04 学長呼出~障害物多すぎ~
『ティルトリーテ・リゼッタ』先生 年齢19歳
緑色の髪と身長百二十センチ弱の小さな身体を凶器に持つエルフとドワーフのハーフ。より正確にはハーフ系。
特徴は母方のドワーフの遺伝子を強く受け継いだためか、極めて成長の遅い、その子供のような小さな体躯と常に身にまとう能天気な雰囲気。眠たげな細目を眼鏡の奥に隠し、のこのこと彼女のテリトリーに入ってきた獲物を容赦なく治療する、白衣の殺戮者。
学内では身の丈に合わない大きめの白衣を好んで身につけており、うっかり裾を踏みつけて転ばせようものなら後には惨劇が待っているため、彼女が廊下を歩けば誰もが左右によけて道を譲るちびっこ番長として認識されている。
探索者ランキングは第56位に位置し、世界でも五本の指に入る治癒能力者の一人。
登録された職種は治療系例外。使用する能力の名称は『反転暴虐』。
これは主人公同様、過去に『もぐら』から貰い受けた特異な能力であり、そもそもが生命属性に干渉する魔術ですらない。それでも彼女が殺す気で放った全力攻撃は瀕死の人間ですら「結果的」に快復するという、ルール干渉系のとんでもない代物であることだけは確か。
しかしいくつかの欠点もあり、中でもその最大の欠点は、「反転」するのが「肉体を破壊するプロセスのみ」だというところにある。
つまるところ喰らった対象はなぜ己が生きているのかを不思議に思うほどの激痛に苛まれる羽目になるのだ。
とはいえその恐ろしさは天井知らずであり、それこそ失った手足でさえも再生してのける有用性がある。……ただし、周囲には見た目傷口に爪を立てて体内から新しい手足を引きずり出すという超荒業の光景を見せ付けられ、見るだけで痛い。
また、施術を受けた本人は本人で腕や足を引きちぎられる激痛を味わう羽目になる。しかも死ねない。おまけに麻酔も鎮痛剤もなぜか施術が終わった後にしか効果がない。
それらを加味した末、最終的についた通り名は『生か死か《Dead or Alive》』をもじってつけられた、
『殺して生かす《Dead to Alive》』ティルトリーテ。
同じく『もぐら』の弟子という扱いで、しかもこれまた同種の『殴り系』にあたる主人公を色々な意味で可愛がってくれる、はた迷惑な姉弟子さんなのである。
……Now Loading.
「~~~~~~~~……いっ痛つつ……」
ガンガン痛む頭を抱えてさんざんベッドの上でのた打ち回ったあげく、目を覚ましたときにはもう、件の加害者はその場にいなかった。
あのヒトの能力が治療系なのにも関わらず「暴虐」――つまり「タイラント」呼ばれている理由がここにある。
言い加えるならリバースするのは暴虐行為だけではなく、朝食や昼食などの消化中物質も含まれる場合がある。
おまけに肉体破壊の現象こそひっくり返って治療に変化するものの、その際に発生する衝撃による脳が受け取る痛みや精神的ショックはそのまんま。
ほんと、このムダに痛みを伴う治療さえなければもっと頻繁にここを訪れてもかまわないんだけどなぁ、と、心底思ったところで……、キョロキョロと周囲を確認。
探索結果、パイプ椅子の上にキラリと光るものを発見。
調べてみると重要アイテム、『手錠の鍵』だった。……ロッテちゃぁん。
身体をひねり、固定された右腕と同じ右側に置かれたパイプ椅子へと慎重に左手を伸ばす。うっかりベッドの下にでも取り落とそうものならそれこそ目も当てられない。
周囲を警戒し、なおかつ極力音を立てないように慎重にゆっくりと拘束された右腕へと手を伸ばす。
――カチリ
(――っし! っと、危ない危ない。あやうく声が出るところだった)
周囲に気配がないことを確認し、静かにカーテンを潜り抜けて窓際へと即座に退避。そろりそろりと窓を少しずつ開いて脱出路を確保していく。
そしていざ脱出と窓枠に足を――
「あ、そうそう。目が覚めたら学長室に出頭するようにとのことですよ?
