11 刃拳乱舞~ダテに殺されてない~
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とりあえず近場の敵を優先し、足元をちょろちょろとうろつくフェレットどもに片っ端から蹴りを入れて女子二名から引き離す。
多少冷たくされたからといって、危険と解ってるモノを送り出すほど男として腐っちゃいないつもりだ。……当然、ここは通さない。一匹残らず始末するさ。
動物虐待? 遊びでやってんじゃねぇっつの! 下手すりゃこっちも殺られるんだからな。悪いが、ちっこいからってなんでもかんでも手加減されるたぁ思ってくれるなよ!
今現在俺が相手にしているのは、レヌエット嬢の射撃ミスによって招き寄せられたフェレットが計五匹ほど。
はっきり言って身から出たサビだな。十中八九外すだろうと承知の上で俺が撃たせたんだから。……そんな状況でこいつら、後ろの女子二人に押し付けることが出来ると思うか? 「冷たくされたから」って理由で。
――少なくとも俺にはちょっと無理だな。
真っ先に角を立てて飛び掛ってきたフェレットの一匹を、刃を回転させていない状態でのリッパーを薙いで切り払う。
さすがに回転状態の威力とは比べるべくもないが、それでもフェレットの胴体に横一線の斬り痕が走る。
――いける……けど浅い。当然か。
刃として扱うには、斬り幅1センチ程度しかないこのリッパーではあまりにも浅すぎる。もともとこいつは高速で回転させて、血肉を抉り出すように叩き込むのが一番効果を発揮するのだから、当然と言えば当然。
とはいえ、周辺状況は数えるのもめんどうなぐらいのフェレットの群れと、それを駆逐していく同級生たちによる乱闘の場。ここでリッパーを回せば挑発効果でなにが起こるかわかったもんじゃない。……でも俺の死だけは確定事項。泣ける。
そんなわけで過剰にリッパーに頼ることを諦めた俺は、浅くとも胴体を裂かれて背後へと抜けていくフェレットの姿を、後続の四匹を放置して追いに跳ぶ。
リッパーを一時的にリセットしつつ、倒れるフェレットの角を鷲掴みに引っ張り上げて、棍棒代わりに迫って来たフェレットたち相手に薙ぎ払う。
その内弾き飛ばされてダメージを負ったフェレットの一匹が、ふらつきながらも仲間を呼ぼうとしたのか大きく息を吸い込む様子を見せため、内心冷や汗をだらだらと流しながら、棍棒代わりにしていたフェレットをそいつ目掛けて力任せに投げ捨てる。
単純に悲鳴のために吸い込んだ酸素を吐き出してしまったフェレットを無視し、残りの三匹を左手地に着けての伸身水面蹴りで蹴り払う。
一匹だけ飛び上がって避けたが、むしろ好都合。
即座に態勢を立て直し、角に十分注意を払いながら宙に浮くフェレットの頭蓋骨目掛けて左手を突き出しアイアンクロー。
正直動きが遅すぎて笑えるぐらいだ。俺が普段、どんなバケモノにボコられてると思ってやがる! 百遍死んで出なおして来い!
「――っ、おォっ!!」
前に突き出しアイアンクロー状態の左腕をフェレットごと下へと振り降ろして石畳に叩き付け、結果として振りかぶっていた右腕をそのまま真下へと叩き落しつつリッパー再召喚――すなわち落とす拳の勢いのまま無理矢理に斬り潰す。
(殺戮道化のっぺら仮面装備中につき、その絵面は子供が見たらちびるぐらいには血しぶき散って超凶悪)
――残り四匹。
やれる。リッパーなしでもなんとかなりそうだ。
やはり思うのは、正直「アレ」ほどじゃないなという実感だ。ダテに毎日のごとく殺されてないし。むしろ比べてぬるく感じるぐらいだ。
……つまり相対してあの人のバケモノっぷりを再確認。イヤだ~~!
