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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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猫と聞いた瞑のお願い


“事前に打ち合わせしたいんだけど。今度の土曜か日曜、会って話せない? ”


 城崎瞑からLINEのメッセージが入った。

 ちょっとドキドキする。日常系ラブコメを得意とする僕だけど、実は女の子と二人きりで会ったり話したりする経験はそんなにない。腐れ縁のミコトとぐらいだ。ただただ、妄想力が豊かなだけ。

 でも、昨日の表彰式の後のオリエンテーションで瞑がすごく落ち込んでいたようだったので、気にはなっていた。


“了解。午後なら土曜でも日曜でもいいよ。”


 とりあえずそれだけ送って、待ち合わせ場所をどうしようか考える。

 僕は西荻、彼女は確か習志野市のどっかだったかな?

 と考えていると。


“ありがとう。じゃあ土曜の十五時、秋葉原駅電気街口の駅前広場で。”


 ありゃ、待ち合わせ場所も時間もご指定いただいちゃった。

 僕はもう一度了解、と返事を送った。


 月曜から金曜、長く感じたような、あっというまだったような。どの授業も全く身が入らなかった。

 新世界創造プロジェクトのこと、瞑の動揺ぶり、そして土曜は瞑とのデート? いやデートではないな、これらが頭の中でミックスされて僕の知的活動をすべて邪魔した。



 夏の名残か、午後三時の秋葉原は蒸し暑い。

 駅前広場で待ち合わせをしている人々は実に多種多様だ。半ばコスプレ姿の女の子たち、いわゆるオタクファッションのおじさん、アジア系外国人の若者グループたち。欧米系外国人の家族連れなど。オタクの聖地は池袋にシフトしたという話もよく聞くが、アキバもまだまだ健在だ。

 新世界創造プロジェクトが始まると、この賑わいはどうなるんだろうか? メタバースの世界にこのにぎわい、猥雑さが再現されるのだろうか。僕は妄想する。人がまばらでしんと静まりかえった駅前広場の風景を。


 静寂な中を改札口から一人の少女がこちらに歩いてくる。僕の前まで来ると、話しかけてくる。

「お待たせしました」


 その声で現実に引き戻された。ライトブルーの袖なしTシャツに、明るいベージュのワイドパンツ姿の瞑が目の前にいる。長い黒髪はサイドアップにしている。小説コンテストの表彰式で何度か会ったが、いつも制服姿で髪を下ろしているので、新鮮で眩しい。僕はといえば、謎の抽象画のようなイラストがプリントされたTシャツとボロボロデニム。ちょっと気後れしながらも、大丈夫、これは断じてデートではないぞと、自分に言い聞かせた。

 

「全然待ってないよ……待ち合わせ場所、ここにしたってことは、どこか行き先は決まっているのかな?」

「うん。こっち。一度行ってみたかったの」

 そう言うと彼女はスマホのグーグルマップを頼りに歩き出した。僕はあわててついて行く。

 歩道も人だらけで歩きにくい。メイドさんの呼びかけにいきなり立ち止まるおじさんたちをかわしながら歩く。瞑に『くっつかず、離れず』で歩くのは至難の技だ。

 雑居ビルの入り口に、グレーのモフモフの猫のイメージ写真が、どアップのスタンド看板が立っている。それを瞑が指さした。


「ここ。猫カフェ」

 エレベーターで二階に上がると、入口で外国人ファミリーが順番待ちをしていた。ほどなく猫カフェのスタッフに案内され、ほぼ彼らと同時に僕たちも入店することができた。