第六話「ボスキャラ登場」
――――まずは現状把握から始めよう。
グリムはそう考えた。きちんと考えなければ、この特異な状況を理解できないと判断したからである。
まず、グリムはバスで林間学校に行く途中で事故に遭った。そこでただ一人生き延び、この海上都市森林部までたどり着いたのである。そこまではいい。
それからアルミと名乗る妖精種と出会い、ここで魔族が大戦時に開発した生体兵器である“魔物”の存在を知った。その後、実際に魔物と直面したという事もあったのもいい。
それからアルミが何処かに行ってしまったので、グリムが勝手に行動した結果、この洞窟まで辿り着いたというわけだ。そして、ここからが問題である。
バス事故で死んだはずの人間が、洞窟の出口から歩いて来たのだ。
グリムは思い出す。自分の隣の席に座っていたその男子は、事故の後に頭の上半分を失くしているという事実を。そして考える。あの損傷具合で、生きているはずが無いと。
何故生きているのか、まず疑問が浮かぶ。しかし、その答えを示すヒントとなりそうな物は案外すぐに見つかった。
顔である。男子生徒の顔のだいたい中心ぐらいに、まるで縫い合わせたような痕が見えたのだ。糸のように細い何かで、強引に縫い合わせた痕である。具体的にこの男子生徒がどういう状態なのかは不明だが、少なくとも身体が五体満足なのは無くなった部分を縫い合わせたからのようだ。
男子生徒の身体からは、腐ったような臭いが漂っている。文字通り死体、といった姿だ。
――――さて、どうするか。
グリムは考えてみる。死体だったものが動いている以上、何らかの魔法が絡んでいる事は明確だ。
ならば簡単に近寄ってはならないと、そういった結論にたどりつくのは自然である。加え、時間と言うものは待ってはくれない。この死体について短い時間で考え、結論を出せずに終われば何らかの悪い現象が起きそうなものである。
だが、状況は待ってはくれなかった。
「えっと、あの事故で生き延びた人かな……?」
アルミがふらふらと死体に近付いていく。
あまりにも不用心である。流石に能天気なグリムでも警戒しているというのに、その反応はあまりにも危険だ。故にグリムは声を振り絞り、アルミを引きとめる。
「ちょっと待った、アルミさん!」
グリムの発言によって、アルミの動きがぴたりと止まる。
それと同時に、死体がゆっくりとグリムに対して視線を向けてきた。焦点はあっていなかったが。
「やだなぁ。僕っすよ僕。それとも、僕の事覚えてたりしないっすか?」
グリムは、この男子生徒と話した事はほとんど無かった。
けれども、これだけは自信を持って言う事が出来る。
彼は生前、こんな喋り方では無かった。こんな中性的な声では無かった。こんな焦点のあってない目で話す人では無かった。こんな、青白い顔では無かった。
故に、あの事故でたまたま生き延びたという言い訳は通らない。
グリムは更に警戒心を引き上げ、死体に言葉を返す。
「やかましい。だいたい、お前誰だよ?」
「やだなぁ。クラスメイトの事も忘れてしまったんすか? ちょっと勘弁してくんねーっすか」
「それはこっちの台詞だっつの。いいから誰だよ。ふざけた喋り方しやがって」
グリムは苛立っていた。
魔物を恐れ、妖精種を恐れ、逃げた先には動く死体が居たのだ。結局、妖精種の疑いはそこそこ晴れたが、だからといってここまで来るのに要した労力が回復するわけでもない。
だから、その疲労をせめてもの敵対心に変えているというわけである。
しかし、死体はそんな彼の残り少ない反抗心すらも摘み取るかのように、ゆっくりと嗜虐的な笑みを浮かべた。
「是非、当ててみて欲しいっすね」
「……はあ? 何言って……」
「制限時間は百秒っす! 間違えたら罰ゲームっすね!」
「なんだそりゃ……」
思わぬ茶番に付き合わされ、グリムは顔をしかめながら考える。
とはいっても、実際考えるまでも無かった。
何故ならば、この死体を遠隔操作している者の目星はついているからだ。
死体の第一声からして、相手はグリムを知っている者なのは間違いないだろう。そして、ここで彼が知り合った相手はたったの一名しか居ない。他は全て死体だ。となると、答えは必然的に一つとなる。
