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現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
グリム・リーパーの夏、編
34/36

第七話「ボス戦、からのノーマルエンド」

 間に合わない。

 それがアルミの抱いた印象だった。

 グリムは今、防護魔法で死体爆散攻撃を防ごうとしていたが、彼女が見た限り、おそらくあの術が完成しきる前に爆発が始まってしまったのだ。

 その判断には根拠がある。

 そもそも魔法という物には「性質」という要素があり、それは火、水、風など、魔法を用いて生成したり操作したりする対象の事である。そしてその性質は、個人によって偏る事が多々ある。たとえば、五つの術を持っている人間がいたとして、そのうち一つが炎の性質を持つものであれば、残り四つも全て炎系だと思ってもいいと言えるぐらいだ。人々はそれを「固有性質」と呼ぶ。

 最初の氷の鎌の生成を見る限り、グリムの固有性質は氷だろう。

 となってくると、今の防護魔法はまだ水のままだった。おそらくこれから凍らせて、全身を覆う氷のコートにするつもりだったのだろう。しかし、その前に爆散が始まってしまった。もう手遅れである。


「グリ君……」


 アルミの視線の先には、真っ赤に染まった水のコートを身に纏ったグリムの姿があった。否。もうそれは血のコートという表現の方がしっくりくるほど赤に染まっていた。

 中がどうなっているのかは良く見えないが、しかしあんな水の鎧では防御する事もままならなかっただろう。おそらく、内部は傷だらけどころかもう致命傷を負っている可能性もある。

 少なくとも、無事では無い事だけは確かだ。


「どうして……」


 アルミの指示に従わなかったせいで、彼は死ぬのだ。 

 何故、逃げなかったのか。そんな疑問が彼女の脳裏をよぎる。

 口調からして自信があったのだろうが、それでもこうして死んでしまえば元も子もない。

 彼女は、もっと厳重に言っておくべきだったと後悔する。正直、あんなに大事故になるとは思っていなかったので、死体を見たときから彼女の後悔は続いていた。そして今、唯一の生き残りすらも死の危機に瀕しているのだ。

 そんな中、何も出来ない自分を責める事しか出来ない。アルミは、無力を痛感して鳥かごの中で項垂れる。


「どうして、もっと強く言えなかったんだろう……」

「いや、どの道変わんなかったと思うぜ?」

「えっ……?」


 グリムの声がした。

 それも鮮明に。何のノイズも無く聞こえてきたのだ。


「なっ……!? 今の食らって無事なんすか!? 嘘っすよね!」


 リーパーの声も激しく動揺していた事から、これは幻聴では無いという事がわかる。

 何をしたのか全くわからないが、グリムは無事のようだ。


「だから、言ったじゃん。俺、結構強いって」


 その言葉が響き終わる前に、血で赤黒く染まった水のコートの表面が泡立つという変化が訪れた。直後、水のコートを構成している水が、バケツでも振りまわした時のように一気に撒き散らされた。それにより、赤い部分が全てはじけ飛ぶ。

 そうして彼の纏った水のコートは再び半透明となり、本来の色を取り戻した。薄く透けて見える内部には、ほとんど血の色が見られなかった。


「何っすか……それ。あんたの性質は氷じゃないんすか!?」

「惜しい。俺の性質は水だ。あんまり水の防御力を甘く見ない方がいいぜ。流水の受け流す力は、そんな死体なんかが爆ぜる勢いよりもずっと強い」

「水……なるほど」


 アルミは納得する。

 氷も確かに水の一形態であり、彼の言っていた煙幕の効果を持つ魔法は恐らく水蒸気によるものだろう。ようするに固体、液体、気体、全ての状態を使えるという事だろう。

 そして今、彼は流水と言った。彼の纏った水のコートをよく観察してみると、表面の水が流動している事に気がつく。つまり、あの術はあそこから凍らせる術などでは無く、あれで完成していたのだ。流れる水を身に纏い、あらゆる攻撃を受け流す水の鎧。それこそがあの術の本質だったのだ。


「さてと、ここ出ようぜ。アルミさん」


 グリムはアルミの方へと歩み寄る。

 ひとまずは攻撃もやんだので、すぐにここを出ようという判断だろう。

 リーパーは無視しよう、そう考えた結果だと考えられる。

 しかしながら、そう簡単に上手くいくわけがなかった。


「待つっすよ……」


 またしても姿なき声に、グリムが疑問げに首をかしげる。

 すると、彼の眼の前にあった水溜まりの泡立ちが更に激しくなる。まるで沸騰しているかのような荒ぶりかただ。

 水面が、どんどん上に盛り上がっていく。上に水が吸い取られているので、当然水たまり自体の面積は縮まっていく。こうして水はどんどん縦に長くなっていき、最終的にヒト型に近い形となった。

