「自サバ女を見習え」って? 何を仰ってるの?
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「あたし、男ばっかの中で育ったから、男勝りになっちゃって!今さら女同士のネチネチした付き合いとか無理なんだよねー。あ、可愛い可愛いシルフィーナちゃんにはわかんないかぁ」
「………」
(どうしてこうなったのかしら…?)
遡ること5分前。
午後のお茶の時間。王立学園のカフェテリアで、ローゼンバーグ侯爵家の次女であるシルフィーナは、紅茶を飲みながら婚約者を待っていた。
人形のように整った愛らしい顔立ち、一切の隙のない美しい所作。銀色のつややかな髪を完璧に結い上げ、最高級のレースがあしらわれたドレスを纏った彼女は、学園の誰もが憧れる、おしとやかな深窓の令嬢そのものであった。
「お待たせ、シルフィーナ!いやあ〜、悪い悪い。講義が長引いてさ」
そこへ現れたのは、彼女の婚約者であるバルト伯爵家の嫡男、エドモンドだ。
見栄えだけはする男だが、その表情には緊張感がない。それもそのはずで、彼の腕には、制服のボタンを開け胸の谷間を露出させた、スカートの丈の短い女子生徒が絡まっていた。
「もー、エドモンドが足遅いからだよー!シルフィーナちゃん、待たせちゃってごめんねー?」
(シルフィーナちゃん…?)
彼女は、最近地方の男爵家から編入してきた、この学園のちょっとした有名人である。
もちろんシルフィーナとの面識はない。
(…あらあら、婚約者との定例のお茶会に遅刻した上に、事前連絡もなく女性を同席させるとは。
バルト伯爵家の次期当主としてのマナーはどうなっているのでしょう)
シルフィーナはふんわりと、おっとりとした笑みを浮かべて首を傾げた。
「いいえ、エドモンド様。お気になさらないで。……そちらのお方は?」
もともとこの婚約は、幼い頃にエドモンドがシルフィーナに一目惚れし、バルト家側から「どうしても」と何度も頭を下げられて結ばれたものだ。家格も歴史もローゼンバーグ侯爵家の方が圧倒的に上。それなのに、彼は初恋の高嶺の花を手に入れた優越感からか、完全に調子に乗っているようだった。
「あぁ、彼女はミレイユ。僕と同じクラスの子なんだけど、女友達がいないみたいでさ、シルフィーナ、仲良くしてやってよ」
(ほほぅ…仲良くしてやってよ、ですか…)
「もー!女友達いないとか言うなー!
あたし、昔から男子とばっかりツルんでたから、今さら女同士のネチネチした付き合いとか無理なんだよねー」
「シルフィーナの前でそんなこと言うなよ〜。でもまぁ確かに令嬢たちの社交って裏表があって疲れるもんな」
「でっしょー?
それにあたし、田舎育ちで周り男ばっかの中で育ったから、根っから男勝りになっちゃって!おかげでドレスのひらひらw、とか、いい匂いのするお化粧wとかも超苦手。ご令嬢たちと話合わなさそうだもん」
ミレイユはガハハとわざとらしい笑い声を上げ、エドモンドの肩に手を回す。その際、彼女の胸がこれ見よがしにエドモンドの腕へ押し当てられたのが見えた。
「確かにミレイユは男っぽいし、おっさんみたいだし、もはや男友達だな」
「こらー!だれがおっさんだー!!ちょっとは女扱いしろー!」
いったい何を見せられているのだろう。
「まあ…………………そうなのですか。お友達、でいらっしゃるのね」
シルフィーナはトーンを一段落とし、優しく微笑んだ。
「そうなんだよー!あたし、がさつだからさ、女の子受けが本当に悪くて!
