第111話 創世女神の選択
第111話 創世女神の選択
朝の光が、神殿の窓から差し込んでいた。
リリアは静かに目を開けた。
長い戦いは終わった。
世界を縛っていた命令は書き換えられ、誰かの意思を消すことでしか保たれなかった仕組みも、ようやく終わりを迎えた。
それなのに、リリアの胸には一つだけ、答えを出していない問いが残っていた。
――私は、これから何になるのだろう。
「起きたか?」
声をかけてきたのはアレンだった。
彼はベッドのそばに座り、リリアの顔を心配そうにのぞき込んでいた。
「うん。ずっとそばにいてくれたの?」
「ああ。目を離したら、また世界を作り直しに行きそうだからな」
「もう、そんなことしないわよ」
「それならいい」
アレンは安心したように笑った。
その笑顔を見ていると、リリアの胸が温かくなった。
この人と過ごす未来を、もっと知りたい。
戦いのためでも、使命のためでもなく、ただ一緒に笑い、時には喧嘩をして、何でもない一日を過ごしてみたい。
それもまた、彼女自身の願いだった。
◇
昼前、リリアたちは神殿の中央広場に集まった。
ミラ、セフィル、レオン、カイル、アステリア。
それぞれが、長い旅の中で背負ってきたものを抱えながら、リリアの言葉を待っていた。
「みんなに、聞いてほしいことがあるの」
リリアは広場の中央に立った。
「私は、神々を超える力を持っている。でも、その力があるからといって、私が世界のすべてを決めるべきだとは思わない」
彼女の手のひらに、小さな光が灯った。
光の中には、無数の未来が映っていた。
争いのない未来。
誰も悲しまない未来。
すべての人が幸せになれる未来。
けれど、どの未来にも、一つの欠点があった。
それは、誰かが選ばなかった未来を、別の誰かが勝手に消してしまう可能性があることだった。
「私がすべてを決めれば、争いを減らせるかもしれない。悲しむ人を救えるかもしれない。でも、それでは、みんなが自分で選ぶ意味がなくなってしまう」
リリアは光を閉じた。
「だから、私は世界の支配者にはならない」
誰も口を挟まなかった。
「私は創世女神として、世界が自分の力で未来を選べるように見守る。必要なときには助ける。でも、誰かの意思を奪ってまで正しい未来を押しつけたりはしない」
それが、リリアの出した答えだった。
神々を超える力を持ちながら、すべてを支配しない。
誰よりも強いからこそ、他者が選ぶ余地を残す。
それが、彼女の望む創世女神の姿だった。
◇
「いいじゃない!」
最初に声を上げたのはミラだった。
「リリアらしいわ。あんたが世界中の面倒を見るなんて、絶対に無理だもの!」
「ミラ、それは褒めているのか?」
レオンが苦笑する。
「もちろん!」
広場に笑いが広がった。
セフィルも、穏やかな表情でうなずいた。
「私は、誰かの命令に従うだけではなく、自分で選びながら生きていきます。リリアが作った世界で、その自由を大切にしたい」
「俺も同じだ」
カイルは銀色の指輪を見つめた。
「過去の記録を守るだけじゃなく、これから生まれる記録も守っていく。けれど、誰かの未来を決めるためには使わない」
アステリアは、リリアの前に進み出た。
「私は、あなたに謝らなければならないことがたくさんある。エリシアの意思を守るつもりで、彼女が選ぶ自由を奪ったことも……」
「アステリア」
リリアは彼女の手を取った。
「過去のことを、なかったことにはできない。でも、これからどうするかは選べるよ」
アステリアの瞳に涙が浮かんだ。
「ありがとう。今度こそ、私は自分の意思で、あなたたちと向き合うわ」
リリアはうなずいた。
失われた時間は戻らない。
傷ついた人たちの記憶も、簡単には癒えない。
それでも、未来を変えることはできる。
誰かがその可能性を信じる限り。
◇
夕暮れ、リリアは神殿の丘に立っていた。
隣にはアレンがいる。
眼下には、少しずつ灯り始めた街が広がっていた。
「これから、どうするんだ?」
アレンが尋ねた。
「まずは、ちゃんと休むわ。それから、旅を続けたい」
「旅?」
「世界には、まだ知らない場所がたくさんあるでしょう? 神殿の中から世界を見守るだけじゃ、きっと分からないこともあるから」
「なら、俺も一緒に行く」
あまりにも自然に返ってきた言葉に、リリアは思わず彼を見た。
「……本当に?」
「君が嫌じゃなければ」
その言葉を聞いて、リリアは笑った。
「嫌なわけないでしょう」
そして、少しだけためらってから、彼の手を握った。
「アレン。私は、これからもあなたと一緒にいたい。世界を救うためだけじゃなくて……あなたと過ごす時間が好きだから」
アレンは目を見開いた。
それから、ゆっくりとリリアの手を握り返した。
「俺もだ。君が女神だからじゃない。強いからでもない。リリアだから、そばにいたい」
その言葉に、リリアの頬が赤くなった。
「……そういうこと、急に言わないで」
「君が先に言ったんだろう?」
「もう!」
二人は顔を見合わせ、笑った。
その笑い声を、夕風が遠くへ運んでいく。
◇
空に、一番星が輝いた。
リリアは、そっと手首を見つめた。
そこにあった白い花の紋章は、もう強い光を放ってはいなかった。
誰かの記憶を閉じ込める印でも、過去へ引き戻す鎖でもない。
ただ、小さな花の形をした痕跡として、彼女の手首に残っていた。
リリアは、その花にそっと触れた。
「あなたも、自分の未来を見つけられるといいね」
遠く離れたどこかで、あの銀色の髪の人物も、自分の人生を歩き始めているはずだった。
失われた記録のすべてが戻ったわけではない。
名前の分からない人もいる。
答えの出ていない願いもある。
けれど、すべてを知ることだけが、前に進む条件ではなかった。
リリアは、もう過去に縛られない。
過去を否定することもなく、誰かの願いを勝手に完成させることもなく、自分の未来を歩いていく。
「行こう、リリア」
アレンが手を差し出した。
リリアは、その手を取った。
「うん!」
二人は丘を下りていった。
神々に捨てられた少女は、誰かに選ばれることを待つのをやめた。
神々に認められたから女神になったのではない。
神々を超えた力を持っていたからでもない。
自分の意思で未来を選び、他者にもその自由を残すと決めたからこそ、彼女は創世女神となったのだ。
そして、世界には新しい朝が訪れようとしていた。
次回、第112話「新しい世界の朝」――最終話
リリアが選んだ世界で、仲間たちはそれぞれの未来へ歩き出す。そしてリリア自身も、創世女神として、そして一人の少女として、新しい人生の第一歩を踏み出す。物語は次回、完結。




