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現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
今日の魔女は掃除機で飛ぶ、編
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第七話「進化の果て、全方位捕捉大魔法球体」

 レース用掃除機には、必ず「補助ユニット」と呼ばれるパーツが搭載されています。

 これは、飛行レースを行うにあたって、空気抵抗や酸素濃度の低下などといった問題を解決するための装置となっております。科学技術によってギミック性が増した最新の魔法技術を利用し、人が空を飛ぶにあたって障害となる物を自動で発動する術によって解消させる、というシステムが搭載されているのです。

 詳しい説明は省きますが、ようは、これがあるお陰で私達は何事も無く空を飛んでいられるのです。

 そんな補助ユニットは主に「パック式」と「サイクロン式」の二種類があり、それぞれ違う特性を持ち合わせています。

 私のクーちゃんに搭載されているのは、パック式の補助ユニットとなります。

 パック式は、文字通りパック状の容器の中に補助ユニットが詰められており、内部を自分で弄る事は出来ないようになっているという代物です。これは、自分なりのカスタマイズやメンテナンスが行えない反面、非常に手間がかからないという利点を持っています。

 というのも市販のパック式補助ユニットは、既に組み上げられている物しかないので、買ってすぐに搭載する事が可能となっているのです。また、仮にも専門家が研究して作りだした物が売られているため、普通に乗る分では何の過不足も無いのです。

 手間がかからず、簡単に補助ユニットの恩恵が得られる、それがパック式の補助ユニットが誇る大きなメリットであると言えるでしょう。

 ちなみに、私が何故パック式の補助ユニットを選んだのかと言えば、それはひとえにキャニスター型掃除機にはパック式しか対応していない、というどうしようもない理由があったりもします。あと、クーちゃんは改造された掃除機ですが、別に補助ユニットまで特殊な物を用いる必要は無いというのもありました。

 いくら時代に乗り遅れた機体に乗っている私とはいえ、補助ユニットまでもは自作しません。私は文化人なので文化人らしく、小さな家電店でパック式のものを買いましたよ。この時の私は、時代に乗れている錯覚さえも覚えていました。

 ですが、最近の主流はサイクロン式となっております。

 何故そうなったのかと言えば、現在最も普及しているスティック型掃除機にはサイクロン式の補助ユニットしか対応していない、という風になっているからです。私は、こんな所でも時代遅れでした。

 サイクロン式は、本来ダストカップと呼ばれる部位に詰められている補助ユニットで、パック式とは異なり自分でカスタマイズが出来るようになっています。内部の魔鉱を自ら調節し、生成される簡易保護障壁の厚みや硬さ、それから機体を制御する念動魔法の精度などといった複数の要素を、自分である程度自由に変える事が出来るのです。このサイクロン式は、適当な物ならば初心者でもすぐに作る事が出来るため、敷居は意外とそこまで高くはありません。

 しかしながら上位の人間が調節したサイクロン式補助ユニットは、素人の作ったそれとは一線を画します。サイクロン式は簡単に調節可能な反面、上が果てしないという事になっているのです。ベゼちゃんのようにお金のある子になってくれば、専門の所で補助ユニットを調節させたりしているそうですね。何ともまあ凄まじい世界です。私にはとても縁の無い話です。

 兎にも角にも、サイクロン式はパック式とは違ってメンテナンスが可能なので、比較的長持ちするという利点を持っています。加え、カスタムが出来るのもプラス要素でしょう。

 けれども、その運用には掃除機稼働時に発せられる風圧が必要不可欠らしく、出力や安定度はそれによって若干左右されてしまうそうなのです。無論、その程度の事では安全性は変わりません。左右されるとは言っても、それはほんの些細な誤差程度の変化なのですから。

 ですが、レースにおいてその小さな誤差は、時に大きな差を生みだすらしいです。そのため、あえて安定感を高めるためにパック式を選ぶ人もいるぐらいだそうです。

 と、まあ。

 ここまでが、私達が現在目にしている物を説明するにあたって、一応、必要になるかもしれない前知識です。

 私は今、非常に落ち着かない環境下に居ました。


「……うう、何あれ……補助ユニットって、あんなのもあるの……?」

「フムウ。確かに一般的には、パック式とサイクロン式の二つだけに思えるよね、補助ユニットは。だけど、実はそうじゃあないのさ! あれは、数少ないけど確かに存在する例外だね!」

「……そうなんだ」


 私は現在、クーちゃんに乗って空の旅を続けていました。

 多くの人が魔法で戦闘している中、無策にも加速しながら特攻していった私でしたが、今は無事に空をゆらりゆらりと飛んでいます。ある時を境に、状況はかなり落ち着いてくれたのです。あれから私は相当先に進みました。ブーストを活かしながら、下の下の集団を軒並み追い越していったのです。