次の獲物を求め、残るフェレットたちへと返り血を浴びた仮面を向けつつ様子を窺う。
狙われるのを恐れたフェレットたちは一所に密集し、「お前先行けよ」と言わんばかりにお互いの体を押し付けあっている。
……ちゃ~んす。
右手を挙げ、手首だけでなにかを投げるかのようにスナップする。
……かかった時間は三秒ほど。
一瞬、「なにしたんだコイツ?」と言わんばかりのしらけた空気が漂ったが、その次の瞬間にはレヌエット嬢・ロッテ嬢合同による三点バーストと、次いで銀色のメスがフェレットたちへと降り注ぎ、四匹中二匹ほどが絶命した。
――そう、ハンドサインだ。
……特に前もって決めていたわけではなかったから、気付いてくれてほんとよかったけどね。さすがにコレ外したらむなしすぎるし。
最後に「俺が行く」と女子二人に伝える意味合いも兼ねて、リッパーの刃の無い手甲――裏拳同士の鋼を甲高く打ち鳴らし、一時的に戦意を喪失した上に、仲間の死体に埋もれて身動きが取れなくなった残る二匹を頭をつかんで引きずり出し、それぞれの角で互いの心臓を一度ずつ貫かせて絶命させる。
いやぁ、ほとんどリッパーなしでも意外とやれるもんだな。
フォローに回ってくれた女子二名に、軽く手を挙げて感謝を表明し、そのままその手で付近のパーティを指し示し、援護に入る旨を伝える。
その後、絶命したフェレットから二匹ほど見繕って、その内の一匹にロッテ嬢のメスをかき集めて突き立て、持ち主の下へと放り投げる。
残る一匹だけを持ったまま援護に入る予定のパーティへと走り寄り、銅の片手剣と木製の盾を扱う剣使いを相手に、攻撃を仕掛けようと加速したフェレットの足元目掛けてそれ投擲し、横槍を入れる。
格闘家の乱入方法と言ったら?
――そりゃ決まってる。
「やっぱ飛び蹴りだよなぁ!」
思惑通り、急ブレーキをかけられなかったフェレットは、飛び上がって投げ込まれた死体を回避し、そのタイミングを狙い澄ましての飛び蹴りを叩き込む。
剣使いはフェレットが吹っ飛ばされる光景を目にして盾から力を抜き、代わりに片手剣を、
――こちらに向かって斬り付けて来た。
「――新手か!?」
「――ちょ、いきなりなにすんだ!!」
着地後の頭を目掛けて叩き込まれたそれを、しかし鋼の篭手を交差して受け止める俺。
「――あ! そいつ、殺戮道化だ! ティルトリーテちゃんのお気に入りの!!」
「…………よし、ころせ!」
「――ちょ!?」
俺の正体を看破した槍使いの発言を受け、魔術師らしき男が「ころせ」発言と共に杖を向けてくる。
……ついでに今も受け止め続けている剣から感じるプレッシャーに、先ほどとはまた違った妙な殺気がこもり始める。
「術式構築! 事象への口出し干渉《Interfere》、迅雷元素《Thunder Element》!
くらえ殺戮道化! サンダーぶふぉ!?」
なんの理由か俺を目掛けて雷を落とそうとした魔術師が、さきほど俺が蹴り飛ばしたホーン・フェレットの角に背後から腹を貫かれて悶絶する。
「……お、おのれ……殺戮道化……小癪なマネを……」
いやいやいやいや、なにもしてませんから、わたし。
「――ブラッセ!」
「チクショウ殺戮道化が! よくもやりやがったな!」
いやいやいやいやいやいやいやいや。
「……おのれ! おのれ、おのれぇ!!
殺戮道化! やはり貴様は! 貴様だけはぁ――ぐはぁ!!?」
おなかに風穴を開けられた魔術師さんが、目に憎しみを湛えて再度の術式を構築しようとがんばってみたらしい、が、どうも膝を突いたとたんにフェレットくんの後ろ脚がちょうど地に届いてしまったらしく、角の角度が内臓を抉るように下方修正されて「ごふぁっ」と勢いよく吐血する。
「――ブラッセ!? 畜生! 撤退だ!」
「チッ、貴様の顔は覚えたぞ。
(当然だなのっぺら仮面だし)
いずれこの借りは必ず返す! 覚えておくんだな!」
わけのわからないままに魔術師……たぶんブラッセさんとやらに左右から肩を貸して撤退を開始する三人組。
……後ろから見ると、いまだにフェレットくんが魔術師の腹目掛けて突き刺さってぶら下がったままだったりするのだが、ツッコんだら負けなんだろうか?
