最終話「今日の魔女は掃除機で飛ぶ?」
剣と魔法の世界。
私達の済む世界はかつてそう呼ばれていました。
けれども時代が進むにつれ、世界はどんどん変わっていきました。
その結果が今の平和な世界です。
戦争も無く、人間と魔族が手を取り合って暮らせる素敵な世界。それが今の世の中なのです。
そんな、平和で素敵な世界の真っただ中。
わたくし、アプリ・アクセルハートの日常は灰色そのものでした。
「あー、もう学校行きたくないなぁ……」
私は殺風景な自室の中心で、大きく溜息をつきました。
今や魔法中心の世界だというのに、未だに私の魔法は糞にも劣る劣等的な代物ばかりです。
……数ヶ月前、とある幽霊に取り憑かれた時から何の進歩もありません。
私は部屋の中心で大の字になりながら、天井の蛍光灯をぼんやりと眺めていました。
今日は休日ですが、明日からはまた学校なのです。
いや本当に学校は嫌です。前よりもずっと嫌いになりました。
人がちょっとテレビに出たぐらいで、ちょっとみんな騒ぎ過ぎです。
“あの件”でからかわれるのは本当に気分が悪いので、本当にいつかやめて欲しいものです。
私は、またしても大きな溜息を吐きました。
すると、そんな私の耳元から聞きなれた声が聞こえてきました。
「まあまあアプリ、休日はまだ始まったばかりだ! 今日は何と言ったか……えっと、あのロボット型掃除機の少女と遊ぶ約束をしていたじゃあないか! 明日の事を気にするのはまだ早い!」
私はあえて声がした方向を向きませんでしたが、見たところで、どうせ私の肩付近に佇む半透明の黒い猫の姿しか見当たらないはずです。
だから私はその声の主……キャットさんに寝転がったまま言葉を返します。
「……ま、そうかも。気にしてもキリが無いしね」
……あのレースが終わってから、実に色々な事がありました。
まずレースのあと、私とロボット型掃除機に乗る少女は友達になりました。どうやら、あの子は私と同い年だったようで、話してみると簡単に意気投合出来てしまったのです。お互い違う学校に通っていますが、それでも定期的に連絡を取り合って会うような仲になる事が出来ました。
そこに関してはレースに感謝です。
ちなみに、私がブン殴った白魔女の身体はどこかに消えてしまっていました。キャットさん曰く「ヤバい、隠蔽工作機能が暴走しまくってる……!」との事でしたが、私にはよくわかりません。未だに。
ただわかる事は、キャットさんが元の身体に戻れなくなったせいで、しばらく私に取り憑いたままになってしまった事ぐらいです。まあ悪質な幽霊使い犯罪者の彼女も、こうして晴れて本物の悪霊になれたというわけです。ザマアミロです。
……いや、取り憑かれている時点で私もダメージでした。
しかも結局、私は警察にキャットさんを突き出す事は出来ませんでした。良心だとかそんな理由ではなく、単純に毎回必死に妨害されてしまうのです。キャットさんが色々な手で私を止めてくるのです。ほんの一部分しか憑依操作出来ないはずなのに、それを上手く利用してくるのです。
だから結果的に、こうしてキャットさんは私の生活に馴染んでしまい、今ではもう警察に行くのも面倒臭くなってしまいました。しかし、いつかは警察に突き出してやろうと思っています。
そして学校についてですが、あのレースがテレビ中継されている事を私はクラスメイトから知らされる事となりました。その結果、色々な人が私に話しかけてくるようになりました。最悪です。人見知りにとっては地獄のような仕打ちです。こんなのあんまりです。
会話内容はもうあまり覚えていませんが、とにかく色々な人にからかわれるようになりました。最悪な事に、ベゼちゃんも一緒になって私を弄ってきました。やっぱりあの子は嫌な子です。いじめっ子です。嫌いです。
……ちなみに録画された映像を確認してみると、あまり私の情けないシーンは映っていないようで安心しました。どんな技術を使ったのか不明ですが、なんと音声も一部拾われていましたが「私がただの独り言を言っているシーン」以外は使われていませんでした。見えない「何か」と話している場面は映っていなかったのです。キャットさん曰く「僕の隠蔽工作は完璧さ!」との事です。
まあ、これぐらいですかね、私の日常の変化は。
……そんな感じで私が思い出に浸っていると、キャットさんの方から声が聞こえてきました。
「……それにしても、あの時は惜しかったね」
そんなキャットさんの言葉に私は少しムッとします。
結局、私はベゼちゃんには勝てませんでした。
暴走するクーちゃんの電源を強制的に切った私は、簡易保護障壁のちょっとしたバグによって気を失ってしまいました。けれども健康には影響は無く、レースに関しても残った推力でゴールする事は出来たのです。
ただ問題点といえば、私の行動が「レース中に行われた危険行為」とみなされてしまい、ペナルティとして強制的に順位を下げられてしまったのです。逆にベゼちゃんはあそこから立て直し、普通にゴールしてそこそこの順位についてしまいました。そのせいで本来ベゼちゃんに勝っていたはずが、大差をつけられて負けたという結果に終わってしまったのです。
……まあでも一度だけの出場で三十位近く、という結果を残せただけ上出来ですよね。そのはずなのですが、やはりいつまで経っても私の心から悔しいという感情が抜けてくれません。