 水が、スライム状になり、人のような形に変形したのだ。細かいところのディテールが適当なので、あくまで人のような、としか表現出来ないが、しかし間違いなくヒト型であるのは確かだ。

 その姿はまるで、髪の長い少女のような姿であった。


「あんたは生かして返さねーっすよ」

「ずっとそこに居たのかよ。びっくりしたじゃねぇか。つーかめっちゃ踏んじまったけど大丈夫か?」

「ふん。別に気にしなくていいっすよ。だって、あんたはこれからもっと痛い思いして死ぬんすから」


 ヒト型となって正体を現したリーパーは、地面に向けて、右手を手刀でも切るかのような早さで動かした。それと同時に、リーパーの手から針状になった何本かの赤黒い魔力の光が放たれる。それらは勢いよく地面に突き刺さる。

 すると、それに呼応するようにして地面の隙間から大量の水が噴き出して宙に浮き上がる。それから、右から左にかけて切り裂くような軌跡で、水が、ウォーターカッターのような勢いで襲いかかってきた。

 それに対してグリムは左手を顔の前で構え、その攻撃を身体に纏った水のコートで防ぐ。水と水の激突。結果、リーパーの方が放った水は分散して力を無くし、地面にちらばるように落下する。

 グリムはそれを見て忌々しいような表情を浮かべ、携帯許可証を弄りながらリーパーを睨みつける。


「お前も、水の性質かよ」

「水の性質? そんなちゃちな物と一緒にされたら困るっすね。僕の魔法はもっとすごいっすよ」

「へえ」

「僕の力の本質は、かつて僕の動向を追っていた奴らさえも知らない事実っす。それなりに何度か魔法を使って見せたのに、それでも本質がわからない。それはなんでだと思うっすか?」

「さあな。17843729!」


 グリムが再び氷の大鎌を生成した。どうやら他の術を使用してもこの水のコートは解除されないらしい。

 彼は携帯をしまい、そのまま勢いよくリーパーの方へと接近し、今度は下段に構えた大鎌を一気に振り上げる。

 このままいけば上体切断は可能だろう。いくらリーパーがスライムに近い性質を持っているからといって、切断耐性があるわけではない。変形する魔物は大概そのはずだ。完全に液状になっている時なら話は別だが、正体を現した今なら攻撃は通るだろう。

 しかし、リーパーからは余裕の気配が消えなかった。


「無駄っすよ。それ、無意味っす」

「は……?」


 刃が届く寸前、リーパーは攻撃されそうになっている方向に手をかざす。すると、その手からまた針状になった魔力の光が放たれ、地面に突き刺さる。直後、先ほど地面にこぼれ落ちていた水が再度浮かびあがり、リーパーの手のひらの前で盾状に展開した。更にそれだけではとどまらず、盾となった水は一瞬で凍りつき、即座に氷の盾となる。

 氷の大鎌と、氷の盾が激突する。

 結果、大鎌の方だけが破損し、砕けて霧散して消える。


「なにっ!」

「ははっ。そのぶんだと何で自分の攻撃が通ってないか理解出来てない感じっすね。魔導と異能の性能差も理解出来てないんすか。笑えるっす。ぷぷぷー」

「すっすすっすうるせー! 17843729!」

「だから無駄っすよ」


 グリムは再度氷の大鎌を出して攻撃を仕掛けるが、またしても氷の盾で防がれる。

 今回は一撃程度じゃ鎌は壊れなかったようで、グリムはその大鎌で再度攻撃を仕掛ける。どうやら今回は硬度を少し上げて生成したようだが、それでももうヒビが入っているあたり、限界は近い。

 だが、それでも彼は何度も攻撃を仕掛けて、そのたび防がれていく。

 アルミはその様子を見て、ふと我に返る。今まで戦いに意識を向けすぎていてグリムに何も伝えられなかったが、ここで一つ言える事があるのを思い出し、叫ぶ。


「グリ君! 異能相手にまともに打ち合っちゃだめーっ!」

「はあ? どういう事だよ」

「グリ君は水を魔法で生成して戦う魔導型の術を使っているけど、リーパーはそこらにある水をコントロールして戦う異能型の術を使っているの! 魔法で生成した武器は、強度を意識した術じゃない限りは実物より脆いのーっ!」

