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シグレ編 2

ちょっとずつ話が動いてきました。

 第5章 それぞれの想い



 そろそろ祭壇の間にたどり着こうという頃、


「おや、君は?」


 後ろから誰かに話しかけられた。聞き覚えのない声だ。


 ゆっくりと振り向く。


 ハヅキを連想させるような赤い髪を左側で束ねた落ち着いた青年が立っていた。


「どこかでお会いしましたかしら?」


 シグレの記憶にはない。俺も会ったことは無いはずだ。


「そうだね、ハヅキは一緒にいるのだろうか?」


 会ったことがあるのか無いのかはっきりしない答えだが、ハヅキの名前が出てきたと言うことは少なくともこっちの事は知っているようだ。


 問題は何処まで知っているかだが。


「ハヅキのお知り合いなのですか?」


 目の前の相手から目を逸らさずに聞いてみる。穏やかそうな外見だが、本能が注意を呼びかけている。


「ミナヅキ様、時間ですが」


 向こうからお付きなのだろうか、黒髪の青年が目の前の赤毛の青年に丁寧に話しかけた。


 赤毛の青年、ミナヅキは困ったような顔でお付きを見た。途端に黒髪の青年は血の気が引いたような真っ青な顔になる。


 が、それ以上何も起こらず、


「…時間なら仕方がないね。それでは、シグレ様」


 優雅に去っていくミナヅキと呼ばれた青年を見送りながら、頭の中は警報が鳴りまくっている。この姿を見て、自然にシグレと呼ぶならば、奴は俺の過去を知っている事になる。しかし、記憶にない。


 シグレは育った環境と事情のせいか、かなり注意深い。人の顔、名前は詳細に記憶しておくようにしていた。そのシグレの記憶にあのミナヅキは存在しない。


「シグレ、無事か」


 突然後ろから腕を捕まれた。ハヅキだ。


「ハヅキ、いつから」


 こいつはやろうと思えば、一切の気配を断つ事が出来る。


「あいつが近づいて来た時からだ。シグレ頼む、ここから逃げよう」


 切羽詰まったハヅキの顔を始めて見る。いつも飄々としているハヅキが珍しい。


「あのミナヅキという男をお前は知っているのか?」


 俺の質問にハヅキは難しい顔で考え込む。


「シグレ、あいつは危険だ。あの様子ではお前を狙っている訳ではないようだが、時間が経てばどうなるか分からない」


 いや、だからあいつ誰?


 俺の心の声が聞こえたかのように、ハヅキはハッとした後、気まずそうに言った。


「俺の兄だ」


 は? お兄さん? 何でそれでお前と逃げることになるんだ?


 俺側の事情でなら、俺の命が狙われるのも納得がいく。だが、それを何故ハヅキが知っているのだ?


「何でお前のお兄さんが俺の命狙うんだ。俺は命狙われるような事してないぞ」


 まあ、何もしてないけど狙われる理由はあるんだな、これが。


 だがそれをハヅキが知っていたらおかしいんだが。ハヅキと会ったのは俺が殺されかけた後、逃げ延びて何とか最初の街にたどり着く前だった。


「シグレ、何も聞かずに逃げてくれ」


 だがハヅキは事情を話す気はないようだ。俺も自分の事情は話せないのでお互い様だが、俺は逃げる訳にはいかないのだ。


 ここには探し求めていたフィーリアがいる。俺は彼女の魂を救う為にこの世界にやってきたのだ。ようやく出会った彼女とまた別れる訳にはいかない。


「悪いハヅキ、俺は行けない。どうしても危険なら、お前一人でも逃げてくれ」


 俺の事情にハヅキを巻き込む訳にはいかない。


「俺だけ逃げてどうする。お前がいないと意味がない!」


 両肩捕まれてチョー痛いんだけど。ダメだお互いの事情が分からない以上、話は永遠に平行線状態だと思う。


「ハヅキ、今夜事情を聞かせてくれ。俺も自分の事を話す。多分それを聞いたらお前は俺から離れるだろうけどな」


 自嘲気味に笑う。危険な事を教えた方が、ハヅキも離れやすいだろう。 それがハヅキを巻き込まない最善の方法かもしれない。本物のシグレもきっとそれを望むはずだ。


 ハヅキは辛そうに考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。


「そうだな、話しておいた方がいいな。だがこれだけは言っておく。お前の話を聞いたところで、俺が離れる事はない」


 真剣な顔で話すハヅキを見ていると、昔こんな光景が何処かであったような気がした。その記憶が頭の隅に引っかかって降りてこないのがもどかしい。多分大事な事なのに。


「シーラさん、いらっしゃったの?早くこちらに来て神官様の手伝いを」


 遠くから巫女の一人が俺を呼ぶ。


「すぐ参ります」


 答えて、慌ててハヅキの方を見る。


「いいな、今夜いつもの所で待っている」


 裾を軽く持ち上げて転ばないように祭壇の間に向かう。


「シグレ、くれぐれも周囲に気をつけろ」


 心配そうなハヅキの声が廊下に響いた。


「了解」


 軽く手を挙げて祭壇の間の前の控えの間に入る。平気そうに装ってはいるが、心臓はダッシュした後の様に早鐘を打っている。


 何かが動き出しそうな不安感が消えない。折角のんびりとした優しい時間を手に入れたのに、このままではいられないようだ。


「シグレ、ハヅキはちゃんと護るからな」


 外の世界に出て初めて出来た友人。シグレにとっては何よりも大切な人物だ。大切な人を護りたい気持ちは俺もシグレも同じだ。フィーリアもハヅキも両方護らなくてはならない。


「気合い入れないとな」


 取り敢えず……何するんだっけ?フィーリアの適当な説明を思い出しながら、今すべき事をし、今夜ハヅキにシグレの事を話そう。





 月が昇り始めていた。


 照明をランプや蝋燭に頼っているこの世界では、暗くなってくると神殿の業務が終了する。


 この中庭に面した渡り廊下は神殿の業務を行う場所から少し離れているので、人はまばらだ。神殿は下から見たより広い。神殿業務に携わっているのは、神官や巫女より、一般の人間の方が多い。


 その多くの一般人は夜は神殿から出て、下の街に帰る。


 よって夜になると神殿は人が少なく、こうした人通りが殆どない箇所が生まれると言うことになる。内緒の話をするにはうってつけだな、と思いながらハヅキを待つ。


 廊下の向こうから気配がする。ハヅキかと思ってそちらを見るが、姿は見えない。


「誰ですか?」


 声を掛けてみると、気配が殺気に変わった。ハヅキはこんな気配は纏わない、別人だ。


「シグレ様、皇妃の命により、お命頂戴いたします!」


 一気に気配が近寄ってくる。俺は巫女服を細工して忍ばせていた太刀を素早く抜いて構えた。


 刃と刃が火花を散らす。そこで真正面から見た顔は、今日の朝にミナヅキという青年と一緒にいた黒髪の青年だった。


「刺客か!」


 必死に攻撃を避けながら叫んだ。かなりの手練れだ。


 俺の実力ではかなわないかもしれない。5度程打ち合ってそれが確信に変わりかけた頃、


「シグレ!」


 黒髪の刺客が現れた表の神殿の方から頼もしい声がした。


 次の瞬間には、刺客は吹っ飛んでいた。


 ハヅキの強烈な剣技が刺客を体ごと吹っ飛ばしたのだ。


 俺の前に剣を構えたハヅキが立つ。


 黒髪の刺客は不利を察したのか、あっさりと表の神殿に飛び込み気配を断った。状況判断が速い。プロである証拠だ。


「大丈夫か、シグレ」


 自分より遙かに強い気配に一瞬とはいえ晒された俺は、一気に脱力して廊下に座り込んだ。ハヅキのお陰でなんとか生き延びた。


「有り難うハヅキ。死ぬとこだった」


 ハヅキが心配そうに俺に手を差し伸べて、近くのベンチに座らせてくれた。


「今のはやっぱり俺狙いか。すまないハヅキの顔覚えられたかも」


 俺一人で追い払えたならベストだったが、今まで戦った奴らと明らかにレベルが違った。


「本国にお前がここにいる事を伝えるにしても半日では無理だから、独断での襲撃だろうな」


 本国?何か話が通じているんだが。


「ハヅキ、本国って何処の事だか分かっているのか?」


 ハヅキがゆっくりと俺の方を向く。何でそんなにしまった的な顔してるんだよ。


「シグレ、お前が今から説明しようとしている事は大体知っている」


 俺を労るように微笑むハヅキ。大体って俺の人生結構波瀾万丈だぞ。


「俺が誰だか知っているのか?」


 俺の隣にハヅキが座る。


「トウシン国、第1皇女、シグレ。皇位継承権第2位」


 あ、当たりだ。俺の事を正確に知っているようだ。


「現在は1年ほど前に起きた離宮の火事により死亡したとされている」


 俺が多分すんごい間抜けな顔をしていたのだろう、ハヅキに頭をなでられた。


「何で、ハヅキと出会ったのは離宮の火事の後だろ」


 あの火事の本当の目的は俺と妾であった母の殺害だった。


「俺はあの現場にいたんだよ。シグレは覚えてないか?お前を出口に案内した護衛兵の事」


 火事の中で必死に俺を逃がそうとしてくれた人物を思い出す。しかし、あの混乱の中でその人物の顔をまともに見る時間はなかった。それに、


「髪は黒だったと思うが」


 やっと思い出した事を伝えると、ハヅキは微笑んだ。


「ああ、カツラだよ。トウシン国では黒髪が多いだろう」


 良かった。あの青年は生きていたのだ。俺を通用口の一つに案内すると、向かってきていた暗殺者に対峙した。俺は何も出来ずに外に出るしか出来なかった。その時に渡されたのがこの太刀だった。何故あの青年が自分の愛用の太刀を持っていたのか疑問だったのだが。


