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現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
今日の魔女は掃除機で飛ぶ、編
21/36

第二十一話「圧倒的戦力差、当然の敗北」

「――――そろそろさぁ、やる気出しなよ」


 その冷めきった無感情な声に、私は思わず振り返ってしまいました。恐怖心からつい反射的に後ろを向いてしまったのです。

 すると、そこには両目に感情を滾らせている白魔女が居ました。つい目が合ってしまい、私の心は恐怖心に捉われそうになってしまいます。だから私は慌てて視線を逸らし、何とか平静を保てるよう荒い呼吸を繰り返しました。

 私を見つめていた白魔女の顔は、ちっとも楽しそうではありませんでした。今まで浮かべていたような明るい笑顔が見えません。どこか怒っているような表情です。

 私がその事実に混乱していると、白魔女は更に低い声で告げます。


「もうレースも終盤だよ? 確かに、このレースに君を巻き込んだのは僕だ。ゲームと称して色々と君で遊ぼうとしたのも僕だ。だけどさ、何というか自分の身がかかっているのにそのやる気は何なのかな?

 元凶の僕が言うのも何だけどさ、自分の事なんだからせめてもうちょっとでも頑張ろうよ。人としてさ、最低限やれる事はやらなくちゃあ駄目だよ。

 あとずっと言おうと思ってたけど、幾らなんでも諦めが早すぎないかな? 何か手を打ったり考えを尽くした上で諦めるのならまだ納得だけれど、君の場合は困難があればすぐ立ち止まるじゃあないか。もうちょっと頑張ろうよ。せめてやってから諦めようよ。ねえ」


 普通に説教されました。いや本当に元凶にだけは言われたくありませんよ。余計なお世話もいいところです。

 私もつい腹が立って言い返そうとします。これは言い返さなければいけません。言われっ放しで許していい事でも無いでしょう。

 私は、少し震えた唇を無理矢理動かして喋りました。


「……じゃあ、やってたら出来たのかな……? わ、私はそんなわけないと……思う……」

「だからと言ってやらなくていい、なんて事にはならないだろう? それに君が思っている限界と、本当の君自身の限界は違うかもしれないじゃあないか。

 正直さ、そろそろつまらないんだよ。主役がこの有様じゃあ、盛り上がる話も盛り上がらない。ホント、頼むよ。これじゃあ暇潰しにもなりやしないよ。

 せっかく楽しむために君をここまで連れてきたのに、全部徒労で終わりそうじゃあないか。せめてやる気を見せてくれよ。これじゃあ本当に飽きてしまうよ!」


 結構言われてしまいました。白魔女は完全に素のようです。

 しかしまあ、何と言うかアレですね。

 ……どうして私が怒られなきゃいけないのでしょう。

 意味がわかりません。幾らなんでも理不尽すぎやしませんか。結局自分の道楽だけですかこの人は。自分さえよければ私の事などどうでも良いのでしょうか。

 なんだかだんだんこみ上がってくる物がありました。勝手にやらせておいてやる気出せ、とはどういう事なのでしょうか。まるで適当にやっていた私をいきなり叱りつけてきた、小学生時代のあのにっくき体育教師のようです。本当にこの手の人には碌な性格の人が居ません。

 どうしてあれだけ自分勝手な言い分を、あたかも正論かのように言えるのでしょう。私が殆ど言い返さなかったからといって調子に乗っているのでしょうか。何だかそう考えると腸が煮えくりかえそうです。

