表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

シグレ編 1

連載小説の1回目です。

気軽に読めるので、読んでいただけると嬉しいです。

俺は今森の中に立っていた。


「シグレ、右に二人いる」


 頭上から声がする。


「すぐに片付ける。おっさん達見てろ」


 俺の言葉に数人の人影が後ろに下がった。

 目の前には鬱蒼と茂る森。

 遠回りはしない、正面から突撃する。

 鯉口を切り、刃を傷つけないように、されど素早く太刀を抜く。

 勝負は一瞬でついた。



「そら、金だ」


 先程、こそこそ俺の後ろに隠れていた油ギッシュなおっさんが、馬車から半分顔を見せて皮袋を放り投げる。


 そのまま馬車は生き残った護衛を連れてさっさと走り去った。


「偉そうだな、命助けてもらったのに」


 なかなか重みのある皮袋を振りながら愚痴っていると、


「そう言うな。金を置いていっただけマシだ」


 上空から影が降りてきて左肩に止まった。

 鳥である。

 ほっそりしたシルエットに長い冠と尾の綺麗な鳥。

 が、ちょっと重いので払い落とした。


「何をする、シグレ!」

「おま、ちょー重いんですけど。鳥にしたら鷹くらいあるんですけど。見た目派手なオオムだけど」


 地面に落ちる瞬間に急制動をかけ、鳥は近くの木の枝に止まった。


「仕方ないだろう、お前と違って私はアエルの貯蓄量が少ない。人間には入り込めないんだ」

「なあ、マラキア。俺はこいつの体を使ってていいのか?」


 俺はじっとこちらを見ている鳥に問いかけた。


「そいつの本来の持ち主は1週間に死んでいる。記憶は読み取れるだろう」


 そう、この体の主は死んだ。その後に俺が入り込んだ訳だ。

 こいつの名前はシグレ・ラディウス。色々複雑な事情があって死んだ。

 まあ、今はその辺は割愛しておく。

 俺の本当の名前も今は必要ないので、考えるのは止めておこう。

 人を探して今の世界に潜り込み早一週間が過ぎた。

 今の体の記憶のお陰で、初めてのこの世界でも何とか生きていけている。

 だがそろそろ人間のいる街にたどり着かなければ人探しは出来ない。


 先ほど助けたおっさんは森の中で賊に襲われていた。護衛は居たが結構弱かった。

 まあ、助ければ街の情報くらいは手に入るだろうと思って軽い気持ちで助けたのだ。この体でならあれぐらいの賊は相手にならない。


「ああ、助けたのが可愛い女の子だったらロマンスが生まれたかも知れないのに」

「どこの親父の思考だ。ロマンスしている暇がお前にあるのか」


 ちょっと気持ちを軽くしようと思っただけなのに、素早いツッコミが入る。

 くそっ、この鳥そのうち食ってやる。


「街はここから半日位の距離だ。さあ、行くぞ」


 偉そうにマラキアが俺の肩に乗ろうとするので、すかさず叩き落した。

 鳥なんだから、飛べ!



 半日ほど早足で森を抜けていった先は小高い丘になっており、それを登り切った先では眼下に街が広がっていた。

 街の先にはまぶしい海面が見え、カモメ(?)らしき鳥が数多く飛んでいた。魚介類が豊富なのだろう。

 街は山から海にかけ扇状に広がっており、真ん中に大きな川が流れている。


「すげ、外国の街みたいだ。みんな屋根がオレンジ色だぞ」


 燦燦と降り注ぐ太陽の光が眩しい。


「トリアの街と言ったか。山の中には有名な神殿があると言っていたな」


 俺たちは今抜けてきた森の隣にある山を見た。そこには白い建物群が見える。

 太陽の光が当たって白くキラキラと輝いていた。

 神様とかいても不思議じゃないようだ。

 この体の記憶によれば、あの神殿は巫女姫と呼ばれる少女が治めているという。

 その発言力は他国の王族をも動かすらしい。元々巫女姫自体、各国の王族の中の未婚の女性が選ばれるらしい。

 ……美人ならちょっと見てみたい。

 不敬な事を考えていると、どこかから悲鳴が聞こえてきた。


「マラキア、何処だ?」


 声の場所をマラキアに問う。


「丘の下のあの木々の中だ」


 丘を少し街のほうに下ると、小さいがこんもりと木々の生えた場所が見えた。


「取り合えず行くぞ!」

「先に行く。相手が強そうだったらさっさと逃げたほうがいいぞ」


 余計な一言を残して俺の頭の上をマラキアが飛んでいく。


「だから、いいじゃないか。俺とならお似合いだろ?」


 木々の間から野太い声が聞こえてくる。


「何がお似合いよ、好みじゃないって言っているじゃない!」


 少し怒り気味の女性の声も響いてきた。


「一体俺の何処が気に入らないんだ!」


 男の声がイラつきを増してきていた。


「顔」


 女性の声が容赦なく止めを刺す。

 すげー、そんなにキッパリ言われたら男でもへこむ。


「てめー、下手に出てりゃ調子に乗りやがって」


 なんだかお約束の展開になってきた。そろそろ割って入らないと18禁の世界に入ってしまいそうだ。

 そんな事をのんきに考えていると、羽音が聞こえてきた。


「なんだこの鳥!」


 あ、マラキアも同じこと思ったのかな。攻撃したみたいだ。


「くそっ、邪魔するな焼き鳥にするぞ!」


 男が武器を振り回したのだろう、鋭く空気が切り裂かれる音がした。

 やばい、俺の非常食が食われる。


「おい、真昼間からなにやってるんだ」


 太刀を素早く抜きながら、筋肉質な男と女性の間に入り込む。


「貴様何者だ。その女は俺の女だぞ」


 俺は筋肉質の男の顔を始めてまともに見た。


「うわ、確かに好みじゃないわな」


 言葉がするっと口から出てしまった。だって俺正直者だから。


「何だと、てめー自分がちょっと顔がいいからって」


 男はちょっと傷ついていた。まあ、でもしょうがない。

 俺の入っているこの体はかなりの美形だと思う。髪は黒、背中まであるのをポニーテールにしている。

 服装は和風なのか、洋風なのか良くわからないが動きやすい格好で、これが彼の国の普通の格好のようだ。年は今年で17歳。

 大きめの目をしており、目の色は茶色だ。

 目の前にいる顔の真ん中に主要パーツが集まったユニークな顔の主からすれば、俺の顔はムカつくだろう。


「まあ、顔はいいぞ。ついでに性格も結構いいと思う」


 顔だけ褒められるのもムカつくので、性格もちょっとアピールしてみる。人間自分を表現するのは大事だ。

 男のこめかみがピクついているのが分かる。そろそろ限界が近いようだ。


「シグレ、遊んでないでさっさと片付けろ!」


 木の枝に止まったマラキアがギャーギャー騒いでいる。こいつ先に切ったろか。

 まあ、いつまでもこの顔見てるのも辛いので、太刀の刃を逆さまに構える。いわゆる峰打ちだ。

 男の武器は大剣。まともに受ければこちらの太刀が持っていかれる。

 装備は軽装備、左胸と両肩にプロテクターをしているのみ。

 男も腰を落とし、剣を構えた。顔が怒りで赤く染まっている。トマトのようだ。

 こちらも腰を落としつま先に体重を乗せる。

 男が動いた。上段から剣を叩きつけて来る。勢いで対象を叩き切るやり方なのだろう。

 こっちは敵に比べると体重が軽いし、獲物も軽い。まともにあの剣を受けるわけにはいかない。

 敵の剣の振り下ろしスピードを計算し、半歩左によけ太刀を剣の横から滑るように押し付ける。

 剣は俺の太刀に押されることにより狙いを外し地面に突き刺さる。

 あわてて引き抜いて構えようとする隙をついて、敵の胴に強烈な一撃を与える。

 もろに入った。刃を逆さまにしているので、体が切れる事はないが、アバラが一本か二本は折れただろう。

 男がわき腹を抑えて蹲った。

 終わった、俺の勝ちだ。勝ち誇って俺は女性の方を振り向いたが、そこには女性の姿はなかった。


「?」


「シグレ、後ろだ」


 呆れたようなマラキアの言葉を聞いて、先ほど倒した男の方を再び見れば、太めの木の枝を振り上げた女性が勢い良くそれを振り下ろす瞬間だった。

 ゴンっ!!

 殴られた男はそのまま崩れ落ちていった。



「助けてくれてありがとうです!」


 華奢な女性が元気良く頭を下げた。手には先ほどの枝……いや、丸太か?

