不死になる茶碗【壱】
私にとって蒐集とは生きているために必要なことだ。これがなければ生きた心地がしないというもの。
しかし、肉体的に生きているためには食事が必要であることもわかってはいる。
理解することと実行できることとのあいだには、また差があるのだけれど。
……うーん。満腹満腹。ごちそうさまでした。
「鷂くんなにをしているの」
背後からの美也子さんの声に、私は腹をさすりながら振り返る。
なにをしてたかって食事の代わりですよ。
ご覧ください、いい絵でしょう……と言いつつ私は彼女に部屋の最奥にかかる絵を示した。
この骨董扱処『アンテイク』の店内にうずたかく積まれた品々のなかでも、気に入っている一品のひとつがこの絵だった。
壁にかけられた、横二尺、縦一尺五寸ほどの絵。描かれているのは赤い熾火に下から照らされ、丸くふくよかに膨らむ途中の──
「お餅?」
左様です。焦げ目が香って、熾火の熱が伝わってきそうなこれこそまさに『絵に描いた餅』。じつに美味しそうである。
もちろんこの店にある以上、それはいわくつきの品である。この絵画は見ている者の腹が、餅を食べたような気持ちになって段々に膨れてくるという呪いがかかっている。ただしちゃんと食べたわけではないので時間が経てばよりひどい空腹感に苛まれるし、そのとき絵を見てしまえばまた空腹を忘れるので繰り返していくとたいへんなことになりかねない。
でも美也子さんは人間ではないので、三大欲求もない。絵を見たところでなにも感じられないらしく、ふうんと首をかしげていた。
「なんでこんなもの出したの」
お腹がすいたからです。
「ごはんなら昨日作っておいたはずだけど」
裏手に住む狐者異に持っていかれました。今月の残りの食糧も。
「あのギョロ目! 勝手にひとの食事持っていくなんて、どういうことなの」
美也子さんは怒っていたが、私としてはあまり怒る気になれないのでなにも言わず賛同している感じにうなずいておいた。狐者異は、食への執着が元で人間が変じてしまった人外である。人外に人間の常識は通じない。
ちなみに私が怒らないのは満腹で争う気にならないのもあるが、狐者異は食料を盗むとき私の気を引こうと(あるいはお代にしようと思ったか)表の道に有名な妖絵巻の『繪本佰物語』を置いていったのだ。どうやら紙質と装丁・綴じ紐の古さを見るに文政年間のものよりさらに前の品のようで、開くと絵がときどき動く。
間違いなくいわくつきだった。いやはやこれが手に入ったのなら、空腹もなんのその。
「鷂くん、なんだかつやつやしていない?」
食べ過ぎも良くないと近年の医学書には書いてあるそうですよ。私はそうすっとぼけて、とりあえず満腹であるうちにと『絵に描いた餅』を壁から外した。
この絵の呪いは「見たらその後七日間は毎日、この絵の餅を見なくてはならない(怠ると死ぬ)」というものなのだが、ここにはちょうどおあつらえ向きのいわくつきがある。
飾った絵がどれも血に汚れる『額縁』だ。以前にも試したことだが、呪いの血で上書きされた餅はどう見てもおいしそうには見えず、満腹感が生まれない。どうやら呪いの機序には「この絵の餅を美味しそうだと思ってもらうこと」が含まれるらしく、これを阻害されては満腹の呪いが起動しないらしい。
額縁にはめ込むと餅の絵にびしゃりと血しぶきが降りかかった。ひどい有り様になった絵からは、恨みがましい念がより強く滲んできたように思われるが私は努めて気にしない。気にしていたらこんな仕事はできない。なお額縁を外せば血も取れるので、お餅殿には七日後まではしばしご辛抱いただく。
ともあれ、月末までは食事を取るお金がない。毎食この絵でごまかしているとさすがに死んでしまうので、早急に対策を立てねばならなかった。
「商品持って表で売ってきたらいいのに。露店みたいな感じで」
あいにくと市が開かれる日取りは遠いんです。市が無いときに勝手に開くと官憲にしょっぴかれますからね。それに露店商なんてやると周りの商人とやたらやり取りしなくてはいけませんし、不特定多数のお客も相手しなくてはなりません。冗談でしょう。
「そういう生意気を言うのなら不特定多数と接しなくていい、大口客だけで経営できるお店を目指すべきだね」
御尤も。私はうなだれる。
しかしそこで、大口客……ではないものの、よく取引をしている相手を思い出す。美也子さん、あの人を呼んでみましょうか。
私が提案した途端に美也子さんは嫌そうな顔をした。まあ、気持ちはわからないでもない。私も得意な相手ではない。得意な相手などというものは人間のすべてにおいて存在しないのだけれど。
「あの人が来るなら大事なものはしまっておくか、奥の方で触れないようにしとかないと」
美也子さんもしまっておきましょうか。大事な備品ですし。
私が言うと「ビの字が何であるかで反応変えるけど」と返された。




