第二十話「1/4ゴーレム」
ゴーレム、という魔族が居ました。
この魔族は鉱物で出来た頑丈な身体を持ち、内部の核を破壊しない限りは何度でも瓦礫から復活する、という厄介な特性を持ち合わせていたそうです。また尋常ならざる怪力を持ち、ゴーレムに一度でも殴られると骨が砕けてしまうのだそうでした。恐すぎます。何て恐ろしい魔物なのでしょう。
ゴーレムは戦争時代にも猛威を振るい、人間側に多数の被害を出してきたと聞いています。
ですが、ゴーレムの真に恐ろしかったのはその性能ではありませんでした。むしろ力に関して言えばもっと強い魔族も居たらしいですし、不死身性に関してもより強力な魔族が居たそうです。つまりゴーレムの上位互換など山ほどいたのです。
それなのにも関わらずゴーレムが恐れられてきた理由は、ひとえに「正体がわからない」という点にありました。倒せばただの岩石になる上に、その核だった部分も空気に溶けて霧散してしまうのです。人間サイドはこれまでに倒した魔族を解剖・実験する事によって情報を得ていましたが、ゴーレムに関しては何の情報も得られなかったのでした。ゴーレムの身体を構成しているのは紛れもなくただの鉱石であり、その核に関してもすぐ消えてしまうので調べようが無かったのです。
そのミステリーは数百年ものあいだ解明される事は無く、一つの謎として人間達の間で語り継がれていきました。
――――さて、そのゴーレムですが、実はベゼ・スパイトフルという少女の祖父がその種族に当たります。
ベゼちゃんは魔族の血が四分の一だけ入ったクォーターですが、その魔族というのがゴーレムなのです。とはいえベゼちゃんはよく「ゴーレムっぽくない」と言われてからかわれていました。
ベゼちゃんは、リボンで二つ結びにした短い髪と生意気そうな吊り目が特徴の、背の低い少女なのです。身体は鉱石らしい部分が一切ありません。胸に布を一枚巻き下にはホットパンツを穿いている、という露出の多い格好ですが、鉱石化している部分などまるで見つかりませんでした。
それもそのはずです。ゴーレムの正体を授業で習った今ならわかります。ベゼちゃんは正確に言うとゴーレム“そのもの”では無かったのです。
そんなベゼちゃんは今、窮地に陥っていました。
「何よ……これ……!?」
現在、掃除機レースに参加中のベゼちゃんの周囲には、大量の白い服を着た女の人達が浮かんでいました。同じ格好をした人達、ではなく全く同じ姿の人が複数も宙に浮かんでいるのです。
また、ベゼちゃんがメカニカルなモップのような掃除機に乗っているのに対し、白い女の人達は掃除機に乗っていませんでした。掃除機に乗っていないのにも関わらず、当たり前のように飛行しているのです。
女の人の格好は、白い魔女帽子にウェディングドレス風の衣装、という変わった物でした。その白い女の人は“白魔女”と名乗り、レース中のベゼちゃんに突如つっかかってきたのです。それに対してベゼちゃんは得意の魔法で応戦したのですが、いきなり白魔女が分裂したかのように増え始めたのでした。これは白魔女が支配している白魔女型の幽霊なのですが、ベゼちゃんはその事実を全く知りません。
そうして、ベゼちゃんはわけもわからぬまま白魔女の大群に囲まれる事となったのです。
ベゼちゃんは苦々しい表情で吐き捨てます。
「何だかよくわかんないけど、邪魔くさいわね……」
ベゼちゃんは前進しているのですが、それに追尾するかのように白魔女の群団が追いかけてくるのです。お陰でベゼちゃんは逃げきれていませんでした。時折、白魔女が仕掛けてくる突進を、ベゼちゃんは器用にかわしていきながら悔しげに眉を歪めます。
「……チッ、これも何かの術ね。分身とか人形の生成? 何にせよこれじゃキリがない。石弾はなんかすり抜けるし。しょーがないわね、アレ、やるか……!」
ベゼちゃんはそう言うなり、自分の左側の髪を結んでいた黒いリボンを左手で外しました。リボンはしゅるっと呆気なく取れ、ベゼちゃんの髪は左側だけ下ろされてしまいます。それからアシンメトリーになったベゼちゃんは、左手と口を器用に使いながらリボンを左手に巻き付けていきました。何のための行動なのかさっぱりわかりません。ですが、ベゼちゃんの目には並々ならぬ闘志が宿っている事だけは確かです。