「なるほど」


 グリムはすぐに攻撃をやめ、大鎌を片手に持ち替える。

 そして、空いた手で即座に携帯許可証を弄って使用術を変更する。


「じゃ、今度は20000220!」

「今度は違う術っすか!?」


 発声後、グリムの身体が魔力の光によって赤く発光し、すぐに変化は訪れる。

 グリムの足元から蒸気が発生し、まるでスチームのような勢いでリーパーに直撃したのだ。 

 だが、これはそれだけで終わる術では無かった。蒸気は際限なく溢れだし、まるで濃霧のようにここら一帯を覆い隠す。どうやらグリムはこれに隠れ、隙を見つけて攻撃するつもりのようだ。


「わっ、何これ見えない……」


 少し距離を置いた鳥かごの中で観戦していたアルミも、当然この煙のような蒸気に包まれる。

 どうやらこれがグリムの言っていた煙幕魔法のようだ。戦っている様子がまるで見えなかった。

 互いの武器がぶつかり合う音だけが聞こえてくる。

 それと、途中途中で言葉も聞こえてくる。


「やっぱり、水を操作出来るっつっても、俺の生成した水分はコントロール不可能みたいだな」

「いちいちやかましーっすね! でも、あんたもこれで姿を隠したつもりみてーっすけど、果たしてこれを避けられるっすか!?」

「なに?」


 そんな会話が聞こえてきた直後、なぎ払うような動きの水のカッターが飛んできて、アルミの頭上を掠めていった。


「……ひっ!」


 アルミはおそるおそる鳥かごの上部を見てみると、見事なまでにぱっくり切断されていた。

 相当な威力だったようだ。グリムは無事だろうか、なんて事を考えるアルミだったが、その前にまず脱出出来る事に気がつく。

 彼女は上部が切断された鳥かごから呆気なく脱出し、羽を用いて空へと舞い上がる。

 その際に「やーい下手糞」というグリムの声と、リーパーの悔しがるような呻きが聞こえてきたので、二人の安否は気にするまでも無かった。

 しかし、やはり上まで来ても何も変化は確認出来なかった。蒸気まみれで何も見えないのだ。声だけしか、聞こえてこない。


「っし、食らえ!」

「甘いっすね!」


 氷の砕ける音が聞こえた。

 声の感じからして恐らく、グリムが大鎌で攻撃を仕掛けようとしたのをリーパーが察知して止めたのだろうと推測出来た。という事は今、グリムは大鎌を破壊されて丸腰になってしまったはずだ。

 だが、不思議な事にグリムの方から驚いた声は聞こえてこなかった。逆に、不敵な笑みの気配がそこにあった。


「17843729……!」

「なっ……!?」


 大鎌が砕けてから一拍も置かないうちに、グリムから大鎌を再生成する音が聞こえてくる。

 防がれてから間髪いれず大鎌を再生成、これは相当虚をついた攻撃となるはずだ。

 おそらく防いだ姿勢のまま安心していたであろうリーパーから驚愕の声が漏れる。これはきっと防げないだろう。

 そうして、すぐに何かを裂くような音が聞こえたのは言うまでも無い話である。


 それから沈黙が流れた。

 内部でグリムがトドメを刺したせいなのか、さっきので完全に音が途切れてしまった。

 しばらくして、蒸気が霧散していく。これも魔法で生成されたものなので、いつかは消える。

 こうして、景色が明るみになる。戦いの結末がこれで判明するのだ。


「えっ……?」


 しかし、その光景はアルミにとってあまりに予想外すぎた。

 蒸気が晴れた先に見えたのは、立ち尽くすリーパーの姿と、その足元で倒れるグリムの姿だった。その手元には折れた氷の大鎌が落ちていた。

 リーパーの側からははっきりと焦りの感情が放たれており、対するグリムはうつ伏せに倒れているため表情が確認出来ない。


「あぶねーっすね……でも、魔物の反応速度を舐めないでほしーっす。僕にそんな不意打ちは効かねえっすよ」

「ちっくしょ……あと少しだったのに……」


 地面をガリガリ引っ掻きながらグリムが立ち上がる。

 その胸元には刺されたような傷跡があった。どうやら、さっきの攻防の際に、胸を手刀か何かで貫かれたようだ。つまり彼は今、攻撃を当てる寸前でリーパーに反撃の貫手を喰らったのだ。