だからさ、エドモンドみたいな気ぃ使わない男友達と一緒にいる方が楽なんだー」
ミレイユはそう言いながら、シルフィーナのテーブルに置かれた特製の限定マカロンを、断りもなくひょいとつまんで口に放り込んだ。
(あっ…)
「うっわー!甘い!あたし、こういう上品なお菓子って苦手なんだよねー。やっぱりドカンと肉食う方が性に合ってるっていうかさ。
エドモンドとも、この前二人で街の酒場に行ってさー、お肉ガッツリ食べてめちゃくちゃ盛り上がったんだよね。あ、エドモンドの隣、座っていーい?」
ミレイユは返事も待たずにその隣へ滑り込み、さらに距離を詰める。
「それにしても、シルフィーナちゃんはホントかわいいねー。まるでお人形みたーい!」
「はぁ…。ありがとうございます」
当然である。「人形のように美しくおしとやかな令嬢」でいるためにシルフィーナは努力を欠かさないのだから。
「近くで見てもお肌もつるつる〜!ファンデーションでも塗り込んでんの?そんなに肌に塗って重くないのw?」
「…はい?」
「あたしはさー、そんなお洒落に時間もお金も使えないし、めんどくさいから男っぽい格好ばっかりしちゃうんだよねぇ。あ、今もすっぴんでごめんw
毎日髪の毛巻いて、ひらひらのドレス着て、男の人のご機嫌伺いする人生なんて、あたしには絶対無理!息が詰まっちゃう!」
ミレイユの言葉は、徐々にトゲを増していく。
「エドモンドもさ、あたしといる時が一番素の自分を出せて楽だって言ってくれるんだよねー。
やっぱり男の人って、中身が薄っぺらい着飾るだけの女より、中身で勝負できる自然体な女の方が、一緒にいて落ち着くんだよ。ね、エドモンド?」
「あ、ああ、まあね。ミレイユといると確かに気を張らなくていいというか……」
エドモンドのその言葉に、シルフィーナの笑顔が、ぴたりと静止した。
「あたしはわざわざ着飾って媚びなくても、素のままを認めてくれる男友達が周りにたくさんいるからラッキーだわ」
ねーエドモンド、と言いながらミレイユが勝ち誇ったように笑いながら彼の腕にぎゅっと抱きつく。
腕に当たる柔らかな胸にデレデレと鼻の下を伸ばしながら、エドモンドが続けた。
「ミレイユは本当にサバサバしてるなぁ。シルフィーナも見習ったらどうだい?」
(……は?)
「いつもそんな風に完璧だと、僕もちょっと疲れちゃうというかさ。ミレイユみたいに、飾らないナチュラルな可愛さがある方が、男としては楽なんだよね」
――その瞬間、シルフィーナの中で、これ以上の関係性を維持するメリットが完全にゼロになった。
(……我がローゼンバーグ侯爵家がバルト伯爵家を支援する大前提は、エドモンド様が私を尊び、誠実であること。
他家の女性と不適切な距離感を保ち、公衆の面前で我が家の教育と矜持を侮辱する殿方など、我が家にとって損失以外の何物でもありませんわね)
元々こちらが望んで婚約を結んだわけではない。
(これ以上の付き合いは時間と資産の無駄ですわ。それに…)
先程最後の1つをミレイユに盗まれた、特製の限定マカロンの空き皿を見つめる。
美容のためにマカロンは週1回と決められているのに。
(わたくしのマカロンを盗み食いした罪、万死に値しますわ…!!!)
シルフィーナはゆっくりと息を吐き出し、長い睫毛を震わせた。
そして、はらはらと、大粒の涙をその美しい瞳から溢れさせたのである。
「…そう、でしたのね……っ」
短い悲鳴のような声を漏らし、シルフィーナはハンカチで口元を押さえた。
その姿は、あまりにも儚く、今にも壊れてしまいそうなほど痛々しいものであった。
「わたくしの……わたくしの日々の努力は、エドモンド様を疲れさせていただけ、だったのですね……。
ミレイユさんのような、方がお好みだとは知らず……わたくしが、出しゃばった真似を……っ」
ぽろぽろと零れ落ちる美しい涙。カフェテリアの空気が、一瞬で凍りついた。
さりげなくこちらの様子を窺いながら、周囲で優雅にお茶を楽しんでいた他のクラスの令嬢たち、そして騎士科の男子生徒たちの視線が、一斉にこのテーブルへと突き刺さる。
「おい、見ろよ……シルフィーナ様が泣いているぞ」
「あの女、なんて無礼なことを……!」
「エドモンド様、婚約者がいる身でありながら、あんな下品な女を連れてシルフィーナ様を侮辱するなんて!」
周囲から突き刺さる無数の冷ややかな視線と、一気に険悪になった空気。
エドモンドはそこで初めて、自分がとんでもない失言をしたことに気づき、顔面を蒼白にした。
「ち、違うんだ、シルフィーナ!僕はそんなつもりじゃなくて、ただミレイユは男友達みたいなものだから、その――」
エドモンドが焦って言い訳をしようとした、その時。隣に座るミレイユが、信じられないことに、全く空気を読まずにふんと鼻で笑ったのだ。