「俺はシグレが5歳の時から知っているぞ」


 ハヅキの目が優しくなる。


「俺は知らないんだけど」


 さすがに5歳の時のシグレの記憶はあやふやだ。


「覚えてないか?剣の稽古で怪我をして、庭で痛みに耐えていた俺に声を掛けてくれて、小さいくせに手当てまでしてくれたんだぞ」


 そういえば、小さい頃そんな事があった。それからあの少年と何度か会ったが、いつからかパッタリ会うことがなくなった。


「丁度お前の母上とお前の護衛を父上が命じられたばかりで、父上にバレるとまずかったから、遠くから眺めるだけにしたんだ」


 その歳からなんか苦労してそうだな。


「ハヅキは一体何者なんだ?あの離宮には簡単には入れないぞ」


 そう、父である皇帝は俺と母を大切にしてくれたが、正妻である皇妃はそうではなかった。俺の産まれた時に、皇子であれば多分殺されるだろう事が分かっていた母は、皇帝にも内緒で俺を女として育てた。


 その後、皇妃にも皇子、皇女が続けて出来たため、母は胸をなで下ろしていたものだ。


「本当は言いたくないんだが、先程襲ってきた奴がいただろう。それはトウシン国の暗部で動く『ヌエ』という部隊の人間だ。俺もそこに所属していた」


 『ヌエ』という言葉には聞き覚えがある。


「だが、『ヌエ』は皇帝直属の部隊だったはず。何故俺の命を狙ったんだ」


 皇帝は俺の命を狙ったりしないはず。むしろ俺と母を世間から遠ざけ護っていた。


「お前が火事で殺されかけた頃、皇帝の体調がかなり悪くてな。実権は皇妃が握っていた。だから『ヌエ』は皇妃の命令に従ったんだ。あの火事を起こしたのは『ヌエ』だ」


 皇帝が体調を崩していたのは知っていたが、皇妃がそこまで実権を握っていた事は初耳だ。


「俺はお前の暗殺計画を聞いて『ヌエ』を裏切った。最高責任者は俺の父だったもんだから、俺も一緒に追われる身になってな。初めの街でお前を置いて出たのは、追っ手の気配を感じたから俺の方に意識を向けさせる為だったんだ。いきなり置いていってすまなかった。ほとぼりがさめたら様子を見に帰るつもりだったんだ」


 それがハヅキがシグレを置いていった本当の理由だったんだ。シグレ、良かったな。


「まあ、トリアの街で楽しそうにやってたけどな」


 ハヅキが全て知っていて側にいてくれたのを知ってちょっと安心した俺は、意地悪を言ってみる。


「それだって、こっちの生活基盤を安定させてから迎えにいくつもりで、ギルドの仕事をやってたんだ」


 それもシグレの為だったんだ。シグレ愛されすぎ。


「でも、どうして俺の為にそこまで」


 傷の手当てくらいで命を懸けるという考えが俺の頭では分からない。


「俺の育った世界に優しさ等は無かった。ただ、技術を磨き皇族の為に働く。親子の情すらそこには無い。今朝会った、ミナヅキという兄がいたが、あまり会話をした記憶がない。人を思いやる心、俺はシグレに会うまでそんなものは知らなかった。俺より小さいシグレがそれを知っていたのにな。そしてそれは信じられないくらいに心地よかった」


 嬉しそうに笑うハヅキの笑顔が全ての答えだった。


 シグレはそれでも優しい母親や乳母に囲まれて育っていた。いつかやってくるその時の為に剣術等の男性に必要な技術も身につけさせてくれた。


 沢山の愛情に護られていたからこそ、今ここで生きていられるのだ。


 しかし、ハヅキにはそれが全く無かった。無かったからこそ、それを与えてくれるシグレが大事だったのだ。それが見守るだけであっても幸せな位に。


「さんきゅ、嫌われて置いて行かれた訳じゃなくてほっとしたよ」


 何だか頑張っているハヅキを褒めてやりたくて、中腰になりながら、ハヅキの頭を抱きしめてやった。


「ちょっ、シグレ、嬉しいけどこういう時どうしたらいいかわからないんだけど」


 恥ずかしいのかバタバタしているハヅキが何だか可笑しい。


「素直に抱き締められていたらいいんだよ。俺の感謝の気持ちだから」


 そう言うとハヅキは大人しくなった。やっぱ可笑しいわ。


 フィーリアの事は心配だが、俺の事情の方が彼女を危険に晒しそうだ。一旦ハヅキと神殿を出た方いいのかもしれない。


「シグレ、らぶらぶの所すまないが、巫女姫の部屋に誰か入って行ったぞ」


 目の前に鳥の顔。ハヅキ側のベンチの背もたれに降りたマラキアがじーっとこちらを見ながらとんでもない事を言っている。


「お付きの人間じゃないのか?」


 取り敢えずハヅキを解放してマラキアの話を聞く。


「お前、俺に巫女姫の周辺探らしといて楽しそうだし」


 何故かマラキアが盛大に拗ねている。そういえば、空から見張れるのが便利だからちょっと見張っといてくれって言っといたっけ。


「よしよし、エラいぞちゃんと見張ってたんだな。で? 誰が巫女姫の部屋に入って行ったって?」


 マラキアの頭を撫でながら言ってやると、もの凄く嬉しそうに羽を広げる。機嫌直る早いな。この反応誰かを思い出すんだが。


「体格からして女だな。顔は布かぶってて見えなかった。お付きの人間にしては挙動不審だったから、違うな」


 俺とハヅキは目を合わせて、同時に奥の神殿に向かった。巫女姫に何かあったら大変だ。国際問題になる。


「まさか『ヌエ』じゃないだろうな!」


 俺がハヅキに聞くと。


「さすがに『ヌエ』は直接巫女姫を殺そうとはしない。目立つのを嫌うからな。シグレの件はお前が出自を誤魔化しているから、殺しても事件事態が表に出にくいから直接来たんだ」


 それにしても俺の気がそれている隙をつかれた。何かあったら大失態だ。


「ちょっと、シグレにハヅキ。そっから奥は行ったらダメよ」


 ハヅキとなるべく音を立てないように奥に向かっていたが、残念ながらフィーリアに見つかった。


「巫女姫の部屋に侵入者らしい!」


 俺が手短に説明して通り過ぎようとすると、


「そうなの?でも巫女姫の部屋は空だから大丈夫よ」


 のほほーんとした答えが返ってきた。


「は?留守なのか巫女姫。そんなの聞いてないぞ」


 立ち止まってフィーリアに問いつめると、フィーリアが後頭部をかきながらあさっての方向を向いている。


「留守でも何でも侵入者を捕まえておこう」


 ハヅキはまた奥に向かって歩き出した。俺もそれに続き、何故かフィーリアまでついてきた。


「何でついてくるんだ、危ないぞ」


「面白そうだから」


 即答かい……まあ、離れてても心配だから側にいたほうがいいんだが。


 それにしても何で巫女姫は不在なんだ?一体何処にいるんだ。


 巫女姫の部屋に入るとすでに不審者は立ち去っていた。そりゃもぬけの空だったらさっさと立ち去るわな。


「どうして巫女姫はいないんだ?」


 ハヅキがフィーリアに聞く。その間にも部屋のチェックを念入りにしていた。


「さあ、巫女姫の姿を見た人って数えるほどなのよね。名前も知られてないし」


 巫女姫本当にいるのか?まさかさっさと国に帰ったって事はないよな。


「でもさ、毒入りスープとかあったって」


 その話をするとフィーリアがゲラゲラ笑う。


「まあ、事情を知っている巫女や神官も巫女姫がさもそこにいるように振る舞っているから食事とか普通に運ばれるのよね。その時も食事を持ってきたんだけど、食べる人がいないからスープを猫にやったんだって。そうしたらその猫が死んでしまったの。でも普通巫女姫のスープを猫にやる?」


 何だか適当な神殿事情だぞ。それいでいいのか。巫女姫のスープにだけ毒を入れられる人物って誰だ?


