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シグレ編 3

最終話です。よろしくお願いします。

第8章 真実


最後の髪結いを終え、俺はフィーリアの部屋にやってきた。

「シグレ、終わったのか?」

明らかにホッとした表情のハヅキが待っていた。

「フィーリアは?」

俺の問いかけにハヅキが一通の手紙を差し出した。

「フィーリアは儀式に向かった。この手紙は儀式が終わってから読んで欲しいと預かった」

俺は丁寧に封をされた手紙を受け取った。

内容が気になるが、言いつけを守らないと怒られそうなので、疑問に思いながらもその手紙をポケットにしまい込んだ。


「俺はこのまま表の神殿と裏の神殿の間で控えてようと思うんだけど、ハヅキも行くか?」

答えは分かっているが、一応聞いておく。

「当たり前だ。シグレを1人に出来るか」

怒ったように言う顔がなんだか可笑しい。心配されるとなんだかくすぐったい感じがする。

「俺もいるゾー」

張り合うようにマラキアが騒ぐ。

「分かってるよ。そうそう、2人に言っときたい事があるんだ」

俺はこの儀式が終了したら、フィーリアの国に行くことを告げ、2人も一緒に行かないか誘った。

「行くに決まっている。あんなとんでも姫さんに付いて行ったらシグレに何が起こるか分からないからな!」

ハヅキ、お前は俺のオカンか。

「俺も行く。シグレが浮気しないように見張ル」

マラキア、お前は俺のカレシか。

取りあえず2人とも行くことに同意してくれたので。ちょっとホッとした。


「じゃあ、そろそろ移動しよう。儀式にどれくらい時間がかかるかわからないけど。出来るだけ近くにいたいし」

ツキシロには場所を伝えてあるので、何かあったら呼びに来てくれるだろう。客人だかなんだか知らないが、大幅に遅刻してくるような奴を待ってられん。


要所要所に神聖騎士団が配置されている。

隣にハヅキがいるので顔パスで通れるが、何人かの騎士団員に冷やかされた。

向こうからリーネア隊長がやって来る。

「シグレ、この辺りは我々の主力が控えているから心配はいらないよ」

少し疲れた顔をしているが、この警備の責任者の1人だから仕方がない。

「邪魔するつもりはないんだが、気休めでこの辺りにいてもいいだろうか」

俺の言葉にリーネア隊長が寂しそうに笑う。

「かまわないよ。それで気が済むなら。この辺は自由に歩き回ってかまわない。ただ、儀式の行われている建物には行かないこと。まあ、複雑な道順で迷路のようになっているから、儀式の間にたどり着く事は出来ないと思うが」

向こうからリーネア隊長を呼ぶ声がしたので、彼は俺達に軽く手を上げてそちらの方に行ってしまった。


「まあ、この辺の廊下は神聖騎士団が見張ってるから、中庭の方をみとくか」

何かをしていないと落ち着かないので人影のない中庭に降りてみる。

中庭の中央には噴水があり、奥には東屋が建っている。

「待ってるだけって言うのもつまらんな」

手持ちぶさたにハヅキが言う。マラキアも大きな伸びをして退屈そうだ。

しかし、ハヅキの態度がいつもと違うのが何故か俺には分かる。始終イライラしている。

嫌な予感はまだ続いているのだろうか。

ふと気配が変わった。どう変わったかは明確には分からないが、周りの音がふっと消えたような不自然さ。


「誰かいるのか?」

俺は直感で問いかける。誰かが答えるとか考えていなかった。ただ自然に問いかけていた。

「よくお気づきですね。シグレ様」

枝一つ揺らさず赤毛の青年が姿を現した。

「ミナヅキ!」

俺を庇ってハヅキが前に出る。

「お側にはハヅキが1人。いささか不用心では?」

音も立てずにミナヅキが剣を抜く。

ハヅキも遅れず剣を抜いた。ミナヅキはハヅキに任せるとして、俺の後ろにも1人居る。

本日の俺の得物は短刀ではなく短めの剣だ。

短刀では流石に戦えないのでハズキに用意してもらっていた。スカートに隠すの大変だった。


「後ろは俺がやる。ハヅキ、そいつを頼む」

俺の声と同時にマラキアが俺の後ろにあった木の後ろに突撃した。

「くそ、この鳥め!」

この前ミナヅキに従っていた黒髪の青年が転がり出る。

「マラキア、良くやった」

黒髪の青年が体勢を整える前に切りかかる。

せっかくのチャンスだったが敵もやるもので咄嗟に転がって俺の剣を避けた。

速攻失敗!ちくしょー、残念。

気を取り直して剣を構え直す。


「ハヅキ、シグレ様を説得してくれないか、巫女姫の命を狙うのを邪魔しないでくれと」

ミナヅキがハヅキに話しかけるのが聞こえた。なんだって、どういうことだ?

「何を言っている。お前はシグレの命も狙っているだろう」

じりじり間合いを詰めながら

「この前まではな。事情が変わった。巫女姫の命は取らねばならないが、その邪魔をしないなら、お前とシグレ様は見逃そう」

何かとんでも無いこと言っているぞ。王妃が俺の命を狙うのを止めた?

確かに国を追われた俺を狙う必要は全くないが、それでも追っていたなら何か訳があったはずだ。


「この神殿でシグレ様に会ったのは偶然だった。その時は別にシグレ様は亡くなったと言うことだったから、私はそのまま見逃そうと思っていたのだがね。そこの部下が王妃に報告してしまったんだよ」

俺の前で剣を構える黒髪の青年が気まずそうにしている。

「そのせいで巫女姫の暗殺にシグレ様の暗殺も増えてしまった。まあ、失敗したがね。その後、またしても事情が変わってシグレ様の暗殺は取り消された」

ハヅキは殺気をそのままにミナヅキの話を聞いている。俺も視線は目の前の黒髪の青年に据えつつ、意識はハヅキとミナヅキの会話に集中していた。

「事情が変わったとは?」

「皇帝が亡くなられ、皇子が新皇帝として立たれた」

父上が亡くなった?弟が新皇帝に。そうか、もう弟が皇帝となったなら、俺が生きていようが、死んでいようが大した障害にはならないのだ。トウシン国は一度皇帝になれば、その皇帝が亡くなるか、自ら退位するかしか交代する機会は無くなるからだ。

今更俺が皇子だと言ってもどうしようもない。それが国の制度なのだ。


「巫女姫の暗殺は解かれなかったのか」

ハヅキが緊張感を解かず聞く。

「そうだ、巫女姫には我が国の第2皇女がなられる。そうして我が国は盤石の力を持つ国家となる」

ミナヅキが誇らしげに言う。

「ミナヅキ、俺はフィーリアを護る。何があってもだ」

なんと勝手な理論だろう。人の命をなんだと思っているんだ。

「シグレ様、貴方も一国の皇子でしょう。国の為に出来ることを考えていただきたい」

ミナヅキの言葉にハヅキの殺気が増した。

「今まで命狙っといて、よくもそんな事が言えるな!ふざけるな」

ハヅキが気合い一閃ミナヅキに切りかかる。

ミナヅキも正面から剣を受け、つばぜり合いになっている。力は互角。

その間に黒髪の青年が俺に向かって剣を突き出した。

それをギリギリで避け、下から切り上げる。

上手くとらえたかに思えたが、向こうも体をひねり、何とか避けた。


切っ先がかすって青年の服が腹から胸の辺りまで裂けている。

おしい!もう少しだったのに。

後ろからは激しい剣戟が聞こえる。恐ろしい早さで打ち合っている。

「シグレは俺が護る。唯々諾々と命令に従っているだけのお前に負けるわけにはいかない!」

ハヅキの言葉に、

「一族を裏切ったお前は許せないが、大切な人を護りたいというその点ではお前の行動は理解出来る」

ミナヅキが剣を振るいながら言う。

「お前に何が分かる!」

「分かるさ、あの方の為なら!」

ミナヅキの行動は国のためじゃないのか?

俺の前の黒髪の青年も同じ事を思ったのか。

「ミナヅキ様、何をおっしゃっているのですか!全ては皇帝陛下の為でしょう!延いては国のためでしょう」

必死にミナヅキに問いかけている。


隙あり!