「ほら、やっぱり女ってすぐそうやって泣くんだよねー。ちょっと本当のこと言われたくらいで被害者ぶるの、女の嫌な部分が出てるよ?お人形みたいに着飾るだけじゃなくて、もっと心根も強くしなよw」
その瞬間、カフェテリア中の令嬢たちのこめかみに青筋が浮かんだ。
日夜、家名のために、そして未来の婚約者のために淑女教育に励んでいる彼女たちにとって、ミレイユの発言はシルフィーナ個人だけでなく、「すべての努力する令嬢」に対する最大の侮辱だったからだ。
「な、ミレイユ、お前何を言って――」
エドモンドが慌ててミレイユの口を塞ごうとするが、もう遅い。周囲の雰囲気は、言葉通り「最悪」の臨界点に達していた。
そこへ、低く、しかし美しく響き渡る声がカフェテリアに差し込んだ。
「――実に聞き苦しい話をしているな、バルト伯爵令息」
割って入ってきたのは、艶やかな黒髪と、海のような深い青の瞳を持つ青年だった。その圧倒的なオーラと洗練された佇まいに、周囲の生徒たちが一斉に息を呑み、道を開ける。
「あ、アレクシス公子……!?」
思わずエドモンドがガタガタと椅子から立ち上がった。
そこに現れたのは、帝国からの留学生、名門ガルディニア公爵家の嫡男、アレクシスだった。伯爵令息ごときが足元にも及ばない、雲の上の存在である。
アレクシスの瞳には、純粋な憤りと不快感が宿っていた。
彼は決してシルフィーナと親しいわけではない。しかし、令嬢として完璧な姿のシルフィーナを夜会で何度か見かけた事があった。
他国の人間とはいえ、優れた才覚を持つ者が不当に貶められる様は、アレクシスのプライドが許さなかった。
それに、これほど有能な女性だ。もし今の婚約が破綻するならば、我が国に招き、しかるべき『縁』を築くよう動くのも、決して悪い投資ではない。
アレクシスはシルフィーナの前へと歩み寄り、優雅に一礼した。
「…ローゼンバーグ侯爵令嬢。これほど気品に満ちたあなたの日々の努力を、あろうことか下品な女を『見習え』などと吐き捨て、踏みにじるなど……目を疑う暴挙だ。
このような無教養な男に、あなたの真の価値など生涯理解できまい」
「アレクシス様…」
「…このような見る目のない男など捨てて、我がガルディニア公爵領へ来ないか?
貴女ほどの令嬢がこのような場所に埋もれるのは損失だ。我が国で見聞を広め、真にふさわしい舞台を探すべきだ」
「え…っ?」
シルフィーナは涙に濡れた瞳を大きく見開いた。可憐な、驚きの表情。
「無論、無理強いはしない。ただ、ガルディニア公爵領は有能な人材を歓迎する場所だ。己の価値を理解せぬ男のそばに身を置くよりは、よほど有意義な選択肢だと思うが、いかがかな?」
周囲の令嬢たちは「まあ……!」「アレクシス様が直々に……!」と、その救いの手にうっとりと声を漏らしている。
「あ、アレクシス公子!お待ちください、シルフィーナは僕の婚約者で――」
「彼女を公衆の面前で侮辱し、他の女を腕にぶら下げた男に、彼女の婚約者を名乗る資格はあるというのか?」
「うぐっ…」
アレクシスの言葉に、エドモンドは完全に蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
シルフィーナは、そっとハンカチで涙を拭い、アレクシスを見つめて儚げに微笑んだ。
「アレクシス様……温かいお言葉、救われる思いでございます。まずは父と相談をして、わたくしも前向きに考慮させていただきますわ。
そしてエドモンド様……わたくしに対するお気持ち、しかと受け止めましたわ。婚約の件は、しかるべき手続きを取らせていただきます」
シルフィーナは立ち上がり、すっとアレクシスの差し出した手を取った。
アレクシスにエスコートされ、優雅に歩き出したシルフィーナは、展開の早さについていけず呆然と立ち尽くすミレイユの真横を通り過ぎる。その一瞬、シルフィーナはごく自然な動作で、ミレイユの耳元へ顔を寄せた。
そして、誰にも聞こえない極小の囁き声で、極上の毒を孕んだ一言を落とした。
「――サバサバを気取る割に、ずいぶんと女の体を武器にされてますのね。ミレイユ様も、とっても女の嫌な部分が出てますわよ? うふふ」
そう言ってほんの一瞬だけ憐れむような笑みを浮かべる。すでにその目元から涙は消え失せていた。
「なぁッ…!?」
カッと頭に血が上り、完全に理性を失った。
暴かれた恥ずかしさと屈辱、そしてあの儚げな涙がすべて自分たちを嵌める罠だったという事実に、ミレイユの脳みそは一瞬で沸騰した。
「な、なんなのよあんた!!このメギツネッ!!ずるい、汚い、この性悪女がァッ!!」
「ま、待て!やめろって!!」
シルフィーナに突進しようとするミレイユを、止めにはいったエドモンドだったが、その勢いに突き飛ばされ、大理石のテーブルへと激突した。
ガッシャァァァン!!!