「だったら、何でリーネア小隊長は俺たちに巫女姫を護れと言ったんだ?」


 そうだ、巫女姫がこの神殿にいないなら、俺たちがいる意味があるのか。


「シグレの女装が見たかっただけじゃないのか」


 いつの間にかフィーリアの肩に乗ったマラキアが呟く。


 ちゃんと聞こえている証拠にはり倒しておいた。


「犯人を捕まえて欲しいんじゃない?巫女姫が帰ってきた時の為に」


 まあ、確かに今の状態では巫女姫も帰ってこれないよな。


「フィーリア、残念ながら…」


 ハヅキが神殿を去ることをフィーリアに告げようとしている。


「ハヅキ、もう少しだけここにいてもいいか?さすがにこのまま出て行く事はできないんだ」


 フィーリアにも巫女姫問題で危害が及んだら大変だ。やっぱり安全を確認してからじゃないと、ここから離れられない。


「離れるって。出て行くって事?何でよシグレ、何処行くのよ」


 さすがに俺の事情を話すわけにもいかないのだが。


「シグレも命を狙われた。危険な状態なんだ」


 ハヅキがあっさりと一部だが先程起こった事を告げる。


「それって大変じゃない!神聖騎士団に言いましょう。何でシグレが命狙われてる訳?」


 もの凄く怒った顔のフィーリアに迫られる。怖い。


「理由は分からない。犯人は黒髪の青年。神聖騎士団には俺が報告する」


 言ってないことが結構あるが、ほぼ真実に近い事を言っている。いいのか?


 俺が困った顔をしていると、


「大事にしてしまえば、『ヌエ』もおおっぴらに襲って来れなくなる。暫くここにいたいなら、公表してしまった方がこっちに有利だ」


 成る程、襲撃されたと言っとけば、周りが注意して護ってくれる。しかし、こちらも動きにくくなるリスクはあるが。


「すまないハヅキ。我が儘言ってる自覚はある」


 俺の気持ちを優先してくれたハヅキに感謝する。


「その自覚があるなら、絶対に危険な事はしてくれるなよ」


 困ったように微笑むハヅキに申し訳なさが募る。


「あのね、二人だけの世界作らないでくれる?」


 更に不機嫌になったフィーリアがハヅキを睨みつけている。何故だ!


「フィーリアちゃん、魅力が俺より少ないからって拗ねないでくれる?」


 なんか自覚ありか無自覚か、ハヅキがフィーリアの地雷を思いっきり踏み抜いた気がする。


「魅力、何の魅力。女としての魅力なら私には適わないわよ」


 胸を張ってフィーリアが言う。女としての魅力?それ何処にあるんだ?


「そうだな、人間としての魅力というべきかな。女の魅力と言うなら、君よりシグレの方がある!」


「お前、男みたいだもんなー」


 とんでも無い事をハヅキがいい、更に畳みかけるようにマラキアまで余計な事言った。そいつはちょっと変わっているんだから、やめてくれー。


 ほらー、好敵手を見つけたみたいに俺を睨みつけだしただろーが。


「シグレ、私とあなた、どっちがより女の魅力があるか、ハッキリさせる時が来たようね」


 いや、今はそんな時では無いはずだ。むしろ、勝負する基準が間違っている。誰か気づけ!


「まず、料理…はシグレが上手いけど。裁縫?…もシグレが上手いわね。礼儀作法?…微妙だわね」


 目の前でフィーリアがぶつぶつ言い始めた。

「聞いてるだけでシグレが圧勝してるんだけど、どうするんだろう」


 小声でハヅキが話しかけて来る。お前ワクワクしすぎだろ。


「れーぎさほうもシグレだろ」


 またしても余計な事を言ったマラキアはフィーリアとにらみ合いを始めた。いいのか、これで。


「あのー、フィーリアさん、シーラさん。この部屋で何なさっているのですか?」


 奥の方からツキシロがやってきた。


「ツキシロ、ちょうど良かった。誰か不審人物見なかった?」


 巫女姫の部屋でダベっている俺たちが一番不審人物なんだが。


「貴方たちが一番不審人物です」


 やっぱ言われた。


「ツキシロはどうしてこの部屋に?」


 フィーリアが不毛なにらみ合いを止め、ツキシロに興味を移す。


「あの、先程巫女姫の部屋の方に黒い何かが飛んでいるのが見えたという巫女がいるので、確かめに。皆さん幽霊が出たと大騒ぎになっていますから」


 飛んでいる何か?俺たちの事じゃなさそうだな。何だろう。


「出るのか?ココ。肝試ししよーか」


 羽をバタバタして喜んでいるマラキアを全員が一斉に見た。


 ……なるほど、これか。


「それについては心当たりがあるので。巫女姫の部屋の方に人影が見えたから、心配で私たちはこの部屋を確認しているんです」


 ツキシロは初めこそ怪しんだが、俺の人徳のお陰で誤解はあっさり解けた。やっぱ、日頃の行いは大事だわ。





「私だったから良かったものを、他の方に見つかったら、大変でしたよ」


 ちょっと怒ったようにいうツキシロに向かって、


「すいませんでした」


 3人と1羽は綺麗に頭を下げた。びっくりさせてしまった事には変わりないからな。


「それにしてもシーラさんを狙った不届き者は誰なんでしょうね。アクシス様に申し上げますわ」


 どうしたことか、ツキシロは嬉しそうに部屋を出ていった。


「あれアクシスに会いたかっただけじゃね?」


 呆れたようにハヅキが言う。


「そうよね、ここに一応神聖騎士団の人間がいるのにね」


 フィーリアが冷めた目つきでハヅキを見る。俺も思わず見るとハヅキは手を叩いて喜んでいた。今の何処でウケけたんだ?


「まあ、取りあえずシグレ腹減った。なんか食わせろ」


 ケタケタ笑っているハヅキはほっといて、話しかけてきたマラキアに向き直る。


 そういや、こいつが『世界樹の旅人』の端くれっていうのは出会った時に聞いてはいたが、こいつの昔の事は聞いたことがなかったな。


「なあ、マラキア。お前って、前は人間だったのか」


 思いついたまま聞いてみる。


「ちょーイケメン」


 一言で説明が終わる。このノリなーんか引っかかるんだけど。どうしてかこの事について考えようとすると、俺の頭が拒否るんだよな。


「そういや、朝方作ろうとしたクッキーをお勤めの合間に完成させといたんだ。食うか?」


 結構美味しくできたクッキーを差し出すと。マラキアが嬉しそうにかぶりついた。見てくれはただの鳥なんだけどなー。ベラベラ喋るけど。


「シグレ、俺は神聖騎士団に報告に戻るから部屋まで送っていく」


 さっきまで爆笑していた人物と同じと思えないくらい真面目な顔でハヅキこちらにやってくる。


「いやー、いい彼氏よねー。ギャップ激しいけどさ」


 ハヅキの背中バンバン叩きながらフィーリアもやってきた。こっちはテンション変わらず。


「今日は色々ありすぎて疲れたから。部屋に帰って休むか」


 ハヅキとフィーリアと俺は今日はこれで休むことにした。





「今日から俺がお前の専属の護衛になった」


 朝起きて部屋から出ようとしたら、ハヅキがいてこう告げた。


「しっかり働けよ、ハヅキ」


 その肩にはマラキア。止まるところがあってご機嫌だ。


「リーネア小隊長の計らいか?」


 そうとしか考えられない。俺としても動きやすくなるし。


「そういう事だ。これから付きっきりで護るからな」


 なんか神聖騎士団入った時より気合い入ってるぞ、コイツ。


「今まで見守るだけだった俺が、堂々とシグレを護れるなんて」


 あ、涙ぐんできた。コイツ結構俺に甘い。一人っ子の俺としても年の離れた兄が出来たみたいでちょっと嬉しかったりするのだが。


「シグレ、思いっきり甘えていいぞ!」


 ただ、調子に乗るとうざいので鳩尾に一発入れといた。


「お前って変なのにばっかり好かれるなー」


 マラキア、お前には言われたくない。お前もこいつと似たり寄ったりだ。


「おはよー。ねえ、もう刺客来た?」


 フィーリアが楽しそうにやって来る。お願いだから、刺客を待ちわびないでくれ。俺の周り昔からこんなのばっかりか。


 ウダウダ考えていたら、いつの間にか3人で食事をするべく、食堂に行くことになっていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 第6章 巫女姫