ちなみに一位は“ショルダー型のおじいさん”でした。なんか納得です。
私は、レースの時の事を思い出し、喉奥から何とか声を捻りだします。
「あー、あの時は本当……悔しかったなぁ……」
実質上勝っていたというのに、結果的に負けとなったのが悔しくて悔しくて仕方がありませんでした。
今までの私の人生で、ここまで悔しく感じたのは初めての出来事です。勝負事にここまで気持ちを持っていかれるのは本当に初めてだったのです。
まあしかしベゼちゃんの方も相当悔しがっていましたので、ここは痛み分けと考えて納得する事にしました。ここで悔しいからという理由でレースを始めるほど、私も単純ではないのです。
だいたいクーちゃんはもう壊れてしまいましたし、私がレースをやる理由はもう全く無いのです。
私の活躍によって、キャニスター型掃除機のブームが少しずつ再燃しているようですが、そんな物は正直どうでもいいのです。関係ありません。最近「サイクロン式補助ユニット対応のキャニスター型掃除機」がリリースされたそうですが、別にそれを使おうとも思いません。
だから私は以前までのように、以前とは少し違う生活を精一杯送るだけなのです。
「さて、そろそろ時間かな……」
私はゆっくりと立ちあがり、手提げの荷物を手に持って部屋を出ようとします。
ちなみにあのレースを終えて、私自身にもいくつかの変化がありました。これは他と比べてほんの些細な変化ですが、それでも私の中で確かに変わったものがあったのです。
まず一つは、私が魔女風の服を好んで着るようになった事でした。
今の私の服装は、あのレースの時と同じく「ハロウィンの魔女風の衣装」です。
これはレース映像を見て、私が自分で「あれ、私いけるじゃん」と思った結果でした。自分で言うのもどうかと思いますが結構似合っていると思います。もちろん本当に仲の良い友達(ロボット型に乗ってた女の子一人)に会う時に限定されますが、そういった時は殆どがこういう魔女風の衣装でした。
時々、本物の魔女と間違われるのが辛いですが、まあ仕方の無い事でしょう。
一応、本物の魔女は連れていますしね。あながち間違いではなかったりしますし。
ただ最近、私の事を普通に渾名として「魔女」と呼ぶ人も出てきましたが、そこに関してはちょっと怒りを感じていたりします。もうまるで私自身が魔女みたいじゃあないですか。
そんな心無い誹謗中傷に対して私は怒り、今ではいっそ吹っ切れて「魔女」を自称しているぐらいです。
……ん? どうしてこうなったのでしょう。まあいいや。
それからもう一つの変化は――――
「おいおい、待ってくれよアプリ。今日もアレに乗っていくのかい? もしそうだったら危ないから……」
「大丈夫大丈夫。それに、アレじゃないと多分間に合わないし」
――――ほんの少し、私の頭の螺子が緩んでしまった事です。
もっと言えば細かい事を気にしなくなり、小さなリスクを恐れなくなったのです。
あのレース以降、私は趣味としてリスクに首を突っ込むのが好きになってしまいました。
その結果、周囲からどんどん危険な人としての扱いを受けるようになってしまい、少し遺憾です。
ちなみに「アレ」とは、本来業務用に使われているはずの大きな掃除機の事です。ドラム缶のように大きな本体にホースがくっつき、その先に伸縮管とT字型ヘッドが接続されている代物です。
私はキャットさんに教わりながら、こういった改造機をもう一つ作ったのです。とはいえレース用ではなく移動用ですけれど。レースなんてやるわけないじゃあないですか。業務用掃除機でレースというのは、スポーツカーのレースにトラックで参戦するような物なのです。いくら性能が良くても恥かしいと言わざるを得ません。
ですが普段乗る分では全く問題はありません。そう、無いはずなのです。
しかしながらこの掃除機は“制動性”や“運動性”が著しく低く、加速力は皆無に等しいのに最高速度が底無しというクセのありすぎる機体なので、キャットさんからはかなり嫌がられています。
改造の仕方は脅して教わりましたが、作っている間もかなり反対されたのを覚えています。
ですが、いくら止められようと私はこの「クーちゃん二号」に乗り続けるつもりです。
レースなんて懲り懲りですが、単に自転車代わりに乗るぐらいなら問題は無いのです。別にベゼちゃんに負けたのが悔しかったから、いつまでも未練がましく掃除機を利用しているわけではありません。ただ移動に便利なので乗っているに過ぎないのです。だから本当の本当の本当に、悔しいから、とかそういった理由で掃除機に乗るわけでは断じてありません。
とにかく掃除機は便利なので、私はこれからもずっと乗り続けて行こうと思っています。自転車の代わりに。
キャットさんが何を言おうと関係ありません。
――――少なくとも、今日の魔女は掃除機で飛ぶ予定なのです。
まあ、やけになって時々自称しているだけで、正確に言えば私は「魔女」じゃないですけれど。
「じゃあ、行ってくるね。クーちゃん」
私はそう言って部屋を出ました。
そんな私の部屋の隅には、薄汚れた茜色のキャニスター型掃除機が置かれていました。
現在、掃除用掃除機へと改造し直された“それ”は、今でも私の宝物だったりします。