 栗色の巻かれた髪がフワッと揺れる。あの男には悪いが、彼女は超可愛い。あいつには全く似合わない。

 瞳は緑がかっていて明るくて綺麗だ。

 助けて良かった。ロマンスルートまっしぐらだ。

 俺が感動に打ち震えていると。


「あ、早く帰らなくちゃです。お花を摘みにきていたらあいつに捕まっちゃって。旦那様が心配するです」


 既婚者だ。涙が出てきそうだったが、悔しいので頑張って堪えた。


「見かけない方ですが、旅の方ですか?」


 可愛く首を傾げて女性は尋ねてきた。彼女の旦那の首絞めたい。


「ええ、人を探して旅しているので、暫くあの街に滞在したいと思っているんです」


 取り合えず自分の状況の説明をして、宿の場所でも聞いてみよう。


「あら、泊まる所は決まっているのですか?」


 彼女はすぐに俺の状況を理解してくれてそう切り出してきた。


「いえ、出来れば安い宿を紹介していただけると有難いのですが」


 俺の言葉に彼女はにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、うちに泊まればいいです。部屋は一杯ありますから。貴方の様な強い人なら大歓迎です」


 そんなに迷惑をかけるわけにはいかないが、この土地では右も左も分からないので、現地の人にお世話になるのは有難い。

 そう、下心なんて一片もない!


「あのー、じゃあ仕事と部屋が見つかるまで何日かお世話になってもいいでしょうか?」


 こいつも、と言いながらマラキアを指差す。


「奥さん、世話になる。マラキアだ」


 ぶっきらぼうにマラキアは自己紹介する。


「よろしくマラキアちゃん。私はマレよ」


 そういえば、名前を名乗っていなかったな。


「俺はシグレ・ラディウスです。宜しく」


 宜しく~。と両手を振りながら可愛く笑うマレを見て、爽やかな好青年の旦那を思い浮かべた。きっと幸せなのだろうな。


「さあ、じゃあ街に戻りましょう。いい街だからきっと気に入るわ」


 俺は知らなかった。彼女が俺たちに背中を向けた途端にこっそり微笑んだ事を。



----------------------------------------------------------------------

 

 第1章 ギルド


 小高い丘を越え、なだらかな坂道を下っていくとトリアの街の入り口が見えた。

 入り口はアーチ状の門になっており、町の北側を城壁が取り囲んでいた。

 南側は海の為、城壁はなく、半円になっている。


「どっかと小競り合いでもやっているのか?」


 あまりに丈夫な城壁を横目に見つつ、先に歩くマレに話しかけた。


「昔はね。今は平和なものよ。100年前にあの北の山に神殿が出来てからは、このトリアの街は中立都市になったのよ」


 少し自慢げにマレが語る。


「まあ、巫女姫様様よ」


 話しながらもマレは街の中を南(つまり海側)に向かって歩いている。

 街の中はレンガ造りで大体3階から4階建ての集合住宅の様な建物が並んでいる。

 暫く歩くと街の中心の広場にたどり着いた。中心には噴水がある。

 マレはそこを右、つまり西に向かって曲がった。

 上から見たトリアの街は山側から中心に向かって川が流れていた。

 マレが向かっている西側の方に橋が見えるので、そちら側が川なのだろう。

 噴水広場から大きな道が東西南北に十字に作られている。


「この広場を中心に道が十字になっているでしょう?それを境にして居住区や労働区が分けられているの」


 俺が大通りを見ながらきょろきょろしていたのでマレがそれに気づいて説明してくれた。


「今北から歩いてきたでしょ?向かって左右の区画が住宅区。今から私たちが向かう南西は商業区。その隣の南東は工業区なのよ」

 

マレは言いながら右と左の区画を交互に指した。


「そんなにキッパリ分けているのか?」


 俺は左右の区画と今通っていた二つの区画を見比べる。


「まあ、厳密ではないの。住宅区の中にもお店は沢山あるし、商業区の中にも住宅はあるわ。でも、大きな商会の本社や酒場の多くはやっぱり商業区に多いわね」


 ただ単に利便性の関係からそうなっているようだ。住宅の真ん中に武器の工房があるのもあまりよろしくない、とかの理由だろう。

 そうこう言っている間に橋に差し掛かった。橋の構造からすると、跳ね上げ式に見える。

 船が通った時に左右からケーブルで橋を引き上げて、船を通す橋だ。

 この川は街中で物資を運ぶ際に利用されているようだ。小さな船が荷物を積んで行き交っている。


「この橋を渡ればうちはすぐだから」


 マレが嬉しそうに橋を渡る。家が近づいて来たため軽やかに足が進む。


「シグレ、あの女信じすぎるなよ」


 先ほどから空を飛んでいたマラキアが左肩に止まって警告を発してくる。


「分かっている。まずいと思ったらさっさと逃げるよ」


 そういってマラキアを叩き落した。



 暫く南に向かっていくつか角を曲がると小さな広場が見えた。広間には人がちらほらと集まっている。


「そこよ、うちは宿屋もやっているから」


 そう言ってマレは広場に面した大きめな建物に入っていった。


「シグレ、あのマークは」

「分かっている」


 その建物には確かに宿屋の看板が架かっていたが、その下にもう一つ二枚の羽が花を抱える紋章が描かれた看板があった。


「ギルドマークだ」


 ギルド、シグレの記憶を読み取ると、どの街にも最低1つはある集団である。

 仕事は護衛から荷物運びから道案内まで。いわゆる何でも屋である。地域によって必要とされる仕事が違うため、ギルドによって特色がある。

 集まる仕事がある程度決まってくるのだ。


「どうする?」


 叩き落とされるのが嫌なのか、道に降り立ったマラキアが聞いてくる。


「まあ、仕事を探している身としてはラッキーなのかな」

「ギルドに入るのは自由だが、あれも一応組織だ。色々面倒くさいぞ」


 そう、ギルドによって掟は違うがかなり厳しい組織もあるそうだ。まあ、護衛関係くらいなら、この体で十分こなせる。

 しかし、技術系ギルドとかだったらどうしよう。あれ、もうおたくの集団だからちょっとついていけない。


「あー、取り合えず入ってみるか。何かやばそうだったら泊めてもらうだけでさっさと仕事を探すし」

 少し緊張しながら俺は宿屋兼ギルドの扉を開けた。



「いらっしゃい」


 筋肉だるまがカウンターの向こうから声をかけてきた。

 思わず開けた扉を静かに閉じる。


(俺は何も見なかった)


「シグレ、何故入らない!」


 足下でマラキアが騒ぐ。

 そりゃそうだろう。扉をあけたかと思うと入らずにまた閉めたのだから。


「ダメだ、身体が言うことを聞かない…」


 軽くトラウマが甦ってきた。

 筋肉は無理!

 扉の前でうだうだしていると、内側から扉が開かれる。


「どうした、入らんのか?」


 丸太のような腕が伸びてきた。

 そこで精神の限界を迎え、視界が真っ暗になった。

 俗に言う、現実逃避である。



「シグレ、シーグレ。起きろ!噛むぞ」


 なんだか腕がチクチクする。

 まだ閉じたままの瞼に日が当たっているのが分かる。

 腕の痛みは更に増し、そろそろ我慢が出来なくなってきた。


「痛い」


 思っていた声より掠れた声が出た。

 ゆっくりと瞼を開けると目の前には視界一杯の鳥。


「近いわー!」


 間髪入れず叩く。

 先ほどから痛む左腕を見ると嘴の痕がくっきり残っていた。


「お前…」


 思わずジト目で睨む。


「うなされていたからな。感謝しろ」


 羽毛でふさふさの胸を張るマラキアの細い首を感謝を込めてキュッとしといた。



「あれから丸1日経っている。大丈夫か?」


 とりあえず衣服を整えてマラキアから状況を聞く。ちょっと寝すぎたようだ。反省。


「トラウマがまだ消えていなかったようだ」


 過去のおぞましい記憶が甦る。

 と言っても、俺が直接体験した過去ではなく、この身体の真の持ち主が体験した記憶だ。


「一体何があったんだ」


 心配そうに覗き込むマラキアにその出来事を語ろうとしたが、気持ちが悪くなって話せなかった。


「とりあえず、挨拶だけでもしておかないと。ギルドに入るなら、あまり病弱とかのイメージがついても困る」


 起き上がり上着を羽織っていると、隣でマラキアの疲れたような声が聞こえてきた。


「そんな心配はするだけ無駄だぞ」



----------------------------------------------------------------------

 

 第2章 ハヅキ


 俺は2階の部屋に運ばれたようだ、階段を下りてゆっくり1階に下りていった。


「あらー、シグレさん。もう大丈夫なの?」


 のんびりしたマレの声が聞こえる。


「ああ、心配かけてすまなかった。もう大丈夫だ」


 何かが心に引っかかっていたが、心配をかけたマレに素直に頭を下げた。

 その時、


「おお、はかなく倒れるから何事かと思ったぞ」


 マレの後ろからムキムキ大男が現れた。


「あら、あなたいきなり出てきたら」

「うわわわーーー!」


 恐怖で指が勝手に太刀にかかり抜こうとする。


「まあ、待ってって」


 その太刀にかかった右手を誰かが押さえた。


「何をする!」


 恐怖のあまりプチパニックに陥っていた俺は自分の右手をガッチリ抑えている人物の顔を見るべく振り向いた。


「シグレ、相変わらず美人さんだな」


 そこには赤毛の青年が一人立っていた。


「うわーーー、ハヅキ!いいとこで会った、覚悟しろ」


 体を回転させ、今度は赤毛の青年に向かって太刀を抜こうとした、が。


「いい加減にせんか!!俺の店で暴れるな、ばか者が!」


 飛んできた何かに後頭部を直撃され、意識が飛んでいく。

 薄れていく視界にでっかいジョッキが飛んでいくのが見えた。

 あれ、俺何してたんだけっけ?