沈黙が流れた。
やはり、妖精種だろうか。疑いがある程度晴れたとはいえ、やはり疑わしいのは彼女一名である。
というよりは、グリムにはこれ以外の答えが考えられなかった。
あの妖精種は、どういうわけか使える術数が異常に多かった。その上、とってつけたような性能では無く、きちんと実用性のある洗練された魔法である。妖精種でそこまで使えるのはどう考えてもおかしい。
となると、あれは妖精種では無かったのだろう。実際は精霊であると言っていたが、それも所詮自己申告に過ぎない。何故グリムなどを騙すのか詳しい事は不明だが、もしかしたら彼女は魔物だったのかもしれない。
と、そういう可能性があるというわけだ。
何にせよ、怪しい条件だけなら揃いにそろっていた。ならば、この死体を操作する術を隠していたとしても不思議ではない。
グリムは咄嗟にアルミを見る。
――――そして、目と目があった。
アルミの眼は不安に揺れているようだった。グリムに突然呼びとめられ、どうしていいかわからずに動けなくなっている状態のようである。
グリムはそれを見て、あっ、やっぱり違うなと考えを改めた。
もう半ば勘だけになってしまうが、どうしてもアルミがこんな真似をするとは思えなかったのである。だから信じる。そして、他の方向性で考えてみる事にした。
――――思考開始。アルミ以外で、この死体を操っているであろう魔法使いの可能性について。
まずは容疑者を洗い出す。とはいえ、現時点ではグリムとアルミの二名だけだ。
あとは魔物の可能性もあるが、アルミの言葉を信じるのであれば“死体が元々あったバス付近”は安全地帯のはずである。ともなれば魔物が来られるわけもなく、当然、魔法を届かせる事も不可能であるはずだ。
と、ここまで考えてグリムは一つの可能性に気がつく。
「いや……本当に不可能、か……?」
――――そもそも最初からアルミの言葉を信じるのであれば、もっと話は単純明快であったのだ。
あの“謎の霧による魔力ジャミング”が、もし本当に突発的に発生したのであれば、あれは第三者が発動した何らかの魔法であったと考えられる。それもタイミングが絶妙であった事や、結局魔法の主が現れなかった事を考えると、それなりに知能がある者が使用したと推測可能だ。
つまり「ある程度は理性を持った、魔法を使える何者か」が存在するのはまず立証される。更に周囲にそれらしい姿が見当たらなかった事から、遠隔で魔法を使っている可能性も出てきた。
これで容疑者は増える。もっとも正体不明であるが。恐らくは魔物であろう。
更に、グリムの思考に心当たりが浮かぶ。
――――横になった時に見た、赤い流れ星。
あれは、もしかしたら魔力の光だったのかもしれないという可能性に、今更ながら気がつく。遠隔で空へと魔力を飛ばし、そしてバスの方へと届けたと考えれば筋は通る。事実、魔力を遠方に飛ばせる者は何名か存在すると、グリムは聞いたことがあった。
兎にも角にも、その魔力の光がたまたま星と重なり、流れ星に見えたのであろうという可能性が浮かぶ。
ともなれば「魔物が遠距離から魔力を飛ばし、この死体を操作して動かしている」と考えて良いだろう。
「なら、どんな魔物だ……?」
グリムの脳裏にはいくつかの可能性が浮かぶ。
しかし、グリムは元々頭を使う方ではなかったので、思考は虚しくも霧散されてしまった。
その瞬間。
死体が、笑みを浮かべた。
その際に、唇の左右が千切れて血が噴き出し、口のサイズが拡大される。
それは、とてつもなく不吉を孕んだ笑みであり、グリムも流石に不審がる。
そして、判決が下される。
「はいざんねーん! 時間切れっす! てなわけで罰ゲームっすー!」
「……は?」
……もう百秒過ぎたのか。グリムが驚いた顔をするのと同時、ゴキリと、死体の腕のあたりから何かが折れる音がした。
見ると、腕の関節がおかしな方向にねじ曲がっていた。更にもう一度音が鳴る。今度は首が曲がっていた。加えてもう一度。今度は腰が一回転。もう一度。今度は脚。もう一度。今度は指。もう一度。今度は下顎が外れる。