確かに伝えましたからね、リヒトさん」
………………。
余計なお世話だとは思うんだけど、ロッテちゃん? 習得すべきスキルはちゃんと考えたほうがいいと思うんだ、俺。
今までの苦労はなんだったのかとも思いつつ、しかし猛獣の闊歩する危険領域にいつまでも居座るつもりもない。
やるせない気持ちを抱えながらも、身の安全のために窓をくぐって中庭へと脱出し、変に見咎められる前に渡り廊下へと飛び込んで、伝言に従い学長室を最終目標に定める。さすがのティル姉ぇも学園長の前じゃやんちゃは出来まい。
手前から保健室、医療備品室、渡り廊下をはさんで職員室、学長室、と、猛獣の檻からそう遠く離れていないのがなんとも安心できないところなのだが、呼び出しを受けている以上はそうも言ってはいられない。
邪魔をされるおそれはないとは思う……、思うのだが、それでも万が一猛獣に見つかろうものなら、ニッコニコの笑顔でボディに一撃入れられかねない。
基本的にあの人、医療行為以外では特に加減する必要がないもんだから、それ以外で殴るときはダメージ常に気分次第なんだわ。…なもんで手加減抜きのお仕置きがまた、痛ってーのなんの。
まあ、そんなわけで、渡り廊下の入り口から保健室の方向を、そろりそろりと確認……、
「…………」「…………」
目が、合った。
「――うわっ!?」「――ひゃあっ!?」
お互いが相手に気付いた瞬間、それぞれ反射的に、俺は大幅に後方に飛び退いて距離を稼ぎ、相手の――女子生徒はなにも持っていない空の右手をこちらに向けて差し出していた。
そして改めてお互いを認識し直した、その途端、こちらを見る相手の女子生徒の顔が、おそらく反射的に動いたのだろう自分の右手を見てひどく曇った。
「……ごめん、なさい……」
「……いや、まあ、別にいいけど……」
相手の女子生徒はちょくちょく見かけるライトブラウンの髪を肩の下までで整えた白いカチューシャの……、たぶん同学年の子、だと思う。
一見したところ種族は普通に人間かな? まあ、八割以上人間、二割以下の血統で他の種族が混ざってる可能性も否定出来ないが。
それと、なんとなくどこかで見たことがあるような気がしないでもないから、合同演習かなにかで見かけたことがあるのだろうとは思う。
引っかかることがあるような気がしないでもないのだが、ここで時間を潰すとむしろ猛獣とのエンカウントに引っかかると判断し、一言「それじゃ」と言い置いて今度こそ警戒しつつ学長室へと足を運ぶ。
「――ぁ」
「ん?」
そのまま女子生徒のわきを通り過ぎようとした俺の耳に、なにか躊躇うような小さな囁きが届いて思わず足を止めて聞き返してしまった。
果たしてそれがまずかったのだろうか?
「……いえ、その、なんでも……なんでも、な……ぅ……ぐす……」
その女子生徒は嗚咽をこらえるように手で口を押さえて後退り、しかしこらえ切れなかったのか、こちらとしてはさっぱりよくわからないままに泣き出した。
そして――、一気に血の気が引いた。
彼女の向こう側に見える景色のある一点。
ほ、ほほ保健室の扉を開けて――ぎょえ認識された!