――などと考えていた時期が、俺にもありました。
「……オレ……迷宮出たらこの傷、ティルトリーテちゃんに――
「――ィィィッ」
うぁ、あのフェレットくん、空気読まずに仲間を呼んじゃったよ。
「――ぐほぁ!!? な、鳴き声が直接響いて傷に!?
そんな……オレが……オレがこんなところで……??」
「――ぶっ……くく……ッ……」
……だ、ダメだ。笑っちゃダメだ。
いや、まさかそんなことが……。
俺、「仲間を呼ぶ」で物理的ダメージを被ったヤツ、初めて見たよ。
――などと考えていた時期が、やっぱり俺にもありました。
「――ュィ………ィィィィィィッッ!!」
「――んげっ!?」
どこかにだれかが仕留め損なったフェレットの生き残りが居たらしく、ブラッセ氏に引っかかったフェレットの叫びに応じてしまったのだ。
……そうすると、どうなるのかと言えば……、
「――ィィィッ」 「――ィィィッ」
「――ィィィッ」 「――ィィィッ」
……と、まあ、こうなるよなぁ。
ホールに居るすべてのホーン・フェレットたちが声を張り上げて呼び声に応じ、『輪唱』を行い始める。
そしてまた、その輪唱は下階層からも響き出し、
…………ンごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご……!!
……結果、モンスターパニックだ。
「――ロッテちゃん! レヌエットさん!!」
ボケっとしてる暇は無い。
即座に女子たちに声をかけ、脱出の認識を共有する。
取る物もとりあえず、即座に二人と合流して、他の探索者たちも殺到する出口へと向けてホールの傾斜を駆け上がる。
大ホールで戦っていた人数は、目算だが俺たち含めて三十人前後だったはず。それに対して大回廊は横幅六メートルぐらい。
たぶん死人が出にくいように幅を広く計算してるんだろうが、それでもコケりゃ死神にとっ捕まるのに違いはない。
「ロッテちゃん、肉体強化!」
迷宮突入時に確認しておいた切り札扱いのカードを、ここで切る。さすがにここで使わないようなら俺は正真正銘のバカだ。一体ぜんたい今日までに、何度、何回、何百回死ぬような激痛を味わって危険感知のスキルを磨いてきたというのか。
さっきも思ったが、ダテに一年通して通算三百回以上、理不尽にも殺されてないんだっつのドチクショウ。まったく自慢になりゃしないが、この殺された回数の多さこそが俺の持てる最大の武器だ! ……ほんと泣けるぅ!!
「干渉《Interfere》、生命元素《Life Element》! フィジカル・ブースト!」
「ついでにあの三人、背中にフェレットぶっ刺したあのマヌケ連中にも肉体強化を! ……それで助からないようなら潔く存在を忘れよう……」
「なにげにひどいですね。
干渉《Interfere》、生命元素《Life Element》! フィジカル・ブースト!」
鍵となる単語一点に絞って限界まで短略された詠唱を用い、計六人分の肉体強化を行ってマナのほとんどを消費したロッテちゃん。
その彼女を後ろから支えながら出口を目指してひた走る俺たち。
「……礼は言わんぞ……」
ちなみに、件の三人組を追い越す際に、魔術師ブラッセ氏からそんなお言葉がぼそりと聞こえたような気がしないでもなかったが、とりあえずそのまま気にせず、記憶に消しゴムをかけるよう意識しつつひた走る。
精々がんばって生き残ってね。
その後、医療現場仕込みのスイッチが入ったロッテちゃんは、傷を負って速度が落ちた怪我人にヒールを、コケて危険域に陥った者に肉体強化をと集中力を発揮し、救助四人目に振り絞ったのを最後にマナを全消費して意識を失った。
無論、それを俺たちが黙って見捨てるはずもなく、ロッテちゃんに助けられた者も含め、全員で魔法やら銃弾やら『衝撃』やらをぶっ放すなりしてその隙にロッテちゃんを迷宮外へと運び出した。
俺? ……フッ。遠距離攻撃なんてハナからありゃしねぇよ。
1st Aクラス、リヒト訓練生。
1st Aクラス、リーゼロッテ・アウル訓練生。
1st Cクラス、レヌエット・フルーテ訓練生。
上記三名、第一学年最終実技試験――合格。