第14話 番外編 父。
外は天気が良くて、雪がキラキラして見える。
訪ねてきたコラリー伯爵家の屋敷の応接室の窓から、小さな子供が暖かそうな恰好で、犬ぞりに乗っているのが見える。笑い声がここまで聞こえる。
父親と母親と2頭の大きな犬に見守られながら、子供の乗ったそりを引いている金色の毛並みの犬がゆっくりと走り出す。
眩しい。
「ああ、また遊んでますな。あのチビ助は犬ぞりが好きでね。はははっ。あなたも、行ってみればよろしいのに。」
「いえ…私は…そんな資格はないものですから。」
席を勧められて、ソファーに座る。暖炉が赤々と燃えて、部屋は暖かい。
侍女が紅茶を出して、下がった。
「資格も何も、あなただってあの子の爺さんには変わりないでしょう?こんなにこっそり来なくても」
「いえ…今更、でしょう。私はジェラルドに何もしてあげられませんでしたから。こうして遠くから見せていただけただけ、ありがたいです。」
「ふむ。」
コラリー卿はジェラルドとアリスにさっさと当主の座を明け渡した。
「私も娘も、仕事人間だと思っていましたが、それを上回る婿が来たもんでね?」
先の舞踏会で挨拶したときに、コラリー卿がそう言って笑っていた。
ジェラルドの娘はもう2歳になった。クロエ、と言う名だと聞いた。
彼が婿入りするときに、アリスさんに、持参金はいらないときっぱりと言われた。
ドナシアン子爵家からの完全な訣別。そう感じた。
紅茶を飲みながら、卿は外の家族を見て微笑んでいる。
私は…ぎゅっと硬く組んだ自分の手を見る。
「…私は…女中として働いていたジェラルドの母親が…本当に好きだったんです。笑うと可愛らしい、真面目な、勤勉な娘でした。…そういう関係になってしまいましたが…そのすぐ後に彼女は仕事を辞めてしまって…探したんですけど」
「……」
「見つけたのは、彼女が病気で亡くなって…ジェラルドが10歳で、孤児になってからでした。急いで引き取って、十分な教育をさせようと…でも、思ったようにはいきませんでしたが」
「……」
「あの子は貴族用の学院の高等部をやめて、事務官登用試験を受けて、王城で働き出しました。家を出て、寮に入りました。私は…息子の、ディオンの話で…あの子がうちでどんなに肩身の狭い思いをしていたのか気が付くような…どうしようもなくダメな親なんです。結局、自分の我儘で、あれの母親も、妻も…誰のことも幸せにできませんでした。」
私の話を黙って聞いていてくれたコラリー卿。
…恥ずかしい話だ。
「…まあ、しかし、ジェラルドはいい子だぞ?素直で勤勉だ。うちのアリスを黙らせることができるのは、あの子ぐらいだからな。はははっ。あなたができなかったと思っていても、あいつは勝手に幸せになっていますよ?」
「……」
「それに…あいつの母親は、あなたのことを悪く言ったりしたことはなかったらしい。あいつのことを父親にそっくりよ、って笑ってたってさ。」
「……」
「そうそう、あいつに預かってるものがあってね。エマ、連れて来てくれ。」
驚いた私の前に…今、そりを引いていたのと同じくらいの大きさの銀色の毛並みの犬が侍女に連れられて入ってきた。
「この前、あなたがどうも太ったようだとジェラルドに話したら心配してな?この子を連れて帰って、散歩をしたらどうかと預かったんだ。今年生まれた子なんだよ。」
連れてこられた、子犬と呼ぶには大き目なその犬は、人懐こいのか、ちょこんと座って首をかしげて話を聞いているような顔をしている。
「名前は、ジェール、だ。ジェラルドが小さい頃母親に呼ばれていた愛称らしいな。どうする?」
「ジェール?」
そう口にすると、その犬はパタパタと尾っぽを振った。瞳はブルーなんだな…。
「ジェール…。私は、許されるでしょうか?」
跪いて、ジェールに手を差し伸べると、その子はとことことやってきて、ぺろん、と手をなめてくれた。
「さあな。許されるかどうかなんて、神様しか知らないことだ。でも犬はなあ、どんな飼い主でも寄り添ってくれるぞ?愛され方がわからなかったり、愛し方がわからなかったりしたら、この子に聞けばいい。」
コラリー卿がそう言って笑った。
きゃははっ、と子供の笑い声がする。
そうか…この窓から見えるところに、お前はいてくれたんだな。
窓の外の雪が眩しすぎて…私は目を開けていられない。
寒い日が続きますが、お身体ご自愛ください。
良い新年をお迎えください。