「シグレー、しーぐーれー。起きないとモーニングキスしちゃったり♪」

「♪じゃねぇー!!」


 本気で顔を近づけてきていたハヅキに蹴りを入れようと足を上げたら逃げられた。


「相変わらず物騒だなー。初めて会ったときはあんなに世間知らずで可愛かったのにー」


 頬を赤らめて嫌々する男を見て殴りたくなるのは仕方がない。よし、殴ろう。

 そう思って右手を上げた途端。


「まだ、懲りてないようだな。海に放り投げるぞ!」


 野太い声が後ろから聞こえてきた。


「まーまー、マスターちょっと待って。シグレも混乱しているだけだから」


 ハヅキがのほほんとした顔で筋肉ダルマを押しとどめる。


「こいつどうしたんだ。どこか悪いのか?」


 マスターと呼ばれた筋肉は俺ではなくハヅキに聞いた。


「昔バイトしてた『頬ずり酒場』の事でも思い出して恐怖で震えているのかも」


 その酒場名を聞いて、俺の体はガタガタ震えだす。


「あ、やっぱり。あれはさすがにトラウマになったか…」


 ハヅキの笑い声がどこか乾いていた。


「『頬ずり酒場』?何だそのヘンテコなネーミングは」


 マスターと隣のマレは首を傾げる。


「まあ、肌の綺麗な美形を集めて客に酒を飲ませるんだが、『変なこと禁止!ほっぺたは触ってよし!』っていう変な酒場でな。

そしてそこはかなりガラの悪い港町で、筋肉ムッキムキの男共の溜り場だったんだ」


 マスターとマレはシグレをそっと見た。


「確かに見てくれはそこらの女共よりよっぽどいい」

「まあー、売れっ子だったんでしょうね」


 気の毒そうな視線がとっても痛い。それもこれも元はといえば…


「お前がだまして連れて行ったんだろうが!!」


 取り合えず気力を取り戻した俺はハヅキを一発殴るべく立ち上がった。


「そうか、そりゃー辛い思いをしたんだな」


 後ろから伸びてきた腕に捉えられ、反対の腕で頭をなでられた。


「若いのに苦労したのね…」


 マスターに頭なで回されている俺の横でマレがエプロンでそっと目頭を押さえている。

 あれ、何で同情されてんの?俺。


「なあ、シグレ。分かる人は分かってくれるんだ。もうお前は一人じゃないんだよ」


 いつの間にか近づいてきていたハヅキが手を広げて俺を迎え入れようとしていた。


「そうか、そうだったんだ」


 俺はハヅキに向かって一歩踏み出し、

 無防備になっていた鳩尾に拳を叩き込んだ。



「ちょっと待ってくれ、俺いつの間にこのギルドに入っているんだ?」


 カウンターに座って出された食事を黙って食べていると、いきなりマレに言われた台詞が。


「あなたもこのギルドの一員になったことだしー、遠慮しないで」


 だった。


「ははは、ハヅキの知り合いなら俺らの知り合いだ。遠慮するなよ」


 いや、そういう問題でなく。俺に選択権はないのか!


「今人数減っててねー。シグレ君が入ってくれたら助かっちゃう」


 ピンクのエプロンをフリフリさせているマレが異様に可愛い。


「そうだ。見れば武装派のようだし、いやー助かるわ」


 キラキラした頭をフリフリしながら言うマスターは素直にキモイ。


「…そういうことでな。まあ、観念しろ」


 隣でマラキアが諦めたような声を出す。こいつ知ってたな。


「さあ、昔のように俺を頼ってくれよ、シグレ」


 反対側ではニコニコ顔のハヅキが座っている。



 ハヅキ・アートルム

 赤毛のソード使い。腕はかなりいい。身長は俺より10センチ程高く、たぶん180は越えているだろう。

 顔はお世辞抜きでイケメンである。体格もいい。俺がコンプレックスを持ったとしても誰も俺を攻めないだろう。


 この男は、俺(と言っても、正確にはこの体の元の持ち主のシグレだが)が外の世界に出て初めて出会った人間だ。

 右も左もわからないシグレに嫌な顔一つせずに普通の世界の常識をそれこそ一から教えてくれた恩人だ。


 それだけ聞けば俺の態度はおかしいと思われるだろうが、シグレが何とか一人でも生活が出来るまでになると、ハヅキは

 先に出た『頬ずり酒場』にシグレを放り込んで姿を消した。

 理由も言わず突然にだ。それまでハヅキを信頼し、頼っていたシグレは一人取り残されてどれだけ辛かったか。

 この男は知るまい。


 ある程度旅費を稼いだシグレがその理由を知りたくてハヅキを探しに行き、その途中で命を落としたことも。

 死の直前までシグレが悲しんでいた事を。

 しかし、俺にはそれを伝えることが出来ない。


「よく無事にこの街にたどり着けたな。まさか陸路を来るとは思わなかったよ。出来るだけ海路を使えって言ったのに」

「自分の足で歩きたかったんだ」


 俺はとっさに嘘をついた。シグレの目的はただ一つハヅキを探し出すこと。


 ハヅキは街を出る際、海路を使っていなかった。だからシグレは陸路を選んだ。


「シグレらしいひねくれ方だな。しかし山賊もかなり出る街道だからな、無事で良かったよ」


 ホッとしたように話すハヅキに違和感を覚える。シグレを捨てていった訳ではないのか?


「ハヅキ、何で俺を置いて行った?」


 シグレが死の直前まで知りたかった理由を聞いてみる。


「急ぎの用事が出来てさ。シグレももう一人で生活できるようになってたし。大丈夫かなーって」


 ハヅキが笑いながら語る内容にムカムカする。何かを誤魔化している。


「何故理由を話して行かなかった?」


 畳み掛けるように質問する。


「言うと別れが辛くなるだろ?だから黙って行ったんだ。悪かったよ」


 これが本当の理由か?シグレが死の直前まで知りたがっていた事か?


 シグレの最後の姿が蘇る。冷たくなっていく自分の体の感覚が蘇ってくる。


「ふざけんな」


 俺の一言で隣のハヅキが息を呑む。


「それが本当の理由なのか?そんなモンが本当の理由だったなら、シグレは…」


 言いかけた言葉を俺は慌てて飲み込んだ。今シグレは俺なんだ。


「…シグレ?お前シグレだよな?」


 ハヅキの目が今まで見たことがないような真剣さを帯びた。

 正直怖い。


「な、何言ってるんだよ。俺だよ。ほら、洗濯自体を知らなくてお前に呆れられたり。生きた魚を触れなくて笑われたじゃないか」


 必死にシグレの記憶を掘り出してハヅキに披露する。シグレ、何も出来なすぎ。


「そうだな、お前を俺が間違える訳ないよな。暫く会ってなかったから、雰囲気が変わったのかもな」


 先ほどの目が緩みいつもの表情に戻る。

 記憶にもない、初めての表情だった。

 多分、本当の理由はまだ分からないままだ。



「そうだ、ハヅキ。この前の話、シグレと一緒に行ってみたらどうだ?」


 マスターが突然話し始めた。


「あー、そうだなー。シグレとなら大丈夫かな」


 ハヅキが俺の頭を撫でながら納得している。


「何の話だ?」


 何か置いてきぼりな気がしてムカつく。ほら、横でマラキアもテーブルつついてる。


「んー、依頼が一件来ているんだが。護衛の仕事でな。コンビ組めるやつを探していたんだが、行くか?」


 今度は聞きながら頬っぺた引っ張ってくる。完全子供扱いだ。


「行ってもいいが、入ったばかりの新人でいいのか?」


 ハヅキではなくマスターに聞く。まだ直視は出来ないが、害が無いようなので少し慣れた。


「まあ、難しい仕事ではないよ。金はいいけどね」


 何だか言動が矛盾している。


「報酬がいいのに、簡単な仕事って…」

「神殿がらみの仕事でな。メインには巫女姫付きの神聖騎士団がついて来る。俺らは数合わせ」


 脳裏にブルーの制服を着たエリート達の姿が見える。


「知っての通り、神聖騎士団と言えば、各国のエリート精鋭騎士の集まりだ。お前らの出番はあまり無いと思うぞ」


 楽しそうにマスターは笑っている。


「護衛なのに、仕事しなくていいのか?」


 いまいち概要が掴めない。


「何ていうのかな、神殿がギルドに仕事を与えるって名目で、まあ施しみたいなもんなんだ。神殿はギルドとの関係は保ちたいみたいだしな」


 ハヅキの顔は面白くなさそうだ。


「まあ、ギルドと神聖騎士団員のちょっとした顔合わせの意味もあるのよ。大体相手にされないけどねー」

 