そうして異様な変形を見せつけた動く死体は、二拍の間を置いてから全身から赤黒い液体を噴出した。血の勢いに負けじと、両の眼玉が飛び出し、地面に直撃して潰れる。目、耳、鼻、口のあったあたりからは滝のように血が流れ出た。もう顔全体が真っ赤である。もう死体というよりはただの真っ赤な肉塊だ。その肉塊は、ある程度血を放出した後、ゆっくりと水風船のように膨らんでいった。何かの千切れるような音がする。
そんな光景が演出する何ともいえぬ気味の悪さに、アルミは絶句し、グリムは後ずさった。
「なんだこれ……気持ち悪いっつの……こっちくんな……っ!」
直後、死体が爆ぜた。
とはいっても火炎を伴った爆発などでは無く、ただ単に死体が膨れて弾けて血や骨を周囲にばら撒いたのだ。
当然、その弾幕はグリムにも直撃する。血と臓器と骨が勢いを持って飛んでくるのを避けられなかったグリムは、全身でそれを受けて何メートルか後ろまで吹っ飛ばされた。
「ぐぅ……っ!」
「はい残念でしたー! でも大丈夫っすよ。急所は外してあるんすから!」
死体が粉々になっても、声は未だに響き続けていた。さっきと全く変わらぬ声だ。
どうやら死体を操っているというグリムの予想は当たっていたようだ。
だが、グリムはそれについて何の感想も抱く事も出来なかった。全身が赤い汚物にまみれ、尚且つわき腹のあたりに骨の直撃を食らってしまったのだ。吐き気を堪え、呼吸に専念するのが精いっぱいだったのだ。
だが、グリムの懸念は他にもある。
故に、グリムは力を振り絞って声を出した。
「あ……るみさん……大丈夫……か……?」
だがアルミの返事は無い。
代わりに帰ってくるのは、馬鹿にするような謎の声だけである。
「苦しいっすか? でも時間というものは有限だから待ってあげないっすよ。はーい! 今度は答え合わせの時間っすよー!」
「……はーっ……はーっ……」
「僕の正体。それはここで“魔物”と呼ばれている存在でしたー!」
グリムは返答する事が出来ない。
だが、予想は当たっていた。やはり魔物の仕業だったのである。
しかしながら、正解者に与えられる物など何も無かった。
けれども、答え合わせだけはきちんと始まる。
魔物の声は大きくなり、グリムの鼓膜を大袈裟に震わせた。
「――――そして、世間では“リーパー”と呼ばれている魔物っす」
グリムの目が見開かれる。
リーパー、それは確か眠る時にアルミが言っていた「魔族」の名前だ。その名を何故、こんな場所に居る「魔物」が名乗っているのかが不可解であった。
その上、そもそもリーパーとは本当に現代に生きているのかも怪しいレベルな話であったはずだ。この魔物の話を信じるならば、どうしてこんな場所に居るのかも不思議である。
あまりにも謎が多すぎる。グリムの頭は混乱し、機能するのが難しくなってきた。
――――待てよ。
グリムの脳裏に残る辛うじて冷静な部分が、リーパーと名乗る魔物の言葉の意味を繋ぐ。
グリムはここに来てから、魔物の口から“リーパー”の名を聞いていた。更に自分はリーパーの餌である、とまで言われたのである。この時点で、リーパーという存在に狙われているのは気づけたのだ。
グリムは悔しさに歯噛みする。が、現状はどんどん悪化していくばかりである。
そんなグリムに、楽しげなリーパーの声が届けられた。
「リーパーは魔族のはず、そうとでも言いたげな顔っすね。まあ、昔からよく言われてきましたから慣れっこっすよ。実はさー、リーパーって“魔族”じゃなくて“魔物”だったんすよ」
「は……?」
ここで明かされる事実。
魔族と魔物は、語感こそ似ているがその実態は全くの別物だ。魔族は種族だが、魔物は戦争の折に創られた生体兵器である。その定義は大幅に異なり、全くの別物だ。
リーパーは種族ではなく、生体兵器だった。
その言葉にグリムは驚く。
だが、そんなグリムの反応などまるで無視して、何処にいるかもわからないリーパーは言葉を続けた。
「正確に言えば、元々“魔族の方のリーパー”も存在していたらしいんすけどね。実はその“魔族のリーパー”の事は、同族である魔族すらもよく知らなかったんすよ。突然ふらっと戦場に現われて、魔族側の手助けをして消えていくみたいで、その実態を知っている者はなんと皆無だったんすよ!