最終的に。ベゼちゃんは噛みしめたリボンの端を引っ張り、左手に結ばれたリボンをぎゅっと引き締めました。それから不敵に微笑みます。
「折角だから、あたしの三つ目の――――いや、最後の切り札を見せてやるわ」
そう言いつつ、ベゼちゃんは左手の指を五本全部真っ直ぐに伸ばします。
そうして真横に構え、静かに呟きました。
「――――ゴーレムモード」
これはベゼちゃんの「二つ目の術」の名前です。以前、自慢された事があるのでわかります。レースではこの術をいつも二番目に入れている、だとか言っていたので七割がた間違っていないはずです。まあ詳細は教えてくれなかったので、私の知ったことじゃあないのですけれどね。
と、ここで一つ昔話をしましょう。
ピクシー、という妖精のような魔族が居ました。ピクシーは身体が小人のように小さく、背中に小さな翅の生えた人間型の魔族です。そんなピクシーが得意とする魔法は“ポルターガイスト”と呼ばれ、その詳細は周囲の物体を浮かせて攻撃してくるという物でした。ですが、こと戦闘となるとあまり強くなかったピクシーは、人間サイドからはあまり警戒されていませんでした。弱いが厄介な魔物、と認識されていたのです。
さて、そのピクシーですが、実はこの魔族こそがゴーレムの謎を解くカギを持っていました。終戦後、人間は魔族に聞きました「結局ゴーレムとは何だったのか」と。
するとその答えはシンプルな物でした。
……ピクシーが操作していた岩人形、それこそがゴーレムだったのです。
つまり人間は数百年もの間、ピクシーとゴーレムが実は同一の存在であったと気がつかなかったのでした。
と、ここで一つ疑問が浮かび上がってきます。
それは、ベゼちゃんは「ピクシーではなくゴーレムの血を引いている」との話ですが、それだとベゼちゃんの親は岩で作った人形から生まれたという事になるのではないか、というシンプルな疑問です。
その疑問に対する解答は、私の想像を遥かに上回るような物でした。
ベゼちゃんの祖父は――――何らかの偶然によりゴーレムの中核を為す“核”が異常を起こし――――他の生命を取りこんで進化してしまったゴーレムだったのです。いつの間にか一つの生命として独立し、どういうわけか生殖能力まで得てしまったのです。
ともなれば、今発動した「ゴーレムモード」とは果たしてどんな術なのでしょうか。
その答えは、すぐに明かされる事となりました。
「つぅ……っ!」
まず、ベゼちゃんの両耳が鋭く尖りました。魔法使用によって身体に変化が起こったのでしょう。ハーフやクォーターにはよくある現象です。
それから、その左手が薄黄色の光に染められていきました。これは魔力の光です。私も術の詳細までは知りませんが、もしかするとゴーレムモードとは左手に魔力を集約させる術なのでしょうか。
私がそう思った、その瞬間でした。
べぜちゃんの左手から、一際強い魔力の光が放たれました。薄黄色の魔力は暴走したかのように、ベゼちゃんの左手からどんどん溢れていきます。まるでベゼちゃんの左手そのものが光り輝いているかのようです。光はどんどん輝きを増していき、ついに決壊しました。
ベゼちゃんの左手から、まるで爆発したかのような強い光が放たれ、薄黄色の魔力が光の柱のように放出されていきます。左手から極太のビームを撃っているようにも見えますが、光はある程度固定化されているためやはり「柱」という表現が適切な物となっていました。
それから数秒。ベゼちゃんの魔力は徐々に形を鋭く変化させていきます。
同時に、ベゼちゃんの全身から、まるで稲妻のような光が迸るようになってきました。薄黄色の光です。恐らくは魔力が稲妻状に変化したものでしょう。
そして――――
「待たせた、わね」
――――ベゼちゃんの術が完成しました。
ベゼちゃんの左手には、薄黄色である三日月のように反った形の剣が装備されていました。いえ、正確には剣ではありません。三日月のような形となったベゼちゃんの魔力です。ベゼちゃんは全身から稲妻のような薄黄色を迸らせ、三日月型の魔力刃を前へと突き出しました。
……これが、ゴーレム? どこが!?
