24.危険から守るためとしてもそれはアウトでしょう。
「これは真面目な相談なんだけど」
本日の朝のお迎え当番だったカンナが、朝の挨拶以降意味深に無言だったかと思うと、そんなことを言ってきた。
「へえ、真面目じゃない相談もあるんだ? 今まで相談のどれがそうだったんだろうね?」
なんとなくかんに障ったので混ぜっ返すような返しをしてしまった。若干低血圧気味なせいで、現在進行形で機嫌が悪い自覚はある。
カンナは慌てた様子で両手を横に振る。
「ごめん、言葉の綾というかなんというか、今までのが真面目じゃなかったわけじゃなくて、――とりあえず意見を聞きたいんだけど」
混ぜっ返し続けても仕方ない。私は諦めて続きを促した。
「なに」
「――自分の行動を逐一把握されてるっていうのは、『一般人』的にセーフ? アウト?」
だというのに、口にされた内容は、動きの鈍い頭に頭痛を加算してくるような内容だった。っていうか訊くな。わかれ。お願いだからわかってくれ。
でもわかんないから訊いてきてるんだよな……。幼馴染みの常識の欠如が深刻だ。
額に手を当てて溜息をつく。カンナが私の判定結果を察したのか、気まずげな表情になる。
「いやどう考えてもアウトだろそれは」
「……本人は絶対気付かないって前提があるとしても?」
粘るな。ワンチャンあるかなみたいに粘るな。
「その前提があるとしても、だ。っつーかちょっと考えてみろよ万が一それが本人に知られた場合を。ドン引きだろ犯罪者だろよくてストーカーだろ?」
『一般人』としての意見をつらつらと語ってやったのに、カンナはなんとなく納得いかないみたいな顔をして首を傾げる。
「……そうかな」
増してきた頭痛をこらえる。「そうかな」じゃない。自明の理なんだが?
「そうなの。っつーかそれ聞いてくるってことはやっぱおまえやってんのか」
薄々、やってんだろうなー、とは思っていた。いろいろと言動に漏れ出ていたので。
向けた非難を感じ取ったんだろう、さすがにバツが悪そうな顔で、心なしか小さくなっている。遅い。全体的に遅い。
「……やってたんだけど、やめた方がいいのかな」
「悪いことは言わないからとっととやめとけ」
強めの語気で伝えると、カンナは「わかった」と物わかりよく……、いやよくはないか……?
とりあえず頷いた。
そうして、ちょっと考える仕草をして、質問を重ねてきた。
「じゃあ、こっそりボディガードつけるのもやめた方がいい?」
……また微妙な案件だな……。
私も少し考えて、慎重に返答する。
「あー……、一概には言えない。現在の状態による。今危ないわけ?」
ボディーガードをつけているということは、その必要性があったということだ。
そこを確認すると、カンナは眉尻を下げて首肯した。
「うん、少し。……微妙なラインかな、とは思うんだけど」
「念のためってことか。だったらそんな本格的なやつじゃないだろうし、まあいいんじゃないの。プライバシーの侵害にさえならなきゃ――ってさすがにそれでボディガードは無理か」
「そうだね」
当たり前のように頷かれて、思わず大きな溜息が出た。
これだからボディーガードが当たり前の環境で育った人間は……!
「あああもうあんたんとこメンドくさいな! なんで『一般人』にボディガードが必要な事態になるわけ?」
「それは、資産に目が眩む馬鹿が多いからだよ」
「……冷静にコメントされるのもムカつくな。とはいえとばっちりがいくのもね……」
「そうなんだよ。僕としてもそれは不本意だし」
『次期総帥(ほぼ確定)が気にかけているらしい人間』ってだけで、なんらかの交渉材料にできないかと考える馬鹿がポップアップするような世界、関わりたくなさすぎる。
しかしこれは私の問題ではなく、『彼女』に関わる問題だ。適当に放ることもできない。
「手ェ出してきそうな馬鹿の目星はついてるんだよな?」
目星がついてるくらいだから、ボディーガードをつけるなんてことになっているんだろうと訊ねると、予想通り肯定される。
「ついてるよ。ただ……」
「ただ?」
「僕のところはともかく、他はちょっと全部把握できてるか自信がない。動きがあったら調べさせてはいるんだけど、学園関連も結構あるみたいで」
あー……まあ、カンナのところだけじゃないわな……。
っていうか、学園関連までとは。思っていたより事態の進行が早い。
「――『金持ちで超エリート』な生徒さんたちも動き出したってわけか」
「そういうことかな。実際に動き出す前に退学させるとかはさすがに無理だし」
幼馴染みズへの好意でも悪意でも、なんらかの感情を持っているなら、『彼女』の存在は目につくだろうけども……。聞けば聞くほど、『彼女』が不憫だ。
「……本当、おまえらの周りってメンドくさいなー。もういっそもっと環境いいところに転校させてやった方が『彼女』も幸せなんじゃないの」
それは紛れもない本音だった。いろいろな思惑に巻き込まれる――巻き込ませてしまうくらいなら、そうした方がどんなにか『彼女』のためになるだろう。……『思惑』を抱いて、利用しようとしている人間が言う台詞じゃないけれども。
カンナが苦笑する。それは私とは違う意味で、自嘲したような笑みだった。
「それができるくらい出来た人間なら、そもそも好意を抱いた時点で自分を戒めてるよ」
「それはまあ……、そうだろうね」
全員が全員、自分を戒められなかったから、こんなことになってるわけで。
私は無難に肯定して、ついでにちょっとしたアドバイスもしておくことにした。
手ェ出してきたあとの処理は、たぶんカンナのところが受け持つだろうからな……。
「報復は、とりあえずやりすぎないように。社会的抹殺――はやりすぎか。ちょっとした転落人生くらいで勘弁してやりなよ」
「容赦する必要なんてないと思うんだけど?」
案の定、カンナの極端な部分が顔を出す。そこに釘を刺すために、私は言葉を重ねた。
「人は一人で生きていけるイキモノじゃないからね」
「……どういう意味?」
「あんたにあいつらがいるみたいに、あんたが『彼女』を大事に思うみたいに、そいつを大切にする誰かもいるかもしれないってこと。逆恨みも復讐も、まあ可能性としてはあるわけだし」
カンナは言われた内容を咀嚼するように小首を傾げて、そうして納得したらしく頷いた。
「……なるほど、わかった」
「わかってもらえたなら何より。――っつーかなんで朝からンなへヴィな話まで聞かなきゃならんのだ」
「だって、アドバイザーやってくれるって言ったから」
悪びれもなくカンナが言う。こういうとこ、こいつズレてんだよな……。幼馴染みズはみんな似たようなものと言えばそうだけど。
「確かにするとは言ったけどさ、……まあいいや。あんたらには今更だよね」
「言いかけて止められると気になるんだけど」
「気にするな」
これ以上疲れる問答をしたくなかったのでさっくり打ち切ろうとすると、それを察したカンナが微妙な顔で引き下がった。
「……気になるけど、うん。気にしないことにするよ。なんとなくその方が幸せな気がするし」
「おまえ妙なところ勘がいいよな」
「君はそういうところ、容赦ないっていうかオブラートに包む気ないよね……」
オブラートに包んでたら伝わらないことが多いから仕方ない。気付けば濃い面々に囲まれていた一般人の精一杯の進化(適化?)だと思って諦めてほしい。