でも、魔族側の上層部としてはその力をもっと完全に配下に置きたかったんすよ。だから、限られた情報から自分たちでリーパーを創ろうとした。魔族を、創る計画っすね」
「……魔族を…………創る? どういう……事だよ……?」
グリムは何とか息を整えながら、リーパーの話についていく。
事実、魔族を創るというのはあり得ない話だ。人間を一から創るのと同じような話である。
魔族という一、生命を作る事は現代技術を用いても不可能なはずなのだ。
しかし、リーパーは簡単に言ってのける。
「魔物っていうのは魔族側が創った生体兵器っす。魔族は、可能な限りリーパーの情報を集めて、その特徴を持った魔物を創ろうとしたんすよ……」
リーパーの声がどんどん明るくなっていく。
「……そうして、出来あがったのがここに居る僕、リーパーってわけっす」
リーパーは二種居たのだ。元居たオリジナルである魔族のリーパーと、それを模して創られた魔物のリーパーの二種類が。
この分だとどちらが優れているのかは不明だ。奈何せんオリジナルのリーパーが正体不明なので、比べようも無いだろう。
とにかく、これでリーパーが魔族か魔物かという疑問と、何故ここに居るリーパーが結界に閉じ込められているのかという疑問は解消されたわけだ。都市伝説として今も語り継がれている方がオリジナルで、ここで魔物として君臨しているのが作り物の方だったのだ。オリジナルリーパーとフェイクリーパー。この二体が、リーパーの伝承の真実だったのである。
これでグリムの中での大きな疑問が消えた。
だが、代わりに何故リーパーがこんな話をするのかが解せない。
けれどもやはりその疑問は解消される事無く、リーパーは自分の話をこう締めた。
「ま、噂になるぐらい目立ったのは明らかに僕の方だったんで、最早僕の方が本物っぽいっすけどね。少なくとも有名なのは僕の方っすよ」
「…………そう、かよ」
グリムは全身に力を入れて立ち上がる。
それから周囲を見回すが、アルミの姿は見当たらなかった。
リーパーも声だけなので、ここに居るのは実質グリムだけである。
グリムはどうするべきか、足りない頭を総動員して考えた。
しかし、結論が出る前にリーパーが喋り始める。
「じゃあ続けて第二問! 僕は何でこんな事をするのでしょーか!?」
「……は?」
「今回は出血大サービスで時間制限は五百秒間あげるっすよー! たーだーし、ここまでしてあげておいて何も出来なかったのなら、それはもうでっかい罰ゲームを受けて貰うしかないっすよねー!」
いきなりの難問である。
どうやらこの魔物はクイズ好きのようであった。
「と、いうわけで、今回の罰ゲームはこちらになりまーっす! どーぞぉ!」
声が響き終わると、すぐに入り口の方から多数の足音が聞こえてきた。
グリムが、必死に身体を動かしてそちらの方を見る。
すると、そこには黒いジャージの集団が立っていた。これらは皆、林間学校に行く予定だったグリムのクラスメイト達だ。
それら全てには身体の何処かに必ず縫合した痕のようなものが見えた。どうやら先ほど爆散した死体と同じ仕様と考えて間違いは無さそうだ。