わたくし、アプリ・アクセルハートはそんな映像を見ていました。白魔女が出現させた小型モニターは、今度はベゼちゃんの映像を映し出してきたのです。
ちなみに私は、背後から迫る白魔女本体に追い抜かされたらゲームオーバー、という遊びに付き合わされていました。白魔女が私を抜かしに来ようとするので、私はどうにかしてそこから逃げなければならないのです。もし負ければ一生白魔女の奴隷確定です。最悪です。それならムカデの詰まった湯船に浸かる方がまだ……ましじゃありませんでした。訂正します。
何にせよ、このまま負ければ大変な事になるのです。私もそれはわかっています。
しかし、それでも私は何もしませんでした。私の一番頼れる味方であるキャニスター型掃除機……愛称「クーちゃん」は現在、碌に機能してくれないのです。地上走行特化であるクーちゃんは、その反面、空を飛んで飛行前進するのをかなりの苦手としていました。けれども、私にはクーちゃんに乗りながら低空飛行せざるを得ない状況まで追い詰められているのです。
色々あって地上での方向転換が行えなくなったため、地上でまともに走り続ける事が困難になってしまったのです。そもそも地上では逆に加速し過ぎてまともに扱える気がしません。
一度地面を自力で走ってみて理解しました。あれは無理です。もう二度とあの速度は体感したくありません。だいたいそこまで頑張って地上を走ったところで、それで本当に白魔女に勝てるのかどうかも怪しいのです。
正直、頑張るのが馬鹿らしくなってくるレベルです。どうせやっても無理なのです。やってもやらなくても同じなのです。なら、やらなくてもいいのです。
だから私は相も変わらず低空飛行を続けていました。ブースト機能という速度補助は使っていますが、それでも他の上位陣と比べたらあまりにも劣る速度です。現に白魔女のスティック型掃除機……愛称「リューくん」の飛行速度よりも遅いのでした。
ですが、どういうわけか白魔女は一向に私を抜かそうとはしてきません。意図はわかりませんが凄く不気味です。私に殆ど話しかけてこないのも謎です。本当に何を考えているのでしょうか。さっさと抜かしてくれればこちらの気も軽くなるというのに、こういう時に気を利かせてくれないなんて困ってしまいますよね。
いえ、これはもしかしたらラッキーなのかもしれません。ラッキーついでにここで奇跡でも起こって、私大勝利になればもっと最高なのですけれど。
……などと、私が考えていると、私の背後から何やらブツブツとした呟きが聞こえてきます。
「……なるほど、そういえばゴーレムというのはピクシーが念動操作で動かしている鉱石人形だった。つまりゴーレムの中核を成しているのは念動魔法と、それを補助するため魔法で生成された核部分ってわけだ。
……そうか。わかったぞ。あのゴーレムモードは、つまりゴーレムの身体である鉱石を操作するのに当たって必要な魔力を外へと出すだけの術なんだ……! それをあの子はあえて物質を念動操作せずに、そのままの魔力を凝縮させて武器と化している、と、いうわけだ。つまりあれは一つの応用系……ッ!
