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第12話 プロポーズ。

「今日は…ど、どうして?アリスさん?」

「え?だって、住所教えてくれたでしょう?」


ジルのリードを受け取って、アリスさんと話しながら、ぶらぶらとのんびり歩く。

僕のひょろっとした影と、アリスさんとジルの影が伸びる。

「小麦で忙しいんじゃなかったんですか?エーヴちゃんは来ていないんですか?」


こんなこともあるんだ!と、僕は浮かれていた。正直に…嬉しい。乗合馬車から降りる時、ジルを見つけた。そしてその隣に立つアリスさん。夢でも見てるのかと思ったぐらいだ。

何かのついででも嬉しい。こんなに早くまた会えるとは思っていなかった。というより…貴族とはいえ子爵家の庶子の僕とアリスさんとは、そもそも会う機会など望んじゃいけないとさえ思っていた。エーヴちゃんの懐妊は気にはなるけど。雪のお誘いも魅力的だったけど…。


でも…会いたかった。


「エーヴは今回はお留守番よ。ジルの匂いがしたらむくれてしまうかもね?うふふっ。それから…今日はあなたのご実家で急にお見合だったのよ。」


僕と並んで歩いていたアリスさんが、なんてことないように言った。


「え……ああ…次兄上と…え…あの…」


そうか…よりによって、そのついでだったのか…。


なんだか急に暗くなった気がした。

ぽつんと小さな公園に灯された街灯が明るい。もうほんの少しで家に着くのに。


…なにをはしゃいでしまったかな…僕は。

笑わなくちゃな、そして…


「え、と…それはおめでとうございます。」

兄上達の母親は伯爵家の出だ。伯爵家のお嬢さまとなら申し分ない、釣り合いの取れた縁談だな。そう自分に言い聞かせ…。足が止まってしまった。急に止まったので、ジルが僕を見上げている。


「何がめでたいかは、これからよ?あなた…婚約者とか恋人はいるの?」

「え?…僕ですか?…いません。あの家を出てからずっと仕事が忙しかったので。」

「ふむ。じゃあ、」


そう言うとアリスさんが僕の顔を覗き込んだ。


僕は…片手にジルのリードを持って、片手には家に帰って処理しようと思っていた書類の入ったカバンをぶら下げている。きっと、笑おうとして情けない顔をしている自信はある。

のぞき込んだアリスさんの顔が、街灯で照らされている。綺麗だなあ…。そう思っている自分に泣きそうになる。


「ねえ、ジェラルド?エーヴの件で責任取ってくれるんでしょう?」

「え?…ああ、はい。僕に出来ることなら、なんでも」

「…そう。なんでも、ね?」

アリスさんの手が、僕の頬を包む。


「好きな人がいないなら、年上とか、気にする?嫌かなあ?」

「え?あ…?いえ…」


話が…よく見えてこないので動揺する。真っすぐにアリスさんの瞳が僕を映している。


「じゃあ、婿入りとか気にする?」

「あ…いえ…」


「じゃあ、いいわね。私と結婚してちょうだい。ジェラルド。」

「え…」


いつの間にか僕の首に回されたアリスさんの腕にグイっと力が入る。半強制的に、かがんだ僕の唇に…アリスさんの唇が重なる。


え?えええ?


「うふふっ。あなたの唇を奪った責任は私が取るわよ?」


「え?責任って…だって…義兄上と…」

「あなたの義兄さまとは決裂して来たわ。だって、私のお父様が今回の見合いがドナシアン子爵家の息子って言うから、あなたを探す手間も口説く手間も省けたと思ったら…全然違う人が現れるんですもの。」


僕の首にしがみついたままで、アリスさんがそう言う。


「え?いや、でも…僕は庶子、で…しかもあなたのことを3週間分しか知りません。」

「あなたは、ジェラルド。私の婿よ。この子はジル。エーヴの婿ね。それ以上でもそれ以下でもないの。わかった?お父様に紹介するって言ってあるのよ。私はあなたのことを、3週間分も、知っているわよ?」


「でも…アリスさん…」


もう、うるさいわねえ、と笑いながら、アリスさんにキスされる。


「それとも…責任問題を生じさせるには、キスだけでは足りないのかしら?」


アリスさんを抱きしめるのに放した手。どさりっと重い音がして僕の書類カバンが落ちる。

ジルがパタパタと尾っぽを振って、僕たちを見上げる。














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