俺はミナヅキに問いかけている青年に切りかかった。

真剣勝負中によそ見する方が悪い。

俺の剣は青年の右腕を切りつけた。そのせいで青年は剣を落とす。

利き腕をやられたのだ、もう戦う事は出来ないはず。

しかし、青年は傷ついていない方の左手でナイフを握り、更に俺に向かってこようとする。

剣とナイフではリーチが違う。死ぬ気なのか。

「お前は退け!足手まといだ」

後ろからミナヅキの声が飛ぶ。


青年は悔しそうに逃げ出した。今は追う時じゃない、俺はハヅキとミナヅキの方に向き直った。

その瞬間地面が揺れた。

立っていられないような揺れ。俺の隣の東屋が倒壊するのが視界の隅に見えた。柱が倒れかかってくる。

「シグレ、危ない!」

俺はハヅキに突き飛ばされた。ハヅキもその瞬間反動で後ろに飛び、柱の下敷きになるのは避けることができたが、後ろからミナヅキが近寄り。

「ハヅキ!」

地面に倒れた痛みも忘れ、ハヅキに向かって叫んだ。


ハヅキの背中から血が飛び散り、ゆっくりと体が倒れるのが見えた。

「うそ、嘘だハヅキ。どうして」

地面はまだ揺れている。

ハヅキの体から大量の血が流れゆっくり倒れていくのが見えた。

どうして、どうしてハヅキが。

俺の頭は真っ白になっていた。

地震が収まりかけた時、俺はミナヅキに切りかかった。

「よくもハヅキを。お前を殺してやる」

俺の渾身の一撃をミナヅキは難なく避ける。

腕が違いすぎる。


それでも引くわけにはいかない。ハヅキを斬り、フィーリアを狙う者。

何度か切り結び、一度距離を置いた。

勝てない。でも逃げる訳にはいかない。

「シグレ様、貴方は殺してはならないと命令を受けておりますが、どうしても邪魔立てされるのならば、ここでハヅキの後を追っていただきましょう」

ミナヅキの切っ先がぴたりと俺に定まった。

来る。次で最後だ。

全身を神経にして、構える。


その時、

「ミナヅキ、止めて下さい!皇帝陛下より、シグレ様と巫女姫様の暗殺は止められた筈です!」

ツキシロの声が建物の方から聞こえた。

「ツクヨミ様」

ミナヅキがツキシロに向かって呟いた。

ツクヨミ?聞いたことがある。母上と同じ妾がもう1人居た。その妾の産んだ第3皇女の名前が確か……ツクヨミ!

「姉上様に手を出さないで!そんな事は許しません」

ツキシロ、いやツクヨミが俺とミナヅキの間に立つ。俺を庇うように手を広げて。

「例え、ツクヨミ様でも斬りますよ。私は第2皇女であるあの方以外の皇族は邪魔なだけですからね。今後の憂いを晴らす為にも、貴方とシグレ様には消えていただいた方がいいかもしれませんね」

ミナヅキが剣を握り締めるのが分かった。このままではツクヨミが斬られる。


ミナヅキが地を蹴ったその瞬間、俺はツクヨミを左腕で突き飛ばし、自らの身を前に出す。

フィーリア、ごめん。一緒にフィーリアの故郷に行けそうにない。

「ぐっ」

前から呻き声が聞こえる。ミナヅキの声だ。

そして、その胸からは一本の剣が生えている。

「ハヅキ」

そう、ミナヅキの後ろにハヅキが立っていた。

その腕はしっかりと剣を握り、ミナヅキの背中に突き立てている。

ミナヅキがゆっくりと前に倒れた。

それと同時にハヅキも横に倒れる。

「ハヅキ!」

慌ててハヅキに近づく。


「シグレ…無事か。…良かった」

荒い息でハヅキが俺を気遣う。

今そんな時じゃないだろう。

「大丈夫だ。お前のお陰で無事だ」

ハヅキが延ばしてきた手を取って話しかける。

「こめん、シグレ。また辛い思いをさせてしまう…でも、もう大丈夫だよな。フィーリアがいてくれる。これからは彼女と一緒に……」

ハヅキの目の焦点が段々合わなくなってくる。

「ごめん、ハヅキ。俺が弱いせいで、ごめん」

俺が必死に謝ると、ハヅキはふっと微笑んだ。

「お前と会えて、良かった」

目はすでに焦点が合っていないがその顔には微笑みがあった。


握っていた手から力が抜ける。

ああ、命の火が消えてしまった。

ごめん、ハヅキそして、ごめんシグレ。

お前の体を借りたのに、お前の大切な人を護れなかった。

どうして、どうしてこんな事に。


その時、俺の肩にそっと触れるものがあった。

「姉様、ごめんなさい。私が巫女姫を殺そうとしていたのです。私は姉様に庇っていただく価値の無い者だったのです」

隣で静かに涙を流すツクヨミがいた。

「ツクヨミ、何故フィーリアを狙った?」

ハズキの目を閉じながらツクヨミに聞く

「母上が王妃に人質に取られて……」

悔しそうにツクヨミが下を向く。


そうか、彼女の母は人質に取られ、それゆえに彼女は慣れない暗殺に手を貸したのだ。

「そこからは私が説明します。兄上」

建物の方から落ち着いた声がした。

「お前はクサナギ」

目の前には現在皇帝となった俺の弟、元第一皇子が立っていた。

俺と同じ黒髪、碧眼の弟。会ったのは数える程しかない。

「兄上、お久しぶりです。そして、遅くなって申し訳ありません」

弟は深々と頭を下げた。

遅れて到着した客人は彼だったのだ。


ハヅキとミナヅキの遺体を別の部屋に運んだ後、近くの部屋で俺と弟のクサナギは向き合っていた。

「どういうことだ、さっぱり分からないんだが」

疲れ切った声しか出ない。クサナギが飲み物を差し出してくる。

「まず、母である元王妃の数々の無礼をお詫びします」

元?ああ、そうか父上が亡くなったからか。


「母は拘束し、その権力は奪いました。もう兄上や、巫女姫を狙うことはありません」

王妃を拘束?父上が病気なのをいい事に権力を我が物顔で振るっていたのに。

「母の権力は堅固なものでしたが、敵も多かった。私は即位前にそれらを味方に付け、少しずつ母の権力を削っていったのです。さすがにこんな若造1人ではとても無理でしたので父上のお力を借りました」

前皇帝の父上が陰ながら力を貸したのか。


「私は母上のやりようが嫌いでした。俺のただ1人の姉上を殺そうとしていたのを知ったときはショックだった」

「……俺か?」

俺の問いかけにクサナギは、そうですと答えた。

「姉上に初めてお会いした時、兄弟は妹しかいないと思っていたからとても嬉しかった」

確かに2、3回程子供の頃にクサナギとは会っている。

「俺は優しく美しい姉上を護りたい。そう思って、母上の行いを止めようとしてきました」

「男ですまなかったな」

皮肉っぽく言う俺にクサナギは困ったような顔をした。

「変わりませんよ。姉が兄になっただけで、貴方は貴方です。まあ、ショックを受けなかったと言えば、嘘になりますが」

ふふっと笑う。


「私はね、母上に皇帝になる為に育てられました。孤独だったんです。でも、他にも兄弟がいる事を知って救われました。妹はいましたが、巫女姫になる為に育てられていたので、ほとんど会えませんでしたし」

弟は城に軟禁状態で育てられていた。何度か父に連れられ小さな弟に会った。

大人に囲まれてつまらなそうにしていたが、俺が姉だと紹介された瞬間嬉しそうな笑顔を見せた。

「俺は、兄上にお会いする前に兄上の事をある人物に聞いていたのです。それでずっと会いたくて仕方なかった」

俺のことを?父上だろうか。

「それは?」

好奇心に勝てず思わず聞いてしまう。

「ハヅキですよ」

ハヅキが?予想外の人物に俺は驚いた声を上げた。


「彼は将来『ヌエ』を背負う1人として、たまに城に来ていたんですよ」

未来の皇帝に顔見せしていたということか。

「彼はいつもつまらなそうな顔をしていたのですけど、兄上の話をする時だけは本当に嬉しそうでした。他の人には内緒だと言って、よく兄上の話をしてくれました。実際に兄上にお会いした時にハヅキの言っていた通りだったので凄く嬉しかった」

その頃にはシグレはハヅキと出会っていた。まだシグレが小さい時だったので、記憶は曖昧だがハヅキの赤い髪と笑顔は何となく思い出していた。

「彼は、本当に兄上が大切だったのですね。また会えると思っていたのに残念です」

クサナギの顔が陰る。そう、ハヅキはもういない。


「母が貴方を殺そうとして屋敷に火を放った事を聞いたときに、私は絶望したんです。もう兄上にはお会いできないと思ったので」

クサナギが俺の手を取った。

「しかし、ハヅキが兄上は生きておられることをひっそりと教えてくれました。彼には感謝してもしきれません。兄上の母を憎むあまり、王妃である私の母上は鬼のようになっていました。個人の感情で国を動かす暴君となり果ててしまったのです」


俺の母上を王妃が恨んでいた?