という事は、この問いに間違えればこれらが一斉に爆発して、グリムはほぼ確実に死んでしまうだろう。死ぬのはまだいいとして、グリムとしては死体に濡れるのに抵抗感があった。
「……それは、少し、嫌、だな……」
彼は出来る限り呼吸を整え、途切れかけていた思考を再開させる。
この際、何故こうなってしまったかはどうだっていい。
だから、彼は考える。二問目を間違えないように。時間はさっきよりは多めにある。考える時間は十二分にあるというわけだ。あの死体を操っているリーパーが気まぐれを起こさない限りは、の話だが。
兎にも角にも早いに越した事は無い。彼は早速思考を進める。
まず、どうしてこの魔物、リーパーはグリムに危害を加えるのかについてだ。この魔物はどうやら理性を持っているようで、他の魔物とは一線を画しているように感じられる。襲い方も、本能的なものではなく、むしろ楽しんでやっているかのようだ。これはこの魔物の特徴だ。
だから、そこを起点に組み立てていく。グリムの頭が熱を帯びてくる。ここから、何かが掴めそうな気がしたからだ。
「はい、残りさんじゅーびょーっすよ!」
「何……!?」
やはり気まぐれが起こり、残り時間が大幅に削られる。
グリムの見立てではまだ後四百秒程度は残っていたはずなのに、これでは組み立てる間も無い。
それどころか、この残った三十秒ですら削られる危険性もある。これはもうすぐにでも何かを言うしかない。
やむなく、グリムはまだ始まったばかりの思考をそのままぶつける事にした。
「楽しむ、ためか!?」
沈黙。
声は聞こえない。
グリムは、硬直したまま動けなかった。一応、どうとでも捉えられる余地を残しておくために、あえて曖昧な答え方はしてあるが、それでもこんな不完全な答えではリスクが高すぎる。
彼はもう唾すらも飲みこめず、呼吸すらもまともに出来ず、ただただ声を待つ事しか出来ない。
「……ぴんぽん正解ー! よくわかったっすねー。ご褒美っす!」
「……?」
グリムが安堵する間も無く、死体の群れから一つの足音が聞こえてきた。
もしや、また爆発させるのかと思ったグリムだったが、どうやらそういう感じでは無いようだ。
何故なら、彼に向って歩いてきた女子生徒の死体の手には、ある物が握られていたからだ。それは“氷で作られた鳥かご”のようだった。
そして、その中には、見覚えのある生き物が入っていた。
「……!? アルミさん!?」
「あっ……グリ君……」
鳥かごの中に入れられていたのは、妖精種のアルミだった。返事をしたあたり本物のようだ。しかしどういうわけか相当弱っているようであり、この短い間に何があったのかをグリムに想像させてしまう。
何故そんな事になっているのか、グリムの理解を越えたまま出来事は大きく動いていく。
リーパーの声が狭い洞窟内に反響した。
「そっちがぶっ倒れている間に保護しといたっすよ。さっきも言った通り、僕の目的は楽しむためっす。ここは退屈でさー。大戦であんなに頑張った僕がこの扱いっすよ、やんならないっすか?
