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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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テーマ・ワールド『異種間交流』体験


「何じゃこりゃ⁉」


 『新世界生成合宿』の二日目。朝っぱらから奇声を発したのは僕ではない。『地球環境保護研修センター(仮の姿)』のスタッフさんから配布された梱包の封を破って中身を取り出した、別府先輩だ。


 その声を気にしながら、僕ら『新世界創造プロジェクト』メンバーである、高校生モノ書き仲間は、めいめいの袋の封を開ける。


 事前の説明によると、そこには、


 ・視聴覚データをやりとりする『パースソニック・マスク』

 ・体中に触感・痛感・温冷感を伝え、体の動きを検知する『インタラクション・スーツ』

 ・電気信号で脳に直接働きかけ、五感を補完する『センス・ブースター』


 この三つをセットにした呼び名は『イマーシブ・ギア』。新世界に没入するためのカッチョイイ最先端ツールが入っているはずだ。僕は袋から取り出したモノを一つ一つテーブルに並べていった。


 一つ目は……ダークグレーの柔らかい素材でできたそれは、明るい場所で睡眠をとるときに使う『アイマスク』ではないか? 強いて違いを挙げるなら、頭にかけるバンドの両脇に、耳に差し込むタイプのイヤホンがついていることだ。多分音声はこれでインプットするのだろう。


 二つ目は……これは、どう見てもパジャマだ。僕のものは、ブルーのストライプで、隣りの瞑のものを見ると、ピンクの水玉模様だ。どうやら男子用と女子用でデザインが違うらしい。肌触りはよく、少し厚めの生地だが、見ても触っても、これはパジャマだ。


 そして三つ目……それは長方形のケースに入れられており、フタを開けると、シート状のものが二十枚位入っている。シートの端には金属製のタグのようなものがついている。アンテナみたいなものか。シートにはブルーのジェル状の物質が塗ってあり、透明フィルムで覆われている。どう見ても、冷○ピタだ。


 アイマスクと、パジャマと……冷○ピタの三点セット。まるで……

「これ、あれじゃん! 風邪ひいて学校休んで、明るい部屋でアイマスクして冷○ピタ貼って、お母さんに『熱が下がるまでおとなしく寝てなさい』って言われるやつ……イマーシブ・ギアっていうより、寝マーシブ・ギアね」


 ミコトがうまいこと言った。そこにいる高校生はみんな笑ったりうんうんと頷いていたので、誰もが同じシーンをイメージしていたのだろう。


「みんな、配布物の中身は確認したかな」

 センターのスタッフの一人が僕らを見まわして声をかけた。


「あのー、質問でーす。ギアのネーミングと実物にすごくギャップがあるように感じるんやけど、どうしてなんやろ?」


 ミステリー部門入賞者の、いぶすきのぞみさんが訝しげに質問する。


 『寝マーシブ』に大ウケしていた女性スタッフさんが苦笑いしながら答える。

「メタバース空間への没入感を効果的に与え、かつ重さや堅さや窮屈さを感じさせない仕様を突き詰めていったら、コレらに行き着いたんだそうです。……ネーミングは……黒川さんの趣味です」

 やはり黒川さんか。そうじゃないかと。


「では、今日の午前中は、『世界生成AI』で創造されたメタバース空間の『テーマ・ワールド』の一つを体感してもらいます。まだ試作段階だけど、この空間の価値がよくわかる仕上がりになっていると思います」


 ネットワークへの接続方法を教わったあと、各自の宿泊部屋に戻り、ギアを身につけてベッドの上でログインするようにとの指示があった。


 さっき目を覚まして朝食を食べたばかりなのに(豪勢なビュッフェスタイルだった)、またベッドに入れと言う。


 別府先輩と部屋に戻り、めいめい着替えてベッドに潜り込む。


 ログインの音声コマンドをノートパソコンで調べていると、二段ベッドの下から先輩の声が聞こえてくる。


「誠よ、これはあれだ……朝の明るい内からこんな格好して寝ていると『今頃みんな授業受けてる頃だろうな』と思いながら、プチ罪悪感とプチ優越感を感じるやつだな」


 プチ優越感というのはよくわからないが、プチ罪悪感というのは何となく共感できる。


 『はは、そうですね』と先輩に気のない返事をして、僕はアイマスク、いやパース・ソニックマスクをかけ、ログインのコマンドを唱え、目を閉じた。


 ◇ ◇ ◇


 杖を片手に林道を散歩している。ここは、岩手県花巻市にある宮沢賢治童話村の中にある散策道路。別に童話や宮沢賢治の作品に興味があったわけではない。たまたま僕の父方の実家、つまり『ばっぱ』(おばあちゃん)の家から近いだけだ。


