聖女として使い潰されたので、最強騎士と一緒に国を捨てました!
「俺は、国を捨てる。アーネスティア。お前は──聖女という肩書きを捨てて、俺と共に来る覚悟はあるか?」
月も星も瞬かない。
雲が重く垂れ込めた夜空の下、スタンガリア王国騎士団長・バルトライトは、ただ一人の女性を見つめていた。
アーネスティアは、かつて町娘だった。
今は、王国を守る“聖女”として、誰よりも多くの祈りを捧げ、誰よりも多くの命を癒してきた。
「……はい」
掠れた声だったが、迷いはなかった。その小さな頷きを見て、バルトライトは胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
∮∮〜第一章:聖女誕生──疲弊〜∮∮
一年前。
王都近くの小さな村に、女神は突然現れた。
『汝に力を与えよう。その力を、“守るべきもの”のために使いなさい』
癒しの力を授かったアーネスティアは、瞬く間に噂となり、王城へ招かれた。
スタンガリア王国は魔法鉱石の産出国だ。豊かな資源は同時に、争いの種でもあった。
国境では隣国との小競り合いが絶えず、魔獣や魔王軍も鉱石を求めて襲ってくる。
そのすべてを防いでいたのが、騎士団と、そして聖女だった。
早朝、国王の命令により、大臣がアーネスティアの元を訪れた。
「今日も……祈りを、ですか」
アーネスティアは、城に来てから弱音を吐いたことは一度もなかった。
だが、日中は傷を負った兵士に癒しを、夜は魔法陣に力を注ぎ続ける生活は、確実に彼女の命を削っていた。
夜明け前、治療を終えた彼女が眠りに落ちるのを、騎士団長・バルトライトは何度も見てきた。
細くなった肩。冷たい指先。
──聖女ではない。ただの、無理をしている女性だ。
そう思うたび、胸が締め付けられた。
「今日は、もう休め」
ある夜、彼はそう言った。
アーネスティアは驚いたように目を瞬かせ、困ったように微笑んだ。
「大丈夫です。私がやらなければ……」
「お前が倒れたら、誰が守る」
強い口調だったが、彼女はその奥にある心配を感じ取っていた。
その日から、彼女にとってバルトライトは“安心できる場所”になった。
疲れ切った心を、ただ彼の前でだけ休ませることができた。
∮∮〜第二章:愚王〜∮∮
王の間には、甘ったるい果実酒の香りが漂っていた。
「ふあぁ……まだ終わらんのか?」
玉座にだらしなく身体を預けたアッガスは、隠す気もなく大きく欠伸をした。
玉座の脇には、金銀の杯と食べかけの菓子。会議の最中だというのに、王の姿勢に緊張感は微塵もない。
「陛下。北の鉱山で魔獣の動きが活発になっております。騎士団の増派を──」
「その件なら、聖女に祈らせておけ」
アッガスは報告書に目を通すことすらせず、ひらひらと手を振った。
「魔法陣があるだろう? あれは何のためにある」
「ですが、アーネスティア殿は既に三日連続で休みなく──」
「なら、四日目も五日目もやらせればよい」
即答だった。
「聖女とはそういうものだ。国のために働く存在だろう?」
重臣たちは言葉を失った。
誰もが、聖女が町娘であり、無理を重ねていることを知っている。それでも、王の前では口を噤むしかなかった。
アッガスは杯を傾けながら、面倒くさそうに続ける。
「それに、褒美は与えている。衣も食も不足はない。文句を言う理由はなかろう」
──命を削っているというのに、と誰もが思った。
だが、その言葉を口にする者はいなかった。
そこへ、別の報告が入る。
「陛下。騎士団長バルトライトが、負傷者の増加を理由に、聖女の負担軽減を──」
「またか」
アッガスは顔を顰めた。
「騎士団長は優しすぎる。聖女など、代わりはいくらでもいるというのに」
国王は面倒くさそうに立ち上がり、怠惰で肥えた体を引きずるように歩き出す。
「騎士団長には、聖女はよくやっていると伝えておけ」
そう言い残し、重たい足取りで王の間を後にした。
∮∮〜第三章:叱責・追放・謀略〜∮∮
だが、限界は突然訪れた。
一瞬の眠気。
ほんのわずかに緩んだ魔法陣。
その隙を突き、魔王軍は鉱山へ侵攻した。
多くの負傷者。血と悲鳴。
バルトライトの剣が戦場を切り裂き、辛うじて王国は守られた。
──それでも。
「この役立たずが!」
王の間で、アーネスティアは一方的に叱責された。
彼女は謝罪の言葉を繰り返すことしかできなかった。
さらに告げられたのは、隣国への“引き渡し”。
「新たな聖女が見つかった。お前の役目は終わりだ」
その噂が嘘だと、この場にいる者は誰一人、知る由もなかった。
──国王すらも。
バルトライトは王に詰め寄った。
「陛下! それではあまりにも非道ではありませんか──」
「そう案ずるな、騎士団長殿。新たな聖女は、そこの役立たずよりも使えるらしい」
その言葉で、すべてが決まった。
◇
時を同じくして──
スタンガリア王国の南に位置する隣国・ヴァルグレオ。
その王の間では、低い笑い声が響いていた。
「ははは……実に滑稽だな」
玉座に腰掛けた隣国王は、手元の書簡を指先で弾いた。
そこには、スタンガリア国王アッガスからの返書があった。
──聖女の引き渡し、了承した。
「『力の強い聖女を献上する代わりに、貴殿のところの聖女を召しとりたい。そうすれば、我が国は戦場から撤退する』などと書いて送っただけで、本当に信じるとはな」
重臣の一人が、慎重に口を開く。
「ですが陛下、もし噂が嘘だと知られれば──」
「構わぬ」
隣国王は、薄く笑った。
「我らが欲するのは、スタンガリアの聖女、その力だけだ」
聖女は国家の要。
彼女を失えば、魔法陣は弱まり、騎士団は疲弊する。
「戦をせずして、鉱山を手に入れる。これほど美味い話はないだろう?」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……新たな聖女など、実在しないというのに」
その言葉に、隣国王は肩を揺らして笑った。
「だからこそだ。アッガスは“確認”というものを知らぬ! 情報を集めず、疑いもせず、目先の利益と安易な取引に飛びつく。聖女を差し出せば平和が買えると、そう思ったのだろう。愚か者め」
王の視線は、国境線が引かれた地図へと向けられた。
「聖女さえ奪えば、魔法陣は崩れる。あとは、流れに身を任せればよい」
その夜、ヴァルグレオでは祝宴が開かれた。
◇
∮∮〜第四章・女神の真意〜∮∮
その夜。
嵐の前触れのような重たい空気の中で、彼は彼女を呼び出した。
「俺は、国を捨てる。アーネスティア。お前は──聖女という肩書きを捨てて、俺と共に来る覚悟はあるか?」
バルトライトは、驚きに目を見開くアーネスティアを、まっすぐ見据えた。
「お前を蔑ろにする国に、俺が仕える理由はない」
震える手で、彼女は胸元を握りしめた。
──この人となら。
翌朝。
雷鳴轟く嵐の中、二人は誰にも気づかれず城を後にした。
国境を越え、ようやく雨が止んだ頃──
「……本当に、良かったのですか」
不安そうに尋ねる彼女に、バルトライトは静かに答えた。
「国王への恩義はあった。だが、それ以上に──お前を守りたかった」
そう言い切ると、バルトライトは逞しい腕でアーネスティアの細い身体を引き寄せた。
見つめあう二人の唇が、そっと重なった。
その瞬間、アーネスティアの脳裏に女神の言葉が蘇った。
『“守るべきもの“に、癒しの力を使いなさい』
──ああ、そうだったのですね。
アーネスティアは、ようやく理解した。
この人こそが、守るべき存在なのだと。
∮∮〜第五章・建国──そして滅亡〜∮∮
その後、二人は荒れ果てた土地を開拓し、静かな国を築いた。
癒しは人々に分け与えられ、剣は二度と理不尽のために振るわれることはなかった。
一方、聖女と最強騎士を失ったスタンガリアは、魔王軍と隣国に蹂躙され、歴史から姿を消した。
それを知る者は、もういない。
ただ、愛に守られた小さな国だけが、穏やかに息づいていた。
〜〜〜fin〜〜〜
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シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。