だからさ、バスが落ちてきて変化があった時は本当に嬉しかったなぁ……これで暇潰しが出来るって。
でも、今もっと面白い事を思い付いちまったんすよねー!」
「面白い事……?」
グリムが問うと同時、リーパーは勢いよく答えた。
「冷静に考えれば、あの封魔鉱をあんたがブッ壊してくれたらそれで解決っすよね。僕も外に出られるし。
まー僕らが散々試して無理だったんで、あんたにもさして期待はしてないけど試してみて欲しいっす。一応ね。断ったら、この妖精種を殺すっていうのはどうっすか?」
「……えっ」
その声が響ききる前に、グリムの両腕が死体によって掴まれ、連行されるように移動させられる。そうしてグリムは、中心の青白く光る石のところまで移動させられた。
グリムはその突然の展開に驚き、咄嗟の身動きさえも取れない。
そんなグリムに対し、どこか高圧的なリーパーの声が届けられた。
「いいっすか、この石は結界の発生源……封魔鉱っす。僕らは最初これを壊そうとしてあらゆる術を試してみたけど無駄だったんすよ……だから、今度はお前が試してみるっすよ。って、聞いてるっすか?」
「…………ねぇ……」
急に俯いたグリムが、低い声で何かを呟いた。
が、それはあまりに小さな音だったので、その場で聞き取れた者は誰ひとりとして居なかった。
「え、何言ってんすか? 聞こえねーっすよ。あ、あれっすか! 許可証が壊れてるとかっすか? 仕方ないっすねー。ほら」
死体の群れから、裏面が半分くらい茶色に染まった携帯許可証が投げつけられた。グリムのと同じ型のものだ。彼はそれを嫌々キャッチする。
というかグリムは、リーパーが許可証について知っている事にまず驚いた。
「……これは?」
「こいつらの誰かが持ってたまだ無事な許可証っす。自分のとカードとチップを入れ替えたら使えるっすよね? さ、さっさとやるっすよ」
「……なるほど、考えたことも無かった」
グリムは薄く笑い、指示に従って自機のものを移し替える。
何故、こんな機械に詳しくなさそうな魔物が、こういったやり方を思いつくのかは謎だった。
が、恐らく何かから聞いた外の情報を元に、思いついただけの事だろう。アルミは許可証を知っていたので、それについての知識を盗み見たと言う可能性もある。もしくは死体遊びをしている時に気がついたのかもしれない。
どちらにせよ。どうでも良かった。
グリムはここで、ひとまず術を試してみる事にする。しかし、ここで思わぬ声が聞こえてきた。
「待って……数秒だけ、そこのグリ君と……話させて……」
アルミだった。アルミは氷の鳥かごの中で、息も絶え絶えになりながら声を発していた。
グリムは何も言えない。そのまま硬直してしまう。
だが、それに対するリーパーの返答は冷酷なものであった。
「なんすか? くだらない事言ったらあんたも殺すっすよ」
何処からともなく響く無機質な声。
それがアルミの身体を軽くびくりと震わせた。
グリムも先が読めない展開に動きを止める。
しかし、そこから続くリーパーの言葉は意外なものであった。
「でも別にいいっすよ。別に急いでないっすしねー」
リーパーは意外と寛容であった。
この環境に長いこと退屈していたようなので、恐らくはなるべく長くグリム達で遊びたいのだろう。グリムはそう推測を立てた。
こうしてアルミの入った鳥かごは、グリムの元へと運ばれてくる。
そして、耳元のあたりまで移動し、彼女は小声で告げる。
「……グリ君、術はいくつもってる?」
「中級クラスの三つ、全部魔導。武器生成、防護、煙幕だな。あと、一個だけ上級の攻撃もある」
「現代っ子にしてはえらい物騒なラインナップだね……じゃ、わかった……」
アルミは、今まで以上に小さな声で告げる。
「最初に使うのは煙幕にして」
「えっ?」
「言ったでしょ。魔物はほぼ視認でしか相手を認知出来ないって。それはあのリーパーもきっと同じだから……」
「……マジかよ」
「で、放ったら防護で守りながら逃げて。きっと、出来るはずだから……」
「わりと無茶言うな……大丈夫なのかよ」
それは完全にリーパーに対する裏切りであった。
