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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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ドリーム・クリエイター

 別府先輩のぼやけた顔が消え、今視界に入っているのは、やはりぼやけた天井だけだ。

 やがて、天井の木目がくっっきりと見え始める。

 自分の手を伸ばし、視界に入れる。指を広げ、凝視する。

 ついさっきまで、この手でばっぱを抱き締めていたはずだ。感触も残っている。


 クリアになった視界が再び、ぼやけ始める。涙が溢れてきた。


 さっきまで身を置いていた世界、ばっぱが存在した世界は、メタバースの中だ。

 今は現実の世界にいる。でも、どっちが現実でどっちが仮想の世界なのか? 頭の中が混乱する。

 むしろ、ばっぱと過ごしたあの時間、空間が現実であって欲しいとさえ思う。僕は涙を流し続けた。


「おい、誠。いつまでそうやってんだよ……といっても仕方ねえなあ。俺もやられちまったからな」


 声のする方を向くと、別府先輩が二段ベッドから顔を出し、わりと真剣な顔で僕を見ていた。

「あ、先輩……もう大丈夫です。起きます」

 わかった、と言って別府先輩の顔が引っ込んだ。


 僕は、袖で涙を拭い、ベッドの上で冷○ピタもとい『センス・ブースター』を剥がし、パジャマもとい『インタラクション・スーツ』から普段着に着替えた。

 梯子を使って、注意深くフロアに降りる。まだ少し頭の中がふらついているような気がする。

「センターのスタッフ様には、メタバースから帰って来たとき、急に体を動かすことは危険だと進言しておいた方がよさそうだな」

 この手の話は、いつもなら冗談めかして話す先輩だが、今はちょっと違う。声のトーンが落ち着いている。


「よし、昼メシ行くぞ」

 僕たちは宿泊棟を出て本館のメインルームに向かう。


 まだ別世界の余韻が残っている頭には、外の日射しが眩しすぎる。

 前を行く別府先輩の歩き方が、なんだかぎこちない。


「先輩どうしたんですか? まさか寝違えたとか?」

「いや、全身筋肉痛でよ……特に腕と膝がガクガクだ」

「え! メタバースに没入してる時って、筋肉使いましたっけ?」

 仮想空間は、主に脳の中で生成されるもので、体はほとんど動かさないと説明を受けている。パジャマ、いや『インタラクション・スーツ』は、体の動きを検知する機能があるが、それは極端に激しい動きを察知し、それを制御するためとも聞いている。


「いやー、ホントは体を動かすことはないはずなんだが、何せ崖から落ちないようにへばりついてたから、生身の体にも力が入っちまったんだろうな」

 ややガニマタ気味で、ゆらゆらと上体を揺らしながら先輩は歩く。


「ガケ? いったいどんな仮想体験をしてきたんですか?」

「まあ、後で話すわ……誠よ。お前はどんなんだったんだ?」

 別府先輩が手で陽の光を遮りながら、僕に聞いてくる。


「……亡くなったはずのばっぱ、岩手の祖母がAIのヒューマノイドになって出てきました。フィギュアスケートの道を断たれた僕は、数日間祖母の実家で暮らしたんです」

 その時の映像が次々に脳内で再生され、再び涙腺がヤバい状態になってしまった。


「お前さん、スケートなんかやってたのか?」

「いえ、親に連れていってもらって一回滑った程度で……多分後づけされストーリーなんだと思います。でも昔、宮沢賢治の施設に行って、文学に興味を持ったのは事実です。過去の経験や思い出が、メタバース空間にも体験イベントにも織り込まれていて、正直びっくりしました」


「そうなんだよなあ。ありゃ一体、どんなカラクリになってんだろう」


「別府先輩の方は、どうでした?」

「おう。俺は山登りが好きなんだが、あ、これは本当の話だ。学校のワンゲル部に入っていて、実際に南、中央アルプスに登頂してるぞ」

「先輩がアウトドア派だったとは。ちょっと意外です」


「……まあ、それはどうでもいいんだが。俺は筋肉が動かなくなっていく病気にかかってしまい……これは、仮想空間での設定な。運動する機能を医療用ロボットスーツで補っていた。そんで、まだ動けるうちに、北アルプスに登って、三大アルプスの制覇を目論んだ」