 こうしていると昨日の出来事が嘘のようだ。


 前の世界で学生をやっていた時より平和かもしれない。今フィーリアをやっている女性の前の世界の名前は「葵」と言った。


 彼女とあいつ……よそう。これ以上考えると頭が痛くなる。


 俺はごく普通の高校生だったのに何であんなに波瀾万丈な人生だったんだろう。人生って本人の努力とは全く関係なく、環境というものが決めるのだろうか。


「シグレ、なに遠い目をしているんだ」


 マラキアが顔をのぞき込んでくる。


「昔の事を思い出していたら、なんだか今が凄く幸せで」


 向こうでハヅキが涙ぐんでいる。


 違う昔を思い出しているようだ。


 食堂は朝早くから人が大勢来ていた。神殿で働く者ならば誰でも利用できるので、神官やら巫女やら神聖騎士団やらがうろうろしている。


「やあ、シーラ殿おはよう。ついでにフィーリアも」


 リーネア小隊長がさわやかに挨拶してくる。今日も野菜ジュース飲んだんだろうか。お肌ツヤツヤだ。


「ちょっとリーネア。明らかに扱いが違うんですけど」


 怒り気味のフィーリアがリーネア小隊長のマントを引っ張る。


「当然でしょう。見て下さい、シーラ殿の輝くばかりの気品を!」


 なんか誉められた。


「貴女も、彼女を見習って、少しは……おや、フィーリア、何処にいかれました?」


 今トンズラこきました。素晴らしいスピードで逃げて行きました。


「リーネア小隊長。すいません、巫女姫を護るどころか、俺の方に護衛をつけてもらって」


 俺はリーネア小隊長に頭を下げる。


「いや、無理を言って来てもらったのだ。それに、巫女姫の件で君が狙われてしまったのかもしれない。ハヅキで良ければこき使ってくれたまえ」


 すまなそうにリーネア小隊長が言う。


 理由ははっきりしているのだがそれが告げられないのが申し訳ない。こっちの都合に巻き込んでしまっているというのに。


「大丈夫です。リーネア小隊長。思う存分こき使われる所存です」


 やる気満々のハヅキにちょっと不安が募る。


「一週間後に大きな儀式が行われることが急遽決まったそうだ。色々忙しくなるだろうが、くれぐれも周りに気をつけてくれたまえ」


 爽やかな笑顔を残してリーネア小隊長が去っていく。


「大きな儀式って何だ?」


 何とか席を確保してハヅキと座る。


「今の地震を納める事を神に祈る儀式だって」


 ちゃっかり朝食をゲットしてフィーリアが戻ってきた。さっさと俺の横に座る。


「それって地震の原因が分かっているって事か?」


 旨そうにスープをすするフィーリアに尋ねる。


「さあ、ただの神頼みの可能性もあるわよね。各国で地震が起こっているらしいから、王族やらなんやらが神殿に何とかしろってせっついて来てるみたい」


 そうだよな、何かあった時の神殿だもんな。こんな時に頑張らないとなー。


「近々、どっかの王族がお忍びでやってくるみたいよ」


 得意げにフィーリアが話す。こいつよく知ってるな。


「こんな時にこんな田舎まで来るって、暇な王族だな」


 自分と俺の分の朝食を持ってハヅキが前に座る。いつの間にいなくなってたんだ。さすが元ヌエ。いい仕事してるわ。


「どの国も世界の終わりやらなんやらで大騒ぎになってるしね。王族自ら参拝に行ったとなると、評判もあがるんじゃない?」


 単なるアピールのような気もするが、上に立つ者にはそういう能力も必要なのだろう。


「俺の飯」


 恨めしそうにマラキアが朝食をのぞき込んでいるので、パンをちぎってやる。途端にご機嫌だ。


「儀式か、仕事増えるのかな?」


 俺は見習いなので大した仕事はしていないが、そんな大物が来るならちょっとは頑張らないといけないな。


「お忍びだから、そんなに大変なもんでもないんじゃない? お付きも最低限に連れてくるだけだろうし」


 全く興味なさそうにフィーリアが豪快にパンを噛み千切る。向こうでリーネア小隊長の眉がつり上がっている。手でも振っとこ。


「その儀式だが、外部の人間は入って来るのか?」


 ハヅキがフィーリアに尋ねる。確かにそれ重要だわ。


「そうね、部外者は表の神殿の祭壇の間までね。それ以上は立ち入り禁止になる。巫女ですら儀式の間は奥の神殿には入れなくなるわ」


 侵入者はプロだ。どんな警戒態勢をしいても入ろうと思えばどっからでも入ってくる。ただ、相手が『ヌエ』なら人の多い場所にいれば何とかなるかもしれない。ハヅキもそう思ったのか、食事を再開する。


「シグレは表と裏の神殿の間くらいにいた方がいいかもね。神聖騎士団がそこに詰めるらしいから」


 護衛が大勢いるようなものだが、神聖騎士団に『ヌエ』側がいたらアウトだな。何か人を疑うのやだなー。





 それから何事もなく4日が過ぎた。


 儀式が3日後に控えている為、神官の服の繕い等で駆り出されている。


「ハヅキ、お前のマントの縁がほつれてるぞ。ついでだから寄越せ」


 俺の護衛についているハヅキも暇そうだ。いそいそとマントを脱ぐ。


「シグレ、今日の午後は小隊長から呼び出しがあって一緒にいれないが、くれぐれも一人にならないでくれよ」


 今朝から何度も聞いている注意なのだが、ハヅキがあまりに真剣な為に聞き流さずに返事している。あれから襲撃が無いのが少し心配だ。


「分かってるって。フィーリアが一緒にいるから、あんまり誰も近寄ってこないし」


 俺の隣から殺気が立ち上る。


「シグレ、それ結構失礼な事だと思うけど」


 ご立腹なフィーリアが針を振り回す。危ないって。


 フィーリアの針を上手くかわしながらマラキアも寄ってきた。


「シグレ、腹……」


 最後まで言わなくても分かるので、クッキーを投げてやった。


 見事に空中でキャッチして巫女たちの拍手喝采を浴びていた。


 本当に平和だ。


 その間にハヅキのマントを繕い終えて渡した。


「凄いな、この縫い目。いつでも嫁に行けるぞ」


 本気で言っているのが分かるのが怖い。前の世界では針なんて持つことはなかったので、新鮮と言えば新鮮だ。お約束だが、葵は裁縫が壊滅的に下手だった。縫った後が縫う前よりひどくなる。フィーリアもそれを継いだのか、あまり裁縫が上手くない。


「これなら裁縫の下手な嫁もらっても何とかなりそうだな」


 ぽつりと思ったことを呟いてみる。それを想像してついつい笑ってしまった。





『3人なら怖いものないものね。私と結婚したら刀夜は退屈しないわよ』


 黒髪の少女葵が楽しそうに笑う。真新しい制服がよく似合っている。


『退屈はしないだろうが、後悔はするだろうな。俺と結婚したら、金に不自由はさせないさ』


 もう一人が自信満々に言う。


 それから二人のいつもの言い合いが始まり、それを俺がいつものように止めに入る。


 俺男だから。と言っても、もう一人の少年は聞いちゃいない。


 懐かしい日々。永遠に続くと思っていた日々は遙かに遠い。


 葵は俺が護る。それが遠い日々に俺がもう一人の少年にした約束。





「シグレ、お前趣味悪いぞ」


 人の心を読んだかのようなタイミングで、マラキアが話しかけて来る。


「どうせ、趣味悪いよ」


 クチバシをつついてやると楽しそうに反撃してくる。


「シグレは俺が護ってやろう」


 偉そうにマラキアが羽を広げた。鳥にまで心配されてる俺ってどうなんだろうか。


 なんだかくすぐったくなって空を見上げた。何処までも青い空が広がっている。





「それじゃあ、フィーリアとマラキア、シグレを頼んだぞ」


 ハヅキが何度も振り返りながら神聖騎士団に戻っていく。


「ほんと、ハヅキは心配性ねー」


 フィーリアとマラキアが呆れている。


 まあ、事情が事情だからしょうがないんだけど。やっぱりハヅキがいないいと少し不安だ。なんたって気は強いが女の子なフィーリアとどう見たって鳥のマラキアでは俺が護らないといけないよな、やっぱり。


 どうかこの1人と1匹がいる間は刺客がこないで下さい。


 何となく祈ってしまう俺だった。


 ……が、人生そんなに甘くない。


 ハヅキと別れて10分程で刺客と対峙してる俺って運悪過ぎなのかな?


側にはフィーリア。嫌な予感がする。


 ハヅキがいる間は全くその気配がしなかった刺客が、離れた途端に襲ってくる。完全に内部に裏切り者がいるパターンだ。


「フィーリア、俺が隙を作るから、その間に逃げろ」


 って言ってるのに懐からナイフ出してきたよ。


 刺客は2人。慣れた様子で距離を詰めてくる。


「お前たち、俺が目的ならフィーリアは関係ないだろう」


 巫女服の中に隠していた太刀をいつでも抜けるようにしておく。


「えっ? 今回私じゃないの?」


 俺の台詞を聞いてフィーリアが何故か驚いている。


「いや、俺だろ」


 何故かフィーリアと見つめ合いながら固まってしまう。


 敵も痺れを切らしたのか、


「巫女姫様、シグレ様。お2人の命を頂戴しに参りました」


 と、律儀に目的言っちゃったし。


 え、巫女姫。何処に?


 隣を見ると、フィーリアが悪戯っぽく舌を出していた。


「フィーリア、いつから巫女姫とかになったんだ?」


 ジト目の俺に、ほほほと華麗にフィーリアが微笑む。


 こいつが巫女姫。この世界は駄目かもしれない。本能的にそう思った。


 いつまでもショックを引きずっている訳にもいかないので、俺は太刀を抜いて構える。


 刺客の2人が剣を抜いて力を溜めているのが分かる。


 ……来る!