 春休みが始まった今日から僕は、ばっぱの家でお世話になっている。気分転換というやつだ。


 巻き込まれ事故から手術とリハビリを経て、脚の調子はよくなったが、完全に元に戻らないことを知らされ、心の傷はいつまでも疼いている。


 一月に開催されたフィギュアスケートのインターハイ(全国高等学校フィギュアスケート選手権大会)で勝利し、国際大会の強化選手に選ばれた矢先、僕は交通事故に巻き込まれ、左足と左腕を激しく損傷してしまった。


 医療技術の進歩の恩恵を受け、関節、腱、神経、皮膚は人工物や再生治療によって形状も機能もほぼ元通りにすることができた。でも、精緻な動きが要求されるフィギュアスケートで、日本や世界のトップクラスと争うことは叶わない。


 物心ついたときから、早朝~深夜の練習で、大半の時間を費やしてきた。スケートを失った僕には、何も残っていない。リハビリと検診以外することがなかった。何をすればいいのかさえ、わからなかった。


「ばっぱの所に行って、気分転換してきたらどうだ?」


 父が勧めてくれた。でも……ばっぱは、僕が中三の時に亡くなったはずだ。祖父は、さらにさかのぼって、その三年前に亡くなっている。

 父はなぜそんな寝ぼけたようなことを言うのか?


「実はな。ばっぱのAIロボットがいるんだ」

「⁉」


「ばっぱが、岩手の民話の語り部をやっていたことは知っているだろう?」

「え、うん」


 僕も小学三年の時に岩手の伝承館という場所で、ばっぱが民話を語っているのを他の子供たちに混ざって聞いたことがある。


 父から初めて驚きの事実が語られる。

「民話の語り部は、高齢化が進んで後継者も少なくなり、このままでは消滅してしまう。そんな危機感から、県と国と地元の大学の共同開発により、AIヒューマノイドの語り部が生まれた。ばっぱが生きている間に、民話の語りだけでなく日常会話やしぐさ、家事までのデータを記録し、インプットし、機械学習させた」


「そ、それがAIのばっぱだって言うの?」

「ああ、そして、ばっぱに『伝説の裏メニュー』をごちそうになってこい」


 僕は驚きと困惑と疑問を強く感じたまま、東北新幹線の新花巻駅に降り立った。タクシーに乗り、五分ほど走ると、ばっぱの家だ。

 だいたい、伝説の裏メニューって何だろう?


 曲り家、藁葺き屋根の佇まいは、以前来たときと大きく変わらないような気がするが、ひとつだけ違うところは、入り口に「民話AI語り部の家」という大きな木製の看板がかかっているところだ。


 正面口から入り、土間の大きな石の上で靴を脱ぎ、木製の開き戸を開けると、囲炉裏の傍らで老婆が正座していた。


「いらっしゃい、誠」


「……ばっぱ……ただいま……」

 どう見ても、ばっぱだ。


「そんなとこ突っ立ってないで、さっさと上がんな」

 ばっぱは目を細め、にっこりと笑いながら僕を手招きする。


 僕は板の間に上がり、間近でばっぱと向き合う。

 表情や体の動きは僕が覚えているばっぱそのものだ。

 でも僅かに生身の人間との違いがある。

 僕はその違いに、大きな違和感を覚えた。

 ネットか何かで目にした「人間に似すぎたアンドロイドの『不気味の谷』」という言葉を思い出した。


 ばっぱは僕が寝泊まりする部屋を案内し、台所の土間に向かった。


「さあて、何つくろうかね」

「ばっぱ、料理も作れるの?」

「ああ、もちろんさ。といっても材料の買い出しは、職員の人がやってくれてんだけどね。あ、それから風呂炊きは、やったことあんだろ? あたしゃ風呂入んないから、自分で沸かしておくれ」