多少無理があるとはいえ、ここでもし本当にグリムが逃げ切れた場合、その怒りの矛先が何処に向くのか。それを考えた時、一番危険なのはアルミである。
しかし、彼女は小さく笑みを作り、鳥かごから細腕を出して、グリムの頬に手を触れた。グリムからすれば、虫に頬を這われているようで若干不快だったが、ここで払いのけるわけにもいかず黙って耐えた。
「私は大丈夫だから。これから多分、大変だろうと思うけど頑張ってね」
「急に何言ってんだ。そら俺だって試して上手くいくとは思えんし、死ぬのは嫌だけどさ……」
「なら、今後色々と辛くてもここを生き延びるべきじゃない?」
「あーそうじゃなくて、なんでアルミさんは、いちいち俺に関わってくるんだ……?」
振り返ってみれば、最初案内してくれたのも、助けてくれたのも、どういう意図があるのか全く不明なままなのだ。
何故なら、彼を助けるメリットがないのだ。そもそも本来ならば事故で殺していたはずの相手であり、彼女からしてみれば何の義理も無い相手なのだ。
それは善意なのか償いのつもりなのか、それとも何か打算があっての事なのか。その思考回路は、グリムには到底理解出来ないものだった。
「それは……深い意味なんてないよ。でも、最初に無事に送り届けるって言ったから……それに、一応そういう仕事でもあるって研修でやったから……」
「研修?」
「あ。ううん、何でも無い何でも無い!」
「そっか」
よくわからない単語が飛び出したが、グリムはそれを無視して前の言葉を咀嚼する。
「意外。善意でも償いでも打算でも無くただの義務感だったのか……」
「ちょっとー、そろそろ始めるっす。じゃないとこいつら一斉起爆するっすよー」
また威厳の無い声が周囲に鳴り響いた。
これ以上話している余裕は無いようだ。
まだ何か言いたげなアルミは鳥かごごと後ろに下げられ、グリムは仕方なく眼の前の光る石に意識を集中させる。
彼は、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「それにしても、実感わかねぇよな……」
血のついた許可証の電源ボタンを長押しして待つ事数秒、それは問題なく起動してくれた。電波も問題ないようだ。
グリムは早速封印解除用のアプリを開き、ゆっくりと操作していく。
「こんな状況になってるっつーのに未だに実感がわかねぇ」
許可証に承認の文字が浮かび、画面から半透明の鍵が浮かび上がる。
彼はそれを右手首に突き刺し、半回転させる。それにより全体の封印がほとんど解除され、後はパスワードを言うだけの待機状態となる。
画面に浮かぶのは、彼の持つ四種の術。彼はとりあえず一番上にカーソルを合わせ、パスワードを口にする。
「17843729」
直後。グリムの全身から魔力の赤黒い光が走り、手のひらから水が生成され一瞬で凍り、氷の大鎌となって顕現する。
これはアルミの使っていた純正魔法とは異なり、改正魔法という魔法使用法だ。魔力を用いて全身にマナを取り込み、体内で洗練してから放出し、その際に即座に何かを生成するという方式のものだ。特徴として、直接体外に魔力を放って行う純正魔法よりも魔導型向きのやり方であり、生成物質のクオリティも高く仕上げる事が出来、何より魔力を再補充し直せるので内包魔力の少ない人間に向いているというのが主に挙げられる。
これにより生み出された氷の大鎌を、グリムはまず片手で持ち、それからポケットに許可証をしまってから、あいた両手で強く握る。
これが彼の武器生成魔法である。アルミの方を見ると、彼女は驚いて顎を閉じ切れていなかった。自分の指示が完全に無視されたからである。
だが、彼には煙幕を使って逃げるという選択肢は最初から無かったのだ。
「えっ、今のパスワード!?」
更に、アルミは妙なところに驚いていた。
しかし驚くのも無理はないだろう。術とは、新しく習得した後、総合センターのような公共施設で登録をしなければ使用出来ない。何故なら、そうしなければアプリの封印解除リストに新術の名前が載らないからだ。もちろん魔法使用全解除が可能な場所にいけば使う事が出来るが、しかしそんな場所はそうそう無い。
