9.なんだかんだで結構甘い
三笠さんに成り行きで案内してもらって戻った『特別クラス』のための建物の中、あいつらがいる教室に踏み込んでの第一声は決めていた。
「このッ、馬鹿どもー!」
腹の底からの声に、面白いくらいびくーっと飛び上がったのは、まあ予想はしていた。ユズだった。
「はいっ!?」
「ユズ、それで『はい』って返事しちゃうのはどうかと思うよ」
「お帰りなさい、――って、その後ろの、どうしたんです?」
ユズ以外は何事もなかったかのように対応してくるのが腹立たしい。
まあ可愛げなんてどっかに打ち捨ててきたような約二名だから仕方ない。特にカンナ。ミスミはまだかわいいところ(大の男に言うのもなんだけど)もあったりする。
「『後ろの』って、ヒデェなその言い方。あんたがそんな忌々しそうな顔すんの初めて見た」
「『それ』どうしたんです? 付き纏われてるならそれなりの対処はしますよ?」
「無視? 相変わらず嫌われてんのな、俺」
外面の好いはずのミスミからあからさまに敵意が漏れ出ているのに内心ちょっとばかり驚く。フェミニストだからって男には冷淡だとかはなかったはずなんだけど。
ともあれ、三笠さんには世話になった(成り行きだけど)身であるので窘めることにする。
「人間を『それ』呼ばわりするな、ミスミ。声かけられたついでに情報提供者になってもらっただけだっての。どこかの誰かさんたちが訊いたことにすらまともに答えてくれなかったものでね?」
わかりやすく嫌味をまぶして言う間に、レンリが無言で近づいてきていた。心なしか不機嫌そうだ。まあいつもどおりの無表情なんだけど、なんか雰囲気が。
「…………」
「レンリ?」
くい、と腕を引っ張られる。意志表示をそれ以外でする気はないのか。
「………………」
「言っとくけど、まだあんたら許したわけじゃないんだからね?」
「……………………」
無言のまま、腕を引っ張る力だけが強くなっていく。なんかこれ意固地になってるな。
「……わかったわかった。そっち行けばいいのはわかったから引っ張るな」
今日のこれまでの対応が普段に比べるとかなり冷たかった自覚はあるので、ちょっとだけ折れてやることにする。レンリは自己主張があまりない分、拗ねると後が大変なのだ。
「……嬢さん何者なわけ?」
そんなレンリとのやりとりを黙って見ていた三笠さんが、僅かに首を傾げて訊ねてきたのに答える――前に横槍が入った。
「君には関係ないよ」
カンナも外面はいい方……というか処世術的にその辺は切り替えてる方なはずなのにどうした。
ちょっと喋った感じ、確かに三笠さん自体あんまりタチのよろしくなさそうな感はにじみ出てた(というかロクでもない知り合いに似た雰囲気を感じた)けどそれにしたって。
「あんたには聞いてないっての。なあ、嬢さん。情報提供のお礼代わりに教えてくれない?」
「大体はあなたが勝手に喋ったんでしょう……と言いたいところですが、まあ良いです。ただの幼馴染ですよ」
問いを突っぱねる理由はないので、事実を答える。誘導するまでもなく情報提供されたので、あんまり恩義は感じてないのがうっかり漏れ出たけど。
「幼馴染、ねぇ……」
「それ以外の答えは持ち合わせておりませんのであしからず」
意味ありげに復唱されたので、とりあえず釘を刺す。よく勘繰られるけど本当にそれだけだっての。
「ああいや、別に疑ってるわけじゃない。ちょっと意外だっただけで。こいつらに、こんな風に接する相手がいたとはねぇ、っていう。むしろ感心してる的な」
その声音は確かに感心してるふうではあったけど、それだけじゃなさそうな含みもあった。多分意図的に伝わるように言ったんだろうなというのがわかったので、やっぱりあんまりタチのよろしくなさそうな人だと再確認する。
しかし、今は三笠さんの言動を気にするよりも大事なことがあるので一旦置いておくことにした。
「その言葉、何やら不安を煽りますね。納得もしますけど。――っつーわけでカンナ。きっちり説明してもらおうか」
そうしてカンナを見据えたものの、当の本人はこの期に及んでまだ素直に答える気はないらしかった。
「何をかな?」
「この上まだしらばっくれるつもり? この制服、『特別クラス』の制服だって? ンな悪目立ちするようなもんだとはひとっことも聞いてないんだけど」
「聞かれなかったから答えなかったまでだよ」