「わ、わかった」

 小さいときに従兄弟たちと面白がって火を起こし、風呂を沸かしたことを思い出した。


 土間には、昔ながらの竈や洗い場だけでなく、今風の調理台や食器棚、それに冷蔵庫もあった。


「ちょっと散歩に行ってくる」

 僕は一旦気を落ち着けるために外に出ることにした。


「ああ、気をつけてな。夕飯は作っとくから」


 特にあてもなかったが、近くに童話村というのがあったのを思い出し、入場券を買っていくつかの施設を見て回った後、こうして今、散策道路を歩いている。


 もう杖が無くても普通に歩けるはずなのに、手放せない。杖なしで歩いて転んでしまうと、二度と起き上がれない気がする。怖い。


 ばっぱの家で『再会』したのは、まさにばっぱだ。

 でも、僕が小さい頃に会ったばっぱではない。ヒューマノイド、ロボットだ。


 事故に巻き込まれ、僕の手と脚は人工物で出来ている。

 『あの人』の体も頭脳も、全部人工物だ。


 僕とあの人に共通しているのは、『機械仕掛けの体』だけだ。

 心は……とてもわかり合えない、わかってくれない。そんな思いを強くしながら、ばっぱの家に帰る。


「おかえり」

 夕暮れを背負い、ばっぱは僕の帰りを待っていた。


 にこやかな笑顔が懐かしい。

 いや騙されちゃいけない。あの人はロボットだ。


 板の間に上がると、早速AIばっぱは、お膳に料理を並べてくれる。


 お膳の上には、焼き魚、山菜と油揚げの煮物、根菜と鶏の焚き物など、岩手の家庭料理かどうかはわからないけど、昔、『人間ばっぱ』に食べさせてもらった料理と同じだ。何の変哲もない家庭料理が無性に美味い。

 父の言っていた『伝説の裏メニュー』とはこれのことなんだろうか?


「ご馳走様でした」

 僕は手を合わせ、お膳を下げ、流しで洗い、片づける。


 AIばっぱは『あ、やるから』と慌てて立ち上がるが、それを視界の外に追いやり、僕はずんずんと土間に進み、食器を洗った。

 土間の前まで来たAIばっぱの表情を見やると、困ったような顔をしていたが、僕は目をそらす。


 その後、僕はタイル張りの浴槽に水を張り、外に出て風呂釜に薪をくべて火を起こした。


 風呂が沸くまで板の間に戻り、囲炉裏で暖をとる。

「あんた、あまり近づき過ぎて、囲炉裏の中に落っこちないんだよ。子供んとき、灰だらけになって大変だったんだから」


 もう子供じゃないんだから落ちっこないよ、と言えればよかった。

 相手が本物のばっぱだったら、そう言っただろう。


 違う言葉が突いて出た。

「よくそんなこと知ってるね。ばっぱじゃないのに」


 AIばっぱは、一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐにそれを消した。

「そらあね、なんでも引き継いだからね」

 笑顔を見せながらそう言った。


 僕は腹を立てた。そして、

「風呂に入って、寝る」

 とだけ言って立ち上がった。

「そうかい、布団は出してあるからね。湯冷めしないんだよ」

 優しい言葉が、風呂に向かう僕を追いかけてきた。

 ところで、AIばっぱも布団で寝るんだろうか。


 翌日も、翌々日もそんな感じだった。


 朝食を作ってもらい、黙々といただき、自分で片づける。


 日中は周囲を散歩したり、昼ご飯は外食をし、散歩を続け、なるべく家にはいないようにする。午後は、観光客が訪れ、AIばっぱは民話を披露している。


 日が暮れると曲がり家に戻り、夕食を作ってもらい、自分で片づける。

 風呂を焚き、湯が沸くまで板の間で一言二言、AIばっぱと言葉を交わす。

 僕が小さい頃や父が若い頃の昔話を持ちかけてくれる。僕はそれにイラ立つ。 

 ちくりと『その人』に言葉の棘を刺す。

 そして風呂に入って寝る。


 ここに来てから三日目も同じように過ごしていた。


 日が暮れ、入り口に『民話AI語り部の家』と看板が出ている古民家の前で老婆が佇んでいる。夕日の逆光でよくわからないが、いつものように微笑んでいるようだ。


 「あ!」


 僕は僅かな石畳の隙間に足をとられ、杖をついてバランスをとろうとしたが失敗し、横倒しに倒れた。


 ばっぱが驚き、慌てて駆け寄ってくる。

「大丈夫かい?」


 僕はそれに答えずに、そのまま横たわったままでいる。


 もういやだ、起き上がれない。起き上がりたくない。なんでこんなことになっちゃったんだ!