 そんな今、私の周囲を飛び交う影はまちまちです。

 しかし現在、誰かに向かって魔法攻撃を行う人など、誰一人として居ませんでした。

 それもこれも、この場に仕掛けられたトラップのせいです。

 お陰で、吸った魔法の分だけ加速時間を持続させられるという「ブースト」用のエネルギー残量も、とっくに底をついてしまいました。

 故に私は今、絶賛減速中となっております。どんどん色々な人に抜かれています。

 けれども、最初に皆に抜かれた時ほど酷い抜かれ方はしませんでした。

 それもこれも、全部このトラップの影響なのです。

 私は溜息を隠しきれません。だから、思い切り吐き捨ててやりました。

 それから右にハンドルを引っ張るようにし、同じく右側に体重をかけるようにしながら、クーちゃんを右へと曲がらせました。重心を傾ける事により、念動魔法の進行方向に影響を与え、機体を望む方向に曲げる事が出来るのです。

 これは「ある物」を避けるための動きです。


「……それにしても、どうしてこんな悪質なトラップが仕掛けられてるんだろ……もう帰りたい……」


 今現在、私達掃除機乗りの周囲には、複数の黒い球が浮かんでいました。

 バスケットボール程のその球には、白い髑髏のマークが描かれていました。

 それが等間隔に複数。参加者が空を飛ぶのを邪魔するように、いくつも配置されているのです。

 そして今、私から少し離れた位置で飛んでいたスティック型掃除機に跨る参加者が、その黒い球にうっかりぶつかってしまいました。

 こうなってしまえばもう手遅れです。

 直後。その黒い球が爆発しました。爆風を伴った爆炎が、迂闊にもぶつかってしまった参加者さんを撃墜してしまいます。

 そうです。言うまでも無くこれは爆弾なのです。

 私達は今、これに巻き込まれないように精一杯なのです。

 私は、細心の注意を払って進んでいきます。

 幸い、私のクーちゃんは遅いので、回避自体にそこまでの難度は要求されていません。

 しかし、それでも私には怯える理由がありました。

 それは、爆発する事に対する恐怖心です。爆発は恐いのです。

 ただ見ているだけで、本能的な恐怖心が刺激されてしまいます。想像しただけでも恐ろしいです。

 たとえ無傷で済んだとしても、絶対に巻き込まれたくないと断言できます。

 私の眼は、相変わらず涙で潤んでいました。


「……もおヤダ……何なのこのレース……恐い……」

「そんな事よりアプリよ! 見てよアレ! 凄い掃除機マシンだ! あれがパック式、サイクロン式に次ぐ第三のユニットを搭載した新型ってわけか……! 僕はあまり乗りたくないけど、こうして敵に回ると胸が躍っちゃうね!」


 私の肩に座る黒猫幽霊キャットさんは、またしてもよくわからない所でテンションを上げていました。元気な事です。こんな事で本当に成仏出来るのでしょうか。

 ですが一応、言わんとしている事だけは理解出来ます。

 私が視線を前へと向けると、そこには一台の特殊な掃除機が飛んでいるのが見えました。

 正座で座った人を上に乗せた、厚い円盤状のシンプルなボディ。掃除機らしからぬ見た目の黒いソレは、技術の粋を尽くされた最新型の掃除機なのです。

 それは、ロボット型といわれる掃除機でした。本来の掃除用であれば、自動で動いてゴミを回収してくれるという優れ物です。もっともレース用となると性能がまた異なるのですがね。

 そんなロボット型の上に正座で座り、両手でへりを抑えているその女の子は、私がレース開始前に見かけた女の子と同一人物でした。三つ編み一本結びの髪型で、常にぼーっとしていているような表情のあの子です。

 ロボット型掃除機に乗った彼女は、自在に機体を操作し、邪魔な爆弾を華麗に避けながら進んでいました。

 そんな彼女と掃除機の周囲には、まるで大きなシャボン玉のような、半透明の膜が張られていました。

 キャットさんはそれを見て、好戦的に弾んだ声を発しました。


「ウウム。あの透明な膜が、まさか簡易保護障壁だとは誰も思わないよね……! まず目に見えるっていうのがそもそも異常だ。原則的に簡易保護障壁は不可視だからね。恐らくあれは広すぎる範囲のせいで、可視化にせざるを得なかったのだろうね。確かに、あれだけの規模ならば目に見えないと不便だ。

 本来、事故防止のための簡易保護障壁は、掃除機マシンに乗った人の全身を覆う形となるはずだ。つまり掃除機マシンそのものまでは覆わないのが普通なのさ。

 けれどもあれは違う。機体ごと一緒に覆っている! フウム、あれこそが最新の簡易保護障壁なのだね! 外側を覆うものと、身体を覆うものの二層式ってわけか! それでより安全性を強化されたってわけか……本当に頑丈そうだしね!

