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現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
今日の魔女は掃除機で飛ぶ、編
6/36

第六話「これが対魔法用の切り札」

 これから語る内容は、わたくし、アプリ・アクセルハートが授業で聞き飛ばしていた話となります。

 故に、これからレースをするにあたっては、そこまで重要な話ではありませんので悪しからず。一応、予備知識的なものになりますね。

 魔法とは、私達の生活には欠かせない技術の名です。

 空気中に漂うマナという名のエネルギー体を、人間や魔族の身体に宿る魔力という名の力でコントロールする、というだけのシンプルな技術ですよ。なーんの捻りもありません。

 では、その魔法で一体何が出来るのか、という点についても触れてみましょう。

 まず、火や電気や水などといった物質を「生成」する事が出来ます。もっとも厳密には、マナを変質させて別の物にしているわけなので、無から生成しているわけでは無いのですけれどね。なので、正確に言うのであれば「変質」という呼び名が適切であると聞きましたが、私のような中学生にはあまり関係の無い話です。

 私は魔法が苦手というのもありますが、そもそもきちんと「変質」という呼び方をするのは、それこそ本当に魔法を研究している人達ぐらいのものなのです。だから一般的には「生成」なのです。

 また、その生成した物質を「制御」する事も出来ます。これは自分が生成した物質に留まらず――――難易度は格段に上がりますが――――他者の放った生成物質を強制的に制御する事も、理論上は可能となっています。

 その制御可能な物質は、何も魔法生成物質に限定されません。これまで話した魔法とは少し方向性が異なる物になってしまいますが、そこら辺の石や木の枝などを制御……つまり自在に操作する事だって出来るのです。この応用によって、掃除機を空へと飛ばすような念動魔法が生まれたわけです。

 それから、その生成した物質を再びマナへと「還元」する事だって出来ます。これで、魔法による攻撃を防いだりする事が可能となるのです。もちろん、この還元だけが魔法防御の手段というわけではありません。しかし、他の障壁生成などの防御系魔法と比べ、還元防御はあまりにも優れている防御方法だと言われているのです。

 また逆に、自分の放った魔法物質が自然に還元してしまわぬよう、手を加えて長持ちさせる事だって出来るのです。

 と、まあ。長い説明となりましたが、これらが魔法技術の基礎部分となります。

 これが全てではありませんが、少なくとも一番ポピュラーな「魔導型」と呼ばれる魔法に関しては、最低限の説明は出来たはずです。

 私達現代人は、主にこれらの要素を組み合わせて、自分専用の術を作り上げてストックしておくのです。

 まあ、私はたった二つしか術を使えませんけどね。ちなみに全国民の平均術数は五つだそうです。もっとも私の使っているような小学生レベルの術は、普通、数には含めないそうですけど。しかし、そうしてしまうと私の術数は本当にゼロになってしまいます。

 だから、勘弁して頂きたいものですね。

 私は、そんな事を考えながら、溜息を吐き捨てました。


「……魔法って理不尽だね……」


 今、私の目の前では、激しい魔法バトルが展開していました。

 この魔法レースにおいて許可されているのは「一人につき二つの術」となっています。

 皆それぞれ、自分の持てる術から役立ちそうな物を二つ選び、このレースにて活かそうとしているのです。

 その結果が、今の魔法大合戦でした。

 恐らく、空を飛んでいるうちに掃除機同士が密着しなくなり、魔法攻撃が行いやすくなったのでしょう。これまでは殆どの人達が魔法を使ってきませんでしたが、ここに来てようやく魔法攻撃の応酬が始まってしまったのです。

 確かに、あまりにも参加者同士が集まった場所で下手な事をすれば、自分さえも巻き込まれてしまう可能性がありますものね。その点、この広い空で個々が分散している状態であれば、何の気兼ねも無く魔法を使えますからね。これは当然の摂理でしょう。

