二話目
学校に着くと、女子たちの視線が痛かった。
(何だろう…?)と思っていた時…。
肩までの真っ直ぐな黒い髪で、アメジストのような瞳に強い意思を持った一人の美人な女の子が、こちらへやって来る。
「ライラ!あなた、アランに告白されたんですって?」
(何で、知ってるんだろう…。)私は、密かに驚いた。
「…うん。」
「何で、あなたを!…もちろん、断りましたわよね?」
「う、うん…。」私は、彼女の有無を言わさない迫力に押されて嘘を言ってしまった。
「ちょっと!みっともない嫉妬は止めなさいよ!それに、朝一番に言うことがそれ?気分悪いわね。」リイサが、私の隣から口を挟む。
「なっ!リイサに言われたくありませんわ。だいたい、あなただって私と同じ気持ちでしょう?」
「サラと一緒にしないでくれない?私は、どうでも良いから。」
(さっきまでは、付き合えだの言ってたのに…。)私は、リイサを一瞥した。
「っ!ふん!」サラは言い返せなくなったのか、私を睨んでから大股で教室を出て行く。
「気にしない方が良いわ。どうせ、いつものことよ。」リイサは、せいせいしたと言い、席に座る。
私は、アランの告白を断ろうと思いながらリイサの隣に座る。
―一日の講義が終わり、リイサと帰ろうと準備をしていた時…。
「リイサ。先生が呼んでいるわ。」
クラスメイトの女の子が、リイサに声を掛ける。
「あら。何かしら。ライラ。少し待っててくれない?」
「うん。分かった。」と私が言うと、呼び掛けてくれた女の子と一緒に教室を出て行った。
私以外に教室には、誰もいなかったので気楽だった。
(暇だな。)私は、暇潰しに校内を散歩しようと教室を出た。
―校内には、まだちらほら生徒がいるが気にしない程度なのでぶらぶらと歩く。
中庭の方は、だいたい歩いたので裏庭の方へ行こうと決めた。
もう夕方なので、裏庭は日が当たらず薄暗かった。
しかし、村の夜は真っ暗なので私は、この程度ならば大丈夫と思いどんどん進んで行った。
裏庭は、無造作に木や草が伸び放題で、うっそうとしており生徒もあまり近づきたがらず、私一人だった。
どんどん奥に進んで行くと、今は使用していないポツンと建っている小屋が眼前に見えた。
おそらく、倉庫として使用されていた小屋だと思うが、私は好奇心でその小屋の扉を開ける。
ギイーと、鳥肌が立つような音共に扉が開いた。
中は真っ暗で、何も見えない。
やはり、倉庫として使用されていたのか道具がたくさん置かれていた。
何もないなと思い、扉を閉めようとした時…。
微かに中から、人の呼吸音が聞こえた。
私は、耳を澄ませると確かに人の荒い息遣いが聞こえた。
(何だろう。とても、苦しそうな…。)私は、おかしいと思いそっと中に入り、息遣いが聞こえる方向へ歩いて行く。
所々に道具が置いてあるので、足の踏み場に困ったが私はしっかりと奥に進んで行く。
小屋の真ん中の柱の、後ろ側に人の影がボヤッと見えた。
(人だ。)私は、そっとその人物に近付く。
どうやら、男性のようで柱にもたれかかり頭は下を向いている。
「はあ。はあ。」と苦しそうな息を吐き、どこか怪我でもしているようだった。
「あの。大丈夫ですか?」私は、思わず彼に声を掛け彼の顔を見る。
すると、私の心臓は暴れまくる。
彼は、私が幼い頃から慕っているアーサーだったからだ。
(何故、アーサーが…。ううん。それより、具合を見なければ。)
私は、動揺を隠すように彼に触れた。
暗闇で分からないが、顔中びっしょりなので汗を大量にかいているようだった。
額に手を当てると熱く、熱もある。
どうにかして、彼を埃っぽい小屋から出さなければならないと思うが、私一人では彼を動かすのは不可能だ。
私は、どうしようと思い、「アーサー」と名前を呼ぶと彼の瞼がピクッと動いた。
そして、そのまま開き夜のような漆黒の瞳が見える。
暗闇なので、彼がどんな表情をしているのか分からないが、苦しそうに顔をしかめているのは分かった。
「誰だ…?」掠れた低い声が聞こえた。
私の心臓はさらに暴れ、彼に聞こえているのではないかとひやひやした。
五年ぶりに彼の声を聞いたので、嬉しくもあったが悲しくもなった。
彼は、この五年の間に随分と変わってしまった。
何が、彼を変えてしまったのかは分からないが、とりあえず私の心境より彼の怪我の具合の方が優先だ。
「苦しいの?怪我は?」
「…。」彼は、警戒しているのか無言だ。
「私は、あなたに危害を加えない。どこか痛いとこある?」
「脇腹…。」アーサーは、ぜえぜえ言いながらも怪我をしている部分に手を当てた。
「左の脇腹ね。ちょっと待ってて。」私は、スカートの裾をビリっと破り彼のお腹を巻いていく。
暗闇に少し目が慣れてきたのか、アーサーの服の上に大きなシミがあるのが分かった。
おそらく、血だろう。
彼も朦朧としていた意識がはっきりとしてきたのか、私を見る。
「ふう。とりあえず止血の処置はしたわ。後は、病院に運ぶだけなんだけれど…。」
「いい。」
「え?」
「病院は止めてくれ。」彼は、少し強めて言う。
「でも、このままじゃ傷が塞がらないわ。ちゃんと…。」
「いいんだ。」彼の声は掠れているが、しっかりと聞こえた。
私は、頑なに病院を拒む彼に怒りを感じ、叫んだ。
「いい加減にして!じゃあ、ずっとこの空気の悪い所にいるつもり?誰にも気付かれないまま傷も悪化していくわ!」
彼は、いきなり怒鳴りだした私に目を少し開いていたが、諦めたようにまた閉じる。
そして、弱々しく言う。
「別に構わない…。」
私は、怒りを通して悲しくなった。
「よくないわ。死んだらどうするの?」涙声になり、震える声を止められず、涙も滲んできた。
「…おい?」様子がおかしい私に気付いたのか、アーサーは目を開け私を見る。
「傷が悪化して死んだらどうするの?…嫌よ。あなたまで死ぬなんて嫌…。」
ついに、涙が一滴こぼれスカートの上に落ちた。
アーサーは、きっと困惑していると思うが、私は溢れ出てくる涙を止めれずこぼし続けた。
すると、アーサーの右手が伸びてきて私の目を擦る。
(え。)私は、驚き視線をアーサーに戻す。
「泣くな。…泣き虫ライラ。」掠れているが、優しい声で言う。
「え。」
幼い頃、よくアーサーにからかわれていた「泣き虫ライラ」というあだ名で呼ばれ、涙が引っ込む。
いや、それよりアーサーが私に気付いていた?
「どうして…。」
「…何が。」
「私だと気付いていたの?」
「ああ。最初から。」
(最初から?)
「…。」私は、声が出なくなり黙る。
別の意味で心臓が暴れ、私は冷や汗をかいた。
「っ。ここから動かないで。人を呼んでくるから…。」私は、サッと立ち上がり小屋の扉へ向かう。
おいと声が聞こえたが、私は無視をして小屋を出た。
そして、急いで校舎へ走った。
私の顔は確実に真っ赤になり火照った顔に、心地よい風が吹き気持ち良かった。
アーサーが、私のことを最初から気付いていて怒鳴りまでしたのが恥ずかしく、アーサーから逃げるように去った。
(どうしよう。)涙まで見せて、私はまた泣きたくなった。