「あんな母上でも皇帝である父上を慕っておられたのですよ。それがどんどん醜い憎悪に変わっていき、たった1人の妹も母の影響を受け、残酷な性格になっていきました」

第2皇女はどんな人物なんだろう。あのミナヅキがただ1人と仕える人物とは。だが、もう彼女が表舞台に立つことはないのだろう。

「ミナヅキは妹に仕えていたようですね。彼も真面目な人だったのに。多分、母上と妹に利用されたのでしょう」

クサナギが残念そうに呟く。ミナヅキとは本当に数えるほどしか会話できなかった。どうしてこんなに世の中上手く行かないのだろうか。

どうして、兄弟で殺し合わなければならなかったのだろうか。

自然に涙がこぼれてくる。何もかもがやるせない。


「兄上、どうか国にお帰り下さい。これからは私が兄上をお護りいたします」

弟が力強く言ってくる。

ハヅキはもういない。フィーリアもこれからは自分の国で王女様するだろうし。俺の居場所はどこにもないのかな。

思考がどんどん暗くなっていく。

弟の誘いに乗ろうかと口を開きかけたその時、

「シグレ、フィーリアの命が危ないゾ」

いつの間にか扉が開いており、マラキアが入ってきていた。

「どういうことだ。フィーリアは儀式を行っているんだろう?」

思考が麻痺している俺にはマラキアの言うことが素直に頭に入らない。

「さっき神官共の話を盗み聞きした。巫女姫を狙う人間がいるというが、どうせ儀式が終われば死ぬのだから、待っていればいいのに。と言ってイタ」

死ぬ?フィーリアが死ぬ。


「鳥殿、どういうことか。確かに儀式は数百年、数十年に一度行われるが、巫女姫が死ぬという話しは聞いたことがないぞ」

クサナギがマラキアに聞く。

「じゃあ、儀式の後、巫女姫がどうなったか知っているのか、クサナギ」

俺の言葉にクサナギが考え込んだ。

「……そういえば、聞いたことが無いです」

俺は立ち上がろうとして、ポケットからカサっと音がするのに気が付いた。そこにはフィーリアからの手紙がある。

慌ててそれを取り出し広げる。


『やっほー、シグレ。

まさか儀式終わる前にこれ読んでないでしょうね。

まあ、読んだとしてもどうしょうもないから諦めて。

今日私は儀式を行います。その際、命を落とすことになるでしょう。

つまり死んじゃうって事なんだけど、あんまり悔いはないのよね。


私が死なないとこの世界が滅ぶとか言われちゃったらもう選択肢ないじゃない?最初は流石にやけっぱちになって、暗殺されても別にいいやって思ったりもしたんだけど、巫女見習いとして神殿に帰ってくる最中にシグレに初めて会ったとき、この人だって思っちゃったのよね、何故か。

これはいわゆる一目惚れってやつなのかしら。


ゆえに、シグレがいる世界の為ならまあいっか。と開き直る事が出来ました。感謝してるわ♪

最後に好きな人の為に死ねるなら、中々満足な一生になると思うのよね。ハヅキがべたべたしてるのがかなり気にくわないけど、私の死んだ後は仕方ないから許すしかないのよね。うー、腹立つ。

そういう訳だから、私の国に一緒に行くっていう約束は果たせそうにありません。それを謝りたくて、ここに手紙を残したというわけよ!

でわでわ、私の代わりに長生きして頂戴ね。それこそ命かける甲斐があるってものよ。ハヅキとマラキアにもヨロシク。結構楽しかったわ。

じゃあね。

大好きなシグレへ』


フィーリアの口調そのもので書かれた手紙の内容はその文体とは裏腹にかなり重い。彼女を助けるためにはるばるこの世界にやってきたのに、俺は一体何をしているんだ。

俺は細工をしていた巫女服の上着を脱いだ。下からはいつも身につけていたの男用の普段着が現れる。


髪も高く後ろでポニーテールにする。これで動きやすくなる。

うだうだやっている暇はない。フィーリアの所に行く、今俺が最優先ですべき事だ。

「悪い、クサナギ俺は行く」

フィーリアの手紙を見せてそう告げる。

「兄上……お止めする事はできませんね」

クサナギは寂しそうに笑った。

「ハヅキの事は頼む」

ちゃんと弔ってやって欲しい。本当は俺がやりたかったが、フィーリアを1人にする事は出来ない。

余計な事は考えるな。フィーリアに会ってからどうするか考えよう。

「行ってくる」

クサナギに別れを告げ俺は廊下に飛び出した。


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第9章 待ち人


先程の地震は頑強な神殿に大した被害を与えていなかったようだ。

皆浮き足立っていたが、取り乱す事もなく、神聖騎士団もその役割をしっかり果たしていた。

よって、俺は立ちはだかる神聖騎士団に囲まれていた。

「お前はどこから入ってきた!ここからは何人たりとも立ち入り禁止だ」

剣に手をかけて青い制服の騎士団員が威嚇してくる。

シーラの格好ならまだしも、俺は今ちゃんと男の格好をしている。神聖騎士団が怪しむのも無理ない。

だが、出来れば斬りたくない。そう思っていたら、奥からリーネア隊長が走ってきた。

「どうしたのですか?何の騒ぎです」

俺はリーネア隊長を物陰に連れて行き、先程起こった事を急いで説明した。

「…ハヅキが死んだのですか?」

信じられないという顔をしている隊長のマントを思いっきり掴んだ。

「頼む、ここを通してくれ。フィーリアまでこのままいなくなったら俺はどうしていいか分からない。最後ぐらい一緒にいてやりたい」

俺の言葉にリーネア隊長がビクリと体を振るわす。

やはり、巫女姫の事を知っていたのだ。


「何処でそれを?」

青ざめた表情のリーネア隊長が聞いてくる。

「神官共が話していたのをマラキアが聞いてきた」

リーネア隊長がため息をついた。

「私もそれを聞いたとき、フィーリアを止めるかどうか迷いました。しかし、彼女が犠牲にならなければ世界は救われないのです」

今にも泣き出しそうな声でそう語る。

「彼女は笑って引き受けました。初めはさんざん悩んだようですが、貴方に出会って決心がついたそうです」

その時の彼女の表情が容易に想像できる。


「彼女を止めることは出来ませんよ。それでも行きますか?」

諦めた顔にわずかな期待が見える。

俺は力強く頷いた。

「最後を見届けてあげてください」

俺の両手を取って、祈るように額に掲げる。

その後リーネア隊長の権限により、俺は奥の神殿の更に奥、最奥の儀式の間に行くことを許された。


「儀式の間は数々の道に分かれており、たどり着けるかどうか分かりません。私も行ったことがないので、説明はできませんが」

心配そうなリーネア隊長が最奥の神殿がある方向を見る。

山の中腹から、頂上に向かって数々の建物が見える。聞けば、途中神殿が山の中に入り込みトンネル状になり、迷路のようになっているらしい。

「何とか行ってみる。そんなに複雑に作らなくていいのに」

呆れたように俺は建物を見上げる。


「途中までならご案内できます」

誰かが後ろから話しかけてきた。

驚いて振り返ると、表の神殿の儀式の為に最後に髪結いをした巫女が立っていた。

「君は?」

リーネア隊長が剣の柄に手をかけた。


「私は神官長の親族の者で、最奥の神殿の儀式の間の少し前までならご案内出来ます」

巫女はしっかりした声でそう言った。

「なぜ、あんたが案内を買って出てくれる?」

巫女は優しく微笑んだ。

「貴方はシーラさんですね?私は貴方もフィーリアさんも好きだったので。好きな2人が会うためなら、お手伝いしたいと思ったのです」

彼女は巫女姫の運命を知っている1人だ。


「巫女姫の行動を止めることは世界を滅ぼす事ですから、出来ませんが、最後に会うくらいなら神もお許し下さるでしょう」

彼女はフィーリアの決意を知っている。そして、俺が止める気で行くわけでは無いことも分かってくれたようだ。

俺はフィーリアに会いたいだけだった。彼女が葵の魂の持ち主なら、絶対に自分だけ逃げだそうとはしないだろう。

頑固者の彼女を止める事は出来ない。だが、1人寂しく逝く事で、影に取り込まれる事は止めなくてはならない。

俺に出来ることはまだある。

それで彼女の魂が救われるかもしれないからだ。

「頼めるか?」

俺の言葉に巫女は頷いた。


彼女の名前はウィアと言う。

神官長の世話役も務めているらしく、他の巫女達が知り得ない事も知っていた。

「何かがあった時の為に、数人の神官と巫女には道順が教えられています。ただ、巫女である私には途中までの道しか教えられていません」


一部の神官は最後まで教えられているらしい。もちろん神官長も。

「複雑に入り組んだこの迷路のような神殿は代々の神官長が作り上げて来ました。この神殿が完成し、正式に機能し始めたのは約100年前ですが、もっと前からこの地にひっそりと神殿の基礎が築かれていたようです」

複雑な曲がり角を幾つも曲がって行きながら、ウィアが説明してくれる。


確かに入ってすぐの建物は綺麗だったが、奥に入るにつれ、年代が経っている事を感じさせる。

「巫女姫の役割についても、何もない時には数年をこの神殿で過ごし、また国に帰るという事もあったそうです。その中の何人かは本当の役割を知り、その役割に殉じられました」

ウィアが辛そうな顔をする。1人の人間が犠牲になる事で大勢の人間が助かる。犠牲の少ない効率のいい方法に思えるが、巫女姫にとっては選択の余地がない話である。更に、当事者を知っている者にとってはとんでもない話なのだ。