 向かって左の刺客が動いた。無駄のない動きだ。


 太刀を向けて打ち合う。


 その間に右の刺客も襲ってくる。俺は、左の刺客の剣を軽く流して、右の刺客に切りかかった。右の刺客は俺の早さに付いてこれず、体勢を大きく崩した。が、左の刺客がしっかりカバーに入り、追加の攻撃は出来なかった。


 その時、


「ひっさーっつ!」


 フィーリアの気合いの入った声と同時に手のひらサイズの袋が2つ飛んでいった。


「シグレ、逃げるわよ」


 刺客2人に袋が当たると同時にフィーリアに手を引かれて俺は逃げていた。


 角を曲がって振り向くと、赤と黄色の煙がたなびいていた。


 向こうから苦しそうなうなり声。一体何を投げたんだコイツ。


「秘密よ」


 もの凄く嬉しそうに爽やかな笑顔でフィーリアが答える。


 俺たちは奥の神殿に向かって逃げていく。


 後ろに先程とは違う気配がしてくる。新手だ。


 フィーリアが慣れたように先頭を走っている。俺もこの辺は入ったことがないので今どの辺りを走っているか分からない。


 暫く走ると、フィーリアが一つの扉の前に立ち、手招きする。


 促されてその部屋に入ると、フィーリアは慣れたように本棚の横を探った。何かのスイッチが入った音がすると、本棚が横にずれていく。


 隠し部屋だ。本物初めて見たわ。


「入って。中から扉……本棚閉めるから」


 そう言ってさっさと中に入った。俺も後から続く。


 中から操作して、本棚がゆっくり閉まっていく。


 これなら中々見つけられないだろう。ほっとして床に腰を下ろした。


 俺、結構緊張してたんだな。呼吸が整うまでに少し時間がかかった。


「この部屋って、知っている人少ないのよね。本当はどっかの抜け道使えたら良かったんだけど、ちょっと遠いのよね。いざとなった時に使えない抜け道ってどうなのよ」


 フィーリアも走り疲れたのか、俺の横に腰を下ろした。


「内通者がいると思う。この部屋もやばいかもしれない」


 うーん、結構数があるからなー。とフィーリアが横でうなっている。


「私がここでサボってたの知ってる人間は本当に少ないのよねえ。だから大丈夫だとは思うんだけど」


 刺客はプロなので油断は出来ないが、今のところ外から人の気配はしてこない。


 つーか、巫女姫がサボるな!


