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±Days 四馬鹿な幼馴染みと巻き込まれ相談役の平凡ではない日常  作者: 空月
第1章 無理やり転校編

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16/24

16.兄登場。



「ところで、なんか静かだと思ったら特別講師の兄さんどうした? 一心不乱って感じにスケッチブックと向き合ってるけど」

「ああ、あれは気にしないでください。スイッチが入っただけなんで」


 ちょっと前から黙々とスケッチブックに鉛筆を走らせている浅見さんが気になったらしい三笠さんが訊ねてくるのに説明する。


「スイッチ?」

「いわゆるトランス状態というか、異様な集中力を発揮中というか」

「『神様が降りてきた』ってやつ?」

「大体そんな感じです」


 浅見さんも気まぐれなら、芸術の神様も気まぐれのようなので、突然黙り込んでスケッチブックなりに向き合って反応しなくなるのは浅見さんにはよくあることだ。場所も時間も関係なく、それ・・は降ってくるようなので。


 と、ギギギギギ……と効果音がつきそうな雰囲気で教室のドアが開かれた。教室のドアとは思えない、装飾の凝った重厚な両開きの扉なのでそんな感じが似合ってしまう。つくりがいいので音はしないけれども。

 並々ならぬ感情を感じさせる登場をしたその人は、地の底から響くような声音で口火を切った。


「――お前たち、俺のいない間に好き勝手してくれたようじゃないか……」

「……兄さん」


 そう、現れたのは私の兄(のうち下の方)である、上総(シン)だった。


「もう来ちゃった⁉」

「はぁ、もう少しゆっくりでもよかったのに……」

「想像以上にお早いお越しでしたね。……結局どう対応するかも結論が出ていないんですが」

「……頑張るしか、ない」


 とある研究所(ラボ)に勤めているこの兄は、まあ……わかりやすく言うとシスコンだ。昔はそうでもなかったんだけど、ある事件を境にそれはもうドロ甘な過保護兄に化けた。奏兄さんもシスコンではあるけれど、ちょっと方向性が違う。身内にをこう表現するのもなんだけど、奏兄さんは軟禁するタイプ、深兄さんは監禁するタイプである。


「叶、よもや奴らに傷物にされていないだろうな。まあそんなことできやしないヘタレどもだとは知ってはいるが、兄の心臓は心配で張り裂けそうだったぞ。さあ、今すぐ帰るぞ、奴らの巣窟から一刻も早く離れなければ」

「相変わらずですね、お兄さん」

「黙れ誰が兄と呼んでいいと言った。俺を兄と呼んでいいのは一人だけだこの腹黒が」


 カンナに噛みつくように――というか完全に威嚇の様相で対応する兄に、ちょっと呆れる。


「来てすぐ帰るって、何しに来たの、兄さん」

「迎えに来たに決まっているだろう! この馬鹿どもに拉致られたと聞いて気が気じゃなかったんだぞ!」


 あれ、私、連絡するとき拉致とは言わなかったんだけどな。

 ……これは巳津さんが何か吹き込んだかな? それとも奏兄さんが面白がってそう言ったか……。うーん、判断がつかない……。


「人聞きが悪いですよ。拉致なんてそんな、」

「しらばっくれるな、というかお前は妹の半径一メートル以内に近づくな歩く猥褻物め」

「……猥褻物……」

「ミスミ、ショック受けるのはわかるけど、いつものことなんだから」

「それよりどうやって説得するかが問題だと思うんだけど!」

「まず、話を聞いてもらえるか、が……」


 幼馴染みたちと兄さんのやりとりをBGMに考え込んでいたら、ぐいっと抱き上げられた。もちろん犯人は深兄さんである。


「わっ、……ちょっと、兄さん」


 こういうスキンシップもいつものことと言えばいつものことなんだけど、初対面の人がいる場ではやめてほしいのが正直なところだ。案の定、三笠さんがなんか面白いもの見るような顔してるし。


「さあ帰ろう今すぐ帰ろう俺たちの我が家に」

「お兄さん、その体勢でその言い方は何か誤解を招きます」

「何の誤解を招くと言うんだ。あと兄と呼ぶな」

「体勢的に人攫い、台詞的には新婚さんのようです」


 ……いや、なんでそんな発想になるわけ? 何フィルター?