「巫女姫は影を払うのが役割だと聞いたが、それは本当か?」

前を歩くウィアに神官長に聞いた話の真偽を確認する。

「そうです。巫女姫の命を捧げる事は伏せられていますが、それ以外の事は本当です」

全ての事において騙されていた訳ではないらしい。嘘の中に真実を混ぜるとは上手い方法だ。

「ただ影を払う時に、その衝撃で魂が砕けると聞きました。神官長がいつも仰っている次の世界には行くことが出来なくなります」

神官長は『世界樹の旅人』だ。この世界の有り様を知っている。


「転生の機会が失われると言うことか」

それでは葵を追うことが出来なくなってしまう。それは、これからこの広大な世界樹の世界で俺が1人で生きていかなければならないという事だ。

かなりの距離を歩いて、洞窟部分の隙間からの光が心許なく思えるようになった頃、ウィアが静かに歩みを止めた。

「私が案内出来るのはここまでです。ここで全体の約8割の道のりです」


残り2割の道は自分で探していかねばならない。ウィアが案内してくれたので、ここまでの道のりは実に順調だった。

「有り難うウィア。君のお陰で距離が稼げた。君は危険だから引き返してくれ」

感謝の気持ちを込めて頭を下げた。これからは何とか自分でたどり着こう。

「何をおっしゃるのですか、私も最後まで道を探すのを手伝わせて下さい」

驚いた顔でウィアが申し出てくれるが、これ以上彼女の立場を悪くする訳にはいかない。

「いや、ここまででいい。君はこの世界で今からも生きていかなければならないんだ。これ以上は関わってはいけない」

俺は彼女と距離を取るべく、奥に向かって足を進める。

「元気でウィア」

彼女も俺の決意を分かってくれたのか、それ以上は付いてこなかった。彼女の気配が遠ざかっていく。


それからどれだけ歩いたか。

「時間の感覚がねぇー。あれ、この印、また同じ所戻ってきたよ!」

情けない事に、あまり進めていなかった。

そりゃそうだ、侵入者除けの迷路がそんな簡単に解ける訳ないか。

どうしようかな、印をつけながら歩いてるけど、絶対同じ場所に帰ってくるんだよな。

「あーもう、山の斜面あがっていく方が早かったりして」

諦める訳にはいかないし、焦りはピークになってくるしでテンパってると、赤い光が頬を掠めていった。


テンパってた俺が今パニクってる。

「……生まれて初めて人魂見たわ。ちょーこえー」

人魂は偉そうに俺の前方に陣取っている。

じっと見ていると『はよこいや!』的な揺れ方している。

「いや、今煮詰まっているけど、あいつに付いて行ったら、儀式の間どころかあの世に直行しそうなんだけど」

つい独り言を言ってしまう。

と、その時。


「どわっ、危ないだろこの人魂!何か怖いからお前は今からタマちゃんだ!」

いきなり人魂が俺に突進してきたのでビビった俺が叫んでいた。

そしたらタマちゃん嬉しそうに丸描いている。気に入ったようだ。

「分かったよタマちゃん、酷いこと言って悪かった。行くよ、付いて行く」

何か毒気を抜かれた俺は、先程の怖さが吹っ飛んで肩の力が抜けていた。

タマちゃんは機嫌が良くなったのか、左右にスイングしながら前に進み始めた。分かりやすい人魂だ。


暫くタマちゃんに付いていくと、先程から散々迷っていた分かれ道に出た。

この分かれ道、右に行っても左に行っても同じ所に帰ってくるのだ。

「タマちゃん、これどっちに行っても同じなんだわ」

俺が前方の分かれ道を見ながら言うと、タマちゃんはそっちに行かず、後ろに引き返そうとする。

「そっちは来た道なんだって、タマちゃん??あー!!」

俺もタマちゃんに釣られて後ろを見れば、来た道の左に細い通路が見える。

「うあー、心理トラップだ。迷路を行く人間は前しか見てないから。特に分かれ道の前では後ろはあんまり振り返らないよな。やられたー」

別に通路は隠されてもいないのだが、巧妙に見えづらく細工されていた。

その道にタマちゃんがふわふわ入っていく。

「よっしゃ、第一関門突破!タマちゃん最高!」

俺が褒め称えると、タマちゃんの炎の赤みが少しだけ強くなった。

……照れたな。


更に今度は山の表面に向かって歩いてきたので、途中で外に出た。

どうも迷路は山の中に入ったり、外に出たりとジグザグに頂上に向かっているようだ。遙か眼下にトリアの街が見える。


「マレ元気かなー、思えば遠くに来たものだ」

俺がちょっとセンチになっていると、隣でタマちゃんもじーと港町を見ている。……多分。

「俺さ、あそこから来たんだ。まあ、その前は別の遠い世界から来たんだけど。マラキアに会って、ハヅキに会って、フィーリアに会って、リーネア隊長やウィアに会って、新しい世界でやっていけるのか不安だったけど、結構楽しかったんだよな。そこに人間がいる限り、やっていけない事はないのかもしれないな」

俺は葵と次の世界でもまた次の世界でも会いたい。

そして出来ればもう1人大事な親友にも会えればいいな。例え、そいつが俺の事覚えて無くても、俺は絶対またそいつと友達になると思う。

まあ、苦労はするだろうけど。


タマちゃんはフイっと……多分向きを変えたんだろう通路を進み始める。

休憩終わり。太陽の傾き具合を見た限りでは、思ったほど時間は経っていないようだ。

相変わらず緩やかな坂道、そして人を馬鹿にしたようなトラップの数々を抜け、周りの建物が綺麗になってきた頃、俺はあることに気づいた。


「タマちゃん、透けてないか?」

先程まで赤々としていたタマちゃんの炎がうっすらと後ろの建物を透けさせていた。

「そうか、儀式の間はいわゆる神域だから、魂だけでは近づくのが辛いんだな」

俺の言葉にタマちゃんは残念そうに頷く。

意志疎通できるんだ。


「ありがとな、タマちゃん。周りの建物見てたらゴールが近そうだからここでお別れしような。気をつけて帰れよ。って何処に帰るんだ?」

俺が1人ボケツッコミやってたら、タマちゃんがふっと離れて行く。

そして、タマちゃんの行く先に青白い魂がもう一つ浮いていた。

「……タマちゃんツー」

勝手に名付けたが、その魂はおとなしく漂っている。

タマちゃんがゆっくり近づいて行くと、その青白い魂は人の形を取り始めた。

「お前は」

全身が青白く光っているが、今の俺と同じ容姿の人物が目の前に現れた。

「シグレ?」

そう、今俺が入っているシグレの本物の魂が目の前にいる。

シグレはゆっくりと頷いた。

「俺に文句言いにきたか?」

そうではないのは分かっていたが、思わず聞いてしまった。

俺の問いにシグレは即座に首を横に振った。

「じゃあ、まさか会いに来てくれたのか?」

次の問にはシグレは首を縦に振った。

「そうか、ごめんな。俺、ハヅキを護れなくて」

そう言った時にハッと気づいた。もしかして、タマちゃんって。

そういえばノリがどことなく馴染みのあるものだったし、まさか。

俺はおそるおそるタマちゃんの方を向く。


そこには笑顔全開のハヅキが現れていた。透けてるけど。

「死んだ人間とは思えない笑顔だな、ハヅキ」

ハヅキはいそいそとシグレの隣に行く。

「そうか、先に死んだシグレの魂と会えたんだな。良かった」

俺がそう言うと、何故かハヅキ照れてる。相変わらずよく分からん奴だ。

「死んでまで心配かけてすまなかったな。そして、騙してて悪かった。俺はシグレじゃない。刀夜って言うんだ」

ハヅキの口が『トウヤ』と動くのが見えた。

ハヅキは気にしてないとばかりに笑う。そうだ、ハヅキはそういう奴だった。


「おい、お前らかなりスケスケになっているけど、大丈夫なのか?」

先程より更に透明感が増した2人に不安を覚えたが、シグレとハヅキは透けているお互いを指さして笑っている。大丈夫なようだ。なんか似たような性格してるわ。


そのうちハヅキがシグレを促した。やっぱりそろそろタイムリミットのようだ。

2人は実に名残惜しそうな顔をしていたが、人型を保つのも辛くなってきたのだろう、ゆっくりと手を振り魂の形に戻った。

「元気でな、また違う世界で会おう」

俺の言葉を聞いた二つの魂はそっとその場を離れて行った。今度こそ2人で楽しい人生を歩んで欲しい。

出来れば、ハヅキ彼女作れよ。お前ちょっと執着スゴすぎだから。


二つの魂を見送って、更に奥に進むと無駄に大きな扉が見えてきた。扉の前には人影もある。俺は柱の影に隠れながら近づいていく。扉の前には見張りと思われる神官が2人いる。ビンゴだ、あの扉が儀式の間の入り口のようだ。