マレが楽しそうに手をヒラヒラさせながら物騒な事をいう。


「つまり、着いて行くだけで大金貰えるってわけ?」

「そういう事。あんまりおいしい仕事だから、内緒にしとけよ」


 まあ、初仕事にしては幸先いいかもしれないな。

 俺は疑問に思うことなく承諾した。ハヅキもいるし、何とかなるだろう。



----------------------------------------------------------------------


 第3章 見習い巫女


「船で別の街に行って、帰りは陸路って。何か不便」


 トボトボと馬で街道を進みながら俺は愚痴っている。

 神殿からの施し依頼は、巫女姫に仕える新しい巫女を迎えに行き、無事神殿に届けることだった。

 今回は2つの街から1人づつ巫女が選ばれ、トリアの神殿に向かう。

 巫女はなるべく海路を使わず、必要なとき以外は陸路で神殿に向かうことになっている。


「しっかし楽な仕事だねー。神聖騎士団が出張っているお陰で、盗賊も出ないわ」


 俺の横ではハヅキがヘラヘラ笑っている。

 ハヅキと俺はトリアの街から船に乗り、降り立った街で神聖騎士団と別のギルドのメンバーと合流した。神聖騎士団20人、ギルドメンバーは俺とハヅキを入れて6人。総勢26人の護衛団になった。