そしてあの手に巻いたリボンは、恐らく術をサポートする効果を持った魔鉱仕込みのマジックアイテムかな……凄いね。何という隠し玉だ。アレ」
相も変わらずクソ長い独り言を噛まずに言ってのけたのは、我らがにっくき最低の白魔女です。白い魔女帽子とウェディング風衣装が特徴の、長い黒髪美人という見た目の魔女です。ほんと見た目だけはマシですよね。まだ。
……そして白魔女が独り言でブツブツ言っている間、ベゼちゃんはついに動き出していました。
「分身なのか何なのかは知らないけど、全部、消えて無くなればあぁッ!」
ベゼちゃんは三日月状の魔力刃を携えた左手を構え、大量の白魔女型幽霊へと向かって左手を刃ごと振り抜きます。するとベゼちゃんの左手から魔力刃が離れ、そのまま射出されるかのように魔力刃は勢い良く飛んで行きました。それは、軌道上に浮いている白魔女型幽霊を次々と切り裂いていきます。
よく見ると、ベゼちゃんの左手と魔力刃は、薄黄色の細い線で繋がっていました。いえ、あれは魔力を変形させて作ったチェーンです。三日月状の刃からチェーンが伸びているという形は、どこか碇を彷彿とさせました。左手から繋がる碇状の魔力は、ベゼちゃんが軽く左手を動かすたびに派手に動いて、どんどんどんどん白魔女型幽霊を消していきます。
それどころかその三日月状の刃はくるくると回転し、まるでブーメランのような軌道で白魔女型幽霊に直撃していきました。途中、ベゼちゃんに対して突っ込んでくる白魔女型幽霊も居ましたが、どういうわけかベゼちゃんの身体に当たった瞬間、その全身を覆う稲妻のような魔力に弾かれてその動きを停止させてしまいます。
ベゼちゃんの魔力に当たった幽霊は、軒並みその場で動きを停止させてしまいました。動きが止まった幽霊はそのままベゼちゃんに置き去りにされてしまいます。
それを見た白魔女は説明を始めました。
「フゥム、あれはどうやら物質“支配”の魔力のようだね。僕の幽霊支配の魔法と系統が近い。その上、これまでの攻撃とは違って魔力“そのもの”で攻撃しているのもタチが悪い。
また、僕の術がバグらせられている……! 一時的に応答不能にされた……! しかもあの老人がやってきたのとは違って、このゴーレムモードはそもそもそういった効果を狙って出している節もあるね。いくらバグが一時的とはいえ、これは酷いよ!
物理的な障害は念動魔法という性質を活かして破壊し、魔力的な障害は魔力の塊という性質を活かして狂わせる……しかも稲妻状の魔力を纏っているせいで全身が守られているし、碇状の魔力で遠距離中距離にも対応している……! 何だよあれ……ずるいよ!」
幽霊支配とかいう一番ずるい術を使っている人が何かを言っています。くたばればいいのに。
白魔女は指をパチンと鳴らし、ベゼちゃんの周囲に浮いている白魔女型幽霊を全て消してしまいました。このままやられても困ると判断したのでしょう。
一応、これまでの流れから判断するに、白魔女の幽霊支配術は一度バグったぐらいでは消滅しないはずです。あくまで幽霊が一時的に操作不能になるだけで、致命傷では無いのです。
ベゼちゃんは周囲に浮かぶ白魔女型幽霊の消失に驚きつつも、ゴーレムモードを維持したまま飛行を続けました。見たところ魔力消費も大きそうなのに、どうして術を解除しないのでしょう。もしかして一度発動したら魔力が切れるまで解除出来ない類の術なのでしょうか。
と、私が色々と考えていると、またしても背後から声が聞こえてきました。
「……ま、これで励ましからの覚醒パターンや共闘フラグは潰したはずだし、これはこれでいっか☆ あの子もぐんぐん先に進もうとしているしね。ところでさ、アプリちゃん――――」
急に話しかけられてしまいました。
が、私はだんまりを決め込みます。こんな相手と話す事など一言も無いのです。抜かすなら抜かすでさっさとやればいいのです。私はもう諦めました。覚悟を決めたのです。
だからせめてレース終了までは穏やかでいたいのです。これ以上しんどいのは御免なのです。
私は一言も口にせず、ただ前進を続けていきました。
すると、またしても後ろから声が聞こえてきました。今度は、肝が冷えそうな低い声が。
「――――そろそろさぁ、やる気出しなよ」
おまけ
ベゼの術
・石弾射出とゴーレムモードの二つ。
・石弾は本人の応用によって四種の使い分けが可能であり、一つの術でありながら汎用性は高い。
・ベゼは本来もっと多くの術を保持しているが、このレースで許可されている術が二つのみなので“特に戦闘向け”の術を持ってきている。
・ゴーレムモードは全身防御・遠中近全対応攻撃・魔法物質既存物質破壊性能・魔力狂わせ等を備えたベゼの中で一番強い術。しかし発動の際に魔力消費が大きく、一度発動したら消して再度出すより“維持”した方が魔力消費を抑えられる。だが維持にかかる魔力も少なくは無いので、扱いが非常に難しい。




