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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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那須高原「地球環境保護研修センター」

 あれは、いったいなんだったんだ?

 という疑問を感じながら、僕は今、瞑の隣に座っている。『あれ』というのは、秋葉原での(仮称)デートのことである。

 僕は、いや僕たち小説コンクールの受賞者は、新幹線で那須塩原に向かっている。スタッフの方が、『共同でベーシック・ワールドを創造する』ことになっている瞑と僕に気を回したのか、窓側のE席に瞑、隣のD席に僕の席が割り当てられた。

 だがしかし。

 東京駅の東北新幹線改札口前に集合して以来、瞑は一言も話しかけてこない。持参した本を読んだり、ノートパソコンをいじったりと、『私に声かけないで』オーラが半端ない。東京から那須塩原まで、一時間ちょっとの所要時間だが、おかげでその間ずっと沈思黙考タイムとなってしまった。

 で、考えたこと。

 瞑は生まれてこられなかった双子の姉、舞さんをバーチャル空間で蘇らそうとしているが、もしその空間に姿を現すことができたとしても、その人物を舞さんだと言うことができるのだろうか。もちろん、『本人らしさ』を再現させるための情報量が不足しているのではないか、という疑問もあるが、それ以前の問題として、データを集めて機械学習させた『それ』は、ただのAIではないだろうか? 瞑は、『それ』を双子の姉として認めることができるのだろうか? 姉の代用として存在してくれれば、それで満足するのだろうか? それとも……


 オルゴール音とともに、間もなく那須塩原駅に到着する旨の人工アナウンスが入る。瞑はノートパソコンをたたみ、本と一緒にバッグにしまって僕に初めて声をかける。

「湯沢君、機嫌でも悪いの? 何か話しかけにくい雰囲気だったわ」

「え! その言葉、そっくり返したいんだけど?」

「私はいつもこんな感じだから。いつでも声かけていいよ」

 えーっそんな! 秋葉原の時と、ぜんっぜん雰囲気違ったよ。あの時がよっぽどハイだったのか? いやいや、今日は絶対に拒絶バリアオーラが出てたぞ。

「何か言いたいことある?」

「い、いや、わかった」

 この新世界生成合宿が前途多難であることは容易に想像できた。


 那須塩原駅に迎えに来ていたマイクロバスに僕らは乗り込む。茶臼岳に向かって三十分ほど走り、石積みの門に『地球環境保護研修センター』と表示された敷地に入る。その施設は山を背に、うっそうとした森に囲まれ、高級リゾートホテルと言っても誰も疑わないような、お洒落な造りだ。国の施設なのだから、国民の税金で建てられたものだろう。納税者ではないが、僕も国民の一人だから利用する権利はある、という謎の言い訳をしながらバスを降りる。


 エントランスから建物の中に入っても『研修センター』というイメージとかけ離れた内装だ。このプロジェクトのスタッフさんと思われる人々と通路ですれ違うが、彼等彼女等は皆、リゾート地に遊びに来たのではないかと思えるカジュアルな服装をしている。

 『メインルーム』と呼ばれる部屋に案内され、担当スタッフの紹介や今後の具体的な作業スケジュールの説明が行われた。

 ここの家具類は、よくある長テーブルとパイプ椅子が並んだ『大会議室』とはまったく別のもので、パソコン用のディスプレイが置かれた多彩なデザインのテーブルと椅子、バーカウンターに、ソファや座卓とクッションなどもあり、例えるなら……そう、先日、瞑と遊んだ猫カフェに似ている。もちろん猫はいない。

 ……いや、いた。

 グレーの綺麗な毛並みだが、かなり肥満気味な猫が、部屋の中央の薪ストーブの横で寝ている。僕たちがわらわらと部屋に入ってくると、その猫は首を上げ、目つき悪くこちらを睨んだが、すぐに興味を無くしたのか、再び丸くなった。


 説明の冒頭、プロデューサーの黒川さんから話があった。激励のメッセージに加え、

「この合宿での君たちのゴールは、施設のスタッフと協力してそれぞれのバーチャル世界の空間生成機能と体験イベント生成機能をセットアップすることだ。期間まで終わらないなら、学校に提出する公休届けをバンバン発行してやるから心配するな」