 そしてそれを実現させているのが、あの掃除機マシンに搭載された補助ユニットってわけだ……!」


 キャットさんは親切丁寧に解説を行ってくれます。

 が、私はそれを半ば聞き流します。爆弾を避けながら話を聞けるほど、私は万能では無いのです。

 ですが、キャットさんは構わず説明を続けました。


「ロボット型の集塵システムは、他の掃除機とは異なる仕組みとなっている。だから元々、パック式もサイクロン式も対応していないのだよ! ロボット型の補助ユニットは、本体に内蔵されている独自の集塵ボックス内にあるからね! 少し他とは違うのさ!

 ロボット型の場合、補助ユニットにも最新技術が使われているからね。サイクロン式と違って、下手に素人がカスタマイズ出来ないようになっているし、パック式と違って、定期メンテナンスも必要とするから手間もかかる! しかし! それだけのデメリットを抱えた上で、尚も輝くその利便性!

 あれは凄いね……! 念動が優れているから挙動がススーッピタッ!って感じで安定しているし、何より安全性能が他の物とは段違いだ! フム……本当に面白い。

 あれが最新の技術を詰め込んだ“プラエルディウム”という機体ってわけか。最新ロボット型というだけあって、色々と思考錯誤している感がでて非常に良いね!」


 半分以上聞き流していてもわかります。

 どうやら、国産最高峰の技術機であるらしいあのロボット型は、本当に凄い物なのだそうです。

 心の底から羨ましいぐらい、最新っぽい感じが出ています。私のクーちゃんよりも遥かに優秀そうでした。機種名が「プラ何とか」と覚えにくいのが難点ですが、それはクーちゃんだってどっこいです。基本的にほぼ全てのスペックを上回られています。

 ですが、私は特に怯える事もありませんでした。

 当然です。私の目標は、あのロボット型に乗る女の子を抜く事ではありません。

 いくら凄かろうと、後ろからその挙動を見つめているだけで良いのです。

 ロボット型の動きは、本当に安定感溢れる物でした。淀みなく真っ直ぐに進み、そのまま直角に曲がる事までしています。しかも曲がる際に、全くと言っていい程減速していません。

 動きにブレが無いというか、本当に乗っている人間の思い通りに動いている感じです。

 爆弾にかすりすらもしていません。

 その抜群のコーナリングにより、私との距離はどんどん開いていきます。

 そうして、ある程度進んだ時でした。

 変化は、唐突に訪れてしまいました。

 まず最初に反応したのは、キャットさんです。


「ムムゥ!? 今、あの“プラエルディウム”に乗る少女の身体が光らなかったかい!?」

「えっ? それって魔法発動前に、自分の魔力で身体が光るやつかな……? 私は見てなかっ……」

「そうだ! きっとそれだ! アプリ! あの子から目を離さないでくれよ!」

「ええ? うん……」


 私はキャットさんの指示通り、ロボット型の方へと視線を向けます。その女の子は、爆弾があまり設置されていない、少し開けた場所へと出ていました。

 その背中を、私は爆弾を必死で避けつつ、何とか視界に捉えます。

 そんな時でした。

 ――――女の子を覆っていた簡易保護障壁を、更に上から覆うようにして、大量の紫色の棘が生成されました。それも透明な球体をびっちり覆うような、夥しい数の棘です。

 恐らく、これがあの子の魔法なのでしょう。まるでハリネズミのようです。

 半透明な紫色の棘は、今のところ正体不明の代物です。

 ですが、それが魔法により生成された事だけは確かなのです。

 推測するに、何らかの攻撃魔法でしょう。

 しかし私のような底辺層には、その攻撃方法を推測する事すらも出来ません。

 私は、疑問と驚愕に目を見開きます。


「えっ、何あれ……?」


 そんな私の疑問に応えるかのように、女の子の身体から水色の光が迸りました。

 私にも見えました。あれは確かに魔力の光です。

 どう見ても魔法攻撃の予兆です。

 私は、即座に身を縮こまらせます。


「ひっ!」

「大丈夫。あれが僕たちの所まで届く事は無いはずさ! でも、あの感じだと多分……凄い見応えのある術になると思うよ! おっ、ほうら来た!」


 キャットさんが言うなり、女の子の周囲に展開していた棘は一斉に弾けました。

 四方八方様々な方向へと、三百六十度を網羅する勢いで、魔法の棘が全て射出されてしまったのです。

 その速度は目を見張るものがあり、恐らく私が近くに居れば、直撃は免れなかった事でしょう。

 それから一瞬後。連鎖するようにして、彼女の周囲にある爆弾が一斉に爆発し始めました。それはまるで花火のようです。光は弾け、周囲の物を巻き込むようにして肥大化していきます。