 よく見直してみれば、リーパーの右手からも多少の出血が確認出来る。やはり流水の防御を突破するのは容易では無かったようだ。

 しかし、リーパーの声色は沈む事は無かった。


「あと少し? 寝言も大概にして欲しいっすね。なに、こんなお遊び程度の戦闘で何をわかったような口をきいてんすかねぇ。遊びは終わりっす。そろそろ本気を、見せてやるっすよ……」

「まだ本気じゃなかったのかよ……バトル漫画かよお前……」


 グリムの汗が一滴地面に落下する。

 この不気味な状況に、アルミはグリムを手助けしたい気持ちにかられるが、懐を探してみたところ携帯許可証が見当たらなかった。振り返ってみれば、鳥かごに入れられる際にリーパーに没収されていたという事実に気が付き、歯がゆい思いで見てる事しか出来なかった。

 と、その時、入り口の方から唐突に足音が響いてきた。それも複数ある。


「な、なんだ……」

「教えて欲しいっすか。僕の魔法は、オリジナルリーパーを模して創られたものであり、近年ではリーパーは水の固有性質を持っていたと言われているっす」

「へえ、で。それが何だって言うんだ……」

「だから僕の魔法は、針状になった魔力を刺した水をコントロールするというものっす。だけど、便宜的に水の性質といわれているこの魔法は、実はもっと高尚なモンだったんすよ」

「なんだよ、そりゃあ……」


 ますます近づいてくる不気味な複数の足音に、何か良く分からない事を言い出す敵。

 そんな状況に、グリムは狼狽したような皮肉げな笑みを浮かべた。

 それに対し、リーパーは両手を広げて天を仰ぎ、まるで夢心地のような笑みを浮かべて語る。


「この世界は、水に満ちているっす」

「今更すぎるな、そりゃあ……」

「でも大事な事っすよ。この星の地図を見た事とかあるっすか? やべーっすよ、あれ。ほとんど海なんすもん。それに、地上にも水分は貯蔵や飲料として多く存在しているっすよねぇ。あと、生物や植物のほとんどだって水で出来ている。言ってしまえば、この世界の半分以上は水で出来ているんすよ」

「何が、言いたい……?」

「そんなの、決まってるじゃないっすか。教えてやりてーんすよ。この世の真理を」


 足音がもっと接近してくる。

 どうやらもう入り口のところまで来ているようだ。

 グリムがそちらにも目を向けると、そこにはまたバスに乗っていた死体が歩いてここまで来ていた。今回は五人程度だが、この状態でこれらに邪魔をされて平気でいられる程グリムには余裕がなかったようだ。

 彼が、驚愕に目を見開くと、背後からリーパーの嘲笑が聞こえてきた。


「教えてやるっすよ……つまり、この世界のほぼ全ては水で出来ている。だから、水を支配するという事はこの世を支配する事と同義っす! あんたは、この世界に勝てるんすかねえ? 僕は異能系の水使い、それは言いかえるのであれば! 世界を支配する大魔法ッ!」

「なるほど、どうやって死体を操ったのかと思えば、人間の中にある水分を操作したってわけか……」

「その通り! いつか、あの海でさえも完全に支配してやるっすよ……! さ、行け」


 リーパーが命じると、すぐに死体の群れがグリムの方へ走って向かってきた。

 グリムはそれに対し、再びパスワードを唱える。


「17843729!」


 グリムの身体を赤黒い光が包み、直後に氷の大鎌が生成される。

 彼はそれを両手で下段に構え、死体の方へと向かって行く。手に持ったこれで一刀両断。そう考えた上でのシンプルな突進だ。

 しかし、事はそう簡単に済んでくれるものでは無かった。

 そう。彼はこの時迂闊にもリーパーに背を向けてしまったのだ。当然、背後から強い衝撃。水の塊をぶつけられたようだ。流水の勢いで多少は対処出来たが、しかし腹を揺さぶるような衝撃までは殺しきれない。


「僕の事、忘れてないっすよね?」

「っ!」


 こうして、グリムは六対一の戦闘を余儀なくされた。

 基本的には死体の攻撃を捌き、リーパーの遠隔攻撃を避けるという形になった。厄介なのは、グリムが死体にとどめを刺そうとした時に限って、リーパーから絶妙な邪魔が入るのだ。