 と不敵な笑みとともに心配になることを言い残して、東京で用事があるからと、そそくさとメインルームを後にした。代わって、事務を担当しているスタッフの方から今日の予定と部屋割りの案内があった。  

 この後の予定は、昼食の弁当を食べた後、サポーターと呼ばれる担当スタッフの紹介と情報交換、施設の案内、そして夕食と歓迎を兼ねてのバーベキューパーティーが催されるとのこと。別府先輩は、呑気にも『イェイ!』と喚声を上げている。

 明日以降の予定は、瞑と僕の担当となるスタッフの方から指示があるらしい。部屋割りは、僕は別府先輩と同室になり、瞑はミコトと一緒の部屋になった。豪華な研修合宿所だが、さすがに個室部屋ではない。

 弁当を食べた後、瞑と同じテーブルで待機していると、二人の若い男女がやってきた。

「やあ、城崎さんと湯沢くんだね」

 秋なのに謎模様のTシャツに、ボロボロのデニムを履いた長身の男性、片や、お嬢様風のリゾートファッションの女性、という対照的な組み合わせだ。

「お二人のサポートを担当する加藤です。メタバースのベンチャーからの出向組。よろしく。こちらのお嬢様は、コンピュータ会社から来ているデータエンジニアの沢井いずみさん。俺たちで、二人の『ベーシック・ワールド』の構築をサポートするよ」

 沢井さんはお嬢様と紹介され、ムッとして加藤さんの脇腹を肘打ちした後、ニコッと笑い、僕たちに『よろしくね』と挨拶した。

 僕と瞑も簡単に自己紹介すると、沢井さんが気さくに話す。

「二人の今回の受賞作はもちろん何度も読んだし、過去の作品も読ませてもらったよ。とっても面白かったわ。二人がイメージした世界を創れるなんて、ワクワクしてる」

「あー、俺も読ませてもらった。それぞれ個性があって、こりゃ協同作業するの大変だぞ、と思っ……イテ!」

 加藤さんが最後まで話せなかったのは、沢井さんが二度目の肘テツを食らわせたからだ。

「そんなの、作業に入ってから考えればいいでしょ! さあ、施設を案内するよ。部屋に荷物を置いたら、またここに来てね」

 僕らは加藤さんの身を案じつつ、もらったストラップ付きIDカードを首に提げ、別棟にある宿泊部屋にスーツケースなどを置きに行った。


 二人のサポーターさんが最初に案内したのは、地下にあるサーバー室とシステム統合管理ルームだった。地下階段の入り口は、この建物に似つかわしくない金属製の柵で覆われており、暗証番号式の電子ロックで施錠されたドアがついている。加藤さんは電子ロックのボタンを押してドアを開け、僕たちを通す。解錠する時、瞑がボタン部分を凝視し、すぐに目を閉じたのに僕は気がついた。

 階段を降り、加藤さんは奥のドアをIDカードで開けた。

「この建物の部屋は、メインルームも含め入室にはIDカードが必要だ。個人個人で入室権限が決められていて、俺や沢井さんは、どの部屋も入れるんだよ」

 と言う加藤さんは、やや自慢げだ。

「ここはサーバー室で、普段はエンジニアが管理・メンテナンスする位しか人の出入りはありません。私も定期点検で入るくらい」

 沢井さんは続ける。

「膨大なデータの収集と分析は、出向元の会社が運営するデータセンターでやっていて、ここはそこから必要なデータだけを抽出して貯めてあるの。データセンターには最新鋭の量子コンピュータがずらりと並んでるわ。場所は秘密だけどね」

 サーバー室の見学はすぐに終わった。通路に出ると、別府先輩とミコトが二人のサポーターとともに階段を降りてきたところだ。どうやら他のメンバーも二人一組でサポーターの方々に案内されているらしい。沢井さんは、IDカードで隣のドアを開け、僕らをシステム統合管理ルームに入れた。