 巫女の1人は既に隊列に加わっており、俺達が着いた街の巫女を迎えると、近くの街まで船で渡り、陸路を進みだした。


「巫女の顔って一回も見たこと無いんだけど。本当にいるのか?」


 前を行く小さな馬車を見ながら疑問を口にしてみる。


「巫女っていったら、金持ちの娘が花嫁修業代わりにするもんだろ。めったに庶民に顔みせないって」


 馬車の周りには神聖騎士団が馬で従っている。ふと一騎が後方の俺達のほうに向かってくる。


「リーネア小隊長殿のお越しだわ」


 ハヅキは嫌そうに首を竦める。


「異常はないか」


 リーネア小隊長は21歳。金髪碧眼の美形。かなり裕福な国の貴族様らしい。

 神聖騎士団は各国の裕福な若者を集めて結成されている。

 巫女姫を有する神殿の権力は各国王族にも及ぶ為、常に中立の立場である。

 よって、騎士も各国からバランスよく召集されている。

 その中でも大国から来たリーネア小隊長は神聖騎士団の中でも重要な地位をしめていた。


「異常はありません。特に隊列に近づいてくる気配もありません」


 取り合えず、他の団員に比べたら俺達に対する態度がマシなので、大人しく従っている。

 だからと言って、友好的かと言えばそうでもない。


「こんな名誉な仕事は中々ないであろうから、心して励むように」


 何だか俺様的な態度はやっぱりお金持ち。どうせこっちはビンボーですよ。

 リーネア小隊長はハヅキと俺の顔を交互に見て、前方の馬車に向かって戻っていく。


「わざわざ確認しなくても、見れば分かるだろうに」


 1日に何度も確認に来るリーネア小隊長の真意が分からない。大方俺達がサボっていないか見に来ているんだろうけど。


「シグレに会いたいだけじゃないのか?他のギルドのメンバーには見向きもしないぞ」


 ハヅキは楽しそうに馬上で笑う。


「あいつ、そういう趣味か。シグレ、二人にはなるなよ」


 頭上からマラキアが舞い降りてくる。

 あ、ハヅキの肩に乗った。ちょっとは学習したか。


「そんな訳あるか!どう見ても胡散臭そうな顔しているだろうが」

「まあ、何にせよ、もうすぐ次の街に着く。今夜はベッドで眠れるぞ~」


 嬉しそうにハヅキは大きく伸びをする。

 確かに野宿はしんどい。

 後1時間程進めば街が見えてくるはずだ。

 しかし、その気の緩みを狙って突然追跡者の気配がし始めた。


「ハヅキ、後ろから何か来るぞ」


 振動が聞こえてこないということは、相手は馬に乗っていない。徒歩だ。


「んー、よく気づきました。俺達は巫女の馬車に合わせてゆっくり進んでいるからね。徒歩でも何とか追いつける」


 マラキアが音をほとんどたてることなく飛び立った。


「ただの賊じゃないぞ。訓練されてる」


 実戦経験が無いわけではないが、ここまで訓練されている相手と戦った事はない。


「あまり表に出る事の無い連中だよな。巫女に選ばれる女性って恨まれている家系の子が多いからね」


 全く緊張する様子を見せないハヅキは心強いのか鈍いのか。


「リーネア小隊長に知らせるか?」

「もう、彼は気づいているよ」


 神聖騎士団が徐々に巫女の馬車に近づいて行っている。

 馬車は2台。

 俺達の少し前を進んでいる他のギルドの人間は、まだ謎の追跡者に気づいていない。


「突然来るかな?」

「そろそろ神聖騎士団が速度を上げるぞ。遅れるなよ」


 ハヅキが手綱を握り直すのを真似て、馬を走らせる準備をする。

 前方の神聖騎士団が速度をあげた。追跡者を振り切る気だ。

 それと同時に俺とハヅキもスピードを上げた。

 後ろの気配が遠ざかる。その勢いで他のギルドの連中を追い越して神聖騎士団に近づく。


「ギルドの連中は後ろについていろ!」


 下っ端団員が俺達を追い払おうとする。


「シーグーレー。真面目にやんな。やばくなったら逃げるぞ」


 横でハヅキが何かとんでもない事言ってるし。


「君達には2台目の馬車の護衛を頼みたい」


 うおっ、びっくりした。ハヅキと逆方向からリーネア小隊長の声がした。ハヅキ、さっきの絶対聞こえてるぞ。


「分かった。ハヅキ、真面目にやるぞ」


 嫌そうな顔のハヅキを連れて、指定された馬車に寄る。

 あれ、リーネア小隊長までこっち来ちゃったけど。


「こっちの巫女の方が身分が高いってことだねー」


 ハヅキの言うとおりなのだろう。人数は同じくらい割いているが、小隊長が来た時点でこちらが重要なのがわかる。


「だったら神聖騎士団の人間を多くつけた方が良くないか?俺達ギルドの人間だろ」


 俺の独り言が聞こえたのか、リーネア小隊長がこちらを振り向く。


「恥ずかしながら、騎士団といえども実戦経験がない団員も多い。君達は戦い慣れているようだからな。しっかり働いてもらおう」

「しまったビンボークジ」


 言いながらもハヅキの表情がどこか真剣みを帯びて来た。かなり引き離したはずだが。


「相手は徒歩だろ?」


 なのに不安感が何故か消えない。


「この神聖騎士団の制服を見て襲撃して来るなら、それなりに人数は用意しているはずだ。徒歩は索敵、本命は別だろう」


 リーネア小隊長の顔にも緊張が見て取れる。

 上空から羽ばたきが聞こえてきた、マラキアだ。


「左前方に騎馬隊。数は約16」


 報告した後、邪魔にならないように上空に避難していく。


「便利なものだな」


 リーネア小隊長が感心したように呟く。


「あれのお陰で結構助かったんだ」


 本人(鳥?)には聞こえないように小声で話す。だって聞こえたら調子にのるから。


 左側には騎馬隊が身を隠すにはちょうど良いこんもりとした小さな森がある。

 男16人が身を潜めているのを想像してちょっと気分が悪くなった。暑苦しい。

 巫女の護衛隊は左側の森に注意しつつ、右へ進路をとる。

 敵との距離を出来るだけ取るのだろう。

 乱戦になったら護衛を盾に巫女を逃がす考えだ。

 ようやく先ほど俺とハヅキが追い越した他のギルドの連中も追い付いてきた。


「盾候補が来たな」


 うん、同じことをハヅキも考えていたことを確認した。


「どれくらいのタイミングで来ると思う?」


 隣のハズキに尋ねてみる。


「そりゃー俺たちが後ろを向いたその時だろ。」

「そろそろ奴らに後ろを見せる角度になる。臨戦態勢を取れ」

「リーネア小隊長、あんたは馬車の護衛だろ。早く前へ出てくれ。乱戦になったら抜けらんないぞ」


 まだ俺達と一緒にしんがりを走っているリーネア小隊長に忠告する。


「私はここで君達と敵を食い止める」


 予想外の言葉にハヅキもこちらを向く。


「この期におよんで、俺らは逃げないぞー」


 ハヅキの言葉にリーネア小隊長の頭に怒りマークが浮かんでいる。


「それぐらいは短い付き合いだが分かっている。相手が分裂すれば数では勝るが、いかんせん経験値が足らないからな。私が入るしかない」


 何だか本当に悔しそうだ。


「まさか、新兵押し付けられたとか」


 ちょっと恐々聞いてみると、


「そうだ、訓練のつもりで連れて行けと、8割は新兵だ」


 律儀に答えてくれた。


「まあ、全体的に若手が多いと思ってたわ。動きも鈍いし」


 ぐるっと周りを見回してハヅキが呟く。初めから分かっていたのだろう。

 ぐだぐだ話している内に森から数騎飛び出してきた。その後から実戦経験豊富そうな厳つい顔の盗賊団が次々と飛び出してきた。

 嫌だ、あのアゴヒゲ野郎とか絶対嫌だ!頬ずりとかされたら気絶しそうだ。


「おーい、シグレ、変なこと考えてないで集中しような。大丈夫、そんな変な趣味の奴はごく一部だから」


 俺の青い顔を見て察したのか、ハヅキが隣で困った顔をしている。そうだ、今からあいつらと一戦交えるのだ、これではいけない。


「分かってる。近づいて来る奴をさっさと倒す!」

「結構手強そうだから、気をつけて」


 心配そうなハヅキが敵の襲撃に備えて俺から距離を取る。何かあったらすぐにフォローに入れる距離だが、ちょっと心細くなる。

 実戦経験といえども、俺も豊富にある訳ではない。密度の濃い戦いはしていたが、果たしてそれが盗賊相手に通用するか不安である。



 ……不安があっさり払拭されたのは戦闘が始まってものの20分も経っていない今現在。

 目の前にはバッタリ倒れた盗賊盗賊盗賊。暑苦しい。


「ハヅキ、リーネア小隊長」


 馬から下りて、話をしている2人に近づく。


「よ、シグレお疲れ」

「良くやった。怪我をしたものが数人いるが、被害は軽微といえる」


 何だか2人が褒めてくれるが、俺は納得していない。


「俺、大した事してないけど」


 俺が持ち前の機動力を駆使し、敵を何とか2人片付けている間にあのハヅキとリーネア小隊長は軽々と3人づつ片付けていた。

 ちなみに神聖騎士団と、他ギルドの人間は敵を食い止める役には立ったが、大した成果は上げていない。


 敵16人のうち、10人がこちらを襲ってきた。俺たちも10人で対抗。10対10の戦い。

 こちらがあらかた片づくと、ハヅキとリーネア隊長はもう一つの馬車に急行し、そっちでも大活躍。

 別の馬車には神聖騎士団と他のギルドから16人の人手を割いていたが、 経験豊富な盗賊たちに翻弄され、あっさりと隊列が乱された。


 馬車に盗賊が追いすがる直前にハヅキとリーネア小隊長が間に合いバッサバッサと敵をなぎ倒した。

 突然の実戦でほとんど力を発揮できなかった神聖騎士団の面々はそっちで現在猛反省中。

 俺はこちらの馬車を離れる訳にもいかず、強制見学。もっともあっちに行ってもあんま役に立たなかっただろうけど。


「何を言う。君がこちらに付いていてくれたから、我々は安心して援護に行けたんだ。太刀筋が実に美しい。いい師匠に付いていたんだな」


 嬉しそうにリーネア小隊長が肩を叩いてくる。


「シグレ、気にするな、俺は別格だから」


 ハヅキの奴さらりと自慢してきやがった。

 が、ハヅキがこんなに強いとは思わなかった。今度練習相手になってもらおう。


「さて、巫女見習い殿もきっと不安に思われているかどうかは分からないが、報告はしておこう」


 ずいぶんテキトーな言い方でリーネア小隊長は馬車に近づく。

 あれ?こっちの馬車は身分の高い人が乗っているんじゃないのか?そんな扱いでいいの?

 疑問符いっぱいぶら下げて、とりあえずリーネア小隊長に付いていく。


「巫女見習い殿、先ほどの戦闘で怪我など無かったでしょうか?」


 扉の外から声をかけると、


「ちょっと、リーネア!これはどうゆう事?やるならやるで声くらい掛けてよね!頭打ったじゃない」


 凄い勢いで扉が蹴飛ばされたかと思ったら、凄い勢いで女性が飛び出してきて、凄い勢いでリーネア小隊長の胸倉を掴んだ。


「ちょっと巫女見習い殿痛いですって。突然の襲撃でしたから、言う暇がなかったんです」


 半分逃げ腰でリーネア小隊長が報告する。すげ、あの小隊長びびらしてるよ、この女。


「窓から見学しようと思ったら止められるし。ちょっとそこに転がってるの蹴飛ばしてきていい?」

「いいわけ無いでしょう。危険ですから、近寄らないで下さい。あと、ポンポン出てこないで下さい」


 窓から見学って、どんだけ根性座ってるんだ。

 ハヅキの後ろにちょっと隠れながら巫女見習いの顔を覗いてみる。

 ……美人だった。金色の長髪に碧眼、凛と伸びた背中。

 整った顔を見ていると、突然巫女見習いは俺の方を見た。

 ばっちり目が合った途端に分かってしまった。彼女だ。

 俺の捜し求めていたのは彼女なのだ。彼女は俺のことを全く覚えていないだろうが、俺は彼女の魂の色を覚えている。

 巫女見習いはリーネア小隊長を乱暴に離し、俺のほうにまっすぐ向かってきた。


「あなた、どっかで会った事ない?」


 ハヅキの後ろに半分隠れた俺に彼女は不思議そうな顔で尋ねる。


「おい、シグレしっかりしろ。今お前は口説かれているんだぞ。モテ期だぞ」


 ハヅキが余計な茶々を入れる。俺今それどころじゃないんだけど。


「シグレ、見惚れるな、シグレ、顔が変だぞ」


 頭上からマラキアが舞い降りてきて、俺の左肩に止まった。今混乱中の為、仕方ないので許す。


「おい、女。名前は何だ」


 マラキアが巫女見習いに偉そうに聞く。鳥だからいいか。


「私の名前はフィーリア。この鳥何?この鳥とも何だか会った気がするんだけど」

「…この世界では会ってない」


 俺はぼそりと呟いた。


「え、何か言った?聞こえなかったんだけど」


 フィーリアがマラキアから俺に視線を戻す。


「いや、会ったことはないよ」


 困ったように俺は答えた。実際困っていた。

 彼女に出会ったら今度こそ命がけで守ろうと思っていたのだが、いかんせん彼女には記憶が無い。

 これから神殿に入ったら会うことも出来なくなるだろう。


「そう。ちょっと貴方名前は? 私の名前だけ聞いて、自分の名前名乗らないってどうゆう事?」


 ちょっと彼女の顔が近い。こいつは何で距離感が分からないのだろう、昔から。


「あんたに名前を聞いたのはこいつ」


 俺は左肩に止まっているマラキアを指差した。


「俺はマラキアだ。よろしくな女」


 珍しくマラキアがまともに挨拶した。


「俺はシグレ。こっちがハヅキ」


 ついでにハヅキも紹介しておく。


「ふーん、その服装や容姿は、どっちも東の方から来たのね?」


 俺とハヅキを交互に見やり、彼女はうんうんと頷いている。


「巫女見習い殿。そろそろ出発しないと、日が落ちる前に次の街に着きません」


 リーネア小隊長が引きずる様に彼女を連れて行く。

 実際に会うと何を話していいか分からなかったので、助かった。

 不意に彼女の後ろに黒いモヤが見えた。

 それらは彼女にじゃれ付くようにたゆたっている。


「影か?」


 一度目を擦ってみたが、それらは消えることが無かった。



 過去に聞いた言葉を思い出す。


「彼女は色んな世界に産まれなおし、旅をする。だけど、彼女の魂の光は美しすぎて、影を引き寄せてしまうんだ。影は彼女を不幸にする」


「影って何だ?」


 今と違う容姿の俺が良く見知った顔に向かって尋ねる。


「影は人の怨念や孤独だよ」


 小さな頃からずっと見てきた顔が悲しそうに歪む。


「それが引き寄せられたらどうなるんだ?」


 先ほど彼女の周りに見えた影はまさかそれだろうか?


