プロローグ② 新米悪魔
どうやら俺は悪魔になったらしい。らしいというのは間違いだな。
俺は悪魔だ。
腕には灰色の獣毛が生えて、鋼鉄のような鋭い爪、体は筋肉で膨張し尻尾が生えている。イメージとしては獣人。山羊のような角があるし、犬歯も鋭い。顔は人間のまま大して変わらない。ただ脚は山羊のような逞しくて蹄がある。
前世の体が死んでから体感で三日ほど経った。その間中俺はこのよく分からない状況を必死で理解しようと努めた。
一つは魔神に会ったこと。
会ったというよりも頭の中に情報を直接流し込まれた感じだ。手っ取り早い話が、俺の魂のあり方に興味を抱いて悪魔にしたという。聖人君子という自覚もないのでそれは良しとしよう。
俺の理解では、魔神というものは世界を浄化する機械みたいなものだ。破壊と再生は一つで、地球が存在したのも魔神に滅ぼされた後にできたということだ。まだ地球が存在する宇宙は破壊するつもりはないが、別の宇宙を滅ぼすために生命を根絶やしにするという。小難しい話をすると、生命というのは可能性だということだ。たったひとつの知性体がいるとその知性体は無限にもおよぶ可能性をもっている。その可能性があると魔神にも手出しが難しいらしい。その辺の事情は俺には関係ないとしても、俺はその破壊の兵士として雇用されたというわけだ。ちなみに悪魔の可能性というのは破壊のみ。
二つ目はこの体のことだ。
この世界には魔法という不思議な力がある。悪魔という存在を維持するには二つのものが必要だ。ひとつは魔力。ふたつは可能性だ。それが枯渇すれば消滅する。そこで体を維持するために『魂の契約』で人間から寿命という可能性を供給されるか、自らが魔力を咀嚼する必要がある。ただ後者は魔力の摂取が効率的ではなく、格を上げるためにはより強い相手を食わねばならない。ゆえに俺は契約する人間の数を増やすことによって可能性を供給し、悪魔としての格を上げる必要がある。
格とは悪魔の階級のようなもので、俺は意思ある悪魔、下級の悪魔の中でも上位にあたる。階級は兵士長。前世と似たような階級だ。
この肉体は人間の肉体の比ではなく頑強でかつ能力が高い。ノーマルな人間との戦力差はライフルを持った軍人と丸腰の市民ぐらいの差がある。だが、人間の中にも魔術師や兵士、特に聖職者などは力があり、俺でも倒せない相手はごろごろいる。
聖職者。こいつらは悪魔の天敵だ。
神の祝福を受けて修行を積んだ聖職者は悪魔に対する強力な魔法が使える。戦闘ヘリ並の戦闘力と悪魔を探知するレーダーを装載した人間みたいなものだ。基本的に奴らは都市部におり、集団で群れているため都市に近づかなければ見つかることはない。
三つ目は今俺が居る場所だ。
俺はいま洞窟の中にいる。それもただの洞窟ではなく悪魔におあつらえ向きの墓場だ。悪魔という存在は魂がさまよう場所、魔力だまりと呼ばれるような場所に発生する。俺も例に漏れず死者の魂がさまよう墓場で受肉した。受肉の際にここら一帯の魔力だまりを使い果たしたようで強い魔力の波動は感じない。
魔力の波動というのは不思議なもので、耳に聞こえない音のようなものだ。存在感といったほうがしっくりくるか。
強い魔力の波動は感じない、だ。
辺りにはさまよえる魂、前世なら鼻で笑っていたような光景が広がっている。
鬼火。青白い火の玉が数個浮遊し、暗いはずの洞窟はボンヤリと明るい。そして、その火が照らし出すのは―――弱い魔力の波動を纏った動く骨。
カラカラと骨を鳴らして一匹のスケルトンが人骨の中から這いずって近づいてくる。
いまだに地獄にもいけずこの世をさまよう魂。
いや、俺と同じ地獄の使者か。
俺の階級は悪魔の兵士長、そしてスケルトンは兵士ですらない悪霊だ。
号令をかければ奴らは俺の手先となって従うだろう。
だが、俺は動き出したスケルトンに肉迫して腕を一閃。
頭蓋骨が綺麗に粉砕して骨の霧へと変える。
そして大きく息を吸い込み奴の纏っていた魔力を吸い込んだ。ついでに鬼火も飲み込む。
スカスカの空気を吸い込むような魔力。これでは腹の足しにならない。
俺はこの体になってから自分の力を知るためにスケルトンや鬼火を狩って力の使い方を覚えてきた。俺の周りに散らばっている骨はその残骸だ。
ようやくそれにも慣れ、魔力というものも理解してきた。
さて、本格的に獲物を求めてこの薄暗くてしみったれた墓場からでるとしようか。
地獄を作り上げるために。