表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅ぶ世界のヒストリア  作者: なつ
第二章 蒼炎の黒き魔導師
15/20

第二話 最悪な出会い方

 足取りは軽くない。それでも歩みを進めていられるのは、マナドールから「ジェル」というキーワードを教えてもらえたからだ。エーナ国とサバラート国の国境付近にある、セイラーという村。緩衝として存在しているが、東西の貿易の要でもある……緩衝ってどういう意味なのだろうとアセリーナは首を振った。

 合わせて、以前は輝いていたのだろう砂埃に汚れた髪が揺れる。ふっくらとした頬はまだ幼い。長い旅で疲れているだろうに、その唇は潤っている。その視線の先には、セイラーの村の灯りも見え始めている。今夜の内に辿り着けるだろう。

ドドドドドド。

 と、アセリーナの背後からひずめの音が響く。振り返ると、町と町とを結ぶ乗合馬車が近づいてきている。あの馬車に乗ることができたら、ここまでの旅も早く、そして疲れていることもなかっただろう。けれど、それができる身分でもない……この場合の身分は、身バレしたくない、という意味だが。とっさにフードをかぶると、アセリーナは道を開けた。

 にも関わらず、乗合馬車が速度を緩めて、アセリーナの前で止まる。

「どうどう」

 屈強な体つきの御者が馬をおとなしくさせてから、上から話しかけてくる。

「兄ちゃん、乗って行くかい?」

「いいえ、結構です」

「っと、すまない、女の子かい。だったらただで連れてってやるぜ」

 ぐっと体を低くして、御者の男が覗きこんでくる。四角い顔に乱雑な髪に無精髭。アセリーナは一歩退いた。

「どうぞ、わたくしには構わないで下さい」

 うつむき、声を低くする。魔法を利用すれば回避できるものの、多くの男性が女性の一人旅に対して見せる親切心には、必ずしも親切のためじゃないことがある、ということをここまでの旅で学んだ。俗物的に言えば、貞操を狙っている。アセリーナ……否、姫として帝王学で学んではいるものの、それは嫁ぐまで守り通さねばならないものだ。それに、姫という身分は隠さなければならない。

「そうかい。まぁ、無理強いは良くないな。それにセイラーまでは遠くない。それじゃぁ俺は先にセイラーに向かってらぁ。お前さんも、旅するときは馬車を利用するっての、覚えておいたほうがいいぜ」

 御者が馬にムチを入れた。

「俺たちゃ、信頼が大切な商売なんでな。お前さんが思ってるようなこたぁ、俺はしないぜ」

 アセリーナは答えなかった。まるで見透かされたかのような言葉だ。隠していたが表情に出ていたのかもしれない。馬車が次第に速度を上げて、東に進み始める。合わせて、アセリーナも歩き始める。もちろん中には、本当に親切心から助けてくれる人もいる。きっと、今の御者もそちら側の人間だったのだろう。悪いことをしたかもしれない。けれどアセリーナは首をふる、セイラーに着くまでは、そして「ジェル」について何らかの手がかりを手に入れるまでは、ことを荒らげたくない。

 二時間ほど歩き、セイラーの村の入り口に到着した。舗装もしっかりされていて、村に通じる入口の門は閉まっている。日は落ちているとはいえ、感覚的にまだそれほど遅いわけじゃない。門の両脇にエーナ国の鎧を着た衛兵が二人立っていて、門の上の見張り台らしきところにも数名の兵士がいる。

「あの、入りたいのですけど?」

 アセリーナの言葉に疑問を感じたのか、衛兵は首を傾げて、どうぞご自由に、と答える。

「勝手に開けてもよろしいのですか?」

「ああ、構わないよ。ああ、ここに来るの初めてか? ようこそ、セイラーの村に。ここは東西の貿易の要所。ちょうど国境だから、南側から村を出れば、サバラート国になるよ」

 決まりきったセリフなのだろうか、感情もなくそう説明される。アセリーナが門に触れると、非常に軽く、奥側に開いた。衛兵にお辞儀をして中に入る。すぐに門は音も立てずに閉まる。魔法的な処理が施されているのだろう。