「彼らの影に引きずられて、彼女は不幸な運命を辿ってしまう」


 目の前の少年は空を見上げた。


「今から旅するその世界で、彼女は辛い人生を何度も廻り、魂が疲れてしまい。魂の最後の地、『世界樹の根』までたどり着けず影に飲まれる」


 今、自分がいる世界以外に世界がある。目の前の少年が教えてくれた。

 姿は自分の知っている少年だが、魂の色が違う。大事な少年の体に別の魂が入っていることを俺は見抜いてしまった。

 正体が暴かれてしまった魂は俺に色々な事を教えてくれた。

 魂の色が分かる俺には色々な世界を自我を持ったまま旅することの出来る『世界樹の旅人』になる素質があるらしい。

そう語る彼こそ『世界樹の旅人』そのものだった。



「魂が影に飲まれたらどうなる?」

「世界樹の中を、永遠に苦しみながらさ迷い、次の犠牲者を探して飲み込む影になる」


 つまり、成仏できないって事か。実感は湧かないが、彼女にそんなものは似合わないと思った。


「どうすれば、助けられる?」


 何でも知っていそうな少年に尋ねる。

 しかし、その答えは俺の救いにはならなかった。


「分からない。影に飲まれていった魂はいくつも見たが、それを食い止める術は分からないんだ」


 すまなそうに少年は言う。


「だが、魂に希望が残ればその魂は影に飲まれずに飛翔し続ける事が出来るのではないかと、俺は思っている」

「つまり、辛い人生でも終わりよければ全て良しって感じなら、魂は飲み込まれないって事だな?」


 思いついたことを言ってみたんだが、目の前の少年がいきなり噴き出した。


「君らしいな、そうだね。それはいい方法かもしれないね」

「どうすれば彼女を追える?」


 縋り付くように少年に尋ねる。


「魂の色が分かる君なら何処の世界に飛んでいったか位は分かるよ。ただ、その世界の中に入ってしまえば、魂の色は見え辛くなる」


 少年が悲しそうな顔をする。


「やっぱり君は行ってしまうんだね」


 目の前の少年を置いていくのは辛いが、仕方がないのだ。


「悪い、今お前の入っているそいつとの約束なんだ。彼女を守るっていうのは」


 決意を静かに告げる。


「じゃあ、仕方ない。俺もそろそろこの世界から旅立とう。君がいるから留まっていたが、その必要もなくなった」


 少年の手が俺の頬に触れる。


「いつか、どこかの世界でまた会おう。君は俺の希望だから」


 数ヶ月共に過ごしただけだが、自分にとってこの少年はとても大事な存在になっていた。

 少年にとってもそれは同じだったようだ。離れがたかったが、俺には目的があり、彼にも目的がある。


「世間ってよ、広いようで狭いからさ、すぐに会うかもしれないぞ」


 最後はお互い笑顔で別れた。その笑顔が希望となり、少年の助けとなるように。


「シグレ、大丈夫か?」


 心配そうにマラキアが覗き込んでくる。


「大丈夫だ。ちょっと疲れただけだ」


 巫女見習いを乗せた馬車がゆっくりと動き出し、神聖騎士団がその馬車を囲む。そして、俺達もその後を追った。



----------------------------------------------------------------------


 第4章 山の神殿


 彼女に出会って3ヶ月。

 全然進展なし。


「どーした、シグレ。暗いぞー。お仕事いこーぜ♪」


 今日もハヅキがうざい。

 何だか普通にここの生活が日常化している。

 彼女にまとわり付いた影の事を思い出すたびに焦りが生じてくるが、俺はここの生活を結構気に入っていた。


「シグレ、ドジるなよ」


 俺の頭でタッチアンドゴーをかましたマラキアは俺が攻撃態勢を整えた時には上空にいた。


「あのやろ、最近器用になりやがって」


 ギルドの扉の前で上空を見ていたその時、俺の前に金色の光が突然瞬いた。


「来ちゃった」


 3ヶ月前に出会った巫女見習いが、台詞は可愛いが、ふんぞり返った態度で目の前に立っていた。


「来てしまった、すまない」


 本当にすまなそうにしたリーネア小隊長がその後ろに立っていた。今日は団服ではなく小ざっぱりとした普段着だ。


「何で居る?」


 思わず指差して問いかけてしまった。無視しとけば良かったのに。


「だって、神殿って暇なのよー。朝から晩までお勤めお勤めってね」


 心底嫌そうに巫女見習いフィーリアが言う。


「それが普通なんです。どうして貴方はそんなに我がままなんですか!」


 あ、リーネア小隊長が説教モードに入りかけてる。


「我がままじゃないわ。私はドキドキうきうきの毎日が送りたいの。出来れば巫女じゃなく、ギルドに入ってバンバン戦いたいわ」

「我がまま以外の何ものでもないじゃんか」


 俺の突っ込みに彼女の眉間にしわが刻まれた。


「私の人生よ。自由に生きて何が悪いの」


 開き直りやがった。


「すまない、彼女の言うことは適当に流しておいてくれ」


 おい、それでいいのか小隊長。


「なんだよ、巫女見習いのねーちゃんじゃねーか。まあ、せっかく来たんだから入ってけよ」


 横からハヅキがいらん事を言う。


「あら、シグレのおまけの……なんだったかしら?」


 本気で悩みだすフィーリア。お前、名前覚える気ないだろ。


「ハヅキだよ、派手なおねーちゃん。えーと、君の名前なんだっけか?」


 ……どっちもどっちだった。俺は短いやり取りにもかかわらず、どっと疲れを感じた。



「はいはーい、たーんと食べてね♪」


 ギルド兼、食堂兼、宿屋の一階に陣取った一同は、ちょっと早めの昼食をとる事にした。

 マレがくるくるとよく動いて食事を運んできてくれる。


「まあ、今日来たのは、彼女の我がままの為だけではないんだ」


 一同が、食事をあらかた片付けた頃合を見計らって、リーネア小隊長が話し出した。


「引きずってこられただけかと思った」


 素直に感想を述べると、フィーリアがけらけら笑っている。


「違う、単刀直入に言うと、護衛を雇いたいんだ」


 リーネア小隊長の言葉に、俺もハヅキもマラキアさえも固まった。


「何言ってるんですか、小隊長。神聖騎士団がいるじゃないですか」


 俺と同じ疑問をハヅキも抱いていたようだ。


「ここだけの話だが、神聖騎士団の中に不穏な動きがあるんだ」


 いきなり声を潜めてリーネア小隊長が話し始める。あきらかに怪しい人だ。


「不穏って何?クーデターでも起こすのか?」


 神殿でクーデター起こしてどうするんだ?疑問に思いながらも聞いてみる。


「そうだな。クーデターと言っても差し支えないだろう。巫女姫の命を狙う輩がいる」


 ぎゃははは、と隣のテーブルから笑い声がする。別の話で盛り上がっているようだ。

 その隣を注意深く見ながら、


「こんなとこでする話ですか、それ」


 ハヅキが呆れたように言う。


「逆に神殿でするには危険な話なんだ。何処に刺客が潜んでいるか分からないからな」

「毒入りのスープ出されたことがあるんだって、巫女姫様」


 わくわく顔でフィーリアが割り込んでくる。


「それ、楽しそうに言うことか?」


 咎めるように言うが、全く応えてない。


「巫女姫と言えばー、大陸中の国が頭下げる存在でしょ?そんな人物に毒盛るなんてやるわよねー。バレたら凄い騒ぎになるわよ」


 だから、嬉々としてそういう事を言わない!


「まあ、現在の巫女姫が死んだら、次期巫女姫候補があっちこっちの王族から出てきて大変だわなー」


 不敬な事をハヅキがさらりと言う。


「巫女姫は、各国の政治にも口を出せる立場であるから、中立でなければならない。今の巫女姫はその立場を貫いておられるから、平和なのだが」

「大国贔屓のお姫様が巫女姫にでもなったら、大変だな」


 ハヅキがリーネア小隊長の言いにくい事をずばり言う。


「例えば国と国が争った場合、大体巫女姫に調停役が回ってくるのよね。それが不公平な判断をしたらどうなると思う?」


 フィーリアが楽しそうに話題を振る。


「別の国に不信感を抱かれて、下手をすれば戦争が拡大する場合も考えられるな」


 自分以外が贔屓されたらそりゃ腹立つからな。


「そういう事。だから巫女姫もほいほい変えられない訳なのよ」


 俺の言葉に頷きつつ、残ったデザートを大口開けて食べた。ちょっとはしたない。

 周りが男ばっかりなのに、全く意に介さない所はそのままのようだ。


「でも、神殿に入るにしても、神聖騎士団とかには入れないだろうし」


 俺としてもあの青い騎士服は着てみたくはあるが、騎士団は貴族しかなれないのだ。


「大丈夫だ、コネはある。ハヅキには騎士団員として、内部から怪しい人物を探ってほしい。経歴はこっちで誤魔化す。ただ、シグレは…」


 何故かリーネア小隊長が明らかに気の毒そうな視線を俺に向ける。


「そうだよな、俺の腕では確かに騎士団は無理だよな」


 ちょっとショックではあるが、正規の騎士団となれば、剣の腕も相当の必要だろう。その点ハヅキなら心配ない。


「いや、違うんだ、違うんだよシグレ。君の腕なら十分騎士団員としてやっていけるんだ。ただ…」

「私がもっといいアイデアを思いついたの!」


 リーネア小隊長の言葉を遮ってフィーリアが元気よく会話に割り込んで来た。嫌な予感しかしない。


「なになに、聞かせてよ」


 ハヅキが無責任にフィーリアに先を促す。


「ズバリ!」


 勢いよく話し始めた内容は、初めはうまく頭に入ってこなかった。


「それ、最高!いいよ、シグレなら完璧に出来るから」


 腹を抱えて笑うハヅキを思いっきり蹴っ飛ばした。ハヅキが椅子から転げ落ちる。痛がっているが知るものか。むしろ俺の心の方が痛いわ!