そして、術を新しく登録する際仮パスワードが発行される。普通は、その後すぐに変える。何故ならパスワードは呪文の名残でもあるため、言う言葉に意味があるのと無いのでは全く威力が変わってくるからだ。
しかし、グリムは例外であった。彼は、全ての術が仮パスワードのままである。
「めんどくて、変えてねーんだよ。じゃあ。行くぜ」
グリムは態勢を低くし、光る岩石に向かって走った。
周囲に張られていた水たまりが跳ね、グリムの足元を濡らしていく。
彼はすぐに石の前までたどり着き、両手で構えた大鎌を一気に振り上げる。
そして、叩きつけるように振り落とした。
「……やっぱ、無理だったか」
直撃した瞬間、大鎌は粉々に壊れ、霧散し消滅した。
魔法で生成した物質は長持ちしない。時間が経つか、形が崩壊するかのどちらかで自然消滅する。
やはり、たかだか氷で出来た脆い武器なんかで壊せるわけが無かった。彼自身、それは試す前から良く分かっていた事だった。
そうして、判決はすぐに下される。
「はいざんねーん! 罰ゲームっす!」
足元の水を掻きわけ、多くの死体が四方八方からグリムを取り囲んでいく。
どうやらさっきのように爆発させるつもりのようだ。それも一斉に。
その証拠に、もうところどころ関節がおかしくなっていたり、身体の一部が歪な膨れ上がり方をしている死体もあった。
グリムは、そんな気持ちの悪い光景に心底嫌気のさしたため息を吐いた。
「あーあ。悪趣味だよな。これ……」
「なんで……!」
「えっ?」
背後から声が聞こえたので振り向くと、そこには地面に置かれた鳥かごがあった。
中には当然アルミが入っている。彼女は大声を張り上げ、グリムに叫びかける。
「なんでまともにやろうとしたの!? そんな氷で出来た物で壊せるわけ無い事ぐらい想像出来たじゃない!?」
「だってあいつがやれ、つったからさ。それはちょっと理不尽じゃね?」
それを言うと、アルミは大人しくなった。
リーパーが居るので、あまり大声では言えなかったのだろう。アルミが煙幕を促した事は、リーパーには聞かれていないのだ。それをわざわざ明かす必要は無い。
グリムは、そんな彼女に対して慰めの言葉を投げかける。
「心配すんなって。もう、俺にこれを渡した時点でこいつはもう詰んでんだからさ」
「えっ……?」
「何とかなるって。ようは、このリーパーってのを倒せば万事解決なんだろ?」
グリムの笑みに曇りは無い。
しかし彼は、一体何者なのかとアルミに疑われているのに気付いていなかった。このグリムという少年は妙に死体慣れしていたり、妙に危機的状況を楽しんでいたり、かと思えば急に疑心暗鬼になったりなど、考えれば考えるほどおかしな少年である。それらの理由からアルミに疑われているのだ。
だが、そんなアルミの思考が馬鹿らしくなるぐらいの明るい声色で、グリムは告げる。
「俺、実は結構強いんだぜ」
「でも、さっきほとんど全部中級魔法って言ったよね? 中級程度じゃリーパーを凌ぐのは無理だよ!」
「嘘ぉ、マジで!?」
グリムはここに来て本気で焦った。
自分の防護魔法では防ぎきれないかもしれない可能性が出てきたのだ。
しかし、もう遅い。周囲の死体群は一斉に膨張を始めていた。これだけの骨と肉と血の群れを受けて、もし防護魔法が解けたら大変である。グリムの汗が一滴、地面に落ちる。
その瞬間、死体の群れは今まで以上に激しく膨張する。もう爆発寸前だ。彼は即座に携帯許可証をポケットから取り出し操作し、使用術を切り替える。
「やっべ、44953っ!」
そして、爆発の一瞬前にパスワードの入力に成功する。
彼の身体の周囲を、赤黒い魔力の光が包み込む。直後、生成された水の膜が半透明のコートのように全身を覆い隠す。
そのすぐ後に、赤い爆発が起きた。
グリムは術の操作に集中するのが精いっぱいだった。骨や肉の塊の衝撃が防護ごしに響く感触に耐えながらも、必死に術を制御する。
しかし、それもいつまで持つかわからない。
彼は、赤い爆発の中に呑みこまれていくのを自覚した。




