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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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バーベキュー談義、人間とヒューマノイド

 トレーを持って戻ってきた瞑の後を、のそりとデブ猫がついてきた。彼女は猫に好かれる才能? 体質? を持っているらしい。


 僕はトレイから、二組のカップとソーサーを受け取り、ローテーブルに並べる。瞑がジャンボクッションに身を沈めると、その脇にデブ猫が寝そべる。既視感のある光景だ。


「ねえ、どう思った?」

 瞑の聞きたいことは言うまでもない。でもその範囲は広すぎる。順を追って話していきたい。


「まず、物理的セキュリティ対策。サーバー室とシステム統合管理ルームに降りていく階段には、電子ロック付きの頑丈な扉がある。開けるのは難しそうだけど、ICカード認証でも生体認証でもない……瞑なら楽々通過できるだろう?」

「なんでそう思うの?」

「パスワード、しっかり盗み見してたじゃん」

「あら、目ざといのね」

 どっちが? と言いたいところだが、こらえて話を先に進める。


「問題は、カメラだな。階段にも通路にも、そしてどちらの部屋にもほとんど死角なくセットされている」

「まあ、スパイみたいね」

 普段はそんなに注意して周囲を見まわすことはないのだが、目の前におらせられる瞑様が何をやらかすかわからない。

 僕は続ける。

「まあ、二十四時間監視されてるってわけじゃないと思うけど、何かアクシデントがあったらビデオ録画をチェックされるだろうね」

「ということは、『何もアクシデントがなければいい』ってことね?」

「まあ、そうだけど」

「気がついたこと、まだあるんでしょ。続けて」

「そうだな。もう一つは、システム上のセキュリティ。端末にログインする時、どうやら生体認証式ではなく普通にID・パスワードを入力するタイプだったな。でも、個人ごとにアカウントが割り振られているかはわからなかったな」

「観察が甘いわね」

 そう言って、瞑はレモンティーのカップに口をつけた。


「え?」

「セキュリティとしては甘々だけど、さらに問題があったわ。どの端末にも、少し見えづらい所に、ID・パスワードが書いてある付箋が貼ってあったわ」

「うわ、それはヤバいな。……まさか、そのID・パスワードも暗記してるの?」

「ええ、さすがにずっと覚えてられないから、スマホのボイスメッセージに記憶してもらいました」

「まあ、色んな団体が集まってるみたいだから、取り扱いやすくしているんだろうな。監視カメラがあるし、それに……」

「それに?」

「PCのログはしっかり記録・監視しているだろうから、カメラの画像とログを組み合わせれば、誰がどんな操作を行ったか、把握できる。それが抑止力になっていると思う」

「そうね。手強いわね」

「手強いって……どう考えてもセキュリティをかいくぐるのは難しいんじゃない?」

「私もそう思う」

「何か問題があったら、サポーターの加藤さんと沢井さんの責任も問われるし」

「わかってる。私もあの二人に迷惑をかけたくない」


 瞑は『舞さん』を蘇らせるのを諦めたのだろうか。

「要は、何かアクシデントがあれば、気づかれる。何もアクシデントがなければいいってことね」


「そ、そんなことってできるの?」

「今、考え中」

 瞑は、側に寝そべっているデブ猫の喉元を撫でる。ソイツは、気持ちよさそうに、されるがままになっている。

「それにね。ひとつ、わかったことがあるの」

「なに?」

「システム統合管理ルームでスタッフの方がいじっていたパソコンで一台、エディタ画面が開いてたの」

「いろいろと不用心だな」

「その操作画面にやっぱりあった。『Past』というサブ・ウィンドウが」

「過去の操作か。それはグレイアウトされてないの?」

「そこに、二つのボタンがあった。ひとつは『Big Incident』。こっちはグレイアウトになっていた。もうひとつは『Trimming』。こっちは操作可能みたい」


「『Big Incident』、これで過去に起きた大事件の変更、上書きができるのかな。『Trimming』とは、何だろうな」

「多分だけど、何らかの基準で、世界の歴史を大きく変えるには至らない、でもこの『ベーシック・ワールド』で誰もが快適に暮らすには不都合な過去を取り除いたり、調整する機能じゃないかと思うの」

「不都合な過去?」

「……そうね。例えば、冤罪に巻き込まれて、ずっと犯人扱いされていた人がこの世界でもいやな思いをしないために、冤罪事件が起きていなかったことにするとか」

「それは、ご本人というより、当局に不都合な過去かも知れないな」

「私と舞とのことなんか、大きな歴史の流れからすれば、どうってことのない話でしょ。だからこの『Trimming』の操作で上書き可能かも知れない」


「そしてもう一つ」

 瞑は、再びレモンティーに口をつけ、間をおいた。

「メタバースの空間やイベントを生成するためのデータのお話」

「ああ、データベースに貯められるものは、何でも使えるって沢井さんが言ってたな。脳から出力されるデータ、つまり、記憶したデータも取り込めるって」


 それは瞑にとってどういうことなのか推し量る。

「瞑の記憶の中にある、舞に関するデータ、とうことかな?」

「その通りよ。舞がこの世に生まれたという事実、私の、つまり舞と同じ遺伝子データ、私の中の舞の記憶データ。この三つを統合して、『新世界』で舞を蘇らせられる可能性がある」