「すまないシグレ。全くもってとんでもない話なのだが、彼女は言い出したら聞かないんだ」


 リーネア小隊長が本当にすまなそうに言う。多分ここに来るまでにもの凄く反対してくれたのだろう。

彼が疲れ切っている訳をようやく理解した。


「絶対に嫌だ。なんで俺がそんなこと」


 この仕事は断ろう。絶対割に合わない。


「えー、シグレとずっと一緒にいられるなんて楽しそうなのになー」


 残念そうにする彼女の一言で、俺の決心はあっさり揺らいだ。


「し、仕方がないな。確かにその方が護衛としては効率がいいよな」


 少し白々しい俺の言い訳を聞いて、足下のハヅキは更に笑い転げ、リーネア小隊長はさっきまでのすまなそうな顔は何処へやら、苦い顔をして俺を見ている。

 仕方がないじゃないか、彼女に近づくにはこの提案を飲むのが一番いいようだから。

 腹を括ったその瞬間、地面が大きく揺れる。

 そこかしこから悲鳴が上がった。不意に下から腕が伸びてきて、テーブルの下に引きずり込まれた、ハヅキだ。

 フィーリアが心配で前を見れば、リーネア小隊長が彼女をテーブルの下に放り込んでいた。

 暫く俺たちはそのままじっとしていた。



 まだ地面は揺れていたが、大分収まりつつある。


「最近地震が増えたな」


 隣でハヅキが珍しく真面目な顔で言う。


「ここだけでなく、各国で地震は増えているらしい」


 リーネア小隊長がフィーリアを庇いつつ答えた。


「この前の地震で、私のお気に入りのカップが割れたのよね」


 フィーリアがかなりご機嫌ナナメに言う。一気に話がスケールダウンしたような気がするが…。


「まあ、なんにせよ、原因が分からないのが不気味だよ」


 地震が収まったので、リーネア小隊長が注意深くテーブルの下から出る。

 続いてハヅキ、俺、フィーリアの順に立ち上がった。

 店の中はひどい有様だったが、幸い怪我人はいないようだ。

 一体この世界で何が起こっているのだろう。



「素晴らしいですわ。礼儀作法、お裁縫、会話、どれを取っても一流ですわ」


 巫女達を束ねる女性が感嘆の声を上げる。


「リーネア小隊長の遠縁の女性だもの。当然よね」


 フィーリアが誇らしげに言う。何でそんなにドヤ顔なんだ。


「いえ、まだまだですわ。折角こちらにお世話になる幸運を得たのですから、色々ご指導いただき、更に自分を磨けたらと思っております」


 長い黒髪が前に流れてくる。お辞儀はゆっくりと丁寧に。

 自分に言い聞かせながら、完璧なタイミングで顔を上げた。


「是非私がご指導差し上げたいですわ」

「いえいえ、私が」


 わらわらと巫女達が集まってくる。今の自分の格好が普通であればモテ期が来たと喜べるのだが、この巫女見習いの格好では締まらない。


「ハイハーイ!私がやります。彼女は私が責任を持って立派な巫女にします」


 片手を上げてフィーリアが大きな声で宣言する。

 だからはしたないって。


「フィーリアさんが?あらまあどうしましょう」


 本気で困っている巫女を尻目にフィーリアは俺の腕をつかんで歩き出した。あ、巫女達があたふたし始めた。


「いいのか、見習い巫女が新人の教育とか」


 人影が見えないのを確認して、フィーリアに話しかける。

 フィーリアは振り向いて吹き出した。


「ちょっと、シグレ似合いすぎ。女装がそんなに似合ってたら、将来が心配だわ」


 げらげら笑い始めたフィーリアにちょっと怒りマークが浮かんできた。


「お前がやれって言ったんだろうが。ここにくる前にハヅキに散々笑われたよ。さっきリーネア小隊長がもの凄い複雑な顔してたよ」


 笑っていたフィーリアが唐突に近づいてきた。全く先の読めない女である。


「本当に美人よねー。それに行儀作法や刺繍まで出来るとは思わなかったわ。実は女性ってオチはないわよね?」


 取り敢えず殴りたいのを我慢する。相手は一応女。


「そうか、なら一回脱いでみるわ」


 巫女服に手をかけるとフィーリアが慌てて止める。


「止めて、誰かにバレたら終わっちゃうじゃない。そんなのつまらないわ」


 そっちか!

 俺は今日何度めかの溜息をついた。



「はぁー」


 自己紹介から仕事の割り振り、その他雑務もろもろ。

 今日一日でどんだけ疲れているんだ俺。明日も保つだろうか。

 月明かりに照らされた渡り廊下。その途中にはベンチがあり、今俺休憩中。前には昼間とは違った趣の中庭が見える。


「よ、シグレ。やっぱ美人さんだな」


 気配もさせずハヅキが隣に立っている。最近はそれにも慣れたが、初めのうちは突然ハヅキが現れる度、心臓が飛び出しそうに驚いていたものだ。慣れって怖い。


「今日初めてお会いする事になるのですが、どなたでしょうか?」


 仏頂面で答えてやる。お前はいいよな騎士役で。


「私は、フィーリア様の遠縁にあたります、ハヅキ・アートルムと申します。お見知り置きを、シーラ様」


 今名乗っている偽名を言われて何か言ってやろうと横を向く。

 青い神聖騎士団の制服を着たハヅキが立っていた。

 あまりにも自然すぎて、思わず息を飲む。

 もの凄く似合っている。つーか認めたくないがカッコいい。

 絶対に言いたくないが。


「お前、化けるの上手いな」


 内心の動揺を知られないように、中庭の方に視線を向けて嫌みっぽく言ってやる。


「あれ~、初対面の女性を口説いてるはずなのになー」


 いつもの調子のハヅキに肩の力が一気に抜けた。


「そっちは上手くやれそうか?」


 巫女達は昼間は神殿の表側の建物でお勤めし、神聖騎士団も表の神殿で警備の任務をする。

 だから、俺とハヅキも昼間は偶然を装って出会う事もできるが、夜は巫女達は裏の神殿へ戻り、神聖騎士団も夜勤の人間を残して、騎士団の建物に引き上げてしまう。

 その間は、俺は巫女達を、ハヅキは騎士達の動向を探る事になっている。


「取り敢えず、今のところは上手く行っている。ただ、怪しい人物と言われると…」

「やはりそう簡単にはいかないか」

「ああ、怪しい人物が多すぎて絞りきれない」

「はぁー?」


 俺の悩みに悩み抜いて選んだ言葉にハヅキは素っ頓狂な声を上げた。


「巫女だぞ、良い家の娘の集団だぞ。何が怪しいんだ」


 信じられない様な顔で聞いてくる。


「まず、神聖騎士団達の情報を恐ろしいほど持っている」

「た、例えば」

「リーネア小隊長は毎朝必ず腰に手をあてて窓に向かって野菜ジュースを飲むとか」


 あ、ハヅキの額から汗が。


「騎士団のセーミス殿は恋愛物語が好きで、時々朗読しているとか」

「あの筋肉の塊が恋愛物語…っぷ」

「カンマルス殿は実は女性より男性好き」

「俺、気をつけるわ」


 ハヅキの顔色が段々悪くなっている。まあ、他にも色々あるが、今日はここまでにしておいてやろう。


「まあ、惚れ薬を飲み物に仕込もうとするのは可愛い方だぞ」


 脱力したハヅキが隣に座る。


「俺、絶対巫女から飲み物や食べ物は受け取らない」

「冗談はここまでにして、表面上は穏やかだ。そんなに簡単に尻尾は出さないだろうが」


 さすがにお勤め1日目なので、俺も疲れが溜まっていた。大きく欠伸をした。


「ぼちぼちやっていこう。リーネア小隊長が今まで掴めなかった手がかりがそう簡単に掴めるとは思えない」


 労るように肩をたたかれる。


「あの、シーラさん?」


 突然廊下の向こうから声が聞こえた。まだ表の神殿にも人が残っており、人の足音も声が聞こえない範囲でしていただけだから気にも止めていなかったが、声をかけられるとは思っていなかったので正直驚いた。


「えーと、ツキシロさんでしたかしら?」


 美しい黒髪が故郷を思い出して懐かしい少女だ。昼間に紹介された中で一番印象的だったので覚えていた。


「ええ、もうそろそろ奥の神殿に戻る時間なので」


 月が大分中天にかかっていた。


「あら、そんな時間なのですね。では、そろそろ私は戻ります」


 ハヅキに向かってにっこりと笑いかける。


「そうですか、残念です。また明日お会いしましょう」


 ハヅキも貴族の子弟らしく、優雅に挨拶する。



「あの、先ほどの方とはお知り合いなのですか?」


 同じギルドの人間ですとは間違っても言えない。


「ええ、幼い頃からの知り合いですの」


 と、いう設定にしてある。もう少し踏み込んで言えば、母親同士が友人という設定だ。


「いいですね、男性とあんなに親しげに話すことができて」


 ツキシロは悲しそうに顔を伏せる。大丈夫、君も今男と話しているよ。

 ……とも言えない。結構ストレス溜まるわ。


「まあ、子供の頃から知っていれば、緊張するような事はないですね」


 隣を歩いていたツキシロが突然立ち止まった。


「どうかなさいました?」


 後ろを振り向いて聞いてみる。

 ずっと俯いていたツキシロが勢いよく顔を上げた。


「どうか、私にも男性とお話しできるコツなどを教えていただけないでしょうか?」


 ……は?