さて、どうやって入るかな。相手は丸腰のようだから、あまり乱暴な事はしたくないんだが。

何か使える物はないか、俺はポケットの中を何となく探ってみる。

結構深めに作られているポケットなのだが、この前から何かちょっと重い気がしていた。

かさっ。何かが指に触れた。

何も入れた覚えはなかったが、引っ張り出してみると、見覚えのある二つの袋が現れた。


「あいつ、いつの間にこれ入れたんだ?」

そこには見覚えのある例の小袋があった。

ここにはいないフィーリアに感謝しつつ、見張りに向かって小袋を思いっきり投げた。

俺は口と鼻を布で覆い、なるべく目を開けないように赤と黄色の煙の中を走り抜けた。

扉を開けて入り、間髪入れずにまた締める。そうしてようやく空気を吸った。


扉の向こうではうわー、だのひぃーだのの悲鳴が聞こえている。もしかして、峰打ちとかにしたほうが彼らの為だったのだろうか。

さて、やっと扉をくぐったが、そこには儀式の間は無く、大広間になっており、更に奥に扉が見える。

「どんだけでっかいんだよ!」

そろそろ疲れも出てきたが、なにせ時間がない。

急いで大広間を突っ切って次の扉に向かう。


……が、人生そんなに甘くない。

「何者だ、どうやってここまで来た!この奥に行かせる訳にはいかない。排除する!」

神官が5人、左右の扉から武器を持って出てくる。

神官なのに動きに無駄がない訓練された動きをしている。

神官兵。神殿を護る神聖騎士団とは別に神官を護るための兵だ。

「5人か、武器を持っているとはいえ、神官を傷つけたくはないが」

峰打ちで捌けるか……。

フィーリアの必殺技も先程使い切ってしまった。やるしかないか。


「ちょっとそこどいてくれないか?巫女姫に用があるんだ」

ここへ来る前に部屋から取って来た愛用の太刀の鯉口を切る。

1人目の神官兵が向かってくる、太刀を逆にして鳩尾を狙う。

相手は槍、リーチが違うが懐に入り込めばこちらの勝ちだ。

素早い動きで槍の動きを翻弄させ、相手の一瞬の隙をついて一気に距離を詰めた。

「こいつ、早い!」

狼狽する神官兵の声が頭の上からする。俺は姿勢を低くして神官兵の鳩尾に強烈な一撃を加えた。

ぐえっという声が聞こえ、神官兵はどさっと床に倒れ込んだ。

まずは一人。


次に倒すべき敵を見据えようと剣を構え直すと、足元に3人倒れていた。

あれ、俺今倒したの1人だよな?何で3人倒れてんの?

さらに向こうでうっと声がして、人が倒れる音がする。

警戒心を解かず、ゆっくりと顔をあげるとそこには、

「ハヅキ?嘘だろ」


4人目を倒したハヅキがこちらを振り向いた。その表情はいつもと違って無表情。

先程血だらけになっていた神聖騎士団の団服を着替えていつもの普段着になっていた。違いはそれだけなのだが。何か違和感がある。

「どうしたシグレ。先に行くんだろう?」

ハヅキの優しい話し方とは違う、淡々とした口調が響く。

この口調はまさか、いやあいつがここにいる訳がない。

「何だ、それともここから戻るのか?」

俺は魂の色を見分けるため、ハヅキをじっと見つめた。

「どうした、惚れ直したか」

このあほらしい会話と魂の色、間違いない。

「お前、晶だな。と言っても記憶はないだろうけど」

いや、まて。今こいつがハヅキの中に入っていると言うことは。そんなことが出来るのは『世界樹の旅人』だけだ。という事はこいつも『世界樹の旅人』って事か?


「やっぱり気づいたか。刀夜の目は誤魔化せないな」

ハヅキが、いや、ハヅキの中に入っている晶がふっと表情を緩める。

「晶、どうして」

如月晶。葵の双子の弟。葵が亡くなる1年前に事故で死亡している。

その後別の『世界樹の旅人』がその体に入り、晶として生活していた。

「どうしてって、刀夜が危ないときは俺が助けると約束しただろ?」

呆気にとられる俺の前にやってきて肩に手を置いた。

「晶は『世界樹の旅人』なのか?記憶もあるみたいだし」

俺の言葉に晶はにっこり笑った。俺にだけ見せる笑顔だ。

「初めからそうだと言っていただろ?」


?あれ、何か前から会っていたみたいな事言ってるぞ。俺の会った『世界樹の旅人』といえば神官長と後は……。

「マラキア!」

「当たり。いろいろ事情があって、アエルの量が足りなくて鳥に入ってた。小動物ならアエルの量が少なくても入れるってコクマが言っていたからな」

何気に晶が死んだ後に晶の体に入っていた『世界樹の旅人』の名前が出てくる。あーややっこしい。

「何でお前がコクマの名前知っているんだ。お前の体に入っていたやつだぞ」

死んだ魂は体から離れて別の世界に旅立つはずだ。


「俺が体から離れそうな所をコクマがつなぎ止めてくれたんだ。死後も刀夜が心配で旅立てずに影になりそうだったから。俺の元の体に眠らせてくれてたんだ」

もの凄い内容をさらっと言う。コクマは何も言ってくれなかったぞー。


「お前が飛び立った後、コクマがお前の後を追うように言ってくれてな。追っかけて来たんだ。刀夜が気づかないから正体明かさずにいたんだけどな」

先に言えよーなんでそんなに性格ひねくれてるんだよ、コイツは。

こいつの性格は一言で言えば、何様、俺様、晶様だ。

つまり、やたらエラソーなんだ。

「ハヅキに入ったって事は、アエルの量が戻ったって事か?」

俺の質問に晶は頷いた。


葵と共に会いたくて会いたくて仕方なかった人物が目の前にいるのだが、感動よりも驚きが大きくて、実感が沸かない。

「取りあえず、殴っていいか?」

俺の言葉に晶が大声だして笑い出した。

「やっぱ、刀夜最高。訳わかんない!」

嬉しそうに抱きついてくるので、お約束で腹に一発入れといた。


「晶、まさか殺してないよな」

周りの神官兵を見ながら尋ねる。傷はないから大丈夫だと思うけど。

「全員ぶん殴って気絶させただけだ。刀夜が言うなら殺すぞ」

涼しい顔で晶が言う。まだハヅキとのギャップに慣れない。

「こ・ろ・す・な。命の危険がない限りな」

コイツは言い聞かせとかないとなにするか分からない奴だからな。大人しく鳥に入っていたら苦労もないのだが。

「分かった。殺さない」

下手にハヅキの力が使えるようになったから、余計質が悪い。

「さあ、時間がない。葵に会いに行かないと」

俺が扉に手をかけようとすると、


「なあ、刀夜。フィーリアが葵なんだな?どうしても葵に会わないといけないのか?」

不思議そうに晶が聞いてくる。

「葵の魂を孤独にすると、影に取り込まれるかもしれないんだ。葵の魂は俺たちが護らないと」

とは言ってみるが、晶に通じるかどうか。

「別に葵がどうなろうといいけどな。記憶はないんだろ?」

晶の感情は冷たいとか、そういうレベルではなく、何も感じていない機械のように思える時がある。昔に比べると人並みに笑ったり怒ったりすることが出来るようにはなったが、たまにこういう感じになる。例え実の双子の姉であろうと容赦ない。

「記憶があろうが無かろうが、魂は葵の魂だ。見捨てる事は出来ない。俺は、葵と晶と3人でこの世界樹の世界で生きていけたら最高だと思う」

俺の言葉に先ほどまで冷たかった晶の表情はゆっくりと微笑みに変わっていった。

「刀夜がそう言うならそうする。まあ、葵はやっぱりどうでもいいけど」

この辺は一応妥協してくれているので、怒らないでおく。

まともな考え方ではコイツと一緒にいるのは不可能だ。

海よりも広く深い心で接しないと、晶には通じない。

「刀夜、抱っこしていいか?」

海よりも広い心……今嵐に変わった。


「痛いな、殴らなくていいのに」

晶は何故かスキンシップが激しめだ。ため息を吐きながら扉を開く。

晶も殴られた頭を押さえながら黙って従う。

「ちょっとー何でシグレがこんなとこまで来てるのよ!」


扉を開けた途端にフィーリアの声が響きわたる。やっとたどり着いた。

「会いに来たに決まっているだろう」

かなり広い部屋の真ん中にいるフィーリアに聞こえるように大声を上げた。

「な、会いに来たって」

顔を真っ赤にして床にのの字を書き始めた。照れてる。

「何も言わずに行くフィーリアが悪い」

俺はフィーリアに近づく為に、部屋の中央に向かう。フィーリアは魔法陣のような模様の真ん中に座り込んでいる。


「手紙で告白した後でどんな顔で会えっていうのよー」

あ、向こう向いた。

「刀夜、危ない」

淡々とした声が聞こえると同時に、俺の前に晶の背中が現れ、剣戟が聞こえた。

「え、何が」

晶が剣を左右に振っている。そのたびにうっ、とかあっ、とかの声が聞こえる。そうっと前を覗いてみるといつの間に現れたのか、神官兵が3人フィーリアを背にして俺達と対峙していた。

「すまない晶、助けてくれたんだな」

俺がフィーリアに気を取られている隙に、武器を持った神官兵が柱の陰から襲いかかってきていたのだ。

晶の剣の勢いに、神官兵はたじろいでいた。もうレベルが違いすぎて手がでないんだろう。


「困りましたね。こんな所まで来てしまうとは」

奥から神官長のマグヌスが現れる。

「俺の事うまく丸め込んでくれたな」

彼の立場上仕方がないのだが、結構ムカついていた。

「そんなつもりは無かったのですが、貴方は一体どうするつもりですか。彼女と手に手を取って逃げるつもりですか?」

マグヌスの質問に俺は首を横に振った。

「そんな事をすれば、この世界は滅びて今生き延びてもいずれ死ぬことになる。まあ、フィーリアだけ助けるつもりならそれもいいが、そんな事はフィーリアが許さないだろうな」