 熱く、強い語気に押されて、僕は問い返すことはできなかった。

 そうやって蘇らせたものが、本当に『舞さん』だと思えるのかって。


 瞑は、手に持っていたティーカップをソーサーの上に置き、僕を見つめる。

「湯沢君には、ひとつだけお願い。『Trimming』という機能が、私の予想と合っているか、それとなく加藤さんから聞き出して欲しいの。オリエンの時、黒川さんにあんな態度とっちゃったから、私から聞くと、多分怪しまれると思うから。湯沢君にも迷惑をかけたくないから、お願いはこのひとつだけ。あとは、自分で考えて実行する」

「うーん……」

 猫カフェで瞑からこの計画を打ち明けられたとき以来ずっと感じている疑問は、僕の中では、しこりのように残ったままだ。

 

「お願い。あと、このことは誰にも言わないで」

「もちろん言わないよ。でも……」


 その時、研修センターのスタッフから、バーベキューの準備ができたと案内があった。

 瞑はもう一度『お願いね』と言って、飲み終わったカップを持って配膳口に向かって行った。


 メインルームに戻ってきた高校生たちは、施設の方の案内に従い、大きく開けられた窓から、備え付けのサンダルを履いてテラスに出た。研修センターのスタッフたちもぞろぞろと外に出てくる。


 バーベキューのコーナーは大きく『お酒飲む大人』と『高校生+お酒飲まない大人』に分けられている。

 さすがは、お国のプロジェクト。こういうところは厳格だ。

 それぞれのグループごとに、大きなバーベキュー用のコンロと木製の大きなテーブルとイスが置かれている。海の幸、山の幸の食材も大皿にどーんと用意されている。


 『お酒飲まない大人』は一人もいなくて、『お酒飲む大人』コーナーは、早くも缶ビールなどをプシュッと開けている。こっちのコーナーにも『カンパーイ!』と手に持つ缶ビールをかかげてきた。僕たちは、ウーロン茶やオレンジジュースの缶をもってそれに応える。

 

 コーナー分けの結果として、高校生とサポータースタッフ同士の懇親の場にはならず、もっぱら高校生のモノ書き仲間の情報交換の場になった。

 懇親の場と言っても、食欲旺盛な育ち盛りだ。別府先輩とミコトが『バーベキュー奉行』となって、次々と食材を焼いては、大皿に盛り付ける。『食べ専門』の僕たちは、それをありがたく頂戴する。

 何となく別府先輩とミコトが仲よくなっているように見えるのは、気のせいか。


 みんなの食べる勢いが落ち着き、需給のバランスが崩れかけ始めたころ、話題は今回のコンテストの作品となった。


「私ね、道後さんの作品、すごく良かった。心を閉ざしていたおじいちゃんが、AIのヒューマノイドと抱き合ったシーンで、ボロ泣きしちゃった」

 ウーロン茶を飲みながら、ミステリー部門受賞で高三のいぶすきのぞみさんがコメントする。うんうんよくわかる、とミコトが賛同する。

 『機械ジカケの俺とお前』と言うタイトルで、病気で人工臓器だらけになった主人公の老人、介護用のAIのヒューマノイドと『心』の交流を描いた物語だ。


「でもさー、俺思うんだけど、人間のような心がないAIのことを本当に好きになったり、共感できたりするのかなー? あ、話に難癖つけてるわけじゃなくて、友情とか愛情とかって、人と人とか、人と生き物の間に生まれるもんだろ」


オレンジジュースを飲んでいた瞑の動作が一瞬止まった。


「やっぱ、難癖着けてんじゃん! 私は、おじいちゃんが、AIにも心があるって思ってるなら、それでいいんじゃないって思うけど」

 ミコトが反論する。これに恋愛部門受賞で二年生の有馬未玖のコメントが続く。 

「何か哲学的よね。突き詰めていくと、愛って誰のもの? そもそも何? ってなっちゃう……城崎さんはどう思う」


 瞑が口を開くまで、五秒ほど時間がかかった。


「……私は、『お互いに通じ合った』と確信できたなら、人間だろうとAIだろうと関係ないと思う。ただし、『通じ合った』と思えるのかどうか、今はわからない」


 通じ合いたい。でも、確かめるまでわからない。それが現段階の瞑の今の答えか。でも『お互いに』っていうのはどうなんだろう。


「おもしろい話してるね」

 僕と瞑のサポートスタッフの加藤さんが『お酒を飲む大人』ゾーンから移ってきた。気を利かせてか、手に持っているのは、缶の緑茶だ。


「オリエンで説明があったとおり、明日の午前、バーチャル空間の体験セッションがあるよ。まだご本人による監修や改良前だけど、一番設計と設定の作業が進んでいる、道後さんの作品をベースとした『異種間交流』のバーチャル空間を体験してもらう。そこでみんな、色々と感じられるんじゃないかな」


 その話の後は、僕が書いたラブコメ小説と、作者の恋愛経験のギャップをミコトが暴露し、いじられまくって時間が過ぎていった。

 その話題で瞑も笑っていたのは、良かったような、悪かったような。


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