 ……ああ、最悪です。


「どうしよう。私、とてもじゃないけど混じれないよ……色んな意味で」

「大丈夫さ! この僕とクーシェ・ドゥ・ソレイユを信じなよ! 僕達なら出来るさ!」

「ううん。これは無理……というか、できたとしても混ざりたくないよ……」


 私の前には、スティック型掃除機に跨った人達の群れが見えました。

 スティック型に跨った彼らは、飛行を続けながらもかなりの頻度で、周囲の相手へと向けて攻撃魔法を放ち続けていました。誰も彼も皆、そうして参加者を減らしにかかっているのです。なるべくライバルを削ろうという魂胆なのでしょうか。

 空を飛ぶ氷柱の群れ、連続で射出される火の玉、唐突に中空で起こる謎の爆発、攻撃を防いでいる硝子のような防護膜、術者の周囲に展開している小型の黒い雲、黒い雲から放たれる横向きの雷、油断しているとこちらまで吹き飛ばされそうな勢いの風圧、などなど凄まじい量の魔法攻撃の弾幕が、私の視界を覆っていきます。

 ……どうしてそんなに物騒な術が多いのでしょう。日常的に使えるのでしょうか、その攻撃的な魔法は。

 ちなみに、それらの攻撃が私の元へと届く事はありません。

 私は出遅れたお陰で、何とか事なきを得ていたのです。

 ギリギリ余波が来るか来ないかぐらいの位置で、ゆらゆらとゆっくりな飛行を続けている私の元には、直接的な魔法攻撃は届かないのです。最下位というのは少々アレですが、こういう恩恵があるのであればラッキーです。

 ……もう、再び地上に着くまではこのままでいよう。

 私はそう決めたのです。

 一応、キャットさんが目標に定めたベゼちゃんは、再び地上についてから抜けばいいのです。確か、この後しばらくしたら地上コースがあったはずです。何、問題ありませんよ。序盤であれだけ出遅れたのに、それでも抜く事が出来たのです。もう一度、同じ事が出来ない理由がどこにありましょうか。

 私のキャニスター型掃除機……クーちゃんは地上戦特化です。こんな空中で頑張る必要は、まったくもって無いのです。

 と、私がここまで考えた時でした。


「ひぃっ!!!?」


 流れ弾、きました。

 だいたいサッカーボールぐらいある火の玉が、私の真横を通り過ぎていったのです。

 もし、ほんの少しでも軌道がずれていたら……そう思うとぞっとしてしまいます。

 どうやら、ここは言うほど安全圏内では無かったようです。

 こういう時、どうすればいいのでしょうか。私は考えます。

 が、こんな時にする事など決まっています。一つしかありません。

 当然、私は叫びます。


「ど、どうしようっ!? このままじゃ流れ弾でやられちゃうっ!!!! 痛いのヤだよぉ!!!! 助けてぇっ!!!」


 当たり前のようにキャットさんに頼ります。

 というか普通こうするでしょう。

 私の対応力だけで、一体どうしろって話ですか。

 そんな私の気持ちに、キャットさんは冷静に応じてくれました。


「ムムゥ……冷静になりなよアプリ。僕が事前に教えたクーシェ・ドゥ・ソレイユの特性を忘れたのかい?」

「ええっ!? それってどんな――――」


 言っている傍から、またしても流れ弾が来ました。

 今度は野球ボール程度の、紫と黒の混じった球体です。

 あれは重力の塊です。

 テレビ番組で見た事があります。その番組では、あれに当たった鉄製の机がぐちゃぐちゃになっていました。確かこれは日常的に使える魔法を応用する事によって、物を簡単に壊せる魔法を作りだせるというものだったはずです。まさか実践する人がいたとは。