 どうしよう、俺もフィーリアも狙われてるって、危険度2倍になってるんだけど。


「なあ、何で巫女姫って隠してたんだ?」


 大分落ち着いてきたので、隣のフィーリアに聞いてみる。


「秘密は知っている人が少ない方がいいのよね。それ鉄則じゃない? 巫女姫になって3年位なんだけど、あまり人前に顔晒すことないから都合が良かったし」


 4ヶ月前まではちゃんとお勤めしてたのよっ、っていいながら怒っているが。


「つまり、巫女見習いのお迎えの前に神殿の外に逃げてたって訳か」


 俺とハヅキが護衛についたあの時は神殿の外に逃げていたフィーリアを迎えに行ったのだ。


「そうよ、今から4ヶ月前くらいから暗殺や何やらが酷い事になってきてね。リーネアが護るのが大変そうだったから他の街に避難していたの」


 なるほど。神聖騎士団の数がやたら多かったはずだ。


「それで、1ヶ月程別の街で過ごして、他の巫女見習いが神殿に入るのを聞いたので、私もそれに便乗して神殿に戻ることにしたの」


 だから巫女見習いが2人いたんだな。


「そのまま巫女見習いとして落ち着いた訳だ」


 何となく納得した。


「そのお陰か命狙われる様な事はなくなったんだけどね。どうも今回はバレちゃったっぽいよね」


 相手はしっかり巫女姫って言ったからな。


「ところで、シグレはなんで命狙われてるの?」


 なーんで楽しそうに聞いてくるかな。お陰で緊張感は無くなってくけど。


「まあ、話せば長くなるんだが」


 その場の勢いで今までの出来事を語った。


 その間フィーリアは無駄な言葉は挟まず、静かに聞いていた。





「つまり、総合すると、シグレの義母がシグレと私の両方を狙っている訳ね」


 ぶっちゃけそうなる。


 俺を狙っているのが『ヌエ』で、それはトウシン国の部隊だから、そいつらがフィーリアも狙っている事になるなら両方犯人は同じということになる。


 犯人は、トウシン国皇妃。


「でも、皇妃が俺を狙うのは分かるんだが、どうしてフィーリアを狙うんだ?」


 繋がりが分からん。


「トウシン国には皇女はシグレだけだった?」


 フィーリアが悪戯っぽく聞いてくる。


「いや、皇妃の所に第2皇女が、もう1人の妾の方に第3皇女がいたはずだ」


 遠い記憶を掘り起こしてみる。その他には皇子である弟がいるだけだ。


「だったら答えは簡単よ。皇妃は自分の国を皇子に継がせて、皇女を巫女姫にしたいのよ。そうすれば、自分の権力は盤石なものになるわ」


 そうか、内部は弟の皇子に継がせ、外部は第2皇女を巫女姫にして権力を握る。


「でも、巫女姫ってなんか資格がいるのか?」


 基準があるはずなんだが。その辺どうなっているんだろう。


「そうね、巫女姫の基準って言われたらアエルの体内貯蔵量が多いって事かしら」


 アエルと言うのは生命力に等しいって昔に聞いたな。特にアエルの量が多い人間は影に好かれやすいと言われている。


「それなら、第2皇女が巫女姫になれるかは分からない訳だ」


 俺の言葉にフィーリアがうーん、と悩み出す。


「まあ、あくまで基準なのよね。平和な時期なら別にアエルの量が少なくても巫女姫になる人間もいるのよ。歴史上お金に物言わせてなった巫女姫もいるしねー」


 どこにもいるんだな、そういう奴。


「私もね、巫女姫になるつもりは無かったのよ。弟が病弱でね、私が代わりに王位継いでやろうと思ってたのよ」


 こいつ凄い逞しいな。国の奴らも大変だったろうな。弟もあいつみたいなら釣り合いとれるんだけどな。


「仕方ないわよね、世界が大変な時だから」


 フィーリアがしんみりと呟く。


「やっぱり儀式をする為に選ばれたのか?」


 そういうこと、と諦めぎみにフィーリアが笑う。


 弟の側にいてやりたかったろうな。それでもこいつなら、より大勢の人を救うために、巫女姫ぐらい軽くやってしまうんだろう。


「シグレはさ、ここにずっといる訳じゃないじゃない? どっか行く予定はあるの?」


 俺はフィーリアの側にずっといるつもりだが、さすがにずっと女装している訳にもいかないしな。


「街に戻ってギルドで働きたかったけど、今の状態ではさすがに無理だしな」


 お互いにうーんと考え込んでしまう。


「なあ、フィーリア。儀式が終わったらフィーリアの国に連れて行ってくれないか。里帰りくらい出来るんだろ?」


 我ながら良い考えだ。病弱だという弟とも会ってみたいし。ハヅキも連れてみんなでフィーリアの国に押し掛けてやろう。


「そうね、良いかもしれないわね」


 少し考え込んでいたフィーリアがぽつりと呟いた。


「弟紹介しろよ。子供の頃のフィーリアの話とか面白そうだな」


 多分、波瀾万丈。俺の想像を超えるものだろう。


「言っとくけど、凄いわよ」


 困ったようにフィーリアが告げる。そんなのまともな子供時代は想像していないさ。


「楽しみだな。恥ずかしい話もかなりのストックありそうだ」


 いやー! 頭を抱えてフィーリアがのたうつ。


 お前一体どんな子供時代過ごしたんだ。





 先程と変わらずに外は静かだ。


 静かだが俺のカンは危険を告げている。何度も命を狙われた者独特の鋭さ。


「フィーリア、そろそろやばいかもしれない」


 横に置いていた太刀を構え、フィーリアを背後に庇う。


 先程の使い手クラスが来ると、俺だけならともかく、フィーリアを庇いながら逃げるのは至難の業だ。


 しかし、やらねばならない。


「大丈夫よ。さっき使った謎の袋はまだまだあるわ」


 赤と黄色の煙をまき散らした謎の小袋が次々とフィーリアの服の中から現れる。


「密室でそれ使わないでくれ。俺もフィーリアも再起不能になりそうだから」


 どっと疲れを感じながらも、目だけは本棚の扉を見つめる。


 もし、部屋に入ってきてもあの本棚の仕掛けには普通は気づかない。


 だが、内通者がいるのがほぼ確定している今、隣の部屋に入ったということは、この部屋の存在はバレていると腹を括った方がいい。


 覚悟を決めたまさにその時、本棚の扉が静かに横にスライドする。


 侵入者は2人、まだ若い為か殺気がダダ漏れだ。


「フィーリア、取りあえず出るぞ」


 後ろのフィーリアだけに聞こえるように呟く。


 フィーリアは余計な事は言わずに頷いた。


 刺客が一歩踏み出す前に、一気に間合いを詰める。


 居合い抜きで先制する。


 いきなり最高速度で向かってくる俺に刺客は微かに躊躇った。


 その躊躇いが命取りなのだ。スピードを緩めたら負ける。


 最速の太刀で前の刺客の剣の軌道を変え、そのままの勢いで一回転し、まだ体勢の整わない刺客を切りつけた。


 鋭い太刀の刃は刺客を袈裟懸けに切りつけた。


 これで1人戦闘不能だ。


 後ろにいたもう1人の刺客が剣を構え待ち受ける。


 不意打ちはもう効かない。


 抜いた太刀を構え、暫くにらみ合う。


 膠着状態に陥ってしまうと経験不足の俺の方が分が悪い。


 素人相手なら2人でも余裕だが、プロ相手になると流石にキツイわ。


 ガムシャラに突っ込んでも勝てないだろうな。


「シグレ無事か!」


 その時廊下からハヅキの声が聞こえた。


「ここだハヅキ。部屋の中にいる」


 警戒は解かないまま、ハヅキに答えた。


 ハヅキはドアを蹴飛ばす勢いで開けた。


 その様子を見ていた刺客は、俺に斬られた仲間を捨てて窓からあっさり逃げ出した。


 おい、忘れ物。


「逃げたか」


 悔しそうにハヅキが窓を睨みつける。


 俺は足下に転がっている刺客の忘れ物に近寄った。


「……死んでる。早すぎやしないか?」


 先程切りつけたばかりなのに、もう息がない。


「失敗したから奥歯に仕込んだ毒を飲んだんだ」


 剣を納めながらハヅキが近づいてくる。


 ハヅキの顔見たらなんだかホッとした。足から力が抜ける。


「シグレ、大丈夫? 何か怪我した?」


 フィーリアが心配そうにのぞき込んでくる。


「シーグーレー、生きてる? 死んでる? 人工呼吸する?」


 廊下からマラキアが大声張り上げて飛んできた。


「死んでたら人工呼吸はいらないだろう」


 ちゃっかり俺の肩に乗ったマラキアに言う。


「分かった。生きてるから人工呼吸な」


 んー、と言いながらクチバシ寄せてくるから、首をキュッとしといた。


「フィーリア、シグレ無事ですか?」


 リーネア小隊長も血相変えて部屋に飛び込んでくる。


 無事よって胸張ってフィーリアが高らかに言う。


「マラキアが逃げている2人を見て俺を呼びに来てくれたんだ」


 ハヅキは俺にお仕置きされて自分の肩に逃げたマラキアを指さす。


「俺、ちゃんと知らせたのに。シグレ酷い」


 鳥のくせに泣き真似してやがる。器用な奴。


「方角を聞いて、多分フィーリアがいつもサボっている部屋に隠れているだろうと思い、ハヅキと慌てて来たんですよ」


 リーネア小隊長がホッとしながら説明してくれた。


 そうか、フィーリアがサボってるの知っている数少ない1人が小隊長なのか。


「リーネア小隊長ってさ、フィーリアが巫女姫なのに容赦ないよな」


 ちょっと疑問に思っていたのでこの際聞いておこう。


「フィーリアの国と私の国は隣同士で交流も盛んだったものですから、子供の頃からの知り合いなんです。彼女の弟に剣術を教えたのは私なんです」


 楽しそうな返事が返ってきた。


 なるほど、だからポンポン好きなことが言い合えるんだ。


「でもさ、王女の私の扱いがこれでいいと思う?」


 不満そうに俺に問いかけてくるんだが、いいと思うという意味でしっかりと頷いておいた。何でか隣でハヅキとリーネア小隊長も頷いてる。


 多数決の結果、この扱いは正当ということになった。


 あまりのチームワークのよさにフィーリアも反論できないようだ。


「あの、フィーリアさん、シーラさん無事ですかー」


 小さな小さな声が扉の方からした。


「ツキシロ、あんた何してるの。危ないじゃない!」


 フィーリアがツキシロを見つけて近寄っていった。


「だって、リーネア小隊長とハヅキさんが血相変えて走っていくからもしかして、と思って……心配で」


 目に涙を溜めて説明する。怖かったんだろーな。


「私は大丈夫です。心配して下さって有り難う」


 お嬢様スマイル全開でお礼はちゃんと言っておこう。こんなに心配してくれたんだから。


 皆が駆けつけてくれて、俺凄く幸せだ。さっきまでの緊張感が嘘のようだ。


 まだちゃんと立てないけど。


「ほら、手を貸すからちゃんと立て」


 ホッとした顔のハヅキが手を差し伸べてくれる。


「それともお姫様抱っこのほうがいいかな?」


 笑顔のハヅキが憎々しい。腹立つので自分でちゃんと立った。


「せっかく羽を貸してやろうと思ったのに」


 本気で残念そうにしているマラキアがそこにいる。


 お前、自分が鳥なのをウリにしてないか。


「あー、お腹減った。さ、こんな所にいてても仕方ないから何か食べにいこう」


 腕振り上げて部屋を出ていくフィーリアをリーネア小隊長が慌てて追っていった。


 たった今刺客に狙われていたとは思えない元気さだ。


 一つため息をついて俺とハヅキとマラキアもその後に続く。ツキシロも後ろからちょこちょこ着いてくる。


 今回も何とか退ける事は出来たが、やっぱり厳しい事には変わりない。儀式が終わったら、さっさとフィーリアの国に逃げ込んだ方が安全に思える。


 そうそう、その話を後でハヅキとマラキアにしてやろう。きっと喜ぶはずだ。


 その時の事を考えると自然に口が緩んでいってしまう。


 ああ、命狙われたりして大変だけど、やっぱり今は幸せだな。


 ……あいつもここにいればもっと幸せなんだけどな。


 遠く空を見つめながら、今は会うことの出来ない人物を想う。



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 第7章 神官長


 明日はいよいよ儀式の日となった今日。


「シーラ様、神官長がお話があるそうです」


 今日も今日とて儀式の用意でバタバタしている俺の前に1人の神官が現れた。


 神官は日々の儀式の進行を担当する男性達である。


 巫女はそのアシスタント的な扱いになっている。


 巫女は花嫁修業の行儀見習いと考えられているのに対して、神官は完全に神職に入り、生涯独身を通す。一つの職業なのだ。


 平民から貴族まで、神官はなろうと思えば、どんな身分の者も受け入れることになっている。


 その頂点に立つのが神官長。巫女姫と並ぶ偉い人なのだ。


 まあ、巫女姫があんなのだからあんまり期待は出来ないが。


「こちらへ」


 若い神官に案内され、いつも巫女たちが暮らす裏の神殿とは違う方向の奥の建物に連れて行かれる。


 さすがに神官長のお呼びなので、ハヅキは表の神殿で待っている。


 奥に来ると重厚な雰囲気が漂ってきた。


 一つの大きな扉が現れる。


「シーラ様をお連れしました」


 一声かけると若い神官はそっと扉を開けた。


 中は結構広い。部屋の奥にソファーが置いてあり。そこに1人の男性が腰掛けていた。


 俺が部屋に入ると、その男性は立ち上がった。


「シグレ殿、突然呼び出して申し訳ない。私が神官長のマグヌスです。貴方の事はリーネア小隊長から聞いています」


 丁寧に挨拶をすると、人払いをした。


 今、シグレって言ったか? リーネア小隊長が説明したのだろうか。


 俺は進められるままマグヌス神官長の前のソファーに座った。


「貴方に話しておかねばならない事があります。まず、私は貴方と同じ『世界樹の旅人』です」


 は? いきなりの展開に俺の脳がついて行かない。


『世界樹の旅人』つーと俺だよな。その同類って一体どんだけいるんだ?


「驚かれているようですね。私も驚いています。同胞に会うのは初めてなので」


 優しそうに笑う。不思議な髪の色をしている。白かと思ったがどうやら銀色らしい。目は綺麗なブルー。歳は20代後半か。


「そっか、あんたは神官長として生きているのか」


 やっと納得出来た。


「そうです、入った体が神官長の家系でした。巫女と違って神官長はいくつかの決められた家系から選ばれるのです」


 巫女はアエルの体内貯蔵量で選ばれる。神官長は家系で選ばれる。


 どっちかというと実質的な権限は神官長が握っているということか。


「今私たちがいる世界が、私のいた前の世界と違うということは世界樹の気脈を漂っている時に私の頭に知識として入ってきていました」


 彼は全く知識の無い状態で世界樹の気脈に入り込んだのだ。気脈は例えるなら人間の血管のようなもので、世界樹全体に張り巡らされており、『世界樹の旅人』や人の魂はその気脈の流れに乗り様々な世界にたどり着く。


「私も初めこそ前とあまりに違うこの世界に戸惑いましたが、暮らしているうちにこの世界がとても大事に思えてきたのです」


 マグヌス神官長は慈悲深い笑顔を見せる。本当にこの世界が大事なのが伝わってくる。


「ですから、今回の儀式は絶対に成功させなければならないのですが、どうも巫女姫の命を狙う輩があらわれているようです」


 儀式遂行に必要な巫女姫。それを狙う『ヌエ』。


「だけど、巫女姫が儀式をしなければ、この世界は滅ぶんだろう? あいつらも邪魔せずに静観すべきじゃないのか?」


 どうしても儀式の前に邪魔する必要があるのか?