そして目をこする彼女の頬から小さな水の一滴が地に落ちる音を合図にして世界が一気に加速する。
ほとばしる熱い危機感知能力の命じるがままに、即座に再度バックステップして件の女子生徒から距離を取り、この危険領域からの緊急脱出を試みる俺。
その間、普段閉じてるようにしか見えない目をかっ開いて緑色の光をたなびかせつつ暴力保険医が窓へと向かって跳躍し、銀の縦枠を蹴りつけて跳び、こちらに向かって疾走、壁を駆けて天井へと舞う。
しかるのちその両脚を天井へとたたき付け跳躍のための反動を奪い取り、離脱中の俺へと狙いを定めて頭から突撃。
こちらの懐――つまりティル姉ぇの格闘射程距離に入る直前に彼女は身体を前傾させ、極めてかかと落としに近い飛び蹴りを俺のどてっぱら目掛けて打ち放ってきた。
技名『ティル式すーぱーイナズマキック』。
……てか行動速度が段違いすぎるだろ。
「…………ぐふ……」
軽い雷鳴のごとき音響が俺の腹を中心地として鳴り響き、普通死に掛けてもおかしくない感じにこちらの内臓をえぐるえぐる。
実際、この極めてかかと落としに近いティル姉ぇの飛び蹴りには、吹き飛ばしのベクトルより下方向への叩き落しのベクトルの色合いがかなり強い。
それと言うのもティル姉ぇの場合、能力が能力ゆえに打撃で弾き飛ばすよりも体内を破壊するように衝撃を叩き落した方が回復効率がいいのだ。……当然くらった方は死ぬほど痛いが。
「……女の子の涙がこぼれ落ちる音がした……」
開眼状態で「シュタッ」と白衣の翼を広げつつ地に降り立つ格闘悪魔。
この瞬間、「アンタどこの勇者だ!」と全力でツッコミたくなった俺の気持ちをだれが否定できよう。……もっとも、とても喋れた状態ではなかったが。
ああ。なんか……。今日はよく死ぬ日だな……。
…………。
………………。
……………………。
「おっきろー、リぃーちゃーん」
「――げふっ!?」
目を開ける前にすでに左の頬が痛む。
どうやら気絶状態からマウントポジションをキープされた上、遠慮なくぶん殴られて無理矢理快復させられたらしい。
これで間違いなく治療行為だというのだから本当に恐れ入る。普通なら確実に虐待だよね、コレ? 身体は健康でも心が病んじゃうよ? ティル姉ぇの反転暴虐だってそこまで便利じゃないんだから。
「……お目覚め?」
「……ああ、ちゃんと起きたよ、ティル姉ぇ」
だからその振り上げた拳はしまっちゃっていいよ?
襟首ひっ掴まれた状態で目覚め、正直首が据わってない上にティル姉ぇの細腕に吊り上げられて腰が浮き、体勢も実に中途半端。
それでも周囲を確認しようと首をまわすと、殴る必要なしと判断したのかティル姉ぇが放り棄てるように手を離す。
落下して尾てい骨を打ったがそこはガマン。ムダに文句を言おうものなら治療と称して尻を蹴られるはここ一年でしっかり学習済みだ。
実際のところ落とされる高さも言うほどじゃあないしな。所詮はティル姉ぇの――いや、なんでもありませんよ? ええ、もちろん。
と、いうわけで、ティル姉ぇが余計なアクションを起こす前に話を先に進めようと思う。
「……えーと、ここは?」
見たところ床には赤毛の絨毯が敷き詰められ、視界にはなにかの賞状らしきものを飾った額縁に見た覚えのある人物画、それにこれまた見覚えのある黒革のソファが――って、
「……学長室?」
「うむん。意識を失ったリぃちゃんを、わざわざここまでこの優しいおねーちゃんが運んであげたのだよー。泣いて感謝してくれちゃってもいいのだよ? 我が愛する弟くんよ」
「そりゃどーも」
その運び方が「襟首引っつかんで人形のようにズルズル引きずる」ってーのじゃなきゃなおのこといいんだけどなぁ。服に変な歪みができて違和感がうっとおしいんだよな。
それにこんなふざけた理由で家事スキル「アイロンがけ」を習得させられた男の気持ちがわかるか? わからんのだろうな……。家事スキルゼロのちびっ子行き遅れ予備ぐふっ!