 セイラーの村は、村と呼ぶには栄えている。先ほどの衛兵が言ったとおり、東西の交易の要所であり、人の行き来が多い。ただ昔からの風習で村と呼んでいるに過ぎない。それでも、昔から続く村であり、見える範囲の建物はすべからく低い。エーナ国の首都であるカイラーの城塞都市や、ここに来る途中に立ち寄った港町リスカンタの石造りの都市に比べても、木造中心の建物は一昔以上前のものだ。それでもきちんと舗装のされた道の隅を中心に向かって歩きながら、アセリーナ首を左右に回す。様々な商業施設が並んでいるが時間が遅いためか開いている店は少ない。それでもいくつかの店の前には人だかりができていて、店の外にまで広げられたテーブルスペースで手にジョッキを持ち大声を上げている人達がいる。あるいは、村の中心だろうか、光のきらめく噴水があり、その周りには露店が連なっていて、やはり同じように多くの人が騒ぎあっている。

 その一角に、人だかりとは離れたところ、壁に寄り添う二人組があった。目を引いたのは、異質に思えたほど不釣合いな二人組だったからか。一人は立ち、一人は座っている。立っているのは、まさに屈強、という表現が似合うであろう、男だ。二メートルあるのではないか、という体躯にその背中には彼よりも長い剣が背負われている。上半身は裸で、下半身にも軽そうな蓑のようなものしか身に付けていない。乱雑に切り立った髪、太い首、広い肩。その肩に、あれは犬だろうか、まるでリスのようにちょこんと座した動物がいる。もう一人は座っているせいか、隣の男性の膝くらいの高さしかない。アセリーナの距離からでも、そして暗い中にあってもまるで白く輝いているかのような、銀の髪。髪と同様に銀に輝く軽そうな鎧を身にまとっている。けれど、その表情は暗い。

 目を引いたのは、二人組が単にそぐわないと思ったからだけじゃない。村の中央側から歩いて来た別の男性が、酒に酔っているのか千鳥足のまま彼らの間を割るかのように、倒れこんだからだ。違う。彼は酔ってなどいない。明らかに途中から、演技をするかのように千鳥足になった。そして、二人の間に倒れた時に、その手が銀の鎧の内側に入ったのが見えた。

「あっ」

 アセリーナは思わず声を出した。二人組は気がついていない。大丈夫ですか、と声をかけ、体を起こしてあげている。男性は軽く手を振ると、問題ないと答える。そのままふらついた足取りで進み、ちょうど死角になるように道を曲がった。アセリーナはほとんど無意識に走りだした。道を渡り、角を曲がる。少し先に、外灯に照らされて長い髪が青く光っている彼の後ろ姿。

「あの、そういうのって、よくないと思います」

「うん?」

 彼が振り返った。バンダナで髪を抑えているが、それでも長い髪は隠し切れない。アセリーナとそれほど変わらない年齢の、青年。頬には切り傷も見える。鼻は高く、髪と同じ青色の瞳に、異国風の顔立ち。身長はアセリーナよりもあるだろうか、それでもそれほど体格が優れているように見えない。

「わ、わたくし、見ていましたわ。あなた先ほどひったくりをしたでしょう?」

「何だお前、俺とやろうってのか?」

「そ、そんな野蛮なことはしません。その手に持っているものを返してあげるべきです」

「はぁ? 返すも何も、全然入ってないぜ、こん中。まぁ一晩泊まるのが関の山って感じだな、つまり二人じゃ泊まれない。だったら、俺がもらってやって、一人で宿に入るのが正しい使い方ってもんじゃないか?」

「な、何ですか、その屁理屈は! そういうことをしてはいいけないって、ナニーに習わなかったですか?」

「どっかのボンボンか。一言言っておくと、ナニーがいる家なんて、数えるほどしかいないし、俺んちのナニーは、むしろ推奨してくれたんだが」

「と、とにかく、それでも返すべきです」

 ざわざわと人が集まってきているのを感じる。目立ちすぎたかもしれない。アセリーナはフードを目深にかぶり直した。正面の青年には余裕そうな、憎たらしい笑み。いつでもいいぜ、とその表情が言っている。どうすべきか……セイラーに着いたら、そこで起きることすべてに意味があると考えていた。今のこの状況も、「ジェル」に関わる何かの意味がきっとあるはずだ。

 などと、悠長に考えている時間はない。人だかりができているが、まだそれほど密集しているわけじゃない。後方には、先ほどお金を盗られた二人組の姿も見えるが、彼らがそのことに気がついている様子はない。

 もう一度少年を見る。

 臆することなくこちらを睨み、逸らす素振りはない。先ほど彼は自分にもナニーがいると言った。おそらく、その道のプロなのだろう。果たして彼女に勝てる要素はあるのだろうか?

「そこまでだ!」

 タイミングを図る思考を遮るかのように、大きな声が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