「正々堂々」と勝負を受けてくれるだろうというものだ。おそらく、城にあるのは確かだ。だが当たり前だが城は広い。単純に盗みに入ったとしても、見つからずにすべての部屋を調べるのは不可能だろう。一週間以内に手を考えなければならない。

 城から正面の橋を渡り終えてフィルは振り返った。そもそも、この橋以外に城へ進入する経路があるのだろうか。堀も広く、城壁も高い。フィルが使える浮揚の呪文では不安定過ぎて上を越えることができない。

 再び正面を向き広場に視線を戻すと、まだ多く賑わっているが、その内の幾人かが時折フィルを見ている。先ほどここで自分が城に連れて行かれたのだから仕方がないことだ。幸いなことに、そのような好機の視線以外は感じない。その中でも最も強い興味を抱いているものを、フィルはさり気なく探る。城前広場から、ちょうど沈もうとしている太陽に向かい伸びている道の手前、ただ地面にボロを敷いて、その上に雑貨を置いて商売をしている女性だ。フィルはそちらに向かって歩く。相手の視線に遠慮はない。身なりも良いとはいえない。地面にそのまま座っているその腰の辺りまである長く黒い髪は痛み、痩せた頬には妙齢を越えたシワがある。口元も疲れているのだろう、艶がない。

 フィルは置かれている商品を見るふりをし、その女性の前に屈んだ。

「いらっしゃい」

「値段が書かれてないね」

「交渉次第だね」

「まぁ、欲しいもんはないんだけど」

 ほっそりとした体つき。ボロのせいか、胸元が大きく開いていて、今正面で高さを合わせているのにかかわらず、膨らんでいる胸が半分見えている。

「あらら、それじゃあおばさんに興味あるのかしら?」

 開いた胸元を、同じように疲労した手で抑える。

「ああ、そんなつもりはなかった。むしろ、こっちが見られてるように思えたんだが」

「ええ、見てたわ。私は坊やに興味があるのよ」

「冗談?」

「でも私も歳だから、相手をしてくれる子が減ってしまって、今じゃこんなことしてお金を稼いでるのよ」

 口元に笑いじわが浮かぶ。若ければ、それなりに美人だったのかもしれない。

「この雑貨も、結構なモノじゃないか? 俺は詳しくないが、見た限りあんたの身なりには合ってない」

「あらぁ。分かる? そうよね、あなた、見る目あるわ。もぉっと気に入っちゃった。私の相手してくれたら、好きなの持って行っていいわよ」

「だから、興味ないって」

「私に? それとも雑貨に?」

「くどいな。俺はおばさんには興味ない。娘がいるなら、そっちなら興味がわくかもな」

「あらぁ、ダメよ、うちの娘は。さすがにまだ男性を相手にさせるには若すぎるもの」

「おおぅ、いるのかよ、そいつぁ驚きだ」

「誰の子かは分からないけどねぇ」

 再び口元に笑いじわが出来る。

「それよりも、あんたの視線は俺というよりも、俺が城から出てきたことに関係してるんじゃないか?」

「あら、そんなことまでバレてたの?」

「何が目的だ?」

「ここでするような話じゃないわぁ」

「……それじゃあ、どこで話をすればいい?」

「私の家よ。もう太陽が落ちちゃうから店じまい。そろそろ私も帰るところ。あなたが望むなら、私の娘の話し相手ならさせてあげるわ」

「知らない人についていっちゃいけないって、まっとうな教育を俺は受けてるんでね」

「ルワン・ド・エルン・マーティー。私の名前。ルワンちゃんって呼んでいいわ」

「へぇ。俺はフィルウィルド・グランス・アッシュフォードだ。好きに呼んでくれ」

「交渉成立ね。それじゃあ、すぐに片付けるわ。そこで待っててねぇ」

 ルワンは手早く荷物を片付ける。広げていた雑貨も、まとめるとバスケット二杯程度にしかならない。それを片手で1つずつ持ち、さぁ行くわよ、とルワンは言った。肩をすくませてルワンの後ろを歩いていくと、西側の道に入りほぼ正面、道が初めて左に折れるそこが彼女の家のようだ。

「やっぱりデカイじゃないか」

正面にあるのは、立派な門があり、その上やや奥まったところに見える建物は城壁と同じくらいの高さがある。

「やっぱり?」

「貴族な感じはしてたんだよね、雰囲気的に」

「貧相に見えたでしょ?」

「作り物っぽかった」

「フィルウィルドは物怖じしないのね、ますます気に入ったわ」

 そのまま両側に木々の植えられた庭を進み、やはり大きな、中央に複雑な文様の刻まれている扉を開けて家に入った。ロビーは広く、やや乱雑な家具もアンティークなものだろうか、先ほどまでルワンが売っていた雑貨によりもさらに価値がありそうなものばかりだ。

「帰ったわよー、ルーミル、お客さん」

「はーい」

 遠くから甲高い返事が聞こえる。ルワンはロビーを右手に進み、その先にある部屋にフィルを案内した。ダイニングだろうか、数十人が座れるだろうテーブルがあり、木製の椅子がその周りに並べられている。

 そのダイニングの、離れたところにある扉から、ちょうどルワンを幼くしたような顔がひょいと覗いた。百センチくらいの高さだ。

「あれれ、今日はずいぶんと若い子連れてきたのね」

「おい、言われてるぞ」

「わたしのような落ちぶれた貴族がこの世界でやっていくには、パトロンは大事なのよ」

「俺に金なんて期待してないよな」

 ルーミルはそのままちょこちょことフィルの近くに歩いてきた。ひらひらのたくさんついた服で、きらびやかな白のパールがたくさんあしらわれている可愛らしい服だ。

「そんな期待してないわ。フィルには別のことをお願いしたいのよ。でも、それは今じゃなくていいでしょ。すぐに食事の用意するから、ちょっとルーミルの相手してて」

 フィルの腰くらいしかないルーミルが物珍しそうにフィルを見上げている。

「でも、娘に手を出すのは禁止ね」

「想像より十歳くらい若いぞ」

「それならわたしの年齢もそれくらい実は若いかもよ?」

「……だとしたら、俺との年齢のが近いじゃないか」

「あら、わたしの相手をする気になった?」

「そんな話子供の前でするなよ」

「ママはお上手なのよって、みんな言ってるわ」

 なぜか自慢するようにルーミルが胸を張る。理解はしていない、と信じたい。フィルはため息をつきながらルーミルの前に屈みこむ。

「ルーミル?」

「はーい」

「ルーちゃんね」

「ありがと。じゃあ、お兄さんは何て呼んだらいい?」

「フィーかな」

「フィーね。分かった、お揃い。フィー、よろしくね」

 笑顔になると顔が半分くらいになる。ルワンと同じ黒い髪がちょうど肩の長さのせいか八方に跳ねている。

「ルーちゃんは何歳?」

 えーっと、とルーミルは考えながら片手の指を全て広げてみせた。


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