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才能付与の迷宮~Enchantment Labyrinth~  作者: 折れた筆
学園迷宮編 第一幕
6/106

05 記憶欠落~身に覚えがありません~



「1st Aクラス、リヒト訓練生。

 上記の者は迷宮内での戦闘において『死亡』との判定を受け、第一学年における最終試験を『不合格』と


   「――ちょっと待ってくださいっ!!!」



 唐突にわけのわからない話を始めた学長の言葉を遮るように、テーブルに両手を叩き付けて立ち上がる。

 来客の二人分と用意されていた湯飲みがその際の衝撃でそろって倒れ、緑色の液体が流出。真紅の絨毯の喉を潤すためにポタポタと滴り落ちた。


「……なにかねリヒト訓練生?」


 ギロリと一瞥して先を促してくる学長に威圧されて引っ込みたい衝動に駆られるが、それでもなんとか舌を震わせて訊くべきことを改めて考える。


「……確認、させてください。学長先生が仰っているのは、自分達が第一学年の最後に実施する、迷宮内での実技戦闘訓練、いわゆる第一学年最終試験、のこと、でしょうか?」


 自分の中でも形になり始めた疑問を半ば確信しながら言葉にしていく。

 正直なところ、死体に成り果てた自分が血を垂れ流しながら倒れ付している姿しか思い描けなかった。


「……そういえば、君は額を割られて意識を失ったのだったか。もしや記憶でも飛ばしたのかね?」


 学長の連ねる言葉を受けてとなりに座る女子生徒がわずかに反応を示し、もともと悪かっただろう顔色をさらに青くして小さく震えだす。

 しかしそのことに気を留めていられるほどの余裕なんてものは、当然ながらこっちも持ち合わせてはいなかった。

 それに記憶を飛ばされたのかと問われれば、思い当たる節は「あります」としか言いようがない。ティル姉ぇのおかげで過去に記憶が飛んだ経験などいくらでもあったし、正直いちいち気にしてもいられない。体が覚えていればとりあえずそれで十分という感じだ。

 まあ、代わりにその日覚えたことまで忘却させられて、最初の頃は赤点の海に溺れてた覚えがあるんだけどな。……そっちもこぶしで解決させられたさ。とーぜん。


「……らしい、ですね。第一階層はたしかホーン・フェレットでしたか。それに額を抜かれたっていうのなら……ああ、そういえば起き抜けにティル姉ぇがかなり本気っぽい拳を打ち抜いてきましたね。いろいろと納得です……」


 今回の件で言えば、記憶が飛んだタイミングの心当たりは……、


 1.迷宮内での死亡時(有力)。

 2.担ぎ込まれた後のティル姉ぇの治療(本命)。

 3.起き抜けの脳天一撃。

 4.今さっきのご無体(大穴)。


 と、まあこんなところか。なんか多いなとは思ったが、改めて数えると今日だけで四回は死んでるよ。たまにあるんだよな、こういう日。

 しかし納得とともに足から立ち続けるための気力が抜け去り、腰が自由落下してソファへと落ちる。

 おそらく自分はホーン・フェレットの角に額を貫かれて生死の境をさまよったのだろう。それでもこうして生きていられるのは、たぶんティル姉ぇが本気で治療を施してくれたおかげのはず。

 ……普通ならとっくに冷たくなって墓の下か、よくてせいぜい植物状態。そう考えれば、むしろこうして命があるだけで十分に拾い物。

 五体満足の上、不自由なく動き回れるなんてまさに奇跡……。


 奇跡、の、はずだ。


「……ぅ……ぅぅ……っ……」


 目覚めてから今の今まで、確認すらしようとしていなかったが……、いつもなら右手にあるはずのデュアルリッパーの存在が、今は体のどこにも見当たらない。

 面がないことには気付いていたし、たぶん寮の部屋にでも置いてあるのだろうと楽観していたが……なくしたのだ。リッパーとともに、迷宮の中で。


 未練がましく右手をにらみつけたところで、ボタボタと視界を滲ませる水に濡れるだけで、これ以上の奇跡なんてさすがに起こりゃしない。

 失ったんだ。この一年のすべてを。努力も恩義も、なにもかもを。













「……ずいぶんと早とちりをしているようだが、君のデュアルリッパーなら回収を確認しているよ」

「…………え……?」


 回収? デュアルリッパーが回収されてる?