「彼らは今回の儀式を妨害し、自分たちの立てた巫女姫でそれを成功させるつもりなのでしょう」


 つまりは実績が欲しいのか。名実共に巫女姫になるための。この話しぶりでは、神官長は襲撃者の正体を正確に知っているようだ。


「なあ、聞きたかったんだが、儀式って何するんだ?」


 誰もその内容は知らなかった。フィーリアも大した事ないの一点張り。流石に俺も心配になる。


「その事についてお話しておいた方が良いと思って今回来ていただいたのです」


 なるほど、わざわざ人払いまでして話したかった内容はそれか。おそらくこの世界の人間には理解できない内容なのだろう。


「最近地震が頻繁に発生している事はご存じですね?」


 段々と頻度の増しているあの地震の事だ。


「知っている。あんたはあの地震の原因について心当たりがあるんだな」


 俺の言葉にマグヌス神官長はにっこり微笑んだ。


「現在発生している地震は、この世界のアエルが枯渇しかかっている為に起こっています」


 この世界のアエルが枯渇?


「貴方は『世界樹の旅人』の役割をご存じですね?」


 それはこの世界に旅立つ前にある人物に聞いた。そして、マグヌス神官長が言ったように、気脈を漂っている間に知識を追加した。


「世界樹の気脈からアエルを個々の世界に供給する為の存在だな」


 俺の答えに合格の笑みを浮かべるマグヌス神官長。


「私たち『世界樹の旅人』が新しい世界に入る時や出るときにある程度の大きな穴が開きます。そこからアエルが大量に出入りするのです」


 アエルは気脈に満ち満ちている。気脈自体がアエルの流れだからだ。俺たちはこの世界を含めた数々の世界の集合を大木に例えて世界樹と呼ぶ。 小さな数々の世界はそれでいうと木の葉っぱの部分と言うことになる。根に近くなるほどアエルの密度が増えていく構造だ。


「アエルは密度の濃い場所から薄い場所に流れる性質があります。つまり、アエルの薄い世界には『世界樹の旅人』が開けた穴から大量に流れ込み、濃い世界は逆に流れ出て行く仕組みになっています」


 それでアエルの濃度を世界が調整しているのだ。


 俺たちは世界のアエルの密度を調整する為に存在している。


「『世界樹の旅人』以外の魂は世界の壁を通る際には素通りしてしまうので、その役目は我々だけが担うものなのです」


 そう、他の魂は何故か壁の妨害にあうことが無いのだ。何故俺たちだけあの抵抗にあうんだろう。


「その辺の知識は気脈でも分かりませんでした。ですが、私が立てた推論では、あの妨害は記憶を持っている者のみに起こるのではないかと思うのです」


 確かに俺たちは前の世界の記憶を持って世界を渡る。他の魂達は死んで暫くすると記憶が無くなり真っ白な状態に戻るのだ。俺たちと普通の人間の大きな違いはそこだ。


「世界の壁は記憶を持つ者を拒む性質があるのだと私は思っています。私たちはその性質を利用してアエルの調整役を果たしているのでしょう。良くできた世界です」


 そう考えると俺たちだけ記憶を持っているのも納得できる。


「さて、では何故この世界のアエルが枯渇しかかっているのか。我々『世界樹の旅人』が2人もこの世界にやってきたというのに」


「いや、3人なんだ」


 俺の答えにマグヌス神官長が首を傾げる。俺も時々忘れそうになるが、もう1人、いやもう1羽いる。


「マラキアという鳥なんだ。アエルの貯蔵量が少ないから人間には入れなかったらしいんだが」


 そう、あの話す鳥も一応『世界樹の旅人』なのだ。今まで忘れてたが。


「ああ、貴方と一緒にいるという鳥の事ですね。それならなおさらですね」


 そう、『世界樹の旅人』が3人もこの世界に入ってきたというのに、アエルの量が安定しないのはおかしい。


「実は私が入ってきた時もそうだったのだが、どうも壁に開いた穴を何かが塞いでいるようなんです。黒い影のようなものでね」


 影? まさか葵やフィーリアに付きまとっていたあの影だろうか。


「この世界は世界樹の中でも先端のほうでね。根からかなり離れた場所にある世界のようなんです。その為、影のような邪悪なものが昔から溜まりやすいと書物に記されています。その対処法として巫女姫による儀式が行われているのです」


「つまり、今回の儀式の目的は……」


 世界の壁に開いている穴を塞いでいる影を取り除くこと。


「それさえ叶えば、この世界はまたアエルの恩恵を受け、栄える事ができる。もし失敗すればこの世界は枯れ、滅びる」


 その為の儀式。


「この儀式の為に、アエルの量の多い今回の巫女姫が選ばれたのです。現在巫女姫のアエルの量は安定し、最高のコンディションになっています。地震の回数が段々増えています。そろそろ儀式を行わなければなりません」


「その儀式が終われば、巫女姫の重要な役割が終わることになるんだな」


 儀式を行うのが巫女姫の役目なら、暫くは暇になるわけだ。だったらフィーリアの故郷に一緒に戻っても問題は無いのだろう。


「そうですね、その後は巫女姫にはゆっくりしていただく事になると思います」


 よし、旅行決定!ハヅキやマラキアにもさっさと話すぞ。


「シグレ殿、どうか暗殺者から巫女姫を守り、儀式を成功させて下さい。この世界が救われる為に」


 それはすなわちフィーリアを護ることになる。


「分かった。フィーリアは俺が護る。儀式の邪魔はさせない」


 マグヌス神官長は立ち上がり、俺の手を取った。


「有り難う、同胞よ。君が来てくれてとても心強いです」


 俺も立ち上がり手を握り返した。


「明日で全てが片づく。任せてくれ」


 俺の言葉にマグヌス神官長はほっとした顔をした。こんな重要な事を抱え込んでいたのだ。さぞ、辛かったことだろう。





 マグヌス神官長の部屋を後にした俺は表の神殿に戻っていた。


「明日は裏の神殿の警護をしようと思うんだが」


 待っていたハヅキに開口一番そう告げた。


「警備は神聖騎士団の仕事だぞ。任せておけば良くないか? お前は自分の事を考えろよ」


 心配そうにハヅキが言うのだが、俺は自分の事よりフィーリアの事が心配なのだ。


 俺の真剣な顔に納得してくれたのか、ハヅキはため息をつき、わかったと言ってくれた。


「そうそう、さっきフィーリアがシグレを探していたぞ。見つけたら巫女姫の部屋に来るようにと言ってたぞ」


 フィーリアが部屋に? 巫女姫の部屋に戻っているのか。


「すぐに行く。ハヅキはどうする?」


 あ、もう着いてくる気満々な顔してるわ。


「あいつとシグレを2人にするとろくな事がないから行く」


 いや、フィーリアと2人だからろくな事が無いのではなく、2人が狙われているだけなんだけど。


「俺も行ってやろう」


 頼んでもないのにマラキアまで行く気満々で肩に止まって胸をそらしている。


 ……もちろんたたき落としておいた。





「遅いわよシグレ。今大変な時なんだから」


 部屋に入ると確かに大変なことになっていた。


「何でこんなに服が散らばっているんだ?」


 部屋の中は服服服。足の踏み場もない。


「勝負服決めてんの」


 何の?


