第1話 季節外れの避暑地。
「ジル?」
郵便屋さんが来て玄関の扉を開けたら、玄関先でそわそわしていた僕の犬が一目散に走りだしていってしまった。大きな犬が横をすり抜けて行ったので、郵便屋さんもぎょっとしている。
僕は久しぶりの休暇で、まだ部屋着だったので、郵便を受け取ってから、慌てて着替えて、眼鏡を探して、かける。
…ここは僕の上司が持っている避暑用の別荘。
王城の会計課勤めの僕は、先日、人事院に勧告を受けてしまった。
「ディオン・ドナシアン君、休暇が取れていません。夏の休暇まで、急いで1か月の休暇を消化してください。」
上司が慌てて休みをくれた。避暑には少し早い6月に入ったばかりの頃。
借家にジルと住んでいる僕に気を使ったのか、上司が持っている別荘を貸してくれることになった。昨日ようやく、ここに着いた。
他のみんなが休暇に入ってしまう夏の間も、やることは当然あるので留守番が必要だ。去年も一昨年も僕が残った。
「君は妻子がいるわけでもないからいいだろう?帰ってきたら交代するからさ」
「僕彼女と旅行に行くんだよね~よろしくね!」
先輩方はそう言うが、秋になったら半期分の決算報告が待っているので、必然的に休みは取れない。そんな繰り返しだった。普段の休日出勤も、残業も、まあ似たようなもの。
…まあ、僕には家族らしい家族もいないから…生きてきた年齢分、恋人もいないし…長期の夏季休暇もクリスマス休暇も、僕にはあまり必要でもなかったが。
とりあえず靴の紐を締めて、リードを片手に持つと、飛び出していったジルを探しに出る。
夏の間はかなりの人が訪れるというこの湖の近くの避暑地は、シーズン前なので閑散としている。地元の人たち以外は、建物のメンテナンスをする人が出入りするくらいのようだ。昨日僕を上司の別荘に案内してくれた管理人さんが言っていた。
「ジル?」
僕の同居人のジルは、オオカミ犬。銀色の綺麗な毛をしている。モフモフだ。
同僚の家で6匹生まれた中の一匹だったが、小さくて臆病だったということで、貰い手が付かなかったのを…僕が貰った。なんだか自分を見ているみたいだったから。
ジルと暮らすのに、寮を出て一戸建ての小さな借家を借りた。
かわいがって育てたら、それなりに大きくなった。
立ち上がると僕の肩に前足を掛けれるくらい大きいので、初めて見た人はさっきの郵便屋さんのようにぎょっとする。性格はおとなしいんだけど…。
「ジル?」
昨日着いて、その辺を軽く散歩はしたけど…迷子になってしまっただろうか?知らない土地だし…。
僕はとりあえず、昨日散歩した湖に続く道をジルを探しながら歩き出した。