俺の言葉にマグヌスもフィーリアさえも驚いた顔をした。

「では貴方は何をしにここへ?」

俺に敵意が無いことを理解したマグヌスが神官兵達を手で制した。

「一つ提案があって来た」


俺は一歩前に出る。俺の最終目的は葵の魂そのものを護る事。その為には確率の低い賭であろうがやってみる。今は晶がいて俺一人じゃないしな。

「聞いてくれるか?」

俺の言葉にマグヌスは戸惑いながらもゆっくり頷いた。


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第10章 いつかまた


「一つ確かめておきたい事がある」

椅子とかないので適当に床に座る。

晶も警戒を解かずに俺の隣に座った。何故かマグヌスも一緒に座る。

「確かめたい事とはなんですか?」

俺の話を聞いてくれる気になってくれたのか大人しく質問してきた。

「魂の構造について聞きたい。記憶と魂は1つのものなのか?」

俺の言葉にマグヌスはしばし考え込んだ。

「貴方は魂がどのように見えますか?」

俺の質問にマグヌスは質問で返してきた。が、意地悪とかではなく必要な質問であることは彼の表情から分かったので答える。

「そうだな、俺の場合は形ではなく色で見える。色と言っても何色とかの具体的な色じゃなく、例えば晶色とか」


……あ、ちょっと分かりづらかったか。

「つまり、その人の魂の持ち主の気配を感じ取ると言うことですか?」

そう言われてみればそうかもしれない。俺は簡単に色と認識していたけど。

「まあ、ぶっちゃけ感じるだけで言葉で説明しづらいな」

掴もうとするとイメージが曖昧になっていくようだ。

「そうですか、私の場合は貴方よりもう少し詳しく魂が見えるようです。まず、普通の人間は核に魂、そしてその周りを記憶の層が包んでいます」

うぅーむ、ちょっと難しいかも。


「あんぱんでいうと、魂の部分が餡で記憶の部分がパンだな」

俺が考え込んでいると、分かりやすいように晶が説明してくれる。

しかし、魂をあんぱんに例えるって。俺の知能レベルに合わせたんだろうな。ちょっと悲しい。

「そして、『世界樹の旅人』の魂は魂と記憶の境がありません。魂と記憶が混ざり合った一つの塊に見えます」

そのせいで俺達『世界樹の旅人』は世界の壁を通る際に思いっきり拒絶されるんだな。普通の魂は記憶の層が剥がれて魂だけになっているから、他の世界に入る時にすんなり受け入れられるのだろう。

「うーん、大体俺が考えていた通りって訳か。じゃあ何とかなるかもしれない」

俺は姿勢を正してマグヌスに向き合った。


「俺の考えはこうだ。まず、フィーリアの記憶部分が影にぶつかり、影を消滅させる。その時の衝撃で無防備になった魂が砕けるというのが今までのパターンだったわけだ」

俺の言葉にマグヌスと晶は頷く。

フィーリアだけは不満そうにこちらを睨みつけている。

「つまり、無防備になった魂部分を衝撃から護れれば、その魂は他の世界に旅立つ事ができるわけだ」

俺がそう言った瞬間にマグヌスは、はっとして俺を見る。

そう、マグヌスには俺が言わんとしていることを正確に理解したのだ。

「俺が俺の魂でフィーリアの魂を護る」

そう、衝撃が来る瞬間に俺の魂で葵の魂を包み込むのだ。

成功するかどうかは分からないが、やる価値はあると思う。

「確かに世界の壁に拒絶されても突き抜ける事ができる『世界樹の旅人』の魂ならそれも可能かもしれません」

マグヌスもその作戦を前向きに考えてくれるようだ。

「俺はどうすればいい?」

隣で静かに聞いていた晶が口を開く。

「お前はどうしたい?」

まあ、晶の答えは大体分かっているが、やっぱりちゃんと聞いとかないといけないだろう。

「刀夜と一緒に魂を護る役目をやる」

仲間外れにされるのがものすっごくイヤな奴なので、不本意ながらも手伝ってくれるだろうとは思っていた。

「ちょっと、何か私をほっといて話が進んでない?」

今まで大人しくしていたフィーリアがとうとう我慢できずに割り込んできた。

「お前はうるさいから、そこでイジケてろ」

晶が容赦なく言い放つ。

「ハヅキ、性格変わってない?別人みたいなんだけど」

うーん、さすがに分かるか。これは黙ってられないな。

「あのさ、フィーリア。今から本当の事を話すけど、ショック受けないでくれよ」

俺は今までフィーリアに言っていなかった事を全て話すことにした。


「つまり、シグレには刀夜って人が入ってて、ハヅキには晶っていう人物が入っているって訳ね」

俺の話を聞き終えたフィーリアは魔法陣の中央で難しい顔をしていた。そりゃそうだ、今まで本人だと思っていた人物が偽物だったのだから。

「すまなかった。事情があったとはいえ、黙っていて」

俺はフィーリアに頭を下げた。きっと彼女はショックを受けているに違いない。

「でも、私と出会った頃には中身は刀夜だった訳よね?」

着ぐるみじゃないんだから、中身はないだろうと思ったが、それは口に出すのは止めよう。

「そうだけど」

短く肯定だけしておく。

その答えを聞いたフィーリアは難しい顔から一気に笑顔になった。

「じゃあ、私が好きになったのはシグレじゃなく刀夜って事になるわね。全然問題なし!」

一気に脱力した。全くショック受けてねー。むしろ何も無かったようになっている。さすがフィーリアだ。

「はあ、何だそのお気楽極楽さは。聞いているこっちが呆れる。さすが葵の魂だ」

いきなり隣で臨戦態勢に入っている晶。お前の怒りのスイッチは何処だ!

「誰がお気楽ですって、こっちは好きな人の為に命懸けてる可憐な乙女なわけよ、後から登場して偉そうにしてるんじゃないわよ!」

何故かフィーリアまで怒りモード。ああ、もうこの2人全く葵と晶そのまんまだ。

「可憐な乙女、それ何処にいるんだよ。くそ生意気なブスなら目の前に居るけどな」

ぷっつんって音が聞こえそうなフィーリアの顔。マジギレしたぞ、どうすんだ。

「はあー、あのまま鳥の中に入ってりゃ良かったのよ。そのほうが平和だったわ。こんな性格だと分かってたらその場で焼き鳥にしてやってたわよ!」

「お前に捕まるほど間抜けだと思ったか馬鹿め!」

2人の応酬は止むどころか激しさを増す。


「あの、お二人を止めなくてもいいのですか?」

さすがにヤバいと思ったのか、マグヌスが俺に近づいてきてそっと耳打ちする。

「まあ、そろそろ時間もないし止めさせないとな」

罵声が2人から飛びまくっていて周りの神官兵が引きまくっている。

「お前なんか、記憶もないくせに刀夜に世話かけやがって」

晶が怒りに任せてフィーリアに無茶を言う。

「思い出せるなら思い出したいわよ!別の世界での刀夜とのラブラブ生活!」

「ラブラブじゃない!お前が刀夜を引っ張り回してただけだ!」

その言葉を聞いたフィーリアは何故かどや顔で晶を見る。

「でもその私を刀夜は追いかけてきてくれたのよ」

ふふんとばかりに晶を見ている。晶は悔しそうにフィーリアを睨みつけていた。

「俺は葵も晶もどっちも大事だぞ」

俺の素直な言葉にフィーリアと晶は同時にこちらを見た。何故か2人とも目が潤んでいる。

「記憶がないのが悔しいわ。ショックを与えられたら戻らないかしら?」

「俺がぶん殴ってやる。世界救う前に次の世界に行くかもしれないけどな。刀夜の事は任せておけ、絶対護るから」

せっかく収まりかかっていたのに、また火がつきそうになっている。


俺の横でマグヌスがおろおろしていた。どの世界でもこの2人の兄弟喧嘩はちょー迷惑なんだな。

「おい、2人ともいい加減にしろ。そろそろ時間がヤバいんじゃないか」

俺の言葉に2人は同時に口を噤んだ。

「マグヌス、俺と晶も同時に飛ばして欲しいんだけど、どうすればいい?」

隣のマグヌスに方法を聞く。やろうと思えば体から魂を抜くことは自分で出来るが、フィーリアの魂の飛翔に付いていけるか分からない。

「それでしたら、今フィーリア殿がいる魔法陣に一緒に入って下さい。あの魔法陣はアエルを最大限に高める役目と、体から魂を剥がして飛ばす役目があります。今まで巫女姫以外の人間が入ったことはありませんが、理路論的には可能のはずです」

マグヌスは魔法陣を指し示す。なるほど、それなら一緒に飛び立てる。

マグヌスが今までの知識をおさらいしているのか、じっと考え込んでいる。

「分かった。晶、行くぞ」

フィーリアと大喧嘩していた晶はいつものように冷静な顔に戻っており、俺の言葉に大人しく頷いた。


魔法陣の中ではフィーリアが俺に向かって両手を広げている。やたら嬉しそうだ。

「本当は刀夜を巻き込みたくなかったけど、この世界から離れてもまた追っかけてきてくれると分かったから、甘えちゃう♪」

横で晶が剣を抜こうとしているのを無言で止めた。気持ちは分かるが押さえてくれ。

「ちゃんと追っかけて行くから大丈夫だ」

そう言って俺は魔法陣の中に入っていく。遅れず晶も入ってきた。

その途端、魔法陣が輝きだした。

「まだ発動する時間ではないはず!」

光の向こうで慌てているマグヌスが見える。

「誤作動なのか。出た方がいいのか」

フィーリアと晶が心配で後ろを向くと、倒れている2人が見えた。助け起こそうと一歩前に踏み出したが、俺の意識も薄れてきて、やがて途絶えた。


ここは何処だろう。

真っ暗で何も見えない空間に俺は立っていた。静かだ。

遠くの方で小さな光が見える。多分あれが出口なんだろう。

俺は出来るだけ急いでその光に近づいて行ったが、距離感が全く掴めない。宇宙空間ってこんな感じなんだろうなと思っていたら、遠くに見えていた光が突然視界一杯に広がっていた。