問い詰めた時に聞くと苛立つ台詞ベスト10には入りそうな台詞を返されたので、さすがにもうそろそろ見捨ててもいいような気になってきた。こういう態度をとってくる理由はわかってはいるけど、こっちにも我慢の限界というものはある。
「ふざけんなよこの腹黒が。目立つの嫌いで平穏をこよなく愛してる私に対する嫌がらせか嫌がらせだなわかった今すぐ帰ってやろう」
一息に言って踵を返そうとしたところで、思わぬ――こともない邪魔が入った。
「待って待って一足飛びにその思考に飛ばないでー! 『特別クラス』所属にしたのは単に快適な学校生活になるようにっていうオレたちなりの気遣いっていうかそんなのだから! 嫌がらせじゃないから!」
まあさすがに本気で嫌がらせだと思ってるわけじゃない。が、問題はそうでもおかしくないという思考に至らせたこいつらの対応にある。
「だったらなんでそのこと先に言わなかった? 聞いてみれば『特別クラス』って男しかいないんだって? 悪目立ちどころか都市伝説並みの扱い受けるとしか思えないね。道理で同じ制服着た人がいない上にやたらめったら視線を向けられるわけだ。ただでさえあんたら目立つのに何それ拷問? 別に私は今すぐ帰ったって何の問題もないんだよ付き合ってやってんのはいちいち抵抗すんのが面倒だったから以外の何物でもないし。『お試し期間』っつったのはあんたらなんだから、その『お試し期間』を今すぐ終了させたって文句は言えないよな?」
「落ち着いてください。先に言わなかったのは、言えばその時点であなたが帰ってしまうのではないかと危惧したからです。私たちはできる限りあなたに快適な学園生活を送って欲しいんですよ。それには同じクラスであることが最も都合がよかったんです。確かに隠すようなことをしたのは悪かったですが……」
ユズは何か言おうとはしたようだったけど、咄嗟に口が回る方じゃない。なのでまあ、ミスミが割り込んできたのは予定調和といえばそうだった。どの口が「落ち着いてください」とか言ってんだって話ではあるけど。
「……はあ。まあ、あんたらのやることだってのに、こういうことになる可能性をちゃんと考えてなかったこっちが悪いっちゃ悪いけどさぁ。せめてこの制服フツーのに換えてくれない? 珍獣でも見るような――っつーか未確認生物でも見るような目で見られ続けるのは勘弁してほしい」
こいつらのやることなんてどうせ斜め上だってわかってたのに事前に察知して防げなかったのは、まあ私もさすがに一連のあれこれで冷静さとか無くなってたってことなんだろう。さすがにこんな状況下で冷静さを保てるほど私の人間性はできてない。
「……わかった。標準服をすぐに用意させるよ。それだったらまだ通ってやっても良いって思ってくれる?」
「あー、うん。まあ一日くらいは。『お試し期間』だし」
こっちの言い分に思うところがあった――というかそろそろやりすぎた自覚が出てきたのか、少しばかり窺うように言ってくるカンナにそう返す。
「えっ、一日ー? 一緒にここ通おうよー、オレ昔っから夢だったんだよー?」
「うるさいユズ。無理やりここに来させられたこっちの心情も考えろ。そのまったくもって理解できない夢とやらをこの先現実にしたいってんならそれ相応のことをして気が変わるように仕向けるくらいはしてみせなよ?」
「うっ! ……オレだってやればできるって!! ……多分」
自信なさげに付け加えられた『多分』に、そういうのが不得手な自覚はあるんだよなと思う。まあ馬鹿を自認してるくらいだしそりゃそうか。
「ハイハイそうですねーユズはやればできる子だもんねーガンバレー」
「何その投げやりっていうか棒読みな声援?!」
半泣きでショックを受けるユズは置いといて、他の面子を見る。
とりあえずこの辺でスタンスを明確にしとかないとどうにもうやむやのまま流されそうなので、意識的に口端を上げた。腹黒二人組がちょっとたじろいだので胸がすっとする。
「言っとくけど今現在この学園に対する心象、マイナス値だから。主にあんた達の言動のせいで。一応『お試し期間』は設けてやるけど、それ終わったらとっととオサラバさせてもらおうってくらいには。……ま、せいぜい頑張りなよ?」
これくらい言っとけばもうちょっと話が進めやすくなるだろう。こいつらも若干当初の目的忘れてるっぽいし。特にユズ。




