第2話 迷い犬。
「どうしたの?エーヴ?」
めったに無駄吠えなどしないエーヴがさっきから庭に向かって吠えている。
「キツネでも来たかしら?」
アリスが別荘のドアを開けると、フェンス付きの広い中庭に一目散にエーヴが走っていく。たいして気にも留めずに、ついでだから、とアリスは玄関わきのベランダに用意されていたトレーに載せられた朝ご飯を運び出す。今日もいいお天気のようだ。
シーズンが微妙に外れているだけで、こんなに静かなら、毎年この時期に来よう。そんなことを考えながら、部屋着のまま焼いたクロワッサンにかぶりつく。
領地にほとんど引きこもっているアリスは、今年で24歳になる。
「早くお姉様が結婚してくださらないと、後がつかえておりますのよ!!」
妹たちにはせっつかれ、親にはあきれられ、親戚のおばさまたちは相変わらず見合いをさせようと私の時間の空くのを虎視眈々と待っている。
…窮屈なのよね…。
コラリー伯爵家の跡取り娘のアリスはうんざりしていた。
うちはそんなに裕福でもないが、貧乏でもない。歴史はあるが、基本は農業中心。
婿を取ることになるが…18歳ごろからおばさま方の勧めで見合いをしたりもした。舞踏会に出ろと言われて出て見たりもした。でも、これといって、なんというか、パッとした男は見つからなかった。
「アリスさんは犬を飼っているんですね?僕も犬が大好きです!」
そんなことを言う男にエーヴを紹介すると、まずその大きさに腰を引かれてしまう。オオカミ犬のメスだけど、かなり大きい。それに…犬の方が、犬好きな人かどうかは良く分かるみたいね。そのタイプの男に手を差し出されると、唸る。そしてビビられる。
「そんなものよ!犬と結婚するわけじゃないんだから!」
って、叔母さま方は言うけどね…。うちの家族はみんな犬好きだから、家に婿に来てくれる人が犬嫌いでは困るでしょう?
「あなた、自分がいくつになるか知ってるの?」
…知ってます。24歳になります。ちなみにこの後決まって、貴族令嬢の適齢期は20歳まで!というお説教が延々と続く。
結婚適齢期ってさあ、所謂、平均値なんじゃないの?…まあ…言ったことはないけど。
7月になると小麦の収穫も始まり忙しくなるから、ほんの少しのそれまでの間、わずらわしさから雲隠れした。まあ…自分ちの別荘だけど。まあ、屋敷から侍女も付いてきたけど。
ぼーっとカフェオーレを飲んでいると、エーヴが楽しそうに走っている。全力疾走なので、尻尾が流れるようだ。金色に近い薄い茶色が走り回っている。
昨日、町まで出て新聞を買ってきたので、飲みながら読む。こんなこと自宅ではできない。ばさりっ、と新聞を広げながら読み進んでいると…、ふと、エーヴがいったいなんだってあんなに楽しそうに走っているのか不思議になった。一人で?(1頭で?)
新聞から少し目を離してエーヴがいたあたりを見てみると…二人(2頭)に増えている?
白っぽい、銀色の毛並みの犬?誰?
二人は(2頭)今度は楽しそうにお互いのお尻の匂いを嗅ぎながら(挨拶)ぐるぐる回っては、また走っていく。
…楽しそうね…でも、誰?
喧嘩にでもなったら止めるしかないが、止める自信もない。エーヴの遊んでいる相手もオオカミ犬のようだ。野良…ではなさそうだ。紺色の皮の首輪をしているし、毛並みもいい。