「明日は私の晴れ舞台なわけ。適当なな格好でいいわけないわ!」


 何でかいつもより気合いが入っている。だがしかし、


「巫女姫って儀式の前に人前に出たっけ?」


 こっそり奥の神殿に向かう手はずだったはずだ。だからオシャレする必要全くなし。


「人前には出ないわよ。でもオシャレしたいの!」


 意味分からん。まあ、でも真剣だから笑ったらはっ倒されるので一緒に選んでやるか。スケスケ選んだら着てくれるかなー。


「もういっそ真っ裸で走ったらどうだ? 歴史に残るぞー」


 ハヅキがへらへらととんでも無いことを言う。


 何処から出したのか、ハヅキの横にナイフが飛んできて突き刺さった。


 ちょっと顔が青ざめている。俺の方には飛んできませんように。


「フィーリア。これなんかどうだ? 白くて清楚っぽくて良くないか? 俺は好きだなー」


 何で俺機嫌取ってるんだろう。これで機嫌が直るかは定かではないが。


「それ? シグレはそういうのが好みなの? まあ、悪くないわね」


 そう思っていたが、あっさり機嫌が直った。何でだ。


「それと、この帯をつけて、そうそうこの首飾り素敵。それに耳飾りはこれにして、額にはこの銀の飾りがいいわねー」


「……シグレ、女に戻ってるわよ」


 シグレが女性として育った記憶があるせいか、綺麗な服を前に俺はうきうきしていたらしい。習性って恐ろしい。フィーリアの目が据わってる。


 ビビって横を見るとハヅキがうずくまって震えている。ぜってぇー笑ってるな。


「はーづーきー、今笑ったな? きっと笑ってたよな? 笑顔の似合うお前にご褒美だ」


 俺はひきつったハヅキの唇に口紅をべったりと塗ってやった。後でアイライン引いて、頬紅もつけてやろう。


「フィーリアさん、シーラさん。明日の予定表が出来たのですけど。ぶっ」


 いつも穏やかで上品なツキシロが部屋に入ってくるなり吹き出した。


 ツキシロにはフィーリアが巫女姫である事は言っておいた。昨日の襲撃の説明をするのに、隠してはおけなかったからだ。


「ハヅキさん、その顔……」


 みなまで言えずに吹き出した。


 ハヅキの顔にはべったり口紅。


「明日はこのまま俺も巫女服着て警備するよ。シーラ殿の横で」


 やべ、自棄になってやがる。さすがにキモいわ。


「後で落としてあげますから、そっち行ってて下さい」


 めんどくさいのでフィーリアの方に押しのけた。


 途端にフィーリアのげっ、だのあっち行けだの罵倒が飛ぶ。


「有り難うツキシロさん。よく読んでおきますね」


 ツキシロの手から予定表なるものを受け取った。


 俺の欄に仕事の内容が書いてある。客人の世話? あれ? 明日はフィーリアの警護にまるまる当てるはずだったんだが。


「ツキシロさん、私は明日フィーリアさんの世話をすると思っていたのですが」


 予定表を指さしながらツキシロに尋ねる。リーネア小隊長にも伝えてあるし、神官長から直々に頼まれているし。


「急遽手が足りなくなって。午前中だけでもいいからお願いできないでしょうか」


 うーん、儀式は午後からだからいいっちゃいいんだが。


「いいわよ。行ってきなさいよ。私は大丈夫だから」


 話を聞いていたフィーリアがあっけらかんと言う。


 部屋の奥の方でハヅキがイジケていた。相当酷いこと言われたみたいだな。


 後でクレンジングで落としてやろう。


「分かりました。では、午前中だけお手伝いに参りますね」


 にっこり微笑んで、ツキシロを安心させる。


「すいません、無理を言ってしまって」


 ツキシロが深々と頭を下げて部屋を出ていく。


「シグレ。行かない方がいいぞ」


 足元からマラキアの声がする。


「でも、約束したから。フィーリアの方はリーネア小隊長や神聖騎士団がいるから大丈夫だろうし、俺の方はハヅキがいるし」


 俺が1人加わったからといって、そんなに戦力差が出るわけではない。ただ、俺が心配すぎて少しでもフィーリアの側にいたいだけなのだ。


「俺もいるし」


 必死に自分をアピールしようとするマラキアが可笑しくて。そっと頭を撫でてやる。


 これが終わったら、皆でフィーリアの国に行こうな。美味しいお弁当持ってさ。


 ま、作るのは俺だけどな。





 儀式当日。


 もう周りはバッタバッタしている。


 俺はツキシロに頼まれた客人の世話するべく廊下を歩いていた。


「シーラさん、おはようございます」


 廊下の向こうからそのツキシロが現れた。


「おはようございます、ツキシロさん。凄い騒ぎになってますね」


 優雅に挨拶する俺の横を巫女服の裾を激しく乱しながら走る巫女の集団が通り過ぎていく。


「こんなに大きな儀式が急に決まったものですから、みんな慌てているんですわ」


 今度は神官服の若い神官が俺の横を必死に走り抜けていく。


 あ、裾踏んで転んだ。


「ところで、私が今日お世話するお客人はどなたですか?」


 こんな時にやってくる客は逆に迷惑なんだが。


「それが、到着が遅れているようで、まだおいでになっていないんです」


 すまなそうにツキシロが言う。


「いっその事、このまま帰ってくれないかな」


 真面目な顔でハヅキが言う。俺もそう思ってたけど口には出さなかったぞ。いい大人がそれ言っちゃ駄目だろ。


「ハヅキさん、それはちょっと言い過ぎじゃ……」


 案の定、ツキシロがおろおろしている。


「お世話する方が到着されていないのじゃ、どうしょうもありませんね。私は一度フィーリアさんの所に戻ってお手伝いをしていますわ。お客人がご到着されたらお知らせ願えますか?」


 ぶっちゃけて言っちゃえば、やること無いならフィーリアの所戻るわ。って事なんだけどね。


「そ、そうですね。その時にはまたお願いします」


 ツキシロが困ったようにしているが、遅れてくる方が悪いのだ。ツキシロは何も悪くない。


 何度も頭を下げながら、ツキシロが廊下の向こうに戻っていく。


「なーんか嫌な予感がするんだな」


 ハヅキが珍しく不機嫌そうに言う。


「どうしたんだ、何かあったのか?」


 うーん、と考え込んでいたハヅキだったが、何かを決心したように俺の方を向いた。


「俺のカンは良く当たる。今日は朝から嫌な予感しかしない。シグレ、頼むから今日は俺の側を離れるな」


 真剣な顔のハヅキが俺の肩を掴んだ。その手の力はかなり強く。ハヅキの真剣さが窺えた。


 しかし、


「シーラさん良い所に。ちょっとお手伝い良いかしら?」


 顔なじみの巫女が俺を見つけて手招きしている。


「何かありましたか?」


 慌てているその巫女に尋ねている。


「表の神殿の儀式に出る巫女達の着付けが終わらなくて。お手伝いお願いします」


 俺は分かりましたと答えてそちらに向かう。本当はフィーリアの側にいたかったが、彼女も儀式の準備で忙しいだろう。


「あら、アートルム様はいけませんわ。女性の着替えの場にお入りいただく訳には……」


 当たり前の様に付いて来ていたハヅキは流石に止められた。


 俺も男だが、いいのだろうか。いや、今は女装中だが。


「しかし、シーラ殿」


 ハヅキが焦ったように俺を見る。向こうで巫女がきゃっ、とか言ってるのが聞こえるが、それ誤解だから。


「すぐに戻って参りますから、巫女姫様の護衛をお願いします」


 俺の代わりに。って気持ちで見つめていると、察してくれたのかハヅキが分かったと言って奥の神殿の方に歩き始めた。


 ……未練たらたらの様子で。


「アートルム様は本当にシーラ様の事がお好きなのですね。とってもお似合いですわー」


 さらに誤解を重ねた巫女がうっとりとこちらを見ている。その視線はやめて欲しい。泣きたくなってきた。


「俺は行く」


 すぐ横の手すりに乗ったマラキアが羽をばたつかせながら言う。


「わかった、お前は付いてこい」


 やはり1人では心細いので、こいつくらいはいてくれていいか。


 そう思って腕を差し出したら、嬉しそうに乗ってきた。





 控え室は戦争だった。


 裏の神殿で本当の儀式は行われるのだが、民衆を納得させる為に表の神殿でも形だけの儀式が行われる。


 日々の儀式をかなり派手目にして、いかにも神殿頑張ってますというアピールをするわけだ。


 その儀式に参加する巫女たちも頑張って着飾らなければならないようで。


「シーラさん、そちらの方々の髪結いをお願いします」


 着替えをマジで手伝う事になったらどうしようと思っていたが、髪結いの役みたいなので良かった。


 こうなったら早く役目を終えてフィーリアとハヅキの元に戻ろう。決意を新たに俺は腕まくりをした。

「さあ、はじめはどなたですか?」


 なんか俺燃えてきたわ。


 シグレの記憶を総動員して、高貴な身分の女性の髪型を思い出しひたすら腕を動かした。


 素敵、とか私もこんなのがいいとか。どうか私もお願いしますとか。


 気づけば俺の後ろには長蛇の列が出来ていた。


 しまった張り切ってやりすぎたか。俺の黄金の腕は巫女たちの心を鷲掴みにしてしまったようだ。


 どうしよう、結構時間がかかりそうだ。自分の性格を恨みつつ、俺は儀式が始まるギリギリまで美容師よろしく髪を結い続けた。


 俺、この道でも生きて行けそう。





 やっと最後の1人が終わった頃には俺の体力は限界だった。


「シーラさんお疲れさま。みんな大満足で行かれましたよ」


 先程俺を呼び止めた巫女が水を差しだしてくれていた。


 喉がカラカラの俺は有り難く水を貰い飲み干した。


「お役に立てて良かったですわ」


 とにかく大変だった。女の子のオシャレって見る分にはいいが、手伝うのはちょっと勘弁だわ。


「みんな今日の日を待ちわびていましたの。これで地震が止まってくれたら不安な日々を過ごさなくて良くなりますから」


 空のコップを受け取りながら巫女が微笑む。


 気が強そうに見えるが、彼女もきっと不安を感じているのだろう。


「今日で全て終わるといいですね」


 そして俺はフィーリアとハヅキとマラキアとここを出るのだ。


 今日を待ちわびていたのは俺も同じだ。


 ふと、目の前の巫女がまだ髪を結っていないのに気づいた。他の巫女の手伝いをしていたため、自分の準備が遅れているのだろう。


「さて、私も最後のお1人の髪結いを始めましょうか」


 俺の言葉に巫女は驚いたように俺を見た。


「まあ、私は自分で出来ますから。お疲れでしょうに、少し休んで下さい」


 気遣うように言う巫女を有無を言わせず椅子に座らせた。


「さあ、貴女が終わらないと戻れませんわ。今日一番の素敵な髪型にして差し上げますね」


 俺もかなり疲れていたが、人を気遣うこの巫女の気持ちが嬉しくて少しでも役に立ちたいと思ったのだ。


 この世界に来てまだ日は浅いが、俺もこの世界が好きになっているようだ。この世界にも確かに人々が生活しているのだと実感していた。


少しずつ人間味が出てきた話です。

ラストに向かって色々伏線回収していきます。

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