天使のひとこと
「わたし、天使になっちゃった」
彼女の一言は、冗談にしては下手すぎた。
「なに言ってんの」
親友が天使になった。
頭に輪っかを浮かべ、背中に羽を生やしている。多くの人が想像する天使の姿そのままだった。
輪っかはのっぺりとしており、ひとりでに少し発光しているようだった。羽は小さく、時々パタパタ揺れている。質感は生き物のそれで、作り物にはまるで見えない。
「何があったのさ」
彼女は手洗いに行くといって、数分前にこの部屋から出ていった。この部屋というのは私の部屋だ。久々に私の家で遊ぼうという話になっていた。
そして用を済ませた彼女は天使となって戻ってきた。まるで雑な神話である。
「なんでかわかんないけど、鏡見たら変身してた」
「……ドッキリ?」
「違うよ、ドッキリならもっと驚くやつにするし」
「十分驚いてるよ、その天使も」
二人とも困惑していた。しばらく部屋が静かになった。
彼女はようやく隣に座り、ふっと息を吐いた。その一息さえ煌めき、華やかに見えた。
「ほんとに天使?」
「見た目がそうじゃんね」
羽をパタパタさせている。動揺がそういった形で表に出ているのか、自分の意志かはわからない。
「どうにか戻りたいなあ。正直邪魔だし、重たいし」
実際のところ本質は関係なかった。本当は悪魔だったとして、輪っかと羽が現れたことが問題だった。このままでは生活がしにくいだろうし、第一目立つ。可愛さは関係ない。
ただ、明らかに夢のような状況、色々と試したい気持ちもあった。
「本当に天使ならさ、そう、例えば」
「ん?」
「願い事を叶えてみせてよ」
思いつきで提案する私。
「そういうのって神様の仕事なんじゃないの?」
「天使は神の使いだって聞いたことあるし、特別な力の一つくらい持っててもおかしくはないよ」
「そういうもんかなあ。……試してみよう」
──間違いなく、彼女は天使だった。
「クッキーが食べたい」といえば、どこからともなく現れた。
「今日は日曜日」といえば、日付が不思議と変わっていた。
ただ、「やっぱり金曜日」と言い直しても、もとには戻らなかった。一度叶えた願いは取り消せないらしい。
「すごいよ! 本当に天使だ」
「とんでもない力を手に入れてしまった」
「あっ、思ったんだけどさ、『人間に戻る』って言えば、もとに戻れるんじゃない?」
「それだ!」
「私は人間に戻る—っ」
彼女は希望に目を輝かせ、唱えた。
──わたし、天使になっちゃった。
自分の発言などすっかり忘れて。