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白詰草の首冠  作者: 輪回道
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壁に咲く花


 今日は祖父の三回忌。

お世話になっている寺に親族や祖父の友人が集まる日。

「ほらえんじゅ、もうすぐ始まるから急いで」

 季節は初夏。寺の庭に植えられた桜の木の青々しい葉に、太い木の幹にしがみついている蝉の抜け殻。それをぼうっと眺めていると母が私を急かした。

 私は気の抜けた返事をし、松葉杖を突いて母の背中を追いかける。

祖父が亡くなって一年と半年経った日、私は訓練中の事故で右足を失くし、私は自衛隊をやめた。入院に手間がかかったり弟の学校のことで家がバタバタしてしまい、未だに義足を作っていない。


 そんな日々を過ごしていると、いつの間にか祖父の亡くなった日からいつの間にか二年が経っていた。未だに祖父の死の実感がない。棺に入れられ、眠るように目を閉じている祖父の遺体の姿と炎に焼かれて灰と白い骨になった姿も見たはずなのに。

 

 寺のお坊さんがお経を唱え、その後ろに私を含めた親族が座る。それが終わるまでの間、私は右手中指にはめた指輪を眺めていた。風切羽に絡まったシロツメクサのつるを模したシルバーのリングに、鈍く淡く反射して光る青みがかった灰色の祖父の灰を焼いて作られた、小さなジェムが一つはめられている。

 祖父の通夜の時、祖父の死を受け入れられずにうつろに呆けていた私を見かねたのだろう。通夜に参列していた祖父の友人(後ろに撫で付けた黒髪が光を反射して青みがかったり紫がかったりする不思議な髪の外国の背の高い人だった)が作ってくれたものだ。これを付けていると体が暖かくなるような気がする。


 過去の思い出に耽っていると、いつの間にかお経も終わってお坊さんの説法も終え、後は家に帰るだけとなった。それぞれがお互いに言葉をかわして帰っていく。

 お香の匂いの漂う玄関で靴を履き、外に出ると鮮やかなひざ射しが降り注ぐ。眩しさに手で日差しをさえぎりながら手すりを掴んで階段を降りると、後ろからドタドタと慌ただしく降りる足音がして横を誰かが通り過ぎる。

一路いちろ、走ったら危ないでしょ!」

慌ただしく通り過ぎた、黒の詰め襟の学生服に身を包んだ弟の一路にいつの間にか隣りに居た姉の里琴りことが声をかける。すると、快活な笑みを浮かべた一路がごめんごめん!と困ったように笑って車の運転席に乗ろうとしている母の元に駆け寄って行く。

「ほら、槐も行くわよ。今夜は親戚たちと外食するんだから」

里琴に急かされる。そうだった、忘れてた。

うん、とうなずきかけた時、ふと引き寄せられるように寺の外壁に目が止まる。そこにはひっそりと白詰草しろつめくさが地面から生えて風に揺られているのが見えた。

「あ…そうだったね、良いよ先行って。私寄りたいところがあるから」

気がついたら私はそう言っていた。

姉は私の視線を追って顔をしかめる。

「…あんたその足で大丈夫なの?それくらいなら送るわよ」

「いいよ、おじいちゃんの家に行きたいから。私を送ってからじゃ時間かかるでしょ、タクシー使うから大丈夫」

「…そう?こっちは助かるから良いけど…ちゃんと早めに帰ってく来てね」

 そう言って姉は心配そうに私を見たあと車に駆け寄って行き、私以外を乗せて車は走り去った。

(何でそんなこと言っちゃったんだろう、送ってもらえば良かったのに)

車が去って駐車場が空いて広くなった寺の庭にぽつりとたたずむ。

少しの間車の去った方向を眺めたあと、外壁に近づいてシロツメクサの前にしゃがみこむ。少しの間見つめて、左手で白い小さな花弁が集まった球体を撫でて――

 

『エン―ジュ――』

 

名前を呼ばれた気がした。


「え」


 次の瞬間首に激痛が走ったかと思うと左腕に白詰草の蔓が左手を素早く這い登り、瞬く間に体中を包み込まれたかと思うと目の前で蔓がビュルビュルと絡まり人の胴と二の腕の筋肉を模した形をとっていく。男性の耳のない顔に花を生やした顔が私を間近に覗きこむ。目がないのに、目があったような錯覚を覚える。頭が、首が痛い。痛みに松葉杖をぎゅっと握る力を強める。

 

『――エンジュ…ヒトりハ、サびシイ』

 

それは低い声で悲痛を滲ませたように言い、私は突然のことに固まり、何も出来ずそれの為すがままに蔓が視界を奪い、草の青いにおいと微かな甘い香りを感じながら視界が真っ黒に塗りつぶされた。

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