 とはいえ流石に、テレビのと同じ威力というのはあり得ないでしょう。

 そもそもにして最近の事故防止機能は凄いらしいので、私には最低限のダメージしか来ないはずです。

 けれど、その小さな痛みすらも、私にとっては恐怖の対象でした。

 私を舐めないで下さい。小さい頃、包丁で指の皮をほんの少し切っただけで、恐怖のあまり泣き出してしまうような子だったのですよ。

 そのまま成長せずに育った私の精神力は、どんな小さな痛みだって許容出来ないようになっているのです。

 現に、私は恐怖のあまり叫んでいました。


「ぎゃーーーーーーっ!!!! もう駄目もうヤダもう無理ぃぃぃぃ!!!!! もう降りるーーーーっ!!! 降りるのぉぉぉっ!!!!!」

「……イヤ。よく見れば、その重力球の動きは比較的遅いから、避ける暇はあったのだけれどもねぇ。ま、これを機に一つ思い出させておこうか! さあ、アプリ!」

「な、何ぃっ!!???」

「吸引口、攻撃魔法に向けて!」

「!」


 ここで私は思い出します。私のクーちゃんには、凄まじい武器が備わっていたという事を。

 私は、急いでグリップを握った手を動かし、その先にある伸縮管とヘッドを前に向けます。

 これで掃除機の吸引口を、攻撃魔法の軌道上に構える事が出来ました。

 ちなみに今更ですが、ヘッドに本来つけられているはずの可動関節機能は、改造の際にオミットしてあります。こう言うとちょっと格好良く聞こえますが、実際はヘッド付近の関節を固定式に変えただけなのですけどね。無駄に関節がカタカタ動かないので、こういう狙いを定める場においては非常に便利なのです。

 私は、本体のハンドルを握る手と、伸縮管上部のグリップを握る手に力を込めました。

 来ます。

 もう重力弾との距離はあと僅かです。

 そして、数秒も待たずして―――

 野球ボール大の重力弾が、クーちゃんの吸引口へと、勢いよく吸いこまれていきました。


「よしっ! よくやった!」


 キャットさんが、ガッツポーズでもとりそうな嬉々とした声を上げます。

 私の表情もどんどん柔らかくなっていき、最終的には微笑となりました。


「……やった!」


 どうやら上手くいったようです。

 私のクーちゃんに備わっていた強力な武器。

 それは、射出系攻撃魔法を吸収出来る、という機能でした。

 通常、スティック型などのレース用掃除機は、吸引口が吸引口としての役割を果たしていません。吸引口を噴出孔として利用し、空を飛ぶための推力にしているのですから。

 ですが、私のキャニスター型掃除機は違います。

 本体に備わっている車輪や、ヘッドに付けられた可動式ローラーの他は、全て念動魔法による補助で動いているので、吸引口自体に別の役割などあるはずもないのです。

 そのせいで飛行が遅くなっているわけですが、その分、吸引口を自由に扱う事が出来るのです。

 その結果が、この魔法吸収機能です。

 備え付けられた吸引口により、全ての生成射出魔法は引き寄せられ、本体内部にて変換され、私のクーちゃんの動力へと変えられてしまうのです。

 キャットさんは、肉球のついた前足で前方を指し、高らかに宣言します。


「さあアプリ! 制御部位にあるブースト、と書かれているボタンを押すんだ! 君の服に隠れてメーターが見えないが、恐らく本体に表示された貯蓄エネルギーは上昇しているはずだっ!!!」

「見えないって……これ着せたのキャットさんでしょ……」


 私は、身に纏ったハロウィン魔女風衣装を軽く指で弄りながら、不満げに眉をひそめます。

 けれども、キャットさんは全く悪びれる様子もなく、楽しそうな声で続けました。


「仕方ないだろう! 僕だって、そんな衣装を着てみたかったんだぁ!!!」

「ええっ、そんな理由だったの!? そんなののせいで、私、こんなに動きにくい衣装着せられたの!?」

「いいから早くブーストボタンを押すんだ! このままだと、先頭との距離はどんどん開いていく一方だぞう!」

「うぅ……。うん、わかった……」


 私は嫌々ながらも、グリップのすぐ下にある制御部位へと悩ましげな視線を向けました。

 そこには、三つのボタンがありました。電源ボタン、出力の強弱切り替えボタン、そして「ブースト」と書かれたボタンの三つです。確かに、キャットさんの言ったブーストボタンはありました。