「――ど、どこに!!? ――痛ぅ!」


 勢い込んで立ち上がる足を、すっかり存在を忘れていたテーブルの端にたたき付けてよろめく。


「少しは落ち着きたまえ。改めて言うが、君の所有する武器、特殊武装『デュアルリッパー』ならば、迷宮探索時に君と行動をともにしていた赤毛の大剣使い(ブレイド)君の手によって回収を確認されている。

 本来ならば迷宮内にて死亡した人物の持ち物は、その死亡を第一に確認した者へと所有権が移譲される。今回の場合も『デュアルリッパー』の所有権はすでに君の元を離れているが、まあ、そこは君自身の手腕でどうにかしたまえ。あまり褒められた手段ではないが、いざとなったらリゼッタ君に泣きつくのも手だろうね。おそらくは念入りな『治療』を現所有者に施してくれることだろう」


 立て板に水の勢いでリッパーの無事を説明されて安堵の息を吐き、三度ソファへと沈み込む。

 最後にはかなりえげつない手法まで開帳していただいたところから察するに、かなりの気を遣っていただけたような気もする。……まあ、その場面を想像するに、他人事とは思えなくて身震いしてしまう身体を抑えられないが。

 ついでにこの少々迂遠な感じに、いつかどこかで身に覚えがあるような気がしないでもなかったりするのだが、それもまたとりあえず横に置いておこう。



「……さて、以上を踏まえた上で改めて君たち二名の処分を通達しよう。

 1st Aクラス、リヒト訓練生」

「――は、はい!」


 先ほどは不明ゆえに声を張り上げて止めた処分を、今度こそ正しく聞き受けるために、自分の名が呼ばれた直後に返事を返すと同時に立ち上がって姿勢を正す。


「1st Aクラス、リヒト訓練生。

 上記の者は迷宮内での戦闘において『死亡』との判定を受け、第一学年における最終試験を『不合格』と決議された。

 ……続いて、1st Cクラス、レヌエット・フルーテ訓練生」

「――は、はい……!」


 今の今までほとんど空気だったとなりの女子生徒――レヌエットというらしい茶色の髪の女子が、恐怖や怯えを多分に含んだ様子で立ち上がる。


「1st Cクラス、レヌエット・フルーテ訓練生。

 上記の者は……、迷宮内探索時において同一フロアに侵入した他の探索者を誤って銃撃し、『死亡』扱いとされる重大な過失を行ったものと判定を受け、同じく第一学年における最終試験を『不合格』と決議された」


 見ていて心配になるぐらい青白い顔でガタガタと震える同学年の少女。

 そうか、この娘、銃使い(ソニック)だったのか。それで友軍誤射フレンドリーファイアをやらかしたってわけか。なるほど、それでここに。


「……本来ならば、以上二名は共に最終試験を落第、もう一年の下積みを厳命するところなのだが、片方は友軍の救助中における不慮の事故――それも無謀ではない状況における救助中の事故であり、これをただ処分するならばのちがい、すなわち迷宮内での協力ないし助力の否定へと繋がりかねないと異議を唱えた教師が現れ、最終的に情状酌量の余地ありと判断を下された」


 ……えっと、これ、もしかして俺のことかな?

 …………味方が戦闘中のところに勢い込んで飛び込んで、あげくすっ転んで脳天プスリ? くぁ、かっこ悪すぎだろ俺~~~~~~!!


「また、もう一方は緊急避難時における自己防衛。こちらに関しては、銃撃を受けた対象にも多大な問題があったとのことで、同様に情状酌量の余地ありと判断を下された」


 ………………この娘のほうは緊急避難時の自己防衛、か。

 撃たれた相手、モンスター倒しまくって血塗れだったりしたのかもな。俺も武器が武器だし、気をつけないと。


「以上を加味した上で該当二名の処分を再検討したところ、両名に『筆記、実技ともに再試験を実施』の温情を与えることに決定。両名の判定がそれぞれ『死亡』と『殺害』だからね。さすがに無条件とはいかないところだが……まあ、君たちの実力を考えるならそう悪くはない条件のはずだろう。

 ただし、これは強制ではない。両名にはこれをとし、再試験を受ける権利とともに、これをとし、一年の処分を粛々と受ける権利を等しく有するものとされる」


 ……再試験を受けて第二学年に昇格するチャンスを取るか、それともおとなしく引き下がって一年の下積みを取るかってわけか。


「……さて、どうするね?」


 決まってる。


「やります。正直、記憶がないんで反省しろって言われても難しいですから」


 少なくとも、ここでなにもせずに引き下がったところで、今後一年間を棒に振るだけになりかねないはずだ。


「ふむ。リヒト君は受諾と……。レヌエット君の方はどうかな?」


 俺の答えを聞き届けた学長が、今度はここに来てからほとんど押し黙ったままの女子生徒へと水を向ける。

 だが、


「……私、は…………」




「…………………………………辞退、します……」


 友軍誤射フレンドリーファイアを犯したという彼女は、蚊のなくような細く小さな声で再試験の辞退を表明してうつむいた。

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