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白詰草の首冠  作者: 輪回道
5/6

腕輪

 家に着いて最初に私を迎えたのは姉の叱責しっせきだった。

背中を押され、急かされるまま二階の自室に追いやられる。

私は黒のジャケットを脱ぎながら部屋の電気をつけて、手首の白詰草の腕輪を外して勉強机に置く。クローゼットを開けて脱いだ服を無造作に投げ入れ、ジーンズと少しシワの寄った青いティーシャツ、灰色のパーカーを取り出して着る。

すぐ下に降りていけばもう出発の時間だ。

靴を履き、薄い青のファミリーカーに乗り込んだ。場所に付けばそれぞれが話をしながらファミレスに入り談笑の時間になる。子どもの笑い声。大人たちの会話。運ばれる食器の音と料理の匂い。暖かな照明の光。

こういう時間は居心地が良い。親戚の幼い子どもたちがデザートを美味しそうに頬張る姿を見ながらコーヒーをすする。この子たちもいつかはおしゃれや習い事に興味を持って、好きな人ができたりするのだろう。やりたいことに挑戦したり……。

彼らに希望を感じるとは裏腹に、私が今からやる事への不安がよぎる。私はその不安を飲み込む為に残りのコーヒーを一気に飲み干した。

 一時の団欒だんらんも終わりの時間がやってくる。

店を出てそれぞれが名残惜なごりおしそうに別れの言葉を告げて帰っていく。この状況で大事な話は切り出せない。

車に乗り込んで帰る途中も、頭の中でいつ切り出そうか否かとぐるぐる考えて結局は言い出せず車の外を眺めるだけだった。

 

 言い出すにしても、だ。


 家に帰り、歯を磨いて風呂に入る。

よくよく考えれば私は宿経営の始め方も何もかもを知らない。

何が必要で、何を用意して、どこに許可を取ればいいのか…私は何も知らない。

だから、調べなくてはいけない。

だから、揃えなくちゃいけない。

シラツメと暮らすために。

お風呂からあがり体を拭いて服を着て、濡れた髪をタオルで拭いながらリビングへ行き、テレビを観ていた家族におやすみ、と挨拶を告げて自室へ戻る。


 ドアを開けて改めて自室を眺める。

窓辺に置かれた勉強机には自分で給料を貯めて買ったノートパソコンと白詰草の腕輪が置かれ、右端のベッドには黒猫のぬいぐるみの抱き枕が静かに横たわっている。

壁には好きな映画とゲームのポスターが何枚か貼られていて、その中の人たちがそれぞれの方向を見つめている。

この部屋ともあと少しで離れることになる。

電気をつけて壁に松葉杖を立てかけて、パソコンを開いた。

 私はその日から数日ひきこもって調べ、書類を手元に揃えて記入し、洋館に通って間取りをシラツメと調べて、然るべき場所へ確認を取ってまわった。

 親には適当に理由をつけては足繁く洋館へと通った。その度にシラツメにまだかまだかと催促されるのを流しつつお昼を洋館で食べて過ごす毎日を過ごした。

 

「ふぅ…」

飲み干して空になったティーカップをソーサーの上に置く。

実家のリビングで、目の前に両親が座っている。正直、心臓がどくどくとなっている。紅茶を飲み干して誤魔化そうとしてもそれは変わらなかった。

 右手にはいつかシラツメに貰った白詰草の腕輪をはめている。不思議と枯れる予感のしないみずみずしい茎と花。指先で触れると気持ちが和らぐような気がした。

 

私は深く息を吐いて、両親の前に書類を広げて口を開いた。

 

「……私ね、あの場所で宿を始めたいの」


次で洋館へ

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