「……新婚か……それも悪くないな。叶、しばらく休暇が取れたんだ、二人で甘い蜜月を過ごそう」

「……見事に前半はスルーしたね」


 カンナの呟きも綺麗にスルーして、甘い視線で見つめてくる深兄さんに溜息をつく。


「兄さん、それは妹に言う台詞じゃないから。とりあえず下ろして」

「何故だ。久方ぶりに会った妹を今すぐ連れ帰りたいという兄の心がわからないのか」

「いや、わかるわからないの問題ではなく。初対面の人がいることに気付いて。今更だけど」

「初対面? ――何だ、奏の知り合いのお花畑脳じゃないのかアレは。確かに実際会うのは初めてだが、気にすることもないだろう」


 深兄さんの浅見さん評が酷いけれど、この兄は他人には大体こんな感じなのでとりあえず置いておく。


「いや、スイッチ入ってトリップしてるから浅見さんは別にいいんだけど、もう一人が」

「もう一人?」

「ほら、そこにいる――」


 そう言って三笠さんの方を示すと、深兄さんは苦虫をかみつぶしたような顔になった。


「――あの年がら年中ヘラヘラフラフラしてる頭のネジ根こそぎどこかにやった変態を想起させるガキのことなら存在を認めていない」


 わあ……完全に敵認定してる……。確かに三笠さんは属性としては巳津さん寄りだろうとは思うけど、あそこまでネジがトんではないと思うんだけどな……。

 ひとまず、初対面のしかも年下に向ける態度でも感情でもないので、窘めておく。


「……兄さん、受ける印象が似てるからって混同するのはどうかと思う」

「…………」


 しかし、兄さんはむっつりと黙り込んだまま、三笠さんを視界に入れようともしない。


「あの人ほど性質は悪くないから。思ったよりそこそこ常識人みたいだし」

「えーと、嬢さん? それ何気に貶してない?」


 重ねて言うと、深兄さんは少しだけ表情を改めた。


「……む……。お前がそう言うなら」

「わかったなら下ろして」

「だが、」

「下ろして。話がしにくい」

「……またスルーか嬢さん……」


 三笠さんが黄昏れているけど、仕方ない。優先順位というものがあるので。


「……仕方ない。わかった」


 渋々と言った体で、やっと地面に下ろしてもらえたわけだけど――。


「――とか言いながら下ろしてなおがっちりホールドしてるのは何でですか、お兄さん」


 背後からがっちり抱きしめられる形に落ち着いてしまった。まあ許容範囲だ。巳津さんだか奏兄さんだかに拉致だのなんだの聞かされてるなら、多少は諦めるしかない。


「お兄さんと呼ぶなと言っとろうが」

「兄さん、苦しいから腕緩めて」

「ああごめんな。ついつい力が。お前がいつこのケダモノどもに襲われるかと不安で不安で」

「それはないから安心して。こいつらちゃんと別に好きな人ができたから」

「いや、男は文字通りケダモノだ。心がなくてもお前の愛らしさによろめいてやるだけやっておさらばなんてことも――」


 ただの過保護シスコンの戯れ言だと思うんだけど、その発言はちょっとよろしくない。私は溜息をついて、とんとんと兄さんの腕を叩いた。


「兄さん、ここ学校だから。教育上よろしくない発言は控えてね」

「っていうかオレたちそんな風に見られてたの⁉」

「ユズ、違う。兄さんは世の中の男ども全員そうだと思ってるだけ。それと兄さん、前から言ってるけど一回眼科に行って検査を受けてきたほうがいいよ。もしくは脳外科。身内贔屓だとしてもちょっと異常だから」


 だいぶ真剣に提案したんだけど(n回目)、残念ながら効果はない――どころか、兄さんの何かに火をつけてしまった。がっと肩をつかまれて、ぐるんと体勢を変えられて、真正面から説かれる。


「そんなことはない! お前は宇宙一愛らしい! 自分では気づけないのも無理はないが、だからこそ兄はいつでもお前のことが心配なんだ」

「……なんで宇宙なの、とか突っ込んじゃいけないんだよね?」

「だろうね。まあ、この熱量もいつものことだけど……」

「溺愛っぷりに磨きがかかってますねぇ」

「……それ、あんまり……歓迎できることじゃ、ない……」

「そうですね。それはつまり、妨害がより一層強まるってことですし」

「何をこそこそ喋っている。我が妹を再びかどわかす算段でも立ててるのか」


 再び威嚇状態に戻った兄さんに、とりあえずつっこんでおく。


「いや、奴らに誘拐された覚えは一度もないんだけど」


 昨夜からのヤツらの言動は確かにそれに近いものがあったけれど、誘拐はされていない。私も落ち着いてきたので、対応まずったなというのも理解はしているし。


「俺の把握しないところで転校だのなんだのさせた時点で誘拐だ」

「いやそれは何か違う気がするんだけど」

「だから帰るぞ今すぐに。そして我が家で思う存分二人だけで過ごそう」


 両親も奏兄さんも好き勝手各地を飛び回っているので、深兄さんが帰ってくるなら確かに二人だけで過ごすことにはなるんだけど、うーん……。


「……そこはかとなく犯罪っぽい香りがする気がするのは俺の気のせいじゃないよな?」


 三笠さんが的確に深兄さんの言動の問題点を指摘した。

 そうなんだよね、なんかワードチョイスがね……どうしてこうなったんだろうね……。


「気のせいじゃないですけど、これが通常なんですよ」

「ベタ甘も通り過ぎた何かになってるからね……」

「話聞いてもらうどころじゃないけど、ホントどうするの? 正直勝てる気がしないんだけど……!」

「……為せば、為る?」

「――と、いいですけどね。はぁ……」


 幼馴染みたちが揃って溜息を吐くのを見つつ、私も覚悟を決めた。


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