 こちらに遠隔攻撃の手段がない以上、ひとまずはこの死体群を殺し直すしかない。

 彼は、それなりに上手く立ちまわれるよう思考をフル回転させ、ひとまずは決定的な隙が現れるまでチャンスを待った。

 だが、その状態は長くは続かなかった。


「ひゃはは、避けてばかりじゃ僕をどうする事も出来ないっすよ。それどころか、状況は悪化する一方っすよ。例えば、こう!」

「なんだ……!?」


 リーパーは両手をX字型に構え、両手を一気に振り下ろした。

 すると、今まで見た事がないぐらい大量の針状になった魔力が出現し、それが地面に雨のように降り注ぐ。

 それらは地面に吸収されるかのように消えていく。リーパーはそれを見届けた後、静かに右腕を振り上げる。直後、真下の地面から大量の霧が噴出する。

 その光景を見て、アルミはある事を思い出した。


「一体、何を……?」

「これは……? はっ! グリ君、きっとこれだよ! 私が言ってたジャミングのきっかけ!」

「ジャミング? ……っつ!」


 グリムがアルミの方を向こうとするが、死体の攻撃を捌くので精一杯だった。

 氷の大鎌には既にヒビが入っている。アルミはそれを見て、本気で危機感を感じざるを得なかった。


「リーパーは自分の魔力が付随した霧を周囲に展開する事によって、たぶん、領域内の他の人が使う魔力の動きを阻害してるんだと思う……」

「くそっ、じゃあどうすれば……!」

「こっちも同じの使うの! 多少は緩和出来るはず!」

「なるほどっ!」


 グリムは敵がちょうど密集したタイミングを見計らって、思い切り大鎌を投げつける。

 そして自由になった手で携帯許可証を操作し、術を切り替えポケットにしまう。

 それからすかさず発声する。


「20000220っ!」


 グリムの身体から赤黒い魔力の光が溢れ、ゆっくりと収束していく。

 それから、四拍の間を置いて、足元から蒸気が溢れ出て周囲を満たした。やはりジャミングの影響か、出るまでに時間がかかってしまう。だが、これでグリムの魔力も周囲に展開したので、これで相手も発動が遅くなって改善されるはずだ。

 さっきまではうっすらと周囲の光景は見えていたが、蒸気と濃霧が合わさりもう周囲はほぼ白しか見えなくなる。

 だが、グリムはわずかな光を頼りに携帯許可証を操作し、また術を切り替える。


「17843729!」


 発声。しかし、身体が赤く光ってから収束するまで時間がかかる。そして、出現までにも時間がかかった。

 だが、ここまで周囲の景色が遮断されていれば、ほぼ視認のみで相手を認識する魔物にはどうする事も出来ないだろう。

 グリムは悠長に構え、氷の大鎌の出現を待ってから、ようやく構えて移動する。

 と、次の瞬間だった。

 霧が唐突に晴れた。どういうわけか、グリムの展開していた蒸気も同時に消えていた。


「えっ……?」


 見上げると、そこには水で出来た巨大な球体が浮かんでいた。その表面には渦潮のような回転がかかっている部位がいくつかあり、触れただけで危険なのは目に見えていた。

 その下には、したり顔のリーパーが立っていた。おそらくあの水の巨大球はリーパーの術であり、あれが原因で霧が晴れたのだろう。グリムの蒸気も消されたあたり、他の術に影響を与える効果もあるようだ。


「っ! これは……」

「これっすか? 地下からもってきた海水っす。もうまどろっこしくなったから、さっさと片をつけたくて出したこの僕の……最強魔法っすよ」

「随分と、でかいな……」

「強いっすよ。これは、僕が創られた時代に唯一判明していたオリジナルリーパーの大技っすよ。これは派手っすからね。相当目だったみてーで……」

「へぇ。で。これを俺目がけて落とすってわけか?」

「その通り、こいつは魔力消費がハンパねー上に、僕の魔力だけじゃ足りないんすよ。だから、他の術を喰ってでかくなる特性があるんで……術で防御しても無駄っすよ?」

「なるほど、だからさっき蒸気が消されたのか……」


 グリムはすぐに納得した。

 こういった人の術を喰う術は、実はそんなに珍しくも無いのだ。とくにこういった身の程を越えた再現魔法をする際などに、よく用いられる技法だ。

 だが、これをやると自分の魔力が完全に無くなる可能性がある上に、関係の無いものを巻き込む危険性も増し、尚且つそうしてまで生成したものはちょっとした要因で崩れ去るほど脆くなってしまうのだ。

