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白詰草の首冠  作者: 輪回道
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 遠くでカラスの鳴き声が響き、夕焼けの光が窓から差し込む。シラツメと私の間を心地よい沈黙と夕日の光が包み込む。

 

 突然、ズボンのポケットから短い音楽とバイブ音が鳴る。

取り出すと、黒い画面に帰ってくるように催促している文が浮かび上がっていた。アプリを開いてわかった、とだけ返信して電源ボタンを押す。

「…私、今日はもう帰らなきゃ」

 ぽつりと呟く。まるで叱られて落ち込んだ子どものような声に内心驚き、幸せな夢の世界から現実に引き戻されたような感覚を覚える。

私は一つ息を吐いて、そばに立て掛けていた松葉杖を持って立ち上がる。

部屋を出て、階段を降り、玄関へと向かってただ歩く。その後ろをシラツメが何も言わずに付いてくる。

廊下を抜けて玄関ホールに出た時、左腕につるが絡まり引っ張られるのを感じ、私は立ち止まって振り返る。

「……シラツメ?」

私が問いかけるがそれに答えず、シラツメは黙って玄関とは反対に私を引っ張っていく。

「シラツメ?私急いで帰らないと…!」

振り払おうと力を入れるがそれ以上の強い力で抑えられ、私はシラツメの為すがままに引きずられて歩く。何度声をかけてもシラツメは黙ったままだ。玄関ホールを抜け、リビングに入るとシラツメは窓を開けて中庭に出ていく。何をするつもりなんだろう。

日が落ちてオレンジに青みがさした中庭。その真ん中に向かい合うように立つ。

「ねえ、シラツメわたし―」

「送っていク」

シラツメは苛立ちを含んだ私の言葉に食い気味で答えた。その声はどこか怒っているような苛立っているような、そんな感じだった。私はウッと言葉を飲みこんだ。

「……怒ってるの…?」

眉尻を下げておずおずと聞く。

「怒ってナイ、ただ…ヤット、ヤット見ツけタノニまた槐は行っテしまウ…………嫌ダ……」

悲哀に満ちたような声と言葉に、私は胸が締め付けられたみたいに苦しくなった。

賑やかだったおじいちゃんの家で暮らして、おじいちゃんがいなくなって、私も、誰もここに来なくなって、私がどこにいるのかもわからずに一人でずっとここに居るってどんな気持ちなんだろう。私がおじいちゃんが死んで心に穴が空いて呆けてたみたいにシラツメも………?

頬に温かいものが伝っていくのを感じる。

私は気がついたらシラツメ抱きしめていた。

「…大丈夫だよ」

声がかすかに震える。頬をシラツメの胸につける。

「ちゃんと、戻ってくるから……約束」

左腕に絡まったものが無くなって、背中に蔓がうのを感じる。

「……………もウ暗い、送っていク」

「うん」

シラツメを見上げると、シラツメが私を見ていた。

「槐は場所ヲ思い浮かべルダけでイイ、行くゾ」

シラツメがそう言うと同時に視界いっぱいに

蔓があふれ出した。

「え?!もう?速っ…!」

私は慌てて家のことを思い浮かべる。本当に思い浮かべるだけで帰ることができるのか不安だが言われた通りにやるしかない。

 視界が暗くなって青臭さと微かな甘い匂いが私を包んだ。

 

 


 ひたすら目をきつく閉じていると、足の裏に何か硬いものが触れたような感覚を覚える。目を恐る恐る開くと、そこは家の玄関と庭を繋ぐ横道だった。薄暗くなって多少見辛いものの、見覚えがある。

 

「……ここ、私の家、だよね?」

 

見渡した後、直ぐ近くに向かい合っているシラツメを見上げると、シラツメはコクリと頷いた。

「槐の思考道理ニ来た、間違いハ無いだロウ」

私は玄関の方に向かうと、表札には見慣れた文体で風神かぜかみと彫られていた。めずらしい名字だから間違うことはあり得ない、ここは私の家だ。

「合ってイタカ?」

いつの間にか隣りに居たシラツメに驚いて辺りを見渡す。通りに誰も居ないのを確認すると私はほっと胸を撫で下ろした。

「誰かに見られたらどうするの…?!」

声を押し殺してシラツメをたしなめるが、シラツメは首をかしげる。

「安心しロ、ワタシのこトハある程度の力のあルものしカ見えナイ。見えるヨウニするこトも見えなイヨウにすルコともでキル」

「……なら、良いけどさ」

なんだ、焦って損してしまった。

私は一つため息をついて玄関の縦に付いたドアノブに手をかけて、シラツメに顔を向ける。

「送ってくれてありがと……えっと、あー、もし寂しくなったら、夜なら私の部屋、二階の角部屋にあるから、その、来てくれてもいいから………うん」

段々と自分の言葉にむずがゆい感覚を覚えて言葉がしぼんでいく。何だか自惚れているような感じがして恥ずかしくなり、掴んでいた松葉杖の掴む部分を強く握ったり弱めたりを繰り返してしまう。うつむいて目線を地面に這わせていると、左手首に蔓が集まるように絡まり、離れていくと、そこには白詰草の腕輪がゆるく付けられていた。

シラツメを見ると、彼は何も言わず私の背を押して玄関の扉を開いて光が外に漏れる。私の耳元に顔を寄せ、彼は囁いた。

「待っテイル、ズット」

シロツメクサの蔦が、私の頬を撫でた。

私が中にはいると、扉がゆっくりと閉まっていった。

小刻みですまない。

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