高級な陶磁器が粉々に砕け散り、エドモンドは熱い紅茶と破片の海へ突っ込んで床を転がる。
「ぎゃああああっ!? 熱い! 手が、手が切れたぁぁっ!」
「え? あ、エドモンド!?あ、 あたし、そんなつもりじゃ……」
カフェテリア内は、完全に引いていた。
「公衆の面前で暴力を振るうなんて……」
「いつも男にベタベタしてる女だと思ってたけど、がさつにも程があるな…」
「エドモンド様も自業自得よ。あんな女をありがたがって、シルフィーナ様を傷つけるから……」
「すっぴんとか言ってたけど、どう見てもあれすっぴん風メイクでしょ」
婚約者を侮辱した挙げ句、血まみれで這いつくばる伯爵令息。
そして、理性を失って暴力沙汰を起こした男爵令嬢。
二人の学園内での社会的評価は、この瞬間、完全に地の底へと叩き落とされたのであった。
そんな騒ぎを背後に聞きながら、シルフィーナはアレクシスに伴われ、優雅にカフェテリアを退出した。
学園の静かな中庭へと続く回廊。
人気のない場所まで来ると、シルフィーナはアレクシスの手をそっと離し、深く一礼した。
「アレクシス様、先ほどは素晴らしい助け舟をありがとうございました。お陰様で、当家にとって不利な印象を与えることにならずに済みましたわ」
その声には、先ほどまでの儚さや悲壮感は微塵もない。凛とした、しかしどこか楽しげな、計算高い大人の女性の声だ。
アレクシスは足を止め、シルフィーナを振り返ると、ふっと悪戯っぽく、しかし魅力的に唇を吊り上げた。
「いや、素晴らしい演技だったよ、ローゼンバーグ侯爵令嬢。
夜会で見るだけでは気づけなかったけど、君はなかなかいい性格をしているな。俺の助けなんて不要だったかな?」
「あらまあ、何のことでしょう?」
シルフィーナはおっとりと首を傾げる。
(然るべきタイミングで使われる涙は女の武器。あの場であれば、涙を流して悲劇のヒロインに徹しておけば、我が身の潔白を証明するに十分だと踏んでおりましたけれど。
まさかアレクシス様が介入してくださるとは、幸運でしたわ)
バルト家との婚約破棄による一時的な社交界でのリスクを多少なりとも懸念していたが、帝国最高位の公爵家直々のスカウトとなれば、我がローゼンバーグ侯爵家の名声には一切傷つかないだろう。
思わぬところから手に入れた最高に都合の良いカードに、胸の中で楚々として微笑む。
「とぼけなくていい。俺には聞こえていたよ。君が去り際、あの令嬢に囁いた一言がね。それと、あの弱々しい涙も完璧な計算だろう?」
アレクシスの海のような瞳は、すべてを見抜いていた。
最初はただ義憤から助けに入ったアレクシスだったが、彼女が実は最高に計算高く、したたかな傑物であると知り、彼の瞳に猛烈な興味の光が灯る。
シルフィーナは、隠すだけ無駄だと察し、フッと妖艶に微笑んだ。おっとりとした令嬢の仮面を脱ぎ捨て、その瞳に冷徹で知的な輝きを宿す。
「ふふ、お恥ずかしいところをお見せいたしましたわ。…ええ、おっしゃる通りです。
感情に流されるのは非効率ですが、涙は周囲を動かすための最も有効な道具。盤面を操作するのにこれほど効率的な手段はございませんもの。
アレクシス様におかれましても、女の涙と自称サバサバ系には騙されませんよう、ご注意くださいな」
堂々と自分の計算高さを明かしたシルフィーナ。
アレクシスは一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにククッ、と低く愉しげに笑い声を漏らした。
「最高だ。君がただ守られるだけの人形でなくて安心したよ。貴族の権力争いは、君のように苛烈でしたたかな女性でなければ生き残れないからね。ますます君という人間に興味が湧いた」
アレクシスは一歩近づき、紳士的に微笑んだ。
「まずは改めて、今夜ディナーでもいかがかな?お互いの腹の内を明かし合う、有意義な時間にしよう。シルフィーナ嬢」
「ふふ。喜んで、アレクシス様」
シルフィーナは今度こそ、心からの、そして最高に美しい微笑みを彼に向けた。
そして、思い出したように付け加える。
「ちなみに、わたくしはお肌は粉をはたいてるだけですわ」
「あぁ…気にしてたんだね…」
背後のカフェテリアから聞こえる哀れな元婚約者たちの絶望の声を遠くに聞きながら、完璧な令嬢は、新たなる輝かしい未来へと、優雅に歩みを進めるのであった。
アレクシス(…ひどく悲痛な表情をしている。どれほど気丈に振る舞っていても、やはり婚約者たちの裏切りに傷ついていたのか。可哀想に……)
シルフィーナ(あぁ…わたくしのマカロン…。また来週までお預けだなんて…)