 しかし、それでも本人の実力を越えた魔法を使えるのは事実であり、更に防御系の術を喰らって無効化するという特性が恐ろしいのも事実だ。


「さ。落とすから、さっさと死ぬがいいっすよ」

「ちっ……! やるしかないか! 44953!」


 手に持った大鎌を捨て、携帯許可証を弄り、術を切り替えてからの発声。

 すぐに赤黒い光が明滅し、彼の水のコートの上に更に重なるようにして水のコートがもう一枚出現する。結果として、二人羽織りのような形となった。霧が消えたお陰で術の発動がスムーズだ。


「そんな守りで何が出来るって言うんすか。やっぱ、もう終わりっすね」


 リーパーが笑みを浮かべて右腕を下ろす。

 ゆっくりと、巨大な水の塊が落ちてくる。小さな建物一つぐらいなら押し潰せそうな質量である。一体、これだけで何トンあるのか。想像するだけでも恐ろしいレベルの圧倒的な質量である。

 しかし、グリムは避けもせず、ただ悠然と立ち尽くすのみだ。

 こうして、彼に水の暴力が炸裂した。


「グリ君!」


 地面に激突した水球は、床の岩を砕き、巻き上げ、一瞬でグリムの姿を押しつぶしていった。まさに小隕石が如し破壊力だ。

 それなのにも関わらずどんどん質量を上げていき、彼を押しつぶしかねない勢いで膨張していく。

 その様子を見て、勝利を確信して嗤うリーパー。呆然とする事しか出来ないアルミ。

 そうして、じりじりと膨張していく水球はやがて膨らみ過ぎた風船のように弾け、ここら一帯の床一面に波を発生させた。

 リーパーの術は実際の海水をコントロールしているため、時間経過で水が消滅する事は無い。

 だが、この洞窟の床にはリーパーの魔法用の海と下で繋がっている穴があるので、そこから水がどんどん排水されていく。そうして水が減るにつれ、破壊の惨状が明らかになっていく。


「……へえ、まだ原型を留めてるんすか。意外。でも、もうおしまいっすよ」


 術の破壊力によって陥没し、クレーターのようになっている場所の中心に、横向きになって倒れているグリムの姿があった。

 彼が纏っていた水のコートは消えてなくなっていた。この術の、他の術を喰らう特性によってやられたのだろう。

 こんな状態でとても生きているとは、そこに居る誰もが思えなかった。

 本人以外は。


「……うぅっ……」


 グリムのうめき声が、洞窟内に木霊した。


「何すか!?」

「グリ君! まさか……生きて……」


 グリムの指がかすかに動き、それから地面に掴みかかるようにして立ち上がってくる。

 彼はふらふらだったが、それでも生きていた。あの攻撃を耐えきり、生存したのだ。それも、こんなにすぐに立ち上がれるあたり、そこまで深刻なダメージは受けていないようである。彼の顔には、虚ろげな笑みが浮かんでいた。

 これには流石のリーパーも動揺を隠せない。


「な、何で、何で今のを喰らって立てるんすか……? ありえねーっすよ……」

「はは……わかってねーのか。おもしれーな……」

「何がっすか!?」

「じゃあたった一つだけ教えるけどよ。ああいう魔法を喰らうタイプの術はな。一定以上膨れたら自壊すんだよ……!」

「!」


 この時、アルミもリーパーも気がつかなかった事だが、グリムはとある策を実行していた。

 というのも、まず全身を覆うコート型の防護術を二重に生成し、外側の方の術をあえて喰わせる事にしたのだ。そして、安全な内側の方で余波や衝撃を可能な限り緩和させ、外側の術が消えそうになったら、更に内側にもう一つ生成して繰り返す。これにより、彼は直撃を免れたのだ。