 それにより、彼女の周りを飛んでいた多くの参加者達が、その連鎖爆発に巻き込まれるようにして次々と墜落していきました。圧倒的な破壊風景です。

 しかし、爆発の中心部に居るロボット型掃除機が生み出す簡易保護障壁は、その乗り手である女の子を決して危険に晒す事はありませんでした。いくら多少開けた場所とはいえ、あれだけ爆発させておいてその煽りを全く受けていない、なんて事は絶対にあり得ません。それなのにロボット型は未だ簡易保護障壁を展開したまま、平穏無事な飛行を再開させてしまいました。何のダメージも感じさせない立ち振る舞いです。相当頑丈な簡易保護障壁なのでしょう。

 一方、私は、これから通るルート上にある爆弾が一掃されたので、これで幾分か進みやすくなったと理屈だけで考えます。

 けれども私は、あまりの恐怖に竦み上がっていました。連鎖爆発が、恐くて恐くて仕方が無かったのです。


「……な、なななななな何アレ……!?」

「フムゥ。アレは恐らく、術の枠を二つ使って一つの大魔法にした物だね。恐らくは、何らかの物理干渉力を持つ針を大量に生成“するだけ”の術と、生み出した針を操作して周囲に“飛ばすだけ”の術の複合じゃないかな。この爆弾ゾーンにおいては相当な驚異だね。面白くなってきたじゃあないか!

 よし僕は決めた! アプリ! あのロボット型……プラエルディウムに乗る少女を抜き去ろうじゃあないか! 今、これから!」

「えっ……ええええええええええええええ!!!?」


 突然の無茶振りに、私はひたすら驚く事しか出来ませんでした。

 キャットさんは何と、あの時代の最先端を行く技術機を追い抜けと言い出しやがったのです。

 ですが、機体の性能差や乗り手の実力からして、それは絶対に不可能な事なのです。

 キャットさんには、どうにもそれが理解出来ていないようでした。

 なので、どうやら私が説明するしか無いようでした。


「む、無理だよっ! そんなの無理! 絶対出来ないよ!」

「ムゥム、それは……どうしてそう思うんだい?」

「どうしてって……そんな……!」

掃除機マシンの機体差かい? それとも君とあの子の実力差かい? 確かに、あのロボット型の女の子は結構慣れてそうな動きだったね。でも、君が無理だという理由はそれだけかい?」

「……まあ、おおむね」

「だったら安心していい。あれは、君だからこそ倒せる相手だ。それに、いざとなれば僕が不完全ながら君に憑依しようじゃないか!」

「犯罪だよっ!」

「合意の上では犯罪じゃあないし、そもそも君は一度僕の手を借りているだろう?」


 そんな事は私もわかっています。

 ですが、そういう問題ではないのです。


「確かにクーちゃんを作る時に、ちょっとは手を借りたけど……でも、こんなに目立つ場所でやったら捕まるかもしれないし……合意って事を証明するために、一度止められてチェックされるかもしれないし……それに、ルール違反とも思われるかもしれないし……!」

「なら、同意書でも書けばいいじゃあないか。それなら何の問題も無い。僕らは合意の上で憑依をする形になるのだから」

「うわっ、それは思い浮かばなかったよ……! なんでもっと早く教えてくれなかったの……? もう今からじゃそんなの書く暇ないよ! だいたい、乗り手がどうなったところで、向こうは最新式なんだよ? こんな掃除機じゃ絶対に勝てないよ!」

「それこそ問題ない」


 キャットさんは、そう自信満々に言ってのけました。

 そんな態度を取られてしまえば、私としても言葉に詰まって、何も言う事が出来なくなってしまいます。

 私が黙り、キャットさんが言葉を一旦切る事により、一時的な空白が生まれます。

 それからキャットさんは、ゆっくりと続く言葉を告げました。


「僕のクーシェ・ドゥ・ソレイユは最強だ。いくら相手が最新だろうと関係無いね。僕は、どんな強敵が来ても勝てるようにこの掃除機マシンを完成させているんだ! こんな所で終わるわけがないさ!」