「何か壮大な話ですね。ところでAIでできたキャラクターとかはいたんですか?」

「ああ出てきた。北アルプスに登るときに、荷物を運んでくれる山岳ガイド、つまり『ポーター』がそれだった」


「そのポーターさんは、知っている方だったんですか」

「よく知っている。俺がリアルで南・中央アルプスに登った時についてくれた人でな。仮想空間では、AIのロボットになっていた」


 先輩は歩を緩め、下を向く。

「まあ、気の回るポーターでな。俺の体に負担がかからないようにと甲斐甲斐しく世話をしてくれたんだが、俺にはそれがうっとおしかった……北アルプスの難所、いわゆる『鎖場』にさしかかった時、その体では無理だから断念するようにと言ってきた。でも、何だか病人扱いされるのがいやで、意地で強行した……これは、登山家が一番やっちゃいけないやつな」


「……で、どうなったんですか?」

「俺は、垂直に切り立った崖の真ん中で鎖に掴まったまま動けなくなり、AIのポーターに助けてもらった。……で、ポーターは俺の代わりに滑落してしまった。俺が落としちまったようなもんだ」


「……それが話の結末ですか?」

「いや、救助されて山を降りた時に、回収されたAIのポーターの思考システムはまだ生きていて、俺が生きて帰ってくれて本当によかったと泣きながら言ってくれたんだ……まあ、そんな話だ」


 先輩は涙を見せまいと再びガニマタで歩き始め、本館のエントランスに入っていった。


 僕と先輩がそれぞれ体験したことから推定すると、この『異種間交流』のテーマ・ワールドでは、ヒューマンドラマ部門の入賞者、道後知美さんの『機械ジカケの俺とお前』が下敷きになっているものの、体験するストーリーは、人によってだいぶ違うようだ。ただし共通しているポイントがいくつかある。


・主人公は心身に何かしら問題を抱えていて、それを先端技術の人工物で補っていること。

・AIのロボットがサポートしてくれること。そのロボットは、自分にとっては大切な人と関係している。

・はじめはAIのロボットに負の感情を持ってしまうが、最後には心の絆が生まれる。


 僕はこのメタバース空間では、てっきり原作『機械ジカケの俺とお前』をそのままなぞった体験をするのだろうと思っていたが、いい意味で予想を裏切られた。

 他のメンバーはどんな体験をしたのだろうか………… 瞑のことが気になる。彼女の仮想空間の中では、生まれてこれなかった双子のお姉さん、『舞さん』が登場したのかも知れない。その場合、何が起きて、どういう結末になったのだろうか。

 僕は先輩の後を追い、本館に入った。


 メインルームからはカレーの匂いが漂い、猛烈に空腹を刺激する。

 僕と別府先輩以外は、このセンターのスタッフさんも含め、既にみんなテーブルについている。


 メインルームの雰囲気がちょっとおかしい。


 半ば放心状態でスプーンを口に運んでいる、青春部門入賞者の玉名コージさん。カレーライスにまったく手をつけず天を仰いでいるミステリー部門入賞者の、いぶすきのぞみさん。

 そして……総合優勝の城崎瞑は、両肘をテーブルにつき、両手で顔を覆っている。瞑と同室で、隣りに座っているファンタジー部門入賞者の草津ミコトが心配そうに瞑に言葉をかけている。

 僕ら高校生に混ざって座っているセンターのスタッフの方々は、その光景を暖かくかつ好奇心たっぷりの眼差しで見守っている。


 調理スタッフのおばさんに、カウンターまで料理を取りに来るよう呼ばれた。そこでは別府先輩が『カレー大盛り、福神漬けとらっきょうも大盛りで』と注文していた。トレーを持って先輩の横に並ぶ。