 もっとも、それをいちいち説明するほど彼もお人よしでは無かった。


「ま、そんな事はどうでもいいんだよ……お前はもう魔力切れだろ? その点、俺は……17843729……まだ残ってる」

「ぐぅ……!」


 彼は術を切り替え氷の鎌を生成し、両手で下段に構える。

 対するリーパーは、両腕をだらんと倒して怯える事しか出来ない。自身のポテンシャルを超えた術を使った反動である。最早、リーパーに反撃の手立ては残っていなかった。

 グリムは、もうこんな戦いはすぐにでも終えたかったので、速攻とどめを刺す事を考える。


「じゃ、終わりだ!」


 グリムは走り、リーパーの眼の前で一回転して加速付ける。

 そしてそのまま回転切りで決める。

 そのつもりだった。だが、回転中、思いもがけないアクシデントが発生した。

 いつの間にか鋭い怒りを取り戻したリーパーが、前に向かって手刀を切るような動作をしたのだ。


「……まだだッ!」


 グリムの胸のあたりに、突然鈍い痛みが走る。

 その表情は、驚愕に染まっていた。彼が胸元に視線を移すと、そこには赤黒い光の針が刺されていた。これは、リーパーが魔法を使う時に使っていた針状の魔力だ。

 それが、心臓と寸分たがわぬ位置に打ち込まれていたのだ。

 唐突な反撃。彼はそれによって思考が混乱し、咄嗟に動けなくなる。


「な……に……?」

「……魔力っていうのは、どんな時でも最後に一ケタ分ぐらいはとっとくもんすよ? まあもっとも、こんなんじゃ水を飛ばすような攻撃は出来ねーっすけどね。でも、血液を軽く操作するぐらいは出来る。血管ってのはデリケートなもんで、少しでも異常をきたすだけで死ぬリスクまで出てくるもんすよね」

「……」

「あんたの心臓の血をほんの少しだけ暴れさせてやったっす。もともと弱ってるあんたの事っすし、もう死ぬんじゃないっすか? っはははははははは!」


 リーパーは満面の笑みでグリムを見下し、期待のこもった眼差しでグリムの死を待つ。

 そうでなくとも、倒れたり弱音を吐いたり、そういう負の要素を期待していた眼差しだ。

 この戦い、最後に切り札をとっておいたリーパーの勝利である。彼は顔全体で勝利を確信した笑みを浮かべ、先ほどから絶句して何も言えなくなっていたアルミに対しても朗らかに話しかける。


「なあ、そこの妖精種」

「……」

「無視っすか、いいっすけどね。ところであんた……ちょいちょい聞いてたら、あんた完全にこのガキの味方してたっすよねぇ。なーんかうざったいんで、それなりのお仕置きは考えとくから期待してて欲しーっす!」

「あの……」

「何すか? 今から命乞いっすか!? きかねーっすよバァカ! 今の僕は……」

「そ、そうじゃなくて、後ろ……」

「え……?」


 リーパーが振り向くと、そこには先ほどと変わらぬ態勢のまま全力で睨んできているグリムの姿があった。

 もちろん死んでなどいなければ、苦痛に顔を歪めている事も無かった。

 むしろ彼は、嗜虐的な笑みを浮かべている。


「よお。随分楽しそうじゃねーか」

「……あれ? あれ!? あれ!? なんでっすか!? なんで死んで!? えっ!? なんで死んでないんすかぁぁぁ!?」

「惜しかったな、本当に惜しい。僅差で俺の勝ちだ」

「嘘だ!? 心臓の位置にはちゃんと当てたはずっすよ! あんたら人間はそこが急所じゃなかったんすか!?」


 その質問に対し、グリムは酷く歪な笑みを浮かべる。

 それは、その場に居たリーパーとアルミさえも心底怯えさせるような、人間らしからぬ底知れない何かを感じさせる笑みであった。

 グリムは、ここに来てから一度も言っていない事があった。それは意図せず誤解を生み、彼自身もそれをあえて訂正する事も無くここまで来てしまった。が、流石にここまで来たら言うべきだと判断したのだ。

 だからこそのこの笑みである。

 彼は、ドッキリの種明かしをする仕掛け人のような心で、あるいは手品の裏側を見せる魔術師のような心で、静かにこう告げるのであった。



「俺が、人間だなんて、何時言ったよ?」



 グリム・グラスランド。

 旧姓、グリム・リーパー。元々田舎の人間主義の村で生まれ過ごし、両親や同族が人間によって惨殺されるところを見て以降、その村から姿を消す。その後、いつの間にか人間社会に溶け込み、普通に人間のような生活をしている彼は、実は人間では無かった。