「なんか今、しっつれーなこと考えたでしょー?」
「いやいやいやいや! まさかまさかそんな滅相もない!!」
ぶん殴られた頬を抑えながらがんばって否定する俺。
チッ、勘のイイ事って。いつか絶対ドメスティックなんちゃらで訴えてやる。
「……あの、その……大丈夫、ですか……?」
「あ、ああ、なんとか」
そんなやられっぱなしの俺を応接用のソファから立ち上がってわざわざ様子を聞きにきてくたのは……さっきの女子生徒、だよな。たぶん。余裕なくてまったく気にしてなかったけど。
……どういうこ――まさか巻き添えにしたのかティル姉ぇ!?
「その意味深な目はなにかなー、リぃちゃん?」
「別に。なんでも。」
特に怪我はなくとも「念のため」という理由で殴られてる可能性を思い、同情の念を込めて女子生徒を見つめる。
「あ、あの、その……私に、なにか……なんで、しょうか?」
とはいえ、俺の目は少々長めの前髪にその大体を隠されてるせいもあって、言いたいことのほとんどはまったくと言っていいほど伝わらなかったようだ。
「…………さて、そろそろいいかな?」
ふとこちらの会話が途切れた頃合いを見計らい、多分に苦笑を含ませた渋みのある男性の声が割り込んできた。――学園長先生様だ。
俺を含めた生徒二名は即座に立ち上がり、姿勢を正して硬直する。
「あ、ごめんねラザくーん」
「リゼッタ先生、学内では『学長』と呼ぶように」
もう何度同じ事を言わせられたのか、ため息とともにテンプレートらしきセリフを、もはや諦めを滲ませて吐き出す学園長先生殿。……お疲れ様でっす。
『ラザフォード・シグン・ヘイルハルト』学長先生。御歳37歳。
身長186センチ。くせのある銀髪を後ろへと撫で付けた、燕尾服でも着ようものなら執事と言われても違和感のなさそうな偉丈夫。
「昔はランキング100位以内に食い込んだものだよ」とは本人からの談ではあるが、実際に何位につけていたのかは不詳。
ティルトリーテ・リゼッタ保険医とは『もぐら』繋がりの間柄、親子ほど歳の離れた兄妹弟子の関係となっており、パーティを共にした事もある縁で探索者養成学園へとヘッドハンティングを実行した。
当の本人は探索者としては完全に引退し、現在は教師陣と共に学園迷宮に潜るぐらいにしか活動はしていないらしい。
しかし学園の長となった後も日々の訓練を欠かさずに行う人格者であり、主に長剣と投剣のノルマをこなしているらしい……のだが、彼の偉丈夫がいかなる武具、もしくは能力を持ち得ているのかは謎のヴェールに包まれており、当時のパーティメンバーの誰であってもその詳細を知らないらしく看破した者も不在、知っているのはもぐらと当人のみというありさまとなっている。
「ところでリゼッタ先生、お仕事の方は?」
「ご心配なくー、って言いたいところだけど、ここしばらくは大回転えーぎょーちゅーってカンジかなー」
……なんだろうか? 二人とも平素と変わらないやり取りを交わしているはずだというのに、今日はなぜかピリピリとした威圧感を感じる。……それも主にティル姉ぇの方から。
おそらく学園長の方は「さっさと仕事に戻れ」といった感じのオーラを飛ばしているのだろうが、ティル姉ぇの方はさっぱり読めない。
仕方なしにその場を辞そうとするティル姉ぇだが、部屋を出る前に再度学園長へと向き直り、最後の威圧を放って学長室を後にした。
「……ティル姉ぇ?」
「……ふぅ、やれやれ……、本当にずいぶんと気に入られているようだね、リヒト君」
わけのわからない展開に首を捻る俺を尻目に、学長がデスクの引き出しから二枚のカードを取り出し、その二枚がともにこちらの目に映るように軽く掲げ、手の中でV字に開いて注目を集める。
その二枚のカードには……、俺ともう一人、ここに同じく呼び出されたと思しき件の女生徒の写真が映り込んでいた。
「1st Aクラス、リヒト訓練生、及び、
1st Cクラス、レヌエット・フルーテ訓練生。
以上二名の迷宮探索実技試験における処分内容を、探索者養成学園学長、ラザフォード・シグン・ヘイルハルトの名において正式に通達する」
…………は?