第3話 ジル君。
「エーヴ、おいで」
食器を片づけて、二人分(2頭)の水入れに水を入れて並べて呼び返す。
無心に走り回っていたエーヴが、私の呼び声に反応して、顔を向ける。真っすぐベランダに走ってくる。
エーヴのお友達になった子はシャイなのか、すぐそこまでは来たが、もじもじしている。
「おいで、お水だよ」
声をかけると遠慮がちにベランダにのそりと来て、エーヴの隣に並んで水を飲みだした。
そりゃあ…あれだけ走ったら、のどが渇くわよね?
観察してみると、エーヴと同じオオカミ犬。毛色は綺麗な銀色。なかなかハンサムだ。
紺色の首輪に名前の縫い取りがある。
【ジル】
「ふーん。ジル君ね。よろしく。」
急に自分の名前を呼ばれたのが不思議なのか、ジル君は首をかしげて私を見上げる。
「うちの子はエーヴよ。遊んでくれてありがとう。でも、君の主人が心配していないかしら?ご近所の子なのかな?」
水を飲み終わったエーヴがジル君を遊びに行こうと誘っている。
うふふっ。男の子をこんなに近づけるのは珍しいわね?エーヴ。よほど相性が良かったのね?
二人で(2頭で)今度はあちこちの匂いを嗅ぎながら歩き出した。
ジル君がエーヴにちょっかいを出して、叱られていたり…じゃれあう二人(2頭)を椅子に座ったままのんびりと眺める。どうもエーヴが優勢のところを見ると、ジル君の方が年下なのかもしれない。おとなしそうな子だ。
多分…ここに来たばかりの頃、発情が来ていたエーヴがフェンスの下に穴を掘って脱出を試みていたから、その穴を見つけて入ってきたのね。
「ジル?」
フェンスの向こう側で声がした。
一緒に遊んでいたジル君が、エーヴにデレデレしていた顔を上げて、真面目な顔になった。はっ、しまった!って顔なのかしら?
急いで声のする方に走っていく。追いかけて走り出すエーヴ。
湖に続く並木道の方からフェンス越しに覗き込んだ見知らぬ青年は、ジル君を見るとほっとしたようだ。そしてその後、よそ様のお宅に入り込んでいることに気が付いたらしく…わかりやすく慌てている。ジル君の前足を引っ張って、ほどほどに高いフェンスを乗り越えさせようとしている?
…無理じゃないかしら?
「大丈夫ですよ!玄関から入っていらしてください」
声をかけると、その青年はジル君の前足を離して、駆け足で玄関に回った。
かけっこをしていると思ったのか…二人で(2頭で)フェンス越しにかけていく。
「ど、どうも…申し訳ございませんでした」
息を切らせて走りこんできた青年にタオルを渡して汗を拭くように言う。シャツにスラックス、と言う軽装だが、よほどジル君を探して走り回ったのだろう。
「あ、あの、ジルは、僕の犬は…何もしませんでしたか?」
「ええ、うちの犬のところに遊びに来たようですわ。今まで二人で(2頭で)遊んでいました。おとなしい子ですね?」
汗を拭きながら、青年がひたすら謝っている。パタパタと尾っぽを振りながら、ジル君が飼い主との再会を喜んでいる。
ベランダまで侍女のエマがコーヒーを入れて持ってきてくれた。
青年に椅子を勧めて、ミルクをたっぷりと入れて飲む。
あちこちリードを持ってジル君を探し回っていたらしい青年も、勧められるままにコーヒーを飲み始めた。
「昨日、ジルと一緒に知り合いの別荘に来たばかりで…迷子になってしまったのかと…」
そう言いながら、脇にお行儀よく座るジル君の頭を撫でている。いい人みたいだね、君の主人は。
「うちの子と相性がいいようなの。もしお嫌じゃなければ、たまに遊びによこしてくださると喜びますわ。あとしばらくは滞在する予定ですので。」
「え、あ、よろしいんですか?うちのジルもこんなに伸び伸びと走ったことが無いと思うので、嬉しいと思います。よろしくお願いします!」
銀ブチ眼鏡の青年は、ジル君と同じような銀髪だった。目もお揃いのブルーだ。真面目そうな、恥ずかしがりやさん?飼い主と犬は似るというけど…そう思って、思わず微笑んでしまったわ。
「お幾つ?」
と聞くと、ものすごく驚いた顔をした青年が、次に真っ赤になって、
「21歳になりました」
と言うので、思わず笑ってしまった。
「あ、ごめんね、ジル君の年よ」
「あ…」
耳まで真っ赤になって、
「3歳になります」
と、言い直した。へえ、この青年は私の3つも下なのね?か…かわいいわ…。
「うちの子はエーヴ。4歳になるの。よろしくね?」
青年は何度も何度も頭を下げて、リードをつないだジル君を連れて帰った。
エーヴがフェンス越しに見送っている。