 彼は、魔族である。魔族と人間の体内構造は、たとえ外観が似ていたとしても大きく異なる事が多い。血管内の血液を操作されても問題無い者ですら存在するのだから。

 グリムはまさしくその典型であり、人間とは臓器の配置が根本的に異なる。人間と似通っているのはガワだけだ。

 だから、彼は自分と構造の大きく異なる人間の死体が気持ち悪くて苦手なのだ。


「……!!!!!」


 リーパーは絶句していた。

 必殺の切り札を止められた絶望と、今明かされた真実の絶望によって口が開けずにいたのだ。

 人間と魔族の利点はそれぞれ異なるが、こと戦闘となった場合、明らかに魔族の方が「強い」というのは世界の常識だ。

 そのため、彼が今味わった絶望は想像以上に大きかった。弱った状態で、尚且つ魔族が相手であるのならばいくら魔物でもかなり分が悪いと言う物である。

 リーパーはもう完全に戦意を喪失していた。グリムが一歩歩くごとに、心の底から怯えを感じてしまっていた。

 もう、勝負はついていた。

 だからグリムはそちらに目もくれない。


「さて、今度こそ出るか、アルミさん」

「う、うん……?」


 そんな煮え切らない態度のアルミを連れ、グリムはおもむろに移動を始めた。

 方向は、出入り口の方に向かってまっすぐだ。アルミが慌ててついてくる。彼女はここに残るよりもグリムについていく事を選んだ。リーパーはもう戦闘不能となり、その場に項垂れている。

 正直、そうなってしまえば、グリムはここにもう用など無いのだ。

 こうして、グリムは返事を聞く事なく洞窟の広い空間を出る。

 帰りの道は、なんやかんやでリーパーから携帯許可証を取り戻したアルミが照らしてくれたお陰で明るかった。薄暗い洞窟内も、こうすれば少しだけ見えやすい。

 グリムは、携帯許可証を静かに取り出し、カーソルを一番下の術に合わせる。これは彼の持つ唯一の上級魔法だ。

 歩きながら、グリムは何の気なしにアルミに話しかける。


「なあ、アルミさん。多段施錠チャージロックって知ってるか?」

「えっ? 魔法のパスワードの種類、だよね? ただ単にパスワードを言うのが単純施錠シンプルロックと呼ばれてるのに対して、多段施錠はパスワードを何回か区切って、段階ごとに封印を解除してくやり方だよね? それがどうしたの?」

「俺、仮パスワードに愛着持った事無いんだけどさ。多段施錠の仮パスワードは大好きなんだよな。面白くて」

「……?」


 その後の流れは、実に鮮やかであった。

 グリムが突然、五から順にカウントダウンを始めたのだ。四、三、二、一と。

 アルミはその意味が良く分からなかったが、途中でその真実に気がつく。が、その時にはもう既に遅く、グリムのカウントは零を刻んでいた。

 直後、背後からとんでも無い騒音が鳴り響くのを感じた。おそらくグリムの上位術が、さっきのリーパーの部屋に直撃したのだろう。

 今のカウントダウンは、まさかの多段解除のパスワードだったのだ。


 この時のアルミには知るよしも無かったが、グリムが使用したその唯一の純正魔法の術は「巨大な水球を隕石のように叩き落とす」というものであり、リーパーが使っていた「本物を模した術」に酷似していた。

 それこそが、彼がオリジナルリーパーだと証明する最大の証拠である。

 グリムは最後まで気がつく事が無かったが、グリムの種族名は「リーパー」だ。彼こそがオリジナルのリーパーの一族だったのである。彼の一族は人間と共存しようとし、失敗して全滅しかけた過去を持っていた。故に人前に姿を現すのはほとんど無かったのである。

 グリムの家族もその末梢だったが、同じく人間との共存を目指して失敗していた。詳細は省くが、その際に家族や身近な人間が死んだのを見たせいで、グリムはここまで死に慣れてしまったのだ。

 しかし、それを知っているのは、洞窟の天井ごと貫かれ、まるで洗い流されたかのような綺麗な死体と化した偽物のリーパーのみだったという。


 ――――ちなみに、例のバス事故の真犯人がグリムである事もまた、誰も知らなかった。


 バスが路線を踏み外し、落下したあたりで偶然バス内の魔鉱が奇跡的に噛み合い、封印を一時的に解除する“鍵魔法”を生成してしまったのだ。

 その強すぎる解除魔法の影響で、魔力が強かったグリムの魔法が暴発して皆が死んだというわけである。グリム自身は防護魔法の応用で衝撃を殺して助かり、アルミと出会ったというオチだ。

 なお、アルミは本当に精霊であったが、罪を犯したせいで封印処置を施されて妖精種と変わらない状態にされた挙句に危険地帯の管理に回された、というエピソードは完全なる余談なので語られる由もない。

 こうして、結局事件の真相に誰一人として気付く事無く、物語は幕を閉じるのであった。

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