「誰か親しげに話したい男性がいらっしゃるので?」


 俺の言葉にツキシロの顔が一気に沸騰した。ビンゴ!


「…内緒にして下さいね」


 彼女からアクシスという騎士団員の名前を一時間かけて聞き出した。女子トーク結構面白いぞ。


「シーラ、遅いわよ。教育係の私に内緒でどこほっつき歩いていたわけ」


 奥の神殿に戻るとやっかいな人間に見つかった。フィーリアだ。

 隣のツキシロにも目をやる。


「どうしてツキシロさんと一緒にいる訳」


 何故かかなり機嫌が悪い。


「いえ、先程表の神殿で会って、そのまま一緒に……」


 なんで俺言い訳してんの。


「ふーん、そう。へぇー」


 何、まだ何かある?


「あの、すいません。私シーラさんに悩みを聞いて貰ってて」


 ツキシロの言葉にフィーリアの表情が変わった。食いついた!どうみてもヤバい顔になってる。


「悩みって何、私も聞いてあげるけど? シーラより役に立つかもよ」


 何でお前は全て上からなんだよ。

 ツキシロが先程俺に話した内容をフィーリアにあっさり語った。俺の一時間を返せ!


「なに、アクシスが好きなの?趣味は悪くないわね。ああーそうなんだー」


 どんどん意地の悪い顔になっているフィーリア。あー、もう普通に終わるのは無理だ。


「私がイヤリングを落としたときに、そっと拾って下さったんです」


 頬を赤らめながらツキシロが語る。


「それで、お礼は言ったの?」


 フィーリアの提案で、俺たちはツキシロの部屋に移動している。巫女になれば一人部屋が与えられる。別に俺の部屋でも良かったのだが、ツキシロの部屋が一番人に話を聞かれにくい位置にあったのだ。

 ちなみに俺はまだ巫女見習いなので相部屋だ。しかし、リーネア小隊長のの計らいか、相部屋の片割れはいない。


「それが、驚いてしまって、受け取ってそのまま逃げてしまったんです」

「逃げた、って印象悪くない?」


 前に乗り出しすぎのフィーリアを取り敢えずおさえつつ、


「そんなに気にしてないんじゃないかしら?次に会ったときにっこり笑っていればチャラでしょ」

「チャラ??」


 やべ、地が出た。


「無かった事にとかいう意味ですよ、ほほほほ」


 誤魔化せ!女は笑って誤魔化すのだ!


「じゃあ、次に会ったら『この前は有り難う。何かあったらまた頼むわね』って言えば、次にも繋がると思わない?私って天才!」


 いや、バカだ。腰に手を当てて胸反らしてそんな事言われたら、大抵の男は引くわ!


「やっぱり、『この間は有り難うございます。またこのイヤリングが私の元に戻ってきて嬉しいですわ』といいつつチラリとイヤリングを見せる。これよっ!」


 俺天才。これで男の心を鷲掴み間違いなしだ。

 ……で、鷲掴んでどうするんだ、俺。


「そ、そんな、む、無理です」


 えーと、どの辺が?


「じゃあ、お礼よって感じでほっぺにチュッて」

「…いや、レベル確実に上がってるし」


 嬉しそうに頬に手を当てて嫌々しているフィーリアに取り敢えずツッコんでおく。


「お礼、お礼。物かしら?」


 そう、良いかもしれない。感謝の気持ちに物。効果絶大だ。


「私を食べて、とかー」


 横でゲラゲラ笑っているこの女シバいていいか?


「私とか無理ですー////」


 ツキシロものんな!!


「クッキーとかいいかもしれませんね。ケーキもいいかしら?」


 まともに、何とかその男に被害が及ばないようにしなくては。男は結構繊細なんだぞ。


「クッキーってどうやって作りますの?」


 俺は一瞬固まった。女の子って皆作れるものじゃなかったのか?


「あれって何で出来てるの?」


 フィーリアも不思議そうに首を傾げる。

 そうか、こいつら貴族のお嬢様だった。そんなもん専用のパテシエとか家にいるに決まっている。自分で作ることないよな。


「シーラさん、どうかそのクッキーの作り方を教えて下さい」


 もの凄い必死の顔でツキシロがしがみついてきた。マジだ。


「私も作りたーい。シーラ、教えなさいよ」


 興味津々、やる気満々のフィーリアが人の髪を引っ張る。地味に痛い。


「分かった、分かったから、両方離せー!」


 ついいつもの調子で左右の二人を放り投げた。



 で、翌日に厨房を借りてクッキー教室をやり始めたのだが、


「きゃー、ちょっとこの白い粉、ごほっ」

「た、卵ってどうやって割りますの?」


 厨房に入って5分でエラいことになっている。


「なあ、食えるもの作れるのか?」


 心配そうにハヅキが厨房内を覗き見ている。

 ハヅキにはクッキーが仕上がった時にツキシロの想い人のアクシスを呼び出すのを手伝ってもらうため、事情を話してある。


「毒味はお前な」


 俺が言ったとたんにハヅキがダッシュで逃げようとしたので、容赦なく膝カックンしておいた。


「さて、あなた達に任せておいたら終わりませんね」


 仕方ないので、主に俺が作ることにしよう。俺自身はクッキーなんか作ったことない。

 が、シグレの頭の中にはクッキーの完璧なレシピが入っている。

 俺はそのレシピにしたがって黙々と作業を続ける。他の二人には失敗しても対して被害が出ない作業を手伝わせた。


「シグレ、俺にも一つくれ」


 いつの間にかマラキアまでやってきて涎を垂らしている。

 手際よく生地を作り、麺棒で伸ばしす。

 最終段階の型抜きをフィーリアとツキシロが楽しそうにやっている。


「焼けたらやるよ」


 マラキアに声を掛けてやると、喜んで肩に乗ろうとするから、麺棒でたたき落としておいた。


「さて、後は焼き…」



 ゴゴゴゴゴっ。

 地震だ。大きい。


「また地震!」


 フィーリアがテーブルの下に入り込んで手招きしている。

 一緒に避難しながら、地震が収まるのを待つ。

 暫くして地震が収まった。この前の地震もそうだが、トリアの街に入る前から、何度かシグレも地震を経験している。前よりも間隔が短くなっているような気がする。


「最近ホントに多いわね、今日のは大きかったわ」


 フィーリアがぶつぶつ言いながらテーブルの下から出る。

 俺もハヅキの手を借りて立ち上がった。


「皆さん、大丈夫ですか!」


 一人の若い騎士が厨房に飛び込んできた。


「あ、アクシス殿」


 ハヅキが呟いた。え、まさか。

 フィーリアの顔を見る。口をでっかく開けて固まっている。

 ツキシロの顔を見ると、真っ赤になって倒れそうになっている。

 間違いない、ツキシロの想い人のアクシスだ。


「お怪我はありませんか」


 皆の顔をゆっくりとアクシスは見回し、ツキシロの顔を見た時に慌てて目を逸らした。


「おい、ハヅキ。こいつひょっとして」


 小声で隣のハヅキに聞く。


「みたいだなー。余計なことしてたのかもな」


 ツキシロとアクシスは直立不動で目線だけそらしてそわそわしている。

 お前ら分かりやすい。

 俺とハヅキとフィーリアは何も言わず、頷き一つで全てを理解し、ツキシロとアクシスを残して厨房から退散した。


「シグレー腹減ったー」


 マラキアの虚しい声が聞こえてきたが。

 その時3人の気持ちは見事に一つになっていた。


「「「やってられるか」」」



「なんだー、結局私たちって余計なことしてたのよね」


 フィーリアがつまらなそうに前を歩く。


「まあ、いいじゃないか。あのまますんなり行くとは思えないけど」


 多分今頃厨房で、見ている方が恥ずかしくなるような展開が繰り広げられているのだろう。さっさと退散しといて良かった。


「以外とあっさり行っちゃうかもなーうひゃひゃひゃ」


 ハヅキが下品に笑う。お前に目を付けた巫女もいるんだから、そんな笑い声聞かれたらモテなくなるぞ。


「後でしっかりツキシロに結果を聞かなきゃ」


 やたらフィーリアが張り切っている。お節介な性格は向こうの世界から引き継がれているようだ。


「俺もそろそろ職場に戻らないとな。そろそろ参拝客が押し掛けてくる時刻だからな」


 ハヅキが片手を振りながら職場に戻っていく。


「俺も仕事があったんだ。急がないと」


 今日の予定を思い出しながら、祭壇の方に向かう。


「あ、そうそう、シグレ。私はちょっと単独で用事があるから、今日は昨日説明した通りにお仕事してね、じゃーまた後でねー」


 フィーリアがブンブンと両手を振り回しながら、奥の神殿の方に帰って行く。おい、随分いい加減な教育係だな。

 ここに突っ立っててもしょうがないので、お勤め頑張るべく、俺も目的の場所に向かった。

続きもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