 そこは『システム統合管理』という名の割にはシンプルな造りだ。壁面に大画面のモニターが二面設置されており、大小いくつかの画面に分割されている。その画面に向いてOA卓が三台。何台かのデスクトップマシンとノートパソコン用のモニターが置いてある。

 OA卓には三名のスタッフの方が座り、壁面のモニターを眺めながらキーボードを叩いている。

 「ここがバーチャル世界の空間生成とイベント生成を統合管理する、プロジェクトの中枢だよ。今後生成される空間とイベントのモニタリングやコントロールを集中して行える」

 と加藤さんがざっくり説明する。

「ここも意外とコンパクトで、人も少ないですね」と僕。

「その通り。細かい設定やプログラミングは、このプロジェクトに関わっている会社それぞれのオフィスでやっているから、ここに機器や人を集める必要はないんだ。国もその方がお金がかからないしね」

 瞑は室内を歩き回り、PCの画面を見て回る。

「ざっと見たところ、私たちが使っているエディタの上位バージョンと、データ収集分析の管理ツール、メタバース空間の設計管理ツール用の端末があるようですね」

「ぱっと見でよくわかるね。だいたいそんなもんだよ」

 加藤さんが目を丸くする。

「エディタの上位バージョンは、僕たちが使ってるやつのフル機能版ですかね?」

 なるべく瞑が不審に思われないよう、代わりに僕が質問した。

「そうだな。アプリケーションとしてはだいたい同じ。データ連携とか、メタバース空間やシナリオのプログラミングデータとの連携のためのツールは、別にインストールする必要があるけど」

「今後の作品づくりの参考としてお聞きしますが、空間やイベントを生成するためのデータは、どんなモノが使えるんですか?」

 さらに瞑は質問を加え、データエンジニアの沢井さんが応じた。

「ネットワークで収集でき、データベースに貯められるものは何でも使えるわね。あと、これはオフレコだけど、通信大手と医療研究センターの協力を得て、脳から出力される信号をデータ化して取り込む研究もここでやっていて、実証実験段階に来ているわ。今回のプロジェクトで使うドリーム……」

「おっと、沢井さん、ちょっと喋りすぎじゃないかな。お二人、悪いけど今の話、聞かなかったことにしてくれ。何せ、まだ実験段階でね」

 遮られて沢井さんは少々不満そうだ。

 瞑は素直に、はいわかりましたと返答したが、この一連の見学で、今の話に一番目を輝かせている。

「プロジェクトに関わる施設の説明はこんな感じかな。みんなに使ってもらうノートパソコンは後で配布されるわ」

 僕らは階段を上がり、建物のなかの他の施設を案内された。

 一階は、最初に通されたメインルームの他に、綺麗に手入れされた庭に出られるテラス、厨房など。メインルームは、食事、ミーティング、個人個人の作業等が行える『デブ猫付きの』多目的スペースだ。二階は、いくつかのミーティングルームやプロジェクトに参加している各社のワークスペースに医務室、三階は全フロアがほぼ入浴施設となっており、大浴場に見晴らしのいい露天風呂まである。国民の血税がこの立派な建物の建設・維持に注がれているわけだが、今は余計なことは考えずに、この環境を楽しもう。


 一通り施設の案内を受け、僕らは二人のサポーターさんと別れ、メインルームでノートパソコンを受け取った。紛失や取り違えが起きないよう、各自パソコンは肌身離さず持ち歩くか、自室で保管して欲しいとのこと。アカウント設定のあと簡単な操作説明を受け、夕方の歓迎バーベキュー大会まで自由時間となった。


「湯沢君、このあといい?」

「……ああ、いいよ」

 本当は宿泊部屋に戻ってベッドにゴロンと横になりたかったが、サポーターの加藤さん、沢井さんの説明を聞いて、そのまま瞑に解放されるとは思っていなかった。

「何飲む?」

「ありがとう、じゃあ、カフェオレで」 

 瞑はドリンクバーに行き、カフェオレとレモンティーを運んで来てくれた。


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