 涙は重力に従って、僕の顔を横切って流れ落ちる。


 ばっぱは、心配そうに僕の顔をのぞき込んでいたが、

「大丈夫だ」

 と言って、僕に手を差し伸べてきた。


 僕がそれを無視してじっとしていると、

「しょうがないねえ」

 ばっぱは、僕の手術をしていない方の腕を掴み、ぐいと引っ張った。

 老婆のものとは思えない力で僕の上体は起こされ、立ち上がる手助けもしてくれた。


 ばっぱは、片手に杖を持ち、片手で僕の手をゆっくり引いて歩く。僕の足もとに気を遣いながら。

 土間に入ると、ばっぱは手ぬぐいを濡らし、転んで汚れた腕、脚、そして涙まみれを顔を吹いた。


「痛いところはないかい?」

「う、うん、大丈夫」

「そらよかった……そのままそこから板の間に上がっちまいな」


 僕が体を傾けて板の間に上がるのを確かめたばっぱは、調理場に向かう。

「さあて、今夜はあれを作ろうかね」

 服を着替えて、囲炉裏で暖をとっていると、ばっぱは、まずお膳を僕の前に置き、一度下がると、お盆に乗せた丼を運んできた。

 床に置いたお盆から、お膳の上に載せ替えられたそれは。


 天ぷらそばだ。


 天ぷらといっても、衣の厚いかき揚げ製で、具はその他に、多めのワカメとネギが乗っているだけ。岩手名物のわんこそばでも何でもない。


 この家に来て、天ぷらそばを出されたのは多分始めてで、ばっぱの真意がわからなかった。


 いただきますをして箸をつける。箸も、いつもの漆塗りのものではなく、割り箸だ。

 かき揚げを囓り、麺を啜り、やや濃いめのツユを飲む。

 ごく普通の立ち食いそば……だが僕の中で変化が起きた。


 映像が浮かぶ。


 ここは、海の見えるデッキ席だ。

 毎日のように通っていた、千葉のスケート場。


 そこには、立ち食いそばのスタンドが併設され、屋外に通じるデッキにテーブルと椅子が並べられていた。


 うどんやカレーライス、アメリカンドッグなどもあったが、僕は週に一回、ここで天ぷらそばを食べることが許されていた。


 その時は、スケートはヘタッピで、上達するのかどうかもわからなかったけれど、とにかくここに来てみんなとはしゃぎながらスケートを習い、少しずつうまくなって、天ぷらそばを食べるのが楽しみだった。

 毎日、早朝と下校後、この施設への送り迎え、母は大変だったろうが、愚痴もいわず車を出してくれた。


「思い出したかい?」

 回想している僕の頭の中に、ばっぱの言葉が響いた。

「うん」


「楽しかったろ」

「うん」


「なんでスケート、好きになったのかい?」

「なんでだろ」


「きっかけはなんだい?」

「たまたま……父さんに連れてってもらったら、面白かった」


「そうかい、たまたまから始まったんかい」

「そうだね」


「これからも、なんか新しいきっかけが見つかるといいね」

「……うん」


「新しい出会いを、気楽に待ったり探してもいいんじゃないかね」

「……そんな気もする」


「さあ、おそば、伸びないうちに食べちゃいな」

「ありがとう」


 僕は、そばを啜り、ふやけかけのかき揚げをツユとワカメと一緒に飲んだ。

 ツユを全部飲み干すと、丼の向こうには、ばっぱのいつもと変わらない笑顔があった。


 父が言う、伝説の裏メニュー。

 それは一つの料理ではなく、人によって出されるものが違うんだろう。記憶のどこかに残っている、忘れられない味。



 翌日。

 ここを離れる日だ。


 朝食をいただき、最後の散歩をする。

 今日は、宮沢賢治童話村の先にある、宮沢賢治記念館に向かう。


 宮沢賢治の作品は『銀河鉄道の夜』を読んだ記憶がおぼろげにあるくらいだ。

 ここには彼が残した作品が直筆の原稿などとともに紹介されている。

 文学だけでなく、音楽や農業など、様々な分野で活躍していたことを初めて知った。

 たまたま、なのか、必然なのかわからないけど、きっと『いい出会い』があったのだろう。


 僕は今日ここで、文学と出会った。


 一旦、ばっぱの家に戻り、握り飯と緑茶で昼ご飯をいただく。

 午後はここで民話の語り部の会がある。


 タクシーが迎えに来た。

 ボストンバッグと杖をトランクに入れ、見送りに出ているばっぱのそばに寄る。


「誠、杖なくて大丈夫かい?」

「うん、何とか歩けてる」


 それを聞いてばっぱの笑顔がさらに輝いた。


「ばっぱ。ありがとう……それから、ごめん」

「なーに言ってるの。短い間だったけど、誠と一緒に居られて、あたしゃ、本当に幸せだったよ」


 僕は、機械でできている小さな体に手を回した。

 温かいし、やわらかい。


 ばっぱは、僕の肩をポンポンと軽く優しく叩いてくれる。


 小さいときにそうしてもらったように。

 叩かれる拍子にあわせて、涙がこぼれる。


 ポン ポン ポン ポン


 誰かが僕の肩を叩く。


 譫妄状態とは、こういうことを言うのだろうか?


 ここはどこか、自分は何をしていたのか。

 目を擦ろうとすると、アイマスクに手が当たり、メタバース空間に没入していたことを思い出す。


 アイマスクもとい、パースソニック・マスクを外すと、ぼやけた視界に映ったのは、別府先輩の大写しの顔面だ。


「おい、誠、いい加減起きろよ! 昼メシ、遅刻するぞ」



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