 流れ的に、恐らく加速用ボタンでしょう。物凄く嫌な予感がします。

 しかしながら、ここまでキャットさんが推す以上、あまり躊躇ってもいられません。

 私は、若干の恐怖と共に、そのブーストボタンを押しました。

 直後。

 ガタン、と背を押されるような感覚と共に、景色が変化しました。


「うっひあぁっ!」


 雲が、それなりに速い速度で後方に駆けていきます。

 これまで開いていくだけだった前方集団との距離が、徐々に徐々に縮まっていきます。

 空中なので今一つわかりにくいですが、どうやら結構な速度で加速したようです。

 とはいえ、スタートダッシュの時よりは全然抑えめの速度でしたので、私の平常心はそこまで乱されません。

 せめて、現在遮断されている向かい風が感じられれば、まだ感覚も違った事でしょう。

 けれども、そういった要素が保護魔法によって軒並み排除されている今、私に速さを伝えてくれる物など殆どありません。ともなれば、動揺する理由も無くなってくるのです。

 私は、最初こそは驚いたものの、それ以降は極めて冷静に前だけをじっと見据えました。


「……思ったより、いけそうだね。これ……!」

「そうかい? 吸った魔法の分だけ加速持続可能なこのブースト機能で何ともないとは! それは頼もしい。なんたって、これから集団魔法戦闘の真っただ中に入るからね。それぐらいの度胸があるのならば、極めて安心そうだ! 良かった良かった!」

「えっ?」


 私は、すっかり失念していた事を思い出しました。

 そうなのです。こうして、魔法戦をしている方々と距離を詰めるという事は、つまりわざわざ巻き込まれに向かっていくような物なのです。

 いくら魔法を吸収出来るとはいえ、攻撃の全てを防ぎきれるとは限りません。

 落ちついていた私の表情は、一転、一気に青ざめてしまいます。

 それから追い打ちをかけるかの如く、眼前から、紫色の矢が襲いかかってきました。しかも蛍光色です。何の効果を発揮する魔法なのかさえもわかりません。


「……ひぃっ!!!」


 私は、半ば伸縮管を振り回すようにして、強引にヘッドを前へと向けました。

 それから即座に吸収される紫の矢。何とかこれは凌ぎました。

 しかし、これで終わりなわけがありません。

 ある程度まで接近した時、今度は私目掛けて攻撃魔法が放たれました。

 今までの流れ弾とは違う、本物の攻撃です。

 大量に、石の礫や鋭い氷柱などが、次々と私の元へと殺到してきています。

 どうやら参加者の皆さんは、最下位から迫る私を、きちんと敵と判別してくれたようでした。

 何ともまあ、ありがた迷惑な話です。

 ……というか攻撃が吸いこまれているというのに、何で魔法攻撃をやめてくれないのでしょうか。どうして学習出来ないのでしょう。だから最下位層に居るのですよ。

 私は、涙目になりながらもグリップを振り回し、襲いかかる魔法攻撃をどんどん吸収していきました。

 そんな私を、キャットさんは嬉々として褒め称えます。


「オオウ……! 今のを防ぎきるとはっ! 流石だね……これならば、僕たちの勝利はそう遠くない!」

「も……もお勘弁してよぉ……」


 そんな私の情けない反論は、激しさを増してきた魔法戦の音によって掻き消されます。

 こうして私は、着々と魔法を吸収していき、ブーストのためのエネルギーを上昇させていきました。

 これならば相当な加速継続時間が見込める事でしょう。本来なら喜ばしい場面のはずです。

 ですが、今の私にそんな余裕はありませんでした。ひたすらヘッドを振り回すので精一杯なのです。これ以上は無理です。

 ……この魔法攻撃に晒される現状を何とかしたい。

 今の私の望みは、たったそれだけでしたとさ。ちゃんちゃん。

おまけ


キャニスター型掃除機

・掃除用掃除機の中では最もポピュラーだが、レース用はからっきしの旧型掃除機。

・飛行能力が他に比べて劣る反面、地上加速力は他の追随を許さないピーキーな性質を持つ。

・魔法を吸収し、自らの加速力に変えてしまう“ブースト機能”を実装している。

・あまりにもアクが強すぎる機体であるため、一部の玄人向け。


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