断罪された令嬢、皇帝陛下に拾われた結果、祖国が滅びました
「皇帝陛下、どうか助けてください!」
広間に女性の声が響いた。
その隣に立っている王太子は、何が起きたかわからない様子で硬直している。
幼い頃から婚約者だった二人。
一度は誤解により婚約が白紙になったが、それもすでに解けている。
王太子は謝罪をして、改めて彼女と結婚することになった。
――そんな説明がされたばかりだった。
今は、結婚式の後の宴の真っ最中。
王国内の主だった貴族だけでなく、諸外国からの賓客もいる。
無事に結婚式を挙げ、王家は何事もなかったかのように振る舞おうとしていた。
まさに、その場で、女性が声を上げたのだ。
彼女は一気にまくし立てた。
幼い頃から、婚約者として厳しい教育を受けた。一方で、妹は自由に育つ。
年頃になって、王太子は妹の方に惹かれて浮気をした。
学園の卒業式で彼女を悪人に仕立てて断罪し、妹と婚約すると宣言。
だが、妹の奸計が発覚し、修道院へ。
王太子の口先だけの謝罪。あげくの果てに「魅力のないお前が悪い」と責められる始末。
権力を握るために、大人しく再婚約しろという両親。わがままを言うな、我慢しろと殴られ、今日まで自室に監禁されていた。
先ほどの誓いのキスで、気持ち悪くて吐きそうになった。
このままでは、妹と肉体関係があった男と結婚させられる。
こんな国には未練がないので、帝国で保護してほしい。
王太子は青ざめたり、怒りで顔を赤くしたりしているが、客の手前、怒鳴りつけることもできない。
国王夫妻は玉座で硬直したまま、動けないでいる。
彼女の両親と兄は、怒りで顔がどす黒くなっていた。妹を処分して取り繕えたと思ったのに、姉まで騒ぎを起こすのかと。
「今夜、あの男に触れられる前に自害しようと考えていました。
ですが、皇帝陛下のお顔を拝見し、思いついてしまったのです。
今すぐ、亡命を受け入れてください!」
従順で、家族や王族に振り回されていた大人しい少女が、帝国の皇帝に堂々と訴えている。
まるで周囲が目に入っていないように、赤裸々に語る。
「何と気の毒なことだ。
この国の王太子は、女性の人生をなんと心得ているのか。実に嘆かわしい。
こんな野蛮な国から一人の女性を救う――それくらいの権限は持っているつもりだぞ」
帝国の皇帝は、女性は皇帝になれないという規則を改めた人物だ。
女性が不当に権利を制限される現状を愁いている。
「ありがとう存じます、皇帝陛下」
彼女はむせび泣いた。
断罪されたときにも涙を見せなかった彼女が……。
一連の騒動を眺めていた貴族たちは、少し気まずげに目を反らした。
王太子たちの断罪に協力していた学生の大半は、この場にいない。
妹の嘘に加担したため、表舞台に立たせられなくなった。
王太子が姉と無事に結婚したら、うやむやにして復帰させられると期待していた親たちはため息を吐いた。
帝国に睨まれかねない人間には、もう復活する機会は与えられないだろうと――
馬鹿息子を育てて放置した国王は、呑気に「これにて一件落着」という気分で宴を開いた。
そのことを激しく後悔した。
親を押さえてしまえば、令嬢ごときに何ができると侮っていた。
案の定、大人しく結婚するしかない令嬢の花嫁姿を見て、自分の手腕に惚れ惚れしていた。
これで、この国は安泰だと。
帝国の皇帝が女性の権利を守るために各国を行脚して、口を挟んでいるのを他人事だと思っていた。
令嬢の父親が立ち上がり、皇帝に口答えをした。
「恐れながら、他国の皇帝陛下にそのような権限はございますまい。
父親として、断固反対いたします」
「これは異な事を。
結婚式を挙げた娘は、もう父親の元を離れたと見なされる。
お前の出る幕は終わった」
皇帝にそう言われてしまえば、確かに「親として」口を出すのはおかしいのかもしれない。
父親は黙らざるを得なくなった。
王太子は、それならばと意見を出した。
「夫である私が、そんなことは許さない」
「お前、接吻が吐き気がするほど気持ち悪いと言われたのに、何とも思わないのか?」
得体の知れない者を見るように、蔑んだ目を向ける。
「そ、そんなのは経験のない初心な女が臆病になっているだけのことで――」
皇帝が花嫁を見ると、涙目で首を横に振る。
「絶対に、嫌です! 耐えられません。汚らしい、触りたくない。
妹が嘲るように『ああした』、『こんなことした』と言うのが甦って、生理的に無理です」
「――だそうだ。
合意の上で致すことは不可能だろうな」
王太子が唸りながら、頭を掻き出した。
「大人しく、天井でも見ていろ!」
「ほう、それは強姦するという宣言だな?
この女性は身の危険を感じて、国からの脱出を希望している。
私は彼女の亡命を認め、帝国で受け入れる」
その宣言で、宴は騒然とした。
皇帝は花嫁をエスコートするように庇い、その足で帝国に向かった。
王太子は他国の賓客の手前、これ以上の醜態は見せられないと判断され、自室に監禁された。
国王は「だから女性の権利など認めるものではないのだ」と恨みがましく、周囲に八つ当たりした。
この事件を受けて、能力のある女性が帝国に逃げ込むようになる。
出国を阻止しようとしても、帝国の人間が気軽に視察に来るようになった。
王国側が警戒している隙を狙って、令嬢たちは帝国の人間に接触し、そのまま保護されてしまう。
帝国の軍事力の前に、王国は泣き寝入りせざるを得ない。
もちろん、全員が成功するわけではない。
失敗した令嬢の中には、絶望して命を断つ者もいた。
ついに、国王は鎖国を宣言した。
女性の主張を取り入れて国を変えていくなど、敗北と同じである気がしたのだ。
鎖国と言うことは、物資が入って来なくなる。
作ったものを売りに行けない。
これで経済が回るはずがなかった。
半年後、生活が苦しくなった平民が蜂起した。
貴族の女性もそれを支援して、運動は拡大。
反国王派の貴族が結託して、国王と王太子は吊されたのだった。
王太子は最後まで見苦しく、すべてを他人のせいにしていたらしい。
それを新聞で読んだ元婚約者の令嬢が、微笑んだ。
「皇帝陛下。そろそろ攻め時ですね」
「反乱軍が自滅を始めるのを待つのだ。戦意が昂揚しているときは、どちらに転ぶかわからぬ故。
旗印はお主が持て」
リラックスした表情で、皇帝は楽しそうに計画を語る。
「光栄ですわ。
わたくしを踏みにじろうとした人たちは、思い知ったかしら」
「国王と王太子は反省する時間も与えられなかったようだから、どうだろうなぁ。
お前の親はどうする? どうしたい?」
令嬢は少し考えてから答えた。
「革命の混乱の中で探していただくのも、大変でございましょう?
使用人がいなければ、ろくな生活もできないような人たちです。
もう生きていないかもしれません」
ほんの少しだけ胸が痛んだ。
だが、彼らは「お前一人が我慢すれば、すべて丸く収まる」と言ってのけたのだ。
堂々と生け贄にすると言った人を、どうしても許せない。
皇帝の執務室がノックされた。
「恐れながら、城門の前で難民が騒いでおります。
参謀補佐の親だと主張しておりますが」
「不届き者として牢屋に入れておいてください。貴族牢ではなく、一般牢で構いませんわ。
会うかどうかは……後で考えます。」
無表情で、ゾッとするほど冷ややかな口調だった。
渾身の訴えを無視された。人生を、感情をくだらないと一笑に付された。
あのとき、恥を忍んで皇帝に縋らなければ、今ごろ死んだような目をして政務に追われていただろう。
もしかしたら、王太子の仕事も押しつけられていたかもしれない。
未だに、体が燃えるような怒りがくすぶっているようだ。体温が上がり、血が頭に上るような感覚がする。
忘れかけていた感情が刺激されて、今再び顔をのぞかせる。そのまま眠らせておけばよかったものを……。
ああ、本当に――彼らの名前を思い出すだけで、体の中からどす黒い炎が噴き出しそうだ。
なぜわたくしがあなたたちを助けると思っているのかしら。
いい加減にして!
わたくしをどこまで愚弄する気なのかしら。
――大丈夫。
両親といえど、もう脅威ではない。
今さら、わたくしの人生を勝手に決めることなど、できはしないのだから。
そう、心に刻み、皇帝と上司である参謀に笑顔を向ける。
「些末なことでお時間を無駄にして、申し訳ございません。
次の議題に移りましょうか」




