25.それはセーフかアウトか論じるものじゃないと思います。
わりかしそっとしておいてもらえるはずの授業の合間の休み時間。ソファでだらっとしていた私に珍しく声をかけてきたのはレンリだった。
「……ちょっと、聞きたいんだけど、いい?」
こちらを窺う視線は、身長的にも体勢的にもあり得ないはずなのになぜか上目遣いに見える。さらにはこてんと首を傾げてくるおまけ付きだ。
「いいけどその仕草狙ってやってるんじゃ――ないんだよな」
「……?」
こちらの言葉の意味がわからないとばかりに、今度は逆に首が傾ぐ。これ以上あざとすぎるのに似合っている(大の男なのに)仕草を見せられるのもなんなので、先を促すことにした。
「あー、いい。気にしないで。で、なに?」
「――話聞くのって、セーフ?」
しかしそこで飛んできたのは大暴投もいいところの何の意図もつかめない質問だった。……幼馴染みズを相手にしていると往々にしてあることだけれど、レンリは特に言葉端折るくせあるよな……。
「ごめんもうちょっと詳しく言ってもらわないとさすがに何とも」
「最近……寝てると、たまに近くに居て。中庭、人来ないからかなって思うんだけど」
まだかなり言葉足らずだけど、推測はできるレベルになった。ので、さくさくと(心意気的に)聞き取りを進めていく。
「それは『彼女』がってことだよな?」
「うん。……で、たまに、暗い顔、……悩んでる? 顔してて。たまたま、猫に話してるの、聞いて」
「……。うん」
……言いたいこと、というかツッコみたいことは多々ある。あるが、全部ツッコんでいては埒があかないので相槌を打つだけに留めておく。
「つい、思ったこと、言った……んだけど。よかったのかなって」
少しだけ目を伏せて、いつもより瞬きの数が多くなる――それが不安の表れだと知っている。だから、だけど、私は――。
「――とりあえず。それが駄目だとかアウトだとか言ったら私人でなしだよね間違いなく」
思ったことを口にするしかないのだ。そこそこの度合いで、レンリの肩を持っていることを自覚しながら。
「? ……そう?」
「なんでそこで首傾げる。普通そうだろ――ってああそうだったあんたらに普通が通用しないからアドバイザーなんてやることになってたんだったね。うっかりしてた」
「……」
どうしてそこでちょっと不満げな顔をするのか――わかってしまう。それだけの時間を過ごしてきた。だからやっぱり、私は『彼女』より、幼馴染み達寄りの意見になってしまうのだ。……そんなんで何がアドバイザーだ、と思わなくもないけれど、その是非を考えるのは今じゃない。
「……まあ会話の内容とかはつっこんで聞かないけど、あんたのことだから意見の押しつけも何もなく、単純に思ったこと言っただけなんだろうし、いいんじゃない」
「……でも、盗み聞き、だし」
……なるほど、ものすごく根本的な問題だなそれは。そこを真っ当に気にする人間性、カンナあたりに見習ってもらいたい。
「まあそれはそうだけど……その子がそれについて怒ったわけじゃないよね、その様子だと」
「驚いては、いたみたい……だったけど」
怒ってはいなかった、と言外に答えが返る。予想通りだ。
だったらそこはそんなに問題じゃない。――まあ結局、『彼女』がどう思ったかなんて私には推測するしかできないんだから、気休めみたいな問答なんだけど。
「そりゃ、ぽろっと猫に漏らした本音だか悩みだかに返答があったら驚くわな。っていうかあんたどんだけ存在感ないの」
「…………」
レンリが真面目な顔で考え込み始めたので、さっくり話を戻す。
「いや、そこはそんなに重要じゃなくてね。――話聞いて、あんたが思ったこと言って、その子はどんな顔した?」
思い出すように、レンリの視線が宙を彷徨う。それから少し、ほんの少しだけ、安堵したように頬が緩んだ。
「……ちょっと、泣きそうだったけど。笑ってた」
「――なら、それでよかったんだと思っときなよ。何かがちょっと楽になったのかも、くらいにさ」
詳細を訊ねる気も、知る気もない。それは私が立ち入っていい範囲じゃないから。――『彼女』とレンリだけの交流であるべきだから。
「……それでいい……のかな」
「いいんじゃない? 干渉しすぎるのも気遣いすぎるのもアレだし。いやあんたはそれくらいの心持ちで他人と接した方が良いかもしれないけど」
「……干渉……気遣い……?」
わかる人だけがわかる、不安と思慮が混ざった難しい顔が晴れたと思ったら、また考え込み始めた。
レンリは基本真面目というか、こちらの言ったことを素直に受け止めすぎなので、こういうこともままある。
「真剣に考え込むな。多分あんたはそのままの方が良いって絶対。他との差別化的な意味でも」
「? ……?」
レンリの首が疑問に傾いで、傾いで――戻らなくなりそうだったので、補足を追加する。
……うーん、自覚はあるけど、私、レンリに甘いな……。
「うんごめん混乱させて。つまりあんたはそのまま癒し系やってた方がいいよってこと」
「癒し系……?」
まあ自覚はないよな、自分達が各種取り揃えました的バラエティに富んだ顔と中身をしてるとか。
「そこから説明するのは面倒だしなんかアレだしごめんこうむる」
「……? よくわからない、けど。わかった」
ざっくり話題を切っても、素直が過ぎるレンリは追及してこない。
助かる……助かるんだけど、ちょっと心配にもなる。
「わかんないまま返事するなよって言いたいけどいいやもう。でもレンリはもうちょっと察しが良くなった方がいいと思う。っていうかアレだ、自分が他人から見てどういう風に見えるかとか多少はわかるようになった方がいいって。カンナとミスミ――ユズもその辺わりとわかってるか。他の奴ら参考にするなり聞いてみるなりして」
結局ちょっとしたアドバイスをしてしまった。
自分がどう見られるかとか、周囲からの評価とかに無頓着すぎると、何に巻き込まれるかわかったもんじゃないからな……。実際《《アレ》》も、それが原因と言えなくもなかったわけだし――。
……と、ちょっとこっちが考え込んでいる間に、レンリはアドバイスを咀嚼し終わったようだった。
「わかった。……頑張る」
素直だ。そして真面目だ。そこがレンリのいいところだけど、ちょっと天然でズレてるのも、他のヤツらもあちこちズレてるのも事実なので、学んでほしいところをまともに学んでもらえるかは未知数である。
まあなんとかなるでしょ、と思考をぶん投げて、私は「頑張れ」とだけ言っておいたのだった。




