三話目
私はその後、急いで校舎の中に戻り先生たちがいる教室に入った。
「ライラ?」先生と話していたリイサが、私に気付きこちらを見て、目を見開いていた。
私が、事情を話すとリイサも先生も血相を変えて、小屋まで一緒に走りに行った。
「誰もいないぞ?」先生は小屋の中まで入るが、人がいた気配はないと言った。
(うそ…。どうして…。)私は呆然としたが、リイサは冷静で先生に謝り、先生は校舎の中に戻って行く。
「ライラ?大丈夫?」リイサは、呆然としている私の顔を覗き込む。
「う、うん。」私はハッとし、リイサを見る。
「誰もいなかったけど、誰だったの?」
私は、ギクッとした。
慌てていたので、アーサーの名前を言わなかったのだ。
リイサは、困惑している私に首を傾げている。
「…アーサー。」私は、俯き加減でボソッと言った。
「えっ!アーサー!?何もされなかった?というか、よく本人だって分かったわね。…ライラ。やっぱり、まだ…」
「ち、違うよ!アーサーのことは何とも思っていない!」私は、慌てて首を横に振りながら言った。
「ふーん。あいつ、今は素行が悪いから無闇に近付いちゃだめよ。危険だから。」
「うん…。」顔が赤くなるのを自覚したが、リイサに見られたくなくて俯いた。
「遅くなったからもう帰ろう。皆が心配しているわ。」
「うん。」(アーサー。どこに行ったんだろう。)
私は彼のことが心配になるが、リイサに名前を呼ばれて慌てて駆け出す。
少し離れている木陰から、人がこちらを見ているのも気付かずに…。
―私が、リイサの家で夕食を食べているのは今となっては日課だ。
「はい。たくさん食べてね。おかわりもあるわよ。」リイサの母、ルウナが言った。
「「いただきまーす。」」リイサの兄弟たちが、元気良く言い、その口にご飯を運ぶ。
その微笑ましい光景に、思わず口元が緩む。
「ライラも、ほら食べてね。今日はヤナサが鶏を射止めたのよ。」ヤナサは、リイサの父だ。
「ああ。今日は絶好調な日だった。今日も美味しい料理をありがとう。ルウナ。」
「あら。どういたしまして。ふふ。」
端から見れば、新婚というくらいアツアツな夫婦で結婚18年目になっても、仲の良さは変わらない。
(私の父も、母をとても愛していてこの夫婦に負けない程のアツさだったとか…。)
私は、眼前に繰り広げられている光景にいたたまれず、そっと視線を外した。
「ライラ。いつものことでしょう?いい加減、慣れなさいな。」
「慣れないよ。」リイサは平然と言うが、逆に慣れてしまうことに驚く。
「あら。リイサもライラも、いつかは私たちみたいになる日が来るわ。私が、ヤナサを。ヤナサが私を。お互いに尊重し合う日がね。」ルウナは、微笑みながらヤナサを見つめる。
そんな、妻をヤナサも愛おしげに目を細め見つめる。
また二人の世界に入っている時…。
「ママ。おかわりー。」末っ子のアリが、母に自分の皿を差し出す。
「はいはい。ちょっと待ってね。」ルウナは、ヤナサの腕からするりと抜け出しキッチンへと行く。
こんな家族の光景を、いつまでも見ていたいと思う。
私は、口元に笑みをこぼしながら食事を再開するのだった。
―リイサの家で、夕食を食べ終わった後、私は自宅へと帰る。
といっても、同じ村内なのだがリイサと私の家は、片道二キロ程の距離なのだ。
私は、お腹を満たした幸福感でいっぱいになり、月の明かりを頼りに帰路へと着くのだった。
今は稲の収穫前なので、私の頭の頂点まで成長した稲が、風に靡かれそよそよと揺れている。
月夜の中、稲が金色に見えて私はしばし足を止めて見つめていた。
生まれてから、ずっと見ている風景なのに今日は、とても美しく見えた。
(幼い頃は、アーサーとよくこうして夜に見に来ていたな…。)
私はアーサーを思い出し、思い出にふけっていた。
すると、風が強く吹き私はブルッと寒気がした。
(早く、帰ろう。)
私は、急いで家へと向かう。
―私の家の周辺は、木ばかりだった。
というのは、私の母が異国の者だったので村人から嫌がれ、父が村から離れている所に家を建てたのだった。
小ぢんまりとした、一階の木造だが室内は広く、快適で住みやすい。
また、夏には風通しが良く冬には暖炉を起こせるので、暑い日でも寒い日でも、その季節に応じた対応が出来るのである。
しかし、村のように田んぼばかりではなく、木ばかりなので家の周辺は、薄暗く月の明かりも漏れてないので夜は不気味だった。
けれども、私にとってはここに家が建っていることはありがたかった。
父が亡くなった後は、益々村人から侮蔑されたり罵られたりすることが多くなったからだ。
唯一、リイサの家族は私に良くしてくれるが、村人たちが快く思っていないのは知っていた。
関わりを経とうと考えたが、リイサには放っとけば良いと断言されるのは目に見えているので、あえて言わない。
私は、家の中に入り明かりを点けた。
パッと家の中が明るくなり、私は早く休むために服を脱ぎ捨て湯を浴び、ベッドに潜り込む。
(明日は、学校が休みなので朝起きて森の奥で、食糧を取りに行ってから散歩に行こう。お昼からは、魚を釣りに川に行こうかな。夜は…)私は、ベッドに入り明日の予定を思い浮かべるが睡魔には勝てず、意識が遠くなっていった。
―ガタッ…。
まだ月も隠れていない深夜のこと。
遠くから物音がしたのを感じながらも、私は半分寝惚けており目を開けれなかった。
「ん…。」私は、気のせいだと思い込み寝返りを打ち意識を遠ざけた。
カチャ…。
寝室の扉が開いた音がし、誰かがベッドの側に立つ気配がした。
そして、そのまま私の頬をソッと撫でる感触がした。
「ん…。何?」私は、半分目を開けようとするが瞼が重く出来なかった。
手は、私の頬を優しく撫でた後、長い髪に手を滑り込ませ、また頬を撫でる。
私は、その感触にもっとすがり付きたくなるような感情になり、手に自分の手を添えた。
手がビクッとしたが私は、離さなかった。
手は、大きく暖かった。
まるで、父のような手で眠れなかった時はこうして撫でてもらったのを覚えている。
「父さん…。」私は、呟き手をギュッと掴み意識を手放した。
ライラに掴まれた手をそのままにし、彼はしばしライラの寝顔を見つめていた。
そして、ライラが掴む手の力が緩むとソッと外し寝室を出る…。