「おばちゃん、この施設にしては、なんかすごく普通のカレーじゃない?」

 受け取ったカレーライスを眺めて先輩が感想を述べる。確かに、具は豚の細切れで、大きめに切った黄色い半透明のタマネギは、高校の学食のカレーを思い出させる。

「あはは、今日のカレーのコンセプトは『どこにでもあるノスタルジックなカレー』だからね」

 おばさんが屈託なく笑う。午前のカリキュラムを意識した献立のような気もする。

「このメニュー、おばちゃんの考案?」先輩が聞く。

「いやあ、確か黒川さんというヒトからのリクエストでね」

黒川さん⁉ ご本人は東京にいるはずなのに……


 『ここ、いいですか』と断って先輩と僕は、四人がけテーブルに座った。そこでは、このセンターで働く男女のスタッフがカレーを食べていた。確か、ヒューマンドラマ入賞者の道後知美さんと恋愛部門入賞者の有馬未玖のサポーターさん、入江さん(男性)と徳永さん(女性)だ。


「『異種間交流テーマ・ワールド』はどうだった?」

 僕がサラダをつっつき、先輩がカレーを食べ始めるとすぐに、入江さんが話しかけてきた。

「この人、この仮想空間の開発担当者だからね、早く感想を聞きたくて仕方がなかったのよ」

 ニヤニヤ笑いながら徳永さんがフォローする。


「開発のご担当者、そうだったんですか!……やー、ヤバいっす。気持ち全部持ってかれました」

 別府先輩は口にカレーライスと福神漬けとらっきょうを放り込みながら喋る。忙しい。


「嬉しいリアクション、ありがとう。湯沢君。君はどうだったかな?」

 入江さんが目を光らせて僕のコメントを待つ。


「見事に予想を裏切られました。僕が主人公の老人になって原作のストーリーをなぞった体験をするんだと思っていましたが、まさかこんなに自分の実体験に基づいた話になるなんて、思ってもいませんでした」

 入江さんはウンウンと嬉しそうに頷く。


「そうそう。アレ、いったいどんなカラクリになってんですかね?」

 先輩にそう尋ねられると、入江さんは徳永さんと顔を見合わせた。徳永さんは入江さんに『調子に乗って喋りすぎんなよ』とアイコンタクトで伝えたようだ。 


「これだよ、これ」

 男性開発者は、自分のおでこを手の平で押さえた。


「「?」」


「頭に貼ったやつ……あれ名前、何ていったっけ?」

「『センス・ブースター』ですか?」と僕。

「そうそう。あれで、体験者の脳の中から記憶データ、つまり思い出を読み取り、サーバーに送る」


「あの冷○ピタが?」先輩が目を丸くする。

「ああ。……で、読み取ったデータと基本ストーリーのデータをマージして、実行するプログラムがセットされて、脳に戻される。そのシステムの開発ネームは『ドリーム・クリエイター』と言って……」

「ちょっと、入江君、喋り過ぎじゃない!」

「……まあ、そんなところだ」


 最後は徳永さんに遮られたが、おおよそのしくみはわかった。瞑と僕のサポーター、沢井さんが言っていたのはコレのことか。実証実験段階とのことだったが、もう既に実装されている。というか僕たちのこの仮想体験こそが実証実験なのかもしれない。にしても、このセンターのスタッフの方々は、少し口が軽すぎなんじゃないか?


 同じテーブルのサポーターさんと話していてもう少しわかったことは、このテーマ・ワールドで体験する共通ポイントは、僕が考えていた三つでほぼ合っているとのこと、一度体験した人が再びこのテーマ・ワールドに入ってきたら、その時の記憶データの読み取り具合で登場してくるキャラクターやストーリーが微妙に変わってくるとのことだ。リピート対策らしい。


 僕と別府先輩が空いた食器を片づけてテーブルに戻ると、なぜかミコトが僕の席に着いていた。彼女はドリンクコーナーでオレンジジュースを取ってきて、そのまま座り込んだようだ。


「誠。席替わんなさい」

 瞑がひとりでぽつんと座っているテーブルの方を向いて、僕を睨みつけた。


「な、何で僕が?」

「なんでって、あんたと瞑はベーシック・ワールド担当のコンビでしょうが!」


「そ、そりゃそうだけど」

「あたし、瞑があんなになってるの、今まで見たことないわよ」


「僕にどうしろと?」

「あんたら最近仲いいし、相談に乗ってあげられることもあるんじゃないの?」


「仲がいいって、そんなこと……」

「ほら、つべこべ言ってないで早く行った!」


 僕は、座っていた席を半ば追い出される形で、ドリンクコーナーでコーヒーと紅茶をカップに入れて瞑の席に向かった。


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