「……で、でも!」

「安心してくれよ。指示はきちんと出す。ここはどうか一つ、僕とクーシェ・ドゥ・ソレイユを信じてみてくれないかな? ここで負けた所で、それは君のせいじゃあないんだ。責任なんて何もない。単なる挑戦心を、ほんの少し燃え上がらせるだけでいいんだ。頼む!」

「……むぅ……」


 思いの外、必死に説得されてしまいました。

 ここまで頼みこまれては、流石の私も揺らいでしまいます。

 ここで、自分を信じろ、とは言われなかったのが一番の幸いでした。もし言われていれば、私の葛藤はより大きな物になっていたはずです。

 が、今はキャットさんとクーちゃんを信じればいいそうなので、私の心も自然と軽くなります。

 私の気持ちはようやく固まりました。

 私は、渋々ながらといった体を装って、キャットさんに対しぶっきらぼうに告げます。


「……わかった。じゃあちょっとだけ頑張ってみる……だけど、無理だった時の文句は受け付けないから……」

「よし来た! これで面白い戦いが出来そうだ! アプリ、これが僕達の最初に追い越すべき目標だ! 頑張ろう!」

「……あ、あんまりプレッシャーになるような事言わないでよ!」


 こうして、私の目標はまた一つ増える結果となりました。

 最新型の技術機……ロボット型掃除機である“プラ何とか”を抜き去る事。

 それがキャットさんから課せられた、二つ目の無茶な目標です。

 それもキャットさんの口ぶりからして、ベゼちゃんを追い抜かすよりも先に、ここであのロボット型を追い抜かすつもりのようでした。結構無茶な事を言ってくれます。私の不安は、徐々に徐々に留まる事なく膨らんでいきました。

 ですが私はその不安を払拭させるための「おまじない」を、既にキャットさんから聞いていた事を思い出しました。

 あれは、思っていたよりも地味に効果がありました。

 あれを小声で呟くだけで、不思議と心が落ち着くのです。

 だから、私は二度目となるその「おまじない」を、小さく小さく呟いたのでした。


「これからが大変だね……いくよ、クーちゃん……!」


 私は、ほんの少ししかない勇気を振り絞り、前へ前へと進んで行きました。

 それからというものの、私は全力でロボット型に追いすがりました。全力で爆弾を避けつつ、前を行くロボット型に何とか追い付こうとしたのです。

 なお、先ほどの範囲魔法攻撃のせいで、今まで爆弾を恐れて攻撃を行ってこなかった人達も恐る恐る攻撃を再開させるようになっていました。

 確かに、ロボット型の子の攻撃によって一定領域内の爆弾は爆破処理されたので、魔法攻撃が若干やりやすくなっているのは事実です。そもそも他の誰かが魔法を使う事によって、精神的な枷が外れた人も居るのでしょう。攻撃魔法を行う人は、明らかに増えていました。

 これは私にとって幾分かプラスです。こうして放たれた魔法攻撃が私に届いた場合、クーちゃんで吸いこんで加速する事が出来るのですから。キャニスター型が古くてマイナーなお陰で、本当に助かりました。皆、吸いこまれるとは知らずに攻撃してくれるのです。

 そんなこんなで私は、どんどん魔法を吸いこんでいって、ブースト継続時間をチャージさせていきました。

 私のキャニスター型掃除機は、地上での性能が高い代わりに、空中では他のどの掃除機よりも遅いという難点を持っています。それを補うためには、このブースト機能で何とかやりくりするしかないのです。

 もっとも、ブースト機能を用いた所で、平均よりも少し速い程度の速度しか出す事が出来ませんけれど。

 悲しいですし、心もとありません。

 けれども、今の私にはそれしか残されていないのです。

 私は、全力でブースト時間を溜めていきます。

 うろ覚えですが、たしか最初コースを確認した時、爆弾密集地帯はそこまで長く続かなかったと記憶しております。

 だとすると、このまま進んでいけば、いずれは爆弾密集ゾーンから脱却する事が出来るはずです。

 ブースト機能による加速は、その時にすればいいのです。

 少なくとも今、こんな場所でブースト機能を使うのは命取りです。だからまだしません。

 私は、じっと機を待ち続けました。この爆弾密集地帯を抜ける時を待ちながら、じっと爆弾を避けながら進んでいっているのです。

 この先に、何が待ち受けているのかも知らずに。

おまけ


ロボット型掃除機

・最近、シェアを広げつつある高性能掃除機。

・速度は今一つだが、制動性においては右に出る掃除機は無い。

・最新技術が詰め込まれているので、多くの便利機能を内蔵している。

・ダントツで扱いやすいため、主に初心者が使う。

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