しまった、引き寄せられていたんだ。

そう思ったときには光の中に飛び込んでいた。


そこは記憶にある小学校の教室。

……そうか、俺は今日この学校に転校して来たんだ。

教室を見渡せば後ろの方の席に1人の男子生徒がいて何か作業をしている。

俺はそちらに近づいていき、生徒の手元をのぞき込んだ。

「遠足のしおりをつくっているのか?」

今日の授業で来週に遠足に行くと先生が言っていた。そのしおりの提出が今週中だとも。ちなみに今日は木曜日だ。

「邪魔するな。俺は忙しい」

とても綺麗な顔をした少年は資料を見ながらしおりを作成していた。

「先生が言ってたけど、しおりは班の作るって。他の皆はどうしたんだ?」

俺の疑問に少年は無言だ。

「1人分にしては随分調べる事が多そうだけど」

俺は少年が隣に置いているリストを見た。今から調べる項目を書き出しているのだろう。


「俺が1人でやった方が早い」

少年は俺の方を見もしない。その態度に俺はカチンときた。

「それって押しつけられただけじゃないのか?お前いじめられてるのか?」

俺の言葉に少年は立ち上がった。

「俺がやった方が効率がいいんだ。あんな馬鹿な奴らとつるんでやってられるか!」

俺達は至近距離でにらみ合った。

「馬鹿はお前だ。何のために分担するんだよ。1人の負担を減らす為だろ」

話にならないとばかりに少年は椅子に座り、作業を再開した。


「いつもそんな感じなのよ」

扉の方から女の子の声がする。

「葵、先に帰ってろ」

少年は話しかけてきた女の子を突っぱねる。

俺は目の前の少年と扉の前の女の子を交互に見た。

「そっくりだ」

そう、2人の容姿はそっくりだった。どちらも顔が整っており、同じパーツが並んでいる。唯一違うのは髪の長さだけだ。女の子の方は髪が腰まである。

「晶って何でも器用に出来るから、先生もクラスメイト達もすぐにその子に任せちゃうの。晶も嫌だって言うのがめんどくさくなって、さっさと自分で片づけるようになったのよね」

呆れたように女の子が言う。今目の前にいる少年が晶、女の子の方は葵と言うらしい。

何でも出来るからって押しつけられてどうするんだ。


俺は資料の山に手を伸ばし、晶の横のリストを俺にも見えやすいように位置を変えた。

「何するんだ。触るな」

気が付いた晶が怒り、資料を自分の方に持って行こうとする。

「俺も手伝ってやる。どうせ俺は転校してきたばっかりで何処の班にも入ってないから」

晶がしばし固まった。

「俺がやるって言ってるんだ。なんでお前までやることになるんだ」

暫くして晶が困ったように俺を見る。

「だってさ、お前がやったら早いっていうけどさ、やっぱり1人より2人の方が早いって」

もうそろそろ日も暮れようとしている。早く終わらせて下校しなければならない。


「何でそんなに俺に構うんだよ」

晶が俺の行動が理解できないため苛立っているのが分かる。

「だってさ、何でも出来て人より早いかもしれないけど、やっぱり色んな事押しつけられてやってたらしんどいだろ?それはどんなに優秀な奴でも一緒だと思うんだ」

俺は資料の中から必要そうな部分を見つける。結構めんどくさそうな事やってんな。

「しんどい?俺が?」

俺の言葉に晶が呆然としている。

「え?しんどくないのか?」

あまりにじっとして動かなくなった晶が心配で、俺は手を止めて晶の表情を伺った。何かを考えている。

「そんなの考えた事もなかった」

うおーい、大丈夫かコイツ。どんな神経してるんだよ。

「あらやだ、貴方ちょっと面白いわね。今まで晶にそんな事言う人いなかったわ。しかも晶がびっくりする所初めて見たかも」

葵がいつのまにか近くに来てケラケラ笑っている。

「そう言う事だから、1人より2人の方が負担が減るだろ。だから手伝うよ。あ、俺刀夜よろしく」

俺の言葉に晶は素直に頷いた。納得したようだ。

「それなら私も手伝うわ。だって2人より3人の方がより早いわよ」

隣の椅子と机を引っ張ってきて葵が座る。

何だか不思議な2人組だが、新しい学校生活に抱いていた不安が一気に吹っ飛んだ気がした。

まあ、この学校でもやっていけそうだわ、俺。

あーだこーだと3人でしおりを作っているとそんな風に思えた。


「やらない。そういうことなら仲の良い奴に頼め」

次の日の朝、教室の扉をくぐると晶の声が飛び込んできた。

担任の先生も早めに来ているようで晶とその前に立つ男子生徒の横でおろおろしている。

「どうしたの?如月君。いつもなら気持ちよく引き受けてあげるのに」

担任の女の先生が晶に話しかけている。晶って名字は如月っていうんだ。


「今日からそういうのは止めたんだ」

晶は先生を無視して目の前の生徒に話しかける。

「何だよ、黙って引き受ければいいだろう。たかが掃除当番じゃん」

晶の前の生徒はかなり怒っていた。

「あのね、多田君はお家の事情で今日は掃除当番が出来ないんだって」

先生が的外れな事を説明している。問題はそこではないんじゃないか。途中から聞いている俺にも分かる。

「だから何ですか?それだったらいつも一緒に遊んでいる友達に変わって貰ったらいいじゃないですか」

晶は不機嫌そうに先生に話しかける。確かにそうだ。


「……それはそうだけど」

気の弱そうな先生が困ったような顔をする。

「お前学級委員長じゃん、それぐらいいつもみたいにやれよ!」

目の前の生徒がキレる。そこ、お前がキレるとこじゃないだろう。

「委員長が雑用全部やらされるんだったら、俺は今ここで委員長を多田君に譲ります。今日からよろしく」

目の前の生徒の多田君に向き直って晶は宣言した。

「え、ちょっとまてよ如月、何言ってんだ。突然どうしたんだ」

どうも晶の態度が昨日までとは違うようで、キレてた多田君も今度は躊躇っている。


「如月君、一体どうしたの?急にそんな事言い出すなんて」

先生が不思議そうに晶に尋ねた。

「だって、時間がもったいないじゃないですか」

晶が予想外の言葉を発したので、先生と多田君以外の生徒も首を傾げた。

「何か用事があるの?」

先生の質問に晶が少しだけ微笑んだ。

「今日は刀夜と一緒に帰るんです」

晶の言葉に教室中の生徒はおろか、俺も驚いた。


えっ、いつそんな話になってた?

扉の前で固まっていた俺に気づいた生徒達がゆっくりと俺を見るのがわかった。視線が痛い。先生まで見てる。

「なんだ、刀夜来てたのか。おはよう」

何事もなかったように晶が俺に挨拶してくる。

「ああ、おはよう晶。スゴいことになってるんだけど」

何か俺、巻き込まれてるみたいなんだけど。


「昨日は助かった。お陰で早く仕上がったからな。今日も一緒に帰ろう」

晶は俺の手を取って、教室の後ろの俺の席まで引っ張っていく。ちなみに晶の席は俺の前だ。

教室の中は驚くほど静まりかえっており、皆が俺達を見ていた。

「あ、そうそう先生。多田君は家の用事じゃなく早く帰って佐藤君とゲームして遊ぶ予定があるそうですよ。さっき廊下で話してたのが聞こえたので報告しておきます」

一瞬振り返った晶がその場に止めをさした。

こいつ、小学生のくせに良い性格してるわ。


「お前のせいで如月がおかしくなっただろうが」

休憩時間、晶はトイレに行っている。朝に晶と言い合っていた多田君とその友達が俺の机を囲んだ。

「何の話だよ。朝の事なら晶の言っている事の方が正しいだろ」

コイツ等の言い方がムッと来たので負けじと言い返す。

「どうしてくれるんだよ。先生に嘘がバレて怒られるし、次からは帰れなくなったじゃないか!」

隣の友達もそうだそうだと同調している。


「今まで嘘ついて先生だまして来たんだろ、諦めろ」

冷たく突き放してやる。嘘付いて楽していた奴のことなど知るものか。

俺の言い方がかんに障ったのか多田君は俺の襟首を掴んできた。

「お前転校してきたばっかなのに生意気なんだよ」

俺もいい加減腹立って来たので立ち上がった。

「お前嘘ばっかりついてるんじゃないのか?せこい奴だよな」

多田君は俺の言葉にぶち切れたのか右の拳を握りしめた。

はっきり言おう、俺は喧嘩なんかしたことない。でもここは絶対に負けられない。殴られても泣くもんか、すぐに反撃してやる。

いつ殴られても大丈夫な様にぐっと顔に力を入れた。


「多田、それ以上刀夜に何かしたらお前が隠している事バラしまくるからな」

腕を振りかぶった多田君の後ろから絶対零度を思わせる冷たい声が聞こえてきた。晶だ。

「な、何だよ隠している事って。何にも隠してないぞ」

何だか手の震え始めた多田君が後ろを振り返る。

もう1人晶の横で楽しそうにしている人物がいる。葵だ。

「お前が好きなのが水野さんとか、他の奴に佐藤の文句言ってたとか」

いきなりヘビーな内容を晶が話し始める。一番初めの内容で多田君のヒットポイントほとんどなくなってるぞ。

さらに隣の佐藤君の目が細くなってて怖い。

案の定多田君は青ざめていた。


「ちょっ、ちょっと待て、誰が水野なんか!」

さっきまで青かった顔が真っ赤になっている多田君。分かりやすい。

「え、待ってよ。私多田君とか好きじゃないし。私が好きなのは如月君だし」

ああ、多田君よ、もう君のヒットポイントはゼロだ。

水野さんとやらの参戦が予想外だったのか晶もそれ以上は黙っている。

てか今どさくさに紛れて告白されてたよな、晶。

晶の顔色を伺うが、全くの無表情だった。

あー、全く興味ないんだな。哀れ水野さん。と虫の息の多田君。


「あの、如月君」

でも女の子はメゲない。水野さんが晶に向かっていく。

「私、如月君の事ずっと好きだったの」

ドラマとかに出てきそうなシーンだが如何せん相手が悪い。

「俺はそうじゃない」

一言でムードをぶち壊し、何もなかったような顔で俺の方にやってくる。

「刀夜大丈夫か?」

俺はさっき掴まれていた襟首を直しながら、真っ暗になっている多田君と水野さんを見た。2人とも、これからは相手を選べよ。俺は心の中で手なんか合わせてみたりした。


「あ、そうそう、多田君だっけ?君うちのクラスで結構評判悪いよ。服装ダラダラで不潔っぽいし。水野さんもこの前まで他の人好きだって大きな声で言ってなかったっけ?」

おーい、葵。それ止めさした人間の傷口さらにえぐっているから。

晶は興味なさそうに俺の前の自分の席に座り、その横で葵がケラケラ笑っている。全く正反対な性格のようで、実は根本同じで根性悪いというややこしい双子だった。


「刀夜、俺が分かるか?」

意識がふっと切り替わる。俺はまた暗闇の中に戻っていた。

隣には小学生の晶ではなく、高校生の晶がいた。

「あれ、晶。ハヅキの中に入っていたんじゃ」

これもまた昔の記憶の延長なのだろうか。

「刀夜の姿も元に戻っている。どうやらここは真の姿が見えるみたいだ」

うーん、鏡がないから分からないけど、そうか俺も元の姿に戻っているのか。

「葵は?フィーリアはどこだ?」

俺が慌てて尋ねると、晶は無言で俺の後ろを指さした。


そこには葵が倒れていた。事故で死ぬ前の姿がそこにある。

「葵、無事か?目を開けてくれ」

思いっきり揺さぶってみる。

「うーん、刀夜おはよう。あんまり揺さぶらないで気分が悪くなるわ」

のんきな声が聞こえる。でも今はっきり刀夜と言った。ここにいるのはフィーリアではなく、葵だ。

「葵、俺がわかるか?」

葵はゆっくりと目を開けて俺を見る。

「刀夜でしょ。分かるわよ。追いかけてきてくれて有り難う」

葵は嬉しそうに微笑んだ。


え?追いかけてきてくれて?それじゃあ葵はフィーリアの記憶も。

「巫女姫やってた記憶もあるわ。葵の記憶も目覚めたみたいね。さっきの昔話のせいかしら」

小学生の刀夜可愛かったわー、とか言いながら楽しそうに頬に両手を当てている。昔のことはハズいからもういい。

「どうやら、俺達は同じ空間で同じ記憶を見ていたようだな。あの魔法陣のせいかもしれないが」

晶が俺の隣に腰を下ろす。

「そのせいでフィーリアの中の葵の記憶を引っ張り出したって事か?でも世界の壁をすり抜けたって事は記憶は全くないはずじゃ」

そう、世界の壁を抜ける前にアエルの気脈で記憶は流されてしまうはず。

「かすかに魂の中に混ざり込んでいた記憶があったのかもしれないな。壁に拒絶されないギリギリの量が」

晶が冷静に分析する。

「だとしたら思い出せてラッキー、なぐらいスゴい事よね。何があっても刀夜の事は覚えているって事でしょう?」

葵が俺に抱きついてくる。


「……俺のことも覚えているって事か」

晶が葵をジト目で見ながら問いつめる。

「貴方誰?」

晶を見た葵は突然真面目な顔でそう言った。まさか晶の事は覚えてないのか。

「ほぉー。刀夜を隠し撮りして勝手にアルバム作っていた事を忘れているようだな。その中にはとても刀夜には言えない写真も……」

「ちょっ、晶止めてそれ以上は言わないで!あんたも刀夜に告白しようとしてた女の子を追い払ってたりしたじゃない!」

晶の言葉を葵が慌てて遮る。ちょっと待て、晶なんちゅーことしてくれてるんだ。いや、それより今晶って言ったよな。

「おやおや、俺のことは忘れていたはずじゃないか葵」

晶の目が凄く冷たい。

「い、今思い出したのよ。いやー、可愛い弟の事も思い出せて嬉しいわー」

あははは、と笑いながら葵は晶の肩をバシバシ叩いている。

「で、その写真の事も思い出したのなら白状してもらおうか」

俺が意地悪を言ってみると、葵は今度は俺の肩を笑顔でバシバシ叩いてきた。……めちゃ痛いぞ。

「それと晶、俺の青春返せ」

俺の言葉に晶は何もない空間をそっと見上げて聞こえない振りをした。



「……刀夜殿、晶殿、巫女姫様!」

切羽詰まった叫び声で再び目を覚ます。目の前には起きあがった晶とフィーリアが居た。晶はハヅキの姿だ。

と、言うことは、元の世界に戻ってきたようだ。後ろを振り向くと必死に呼びかけているマグヌスがいる。


「大丈夫だ神官長。何とか戻ってこれた」

マグヌスに向かって軽く手を振ると、安心したように座り込んだ。

「なんとか安定したようですね。大丈夫ですか?」

心配そうに尋ねてくる。

「どれくらい俺達は気を失っていたんだ?」

完全に気を失っていたので、俺達には時間が分からない。

「大体5分位です」

そんなに時間は経っていないようだ。あんなに長い記憶をたどっていたのに。


「刀夜、もうそろそろアエルの量が最高になるわよ」

フィーリア……いや今はもう葵か、が苦しそうに言う。

「神官長、そろそろお別れみたいだ。この世界の事は頼んだぞ」

俺はヘタり込んでいるマグヌスに最後の言葉をかける。

「刀夜殿、すいません。本当に力が及ばず……」

最後の方は涙目になりながらマグヌスが謝罪する。

「気にする事ないさ。この世界の人間の生命背負ってるんだ。俺があんたの立場になっても多分同じ事をする」

俺の言葉にマグヌスは驚いた顔をし、その後ゆっくりと微笑んだ。

「有り難うございます。その言葉だけでどれだけ私の心が軽くなるか。貴方は本当に不思議な方ですね」

そう言ってゆっくりと頭を下げた。


「そんな大層な人間じゃないさ。その辺にごろごろいる普通の高校生だって」

そう、俺1人じゃ何も出来ないただの人だ。周りにいる色んな人が居なければ、ここまで来ることすら出来なかった。

「さあ、葵、晶行こうか。この世界の人達を護るぞ」

俺の言葉に葵も晶も力強く頷いた。

「お前がそうしたいなら俺は全力で一緒にやる」

晶は俺の左手をそっと握った。

「刀夜の為なら世界の一つくらい救ってやるわよ!」

葵が俺の右手を握る。晶と葵も共に手を握った。

俺達は円になり笑いあう。

「神官長、いつかまた別の世界で会おう」

俺がそう言った直後、俺達の意識は遙か彼方に飛ばされていた。


遠く、空の一部が眩しい光を放つ。

直視できないほどの光は空を滑るように移動すると、唐突に消えた。

何も知らぬ者達は天変地異かと騒ぎ立てる。

時が経ち、神殿から全ての驚異が去った事を告げられた人々は巫女姫を称え、喜んだ。

その日から激しかった地震は止み、空は更に青く深くなり、森は輝きを増した。


「今日もいい天気ですね」

神官長のマグヌスはテラスで空を眺めながらゆっくりと紅茶を飲んでいる。この前までの重圧が嘘のように消えていた。

「刀夜殿、また別の世界でお目にかかる事を楽しみにしています。その時はきっと」

そう、きっと会える。自分たちはこの広大な世界を巡る『世界樹の旅人』なのだから。

ここまでお付き合い有難うございました。

第2部もゆっくりですが書いています。

また読んでいただけると嬉しいです。

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