第6話 悩めるエマ。
「…旦那様…折り入って…お耳に入れておきたいことがございます…」
侍女のエマは領地に戻ると、当主の執務室のドアを叩いた。
エマは悩んだ。眠れなくなるほど悩んだ。
犬たちを探しに行っていたと思った二人は、林に入って見えなくなると…葉っぱだらけになって帰ってきた。お嬢さまのスカートも乱れている。
しかも…あの会話である。
「合意」って…?
お嬢様!ひと夏の恋ですか?まだ、夏にもなっていませんが!!
結婚はどうするんですか?
…子供を一人で育てるって…いいんですか?それで???
お相手の青年は、くそ真面目そうでお嬢さまを押し倒したりしそうにない。ましてや…ただ勢いで押し倒されるようなお嬢様でもない…。
これは…お嬢さまが、あの青年を…押し倒したと見るのが正解ではないだろうか?あの会話からしても…青年は戸惑っていたじゃないですか?しかも、責任を取りたいとまで…だめなんですか?あの青年と結婚して子供を産んではだめなんですか???
…なにか…不都合が…。
あの青年が妻帯者?それとも、平民?
…ああ、どちらかと言ったら後者でしょうか?あの青年が借りている別荘も、仕事先の上司の物、みたいな話をしていたし…。
あれ以来、妙に機嫌のいいお嬢様と、散歩に誘われて今まで以上に恐縮している青年…。すっかりなついてしまって、中庭を脱走して散歩のお誘いに出かけてしまうエーヴちゃんを青年があわてて連れ帰ってくれたり…。お茶の時間も新聞ネタで二人で盛り上がったり…二人で馬で遠乗りに出かけたり…。
お嬢様?それは恋って言うやつではないんですか?
思い出してもみて下さい。いまだかつてお嬢さまがそんな特定の方とこんなに長い間穏やかなお付き合いが続いたことがあったでしょうか?
ないでしょう?
いつも秒殺だったでしょう?
…あの青年はお嬢さまの、特別、でしょう?
これは…私の胸に秘めていていい事案ではないのでは???
あの林に行ってから2週間ほどでお嬢さまは領地に帰ることになったが、見送りに来てくれた青年に、
「じゃあ、またね。機会があったら遊びに着て頂戴。子供が産まれたら連絡するわ」
とか言いながらお嬢さまは…いつになく上機嫌だし…。なんか、二人で手紙みたいなの取り交わしているし…なにやってるんですか?お嬢さま?
それでいいんですか?!
エマは…エマは泣きそうでございます。
エマは当主たるお嬢さまの父上に、季節外れの避暑地での出来事を洗いざらい話して泣き崩れた。
「旦那様!このままではお嬢さまがかわいそうすぎます!やっと、ようやく好きな殿方が見つかったというのに、身分の壁が二人を阻むなんて!!!」
「…え?」
微動だにせず、私の話を聞いてくれていた旦那様が…ようやく事の重大さに気付いて下さいました。よかったです。私のこの小さい胸には隠し切れない現実でございました!!




