21.『予想外のスキンシップにドキッ!』なイベントが起こったようです。
授業の合間は、教室に付属の休憩室で一息つくことにしている。環境も授業の進度も変わって、凡人には大変なのだ。そこのところ慮ってくれているのか、幼馴染みたちもわりとそっとしておいてくれているというか、まあ普通にヤツらにも休憩時間にやることとかあるよねというか。
そういうわけで、まったり時間を過ごしていたわけだけれども、その時間はヤツにしてはやや乱暴に扉を開いてやってきたミスミによって終わりを告げた。
「どうしましょう」
「何が。っつーかいきなり現れての第一声がそれか」
「すみません、ちょっと動揺していまして」
うん、それは正直見ればわかる。視線に落ち着きがないし、なんか無意味に手を動かしてるし、椅子にも座らずうろうろそわそわしてるし。
「ああそう。特に詳細が聞きたいわけじゃないけど、わざわざこの部屋入ってきたってことは聞いてほしいんだな?」
仕方なく、本当に仕方なく(一応アドバイザーなので)水を向けてやると、ミスミは頷いて口を開いた。
「……実は、さっき『彼女』と接触がありまして」
「まさかお前も目が合っただのなんだのじゃないだろうな」
「え、目ですか。合いましたけどそれが?」
一瞬、ちょっと前のユズの頭お花畑報告が過って心配になってしまったが、さすがにそんな程度の『接触』の報告じゃなかったらしい。よかった頭お花畑が増殖しなくて。
「……いやいい。気にするな。そうだな、おまえがたかが目が合ったくらいで動揺するはずなかったな」
「自己完結されると気になるんですが。――というかそれ、ユズの話ですかもしかして」
「ご名答。よくわかったな」
「私たちの中で、目が合っただけで報告に来るようなのはユズくらいでしょう。レンリは微妙なところですが、あなたが呆れ気味だったので違うと判断したまでです」
言われて、納得する。確かに推測できる要素はあったかもしれない。幼馴染み間でのユズの認識がちょっとどうなんだという感じではあるが。初心扱いにもほどがないか。
「なるほど。――で、あんたは何があったわけ」
「ついうっかり、その、……キスしてしまいました」
一瞬、頭が理解を拒んだ。いろいろな意味で。
「――…よーし歯ァくいしばれ。オイタした野郎にはそれくらい当然だよな?」
そりゃ確かに目が合った程度で報告はしてこないだろうと思えるほどに初心からは遠いヤツだが、しかし恋人でもない相手にそんなことをやらかすような野郎だったなんて――これはさすがに私の監督不行届でしかない。アドバイザーとして残ったからにはもっとちゃんと手綱を握っておくべきだった。
「え、いやちょっと待ってください」
「誰が待つか。ああいや待ってやってもいい。その代り殴るのはユズにやってもらうか」
「あなた容赦する気ゼロですね⁉」
ユズは教室の方にいたはずだ。すぐ呼んでこよう、そうしよう。
私の平均程度の筋力と経験のなさだと、うまく殴れない可能性が高い。そういう意味でもユズが適任だろう。
「容赦する気があると思ったならそっちのが驚きだっての。うかつでアホでバカなことやらかした自覚があるなら大人しく殴られろ。あとはもう知らん」
「いや本当待ってください! キスって言っても口にじゃありません‼」
……ほう?
「じゃあどこにやったキリキリ答えろ」
「頬です親愛です決してやましい気持ちでやったわけじゃないんです!」
めちゃめちゃ必死な様子で言い募られたけど、親愛で、唇にじゃないからって無罪とは限らない。
「その判断は前後関係わかってからじゃないと何とも。何がどうしてそんなことになったわけ」
「……ピアノを弾いてたんですよ」
「ピアノ?」
「この学園には音楽室が複数あるんですが、そのうちの一つに音楽関係者垂涎のグランドピアノがありまして」
「まあカンナのとこだしそれはありそうだけど。それで?」
「たまに弾かせてもらってるんです。本来生徒用に開放しない部屋なんですが、カンナに頼んで、」
「回りくどい。とっとと肝心のとこ話せ馬鹿」
多分どうにかして私が怒らないような伝え方を考えようとして時間稼ぎしてるんだろうが、起こった事実で判断するので無駄な足掻きだ。聞いてるこっちもイラッとするのでぶった切った。
ミスミは心なし小さくなって、覚悟を決めたように唇を一度噛みしめて――。
「間違って迷い込んできた『彼女』があんまりにも無邪気に私のピアノを褒めたので嬉しくなって感謝を伝えようとしてうっかり」
そうのたまった。
「――言ったよな? 日本じゃ基本的に親しくない人間からのスキンシップは好まれないって。そりゃもう何回も懇切丁寧に教えてやったよな?」
「……はい。覚えてます」
こいつは演奏会とかコンクールとかの関係で海外に行くことも多い。それ故に、日本人としては特異な距離感とスキンシップをしがちだったので、懇々とその辺りの認識の差異とか諸々についてオハナシアイしたことがあった。
それを忘れた鳥頭なわけではないらしい。
「ほー、覚えてるねぇ。じゃあ、なんでンなことやったわけ。家族間でやるのは構わないけど他はやめとけって言ったよな?」
「浮かれてまして……すみません」
「謝る相手が違う。――あっちの反応はどうだったわけ? まあ最初のあんたの様子からして深刻なことにはなってないと思うけど」
泣き出されたとかだったらさすがにあんな反応にはならないだろう。困惑プラス色ボケの空気だったし。
「顔真っ赤にして走り去られました」
「だろうね。で、あんたは何に動揺したっての」
「あなたの忠告をうっかり忘れるくらい浮かれてしまった自分ですとか、顔真っ赤にしてちょっと涙目になってるの見てやってしまったと血の気がひいたのは確かなのに可愛いとかもっと見ていたいとか思ってしまった自分ですとか、つまり自分が制御できてないことに驚いたというか何というか」
流れるように紡がれた言葉たちを耳にして、電話相談を受けたときレベルに頭痛がしてきた。
「……よしわかった、とりあえず脳内お花畑もとい頭の中がピンクなのは一人で充分だからそれ以上はやめろ。ネジどこに落っことしてきたんだこの馬鹿。あと頬染めるな気持ち悪い」
「……あなたのソレでちょっと落ち着きました。もう少しクールダウンしたいのでもう一度罵ってもらっていいですか――って痛っ⁉」
なんか頭がわいてるようなことを言い出したのでとりあえず殴った。
「その発言がいろんな意味でアウトなことに気付いてない時点で落ち着けてないだろうがこの馬鹿。呆れるの通り越して鳥肌立ったんだけどもう放置していい?」
「すみません自力でクールダウンするので見捨てないでください……!」
一瞬見捨ててもいいかなと思ったが、ユズも経過観察にしたのだ。コイツだけ見捨てるのはまだちょっとどうかと思い直して、深く溜息を吐くに留めた。