 ですが白魔女は、私の内心などまるで無視して言葉を続けました。


「ここまで言っても効果が無いのなら仕方が無いね。あーあ、もう本当に飽きた。

 今までは、君が頑張れば何とか出来る程度の実力に抑えておいたけど、もう本当に手加減抜きだ。言葉通りすぐに抜かして、撃墜させるからね。ばいばい。つまらなかったよ」


 背後の白魔女が接近してくる音が聞こえてきました。

 だからさっさと抜けと態度で示しているのに、この人は一体何を考えているのでしょうか。

 もう本当に本当にこの人は度し難いです。私の堪忍袋もそろそろ限界を迎えてしまいそうです。

 ……ああ、もう本当にこの人は好き勝手やってくれたなぁ。

 私の脳裏には、このレースで得た数々の思い出が次々と浮かび上がってきました。

 キャニスター型掃除機のせいで肩身の狭い思いをした事、緊張のあまり大幅に出遅れてしまった事、数々の参加者をごぼう抜きしたせいでいらぬ恐怖心を感じてしまった事、いきなりロボット型と闘わせられて恐い思いをした事、やっとの思いでロボット型を倒したと思ったら困難がまだ終わっていなかった事、白魔女に絡まれた事、キャットさんが白魔女だった事、白魔女にどう頑張っても不可能なゲームを強要された事、と思ったら今度は白魔女がこっちまで来てもっと無理な提案をし始めた事、それから理不尽な説教を受けた事、などなど筆舌に尽くしがたい苦難の思い出が私の脳裏を埋め尽くしていきます。

 ……ああ、本当に碌な思い出が一つも無い。このレースを始めてからこんなんばっかりです。

 ここで私は気付きました。これ、だいたい白魔女のせいです。

 そう考えると、本当の本当の本当に苛立ってきました。

 ですが、私の怒りなど大した意味はありません。わかっています。ここで怒りのまま白魔女に対抗しようとしても無駄なのです。

 だから私はもう自分から転ぶことにしました。もう投げやりでヤケクソです。どうにでもなってしまえばいいのです。

 本当に恐いでしょうが、このまま黙って抜かされるよりはずっとマシな気がします。出来るだけ無様に、そして派手に転びましょう。そうした方が嫌な事を忘れられそうです。

 もうめちゃくちゃになりたい気分です。嫌な事やこの現実を直視したくありません。だからもう転ぶことだけに集中しようと思います。それが一番気分が楽です。

 上下左右も分からなくなるほど派手に転べば、私のこの悩みも消え去ってくれるでしょうか。そう考えると胸の奥が“きゅん”となりました。やはりこの感情は破滅願望の表れなのでしょうか。それはわかりませんが、気持ちが少しなりとも高鳴ってくれるのもまた事実です。

 そうですね。白魔女は私に真剣さを求めているようなので、ここで一番真剣勝負を侮辱するような真似をして悔しい思いをさせてあげましょう。もう私なんてどうなってもいいです。どうせいらない人間なのだから捨て鉢になっても構わないのです。

 ――――だから私はクーちゃんと共に下降していき、地面に両輪を付けました。


「……もう全部、どうでもいい……!」


 瞬間。視界が変化します。

 景色が高速で後ろの方へと流れていき、地面から伝わる微細な振動が私の身体を揺らしていきます。これまでの私ならば恐怖したであろう圧倒的なスピード感です。しかし今の私には物足りないぐらいの速度でした。

 ……もっと、もっと速く! そうじゃないと派手に転べない!

 私は全力で自分の感情を誤魔化しながら、超高速の走行を続けていきます。すると目の前にはまたしてもビルと赤い矢印が見えました。そうです。あれにぶつかって転べば派手なのではないでしょうか。私は頬を引き攣らせ、そのままクーちゃんと共に前進していきました。

 物凄いスピードでビルが迫ってきます。とんでもない迫力です。それでも私は笑みを浮かべます。やはり投げやりになってしまえば全てが軽くなるのです。自分の安否や損得勘定も抜きで、とにかく楽しくなれます。なんだかとっても胸が高鳴ってきました。心臓が口から飛び出そうです。

 そうしてクーちゃんは全速で一直線に進み、ビルへと到達する寸前で―――――


「あっ、やっぱり無理っ!!!! こわい!!!!」


 ――――空中へと浮かびあがって一気に減速しました。

 と、ここで私は安心して一息つき、曲がる方向へと体重をかけるとブーストボタンを二度押しします。これでクーちゃんは鋭く進路を変更し、ここのコーナーも普通に曲がる事が出来ました。

 やはり無理でした。私のような中途半端な人間がああいう無茶な事をしても、こうやって途中で挫折するのがオチなのです。一つ勉強になりました。

 私は、ここでふと思い立って背後を確認してみます。すると白魔女がコーナーを抜けてこちらに接近してくるのが見えました。白魔女は今、スティック型掃除機に跨って飛行している形になっています。白魔女の掃除機は空陸両用の可変機なのですが、今は普通に飛行用モードとして運用しているようでした。ですが、これだけ接近されているという事は、恐らくどこかで地上走行モードを使われたと考えて間違いは無いでしょう。でないとクーちゃんの地上加速に追い付けるわけが無いのです。

 しかし、空中を進む速度は向こうの方が上なせいか、双方の距離はどんどん縮まっていきます。

 ここで私はふと思います。

 ……別に抜かされてもいいけど、なんだか腑に落ちないなぁ。

 と、そんな思いが私の胸中に生まれました。

 だから私はもう一度車輪を地面へと付けます。これで高速走行を再開させました。

 何度か地面に降りたせいか、あの速度にもだんだん抵抗が無くなってきたのです。景色が高速で流れていきますが、今の私に前ほどの動揺はありませんでした。私は凄まじい速度で進みながらも、ちらりと一瞬だけ背後を確認します。そしたら後ろから金色の地上走行機が接近してくるのが見えました。

 立てかけたスティック型掃除機にそのまま乗るような体勢で、白魔女は私を追ってきたのです。地上走行モードへと変形したようでした。しかしながら私との距離が全く縮まっていないどころか、心なしか離れていっているような気がします。もしかしたら地上走行能力のみで考えると、白魔女のリューくんよりもクーちゃんの方が優れているのかもしれません。

 けれども白魔女は、片手にリューくんから伸びるグリップを握っていました。グリップの先にはパイプと剣型のヘッドが接続されています。そしてその剣型ヘッドの先端からは金色の球体が生成されていました。まるで小さな月のようなそれは、リューくんが飛行の時に使っていたエネルギーを凝縮した物です。あれが限界まで溜まった瞬間、凄まじく威力のあるエネルギーが放たれて襲いかかってくるのだそうです。

 白魔女は私にヘッドの先端を向けてくる事はありませんでしたが、それでもそんな驚異が後ろにあるというだけで落ちつきません。本当に嫌な気持ちです。どこまでも人を嫌な気分にさせれば気が済むのでしょうか、この人は。

 ……ていうか私すごい見えてますね。たった一瞬ちらりと見ただけなのに、我ながら凄まじい観察眼です。

 そんな私達の前に右コーナーが見えてきました。だから私は機体を持ち上げようとハンドルに力を込めます。これでクーちゃんは少し浮き、一気に減速してくれます。後はもう右側に体重をかけてから、ブーストボタンを二度押して鋭く曲がるだけです。

 そうして私はブーストボタンに指を伸ばし――――背後からの声に身体を硬直させました。


「一つ、勘違いしているようだから言っておくよ」


 そのひどく落ちついた声に、私の心はどういうわけかかなり動揺させられてしまいます。


「“二度押し”は別に曲がるためのテクニックじゃあない。地上にだって確かに存在しているラインが掴みにくくなる上に、どうしても方向転換の際に空気抵抗や動きの無駄が生じるからね。トータルで見るとスピードダウンなのだよ」


 私が慌てて後ろを見ると、私のすぐ傍に白魔女が迫っているのが確認出来ました。白魔女は飛行状態のリューくんに跨りながら私の方へと迫ってきていたのです。

 ただし刀型ヘッドは空洞にしまわれておらず、白魔女の手によって前の方で構えられていました。その先端からは金色の球体エネルギーが迸っています。

 このように、よく見ると完全に飛行状態へ移行したわけではないようでした。しかしこれだとヘッドから得られる推進力が無いので、空を飛ぶにしても大した速度は出ないはずです。それどころか、T字型ヘッドの方のローラーや車輪が空回る音が聞こえてきました。色々と無駄が多い状態です。

 どうして地上走行を続けなかったのか、もしくは完全に飛行状態にしなかったのか、私の中で疑問が渦巻きました。

 白魔女は続けます。


「もっとも、君のようなライン選択が出来ない初心者の場合なら有効な手立てだけどね。だけどやっぱり…………普通のライン選択には劣る。いいかい? 加速しつつの曲がりとはこうやるのだよ」


 白魔女はそう言うなり、金色のエネルギーを付随させた刀型ヘッドを振りまわすと――――まるで納刀するかのように本体の空洞へとしまいこみました。

 その光景を見た私は急いで“二度押し”を行います。直感的に「早く進まないと不味い」と思ったのです。

 が、私の視界がぐるりと移動した瞬間。

 凄まじい速度の「白い影」が曲線を描き、私を瞬く間に追い抜かしていきました。仄かに金色を含んだ白い影は私の遥か先へと超速で進み、それからようやく速度を落としてその姿を明らかにします。言うまでもありません。白魔女です。

 恐らくあの球体状に“溜めたエネルギー”を、飛行の推進力として利用したのでしょう。だからこそ一時的に凄まじい加速が起こったのだと考えられます。そのうえ寸前の台詞から、あれだけの速度でライン選択までもを完璧にこなした可能性だってあるのです。あり得ません。どれだけ化け物のようなスペックなのでしょう。

 ……ですが、問題はそんな事じゃあありません。

 私は事実を極めて冷静に脳内で纏めつつ、まだぽかんと開いている口から間抜けな声を出します。


「――――えっ?」


 理解はしていました。だけど感情が追い付きませんでした。思考はちゃんと動くはずなのに、覚悟も決めておいたはずなのに、私の心はまだ事実を受け入れられていないようです。まるで急激に夢から現実へと引き戻されたような気分です。ここで猛烈な吐き気が私を襲いました。

 私は抜かされてしまったのです。呆気なく、簡単に、ほんの一瞬で、誤魔化しようが無いほど圧倒的な差をつけられて、抜かされてしまったのです。それはつまり私の敗北を意味していました。白魔女の言ったルールによれば、これで私は一生「白魔女に可愛がられる」事となるのです。その深い意味は考えたくもありません。おぞましいです。

 しかしながらそれは避けられない未来となったのです。白魔女は私の身体をいつでも支配する事が出来るため、私が如何なる抵抗を企てようと無駄なのです。更に白魔女は、もし抜かされた場合は私をここで強制的に墜とすと宣言していました。つまり私のレースもここで終わりを迎えるのです。

 かなり前方へと行ってしまった白魔女が、私の方を感情のこもった黒い眼で見てきます。

 それだけで私の心はもう限界を迎えてしまいました。いきなり何粒もの涙が溢れ出てきます。視界が滲んで前が見えません。思えば、私はこれまでどこか夢見心地だったのかもしれません。あまりにも日常離れした事が起こり過ぎて、感覚が麻痺していたのかもしれません。本当に追い詰められてしまった状況を想定出来ていなかったというのも原因の一つです。結局のところ、私は投げやりになる事によって現実味を薄れさせようとしていただけに過ぎなかったというわけでした。

 ……もう何もかもが手遅れです。今更後悔したって遅いのです。

 白魔女の眼は、私の恐怖をどんどん掻き立てていきました。全身から鳥肌が立ちます。喉奥から何かが出そうな感覚さえもあります。もう何もかもが恐いです。

 そして、死刑宣告が私の鼓膜を震わせました。


「じゃ、宣言通り……ここで強制撃墜だ」

「ま、待っ――――」


 グリップを握る私の手が勝手に動き出しました。指が向かう先は電源ボタンです。スティック型の場合は電源ボタンを長押ししなければ、機体はただ待機状態になるだけだそうです。けれども私のキャニスター型は、これをやられるだけで完全に電源が落ちてしまいます。電源を落としても簡易保護障壁は残るのですが、ここで空中から落とされたらクーちゃん本体は無事で済まないでしょう。安全面重視のため補助ユニットは厳重に守られていますが、その外側の機体自体はほとんど保護されていないに等しいのです。

 私は必死に力を込めて抵抗しようとしますが、指の動きがほんの少しだけ遅くなっただけで、その動きが止まる事はありませんでした。もう無理です。お終いです。私の傍に浮いていた小型モニターの姿となっていた幽霊が、形を変えて白魔女の姿へと変化しました。

 この幽霊は元キャットさんなので、私の身体と常に繋がっている状態にあるのです。ああもう本当に無理です。抵抗さえも出来ません。

 ……ですが、ここで抵抗した所で何の意味があるのでしょうか。

 どうせここで無理矢理レースに残れたとしても苦しみが続くだけです。白魔女の呪縛からは逃れられないのです。この状況に追い込まれた時点で私の人生は終わったのです。そもそも私は自分からわざと負けようとしていたぐらいじゃあないですか。だったらもう何かをする必要なんて無いのです。後は流れに身を委ねるのが最善なのです。

 私は観念し、親指に込めた力を抜こうとしました。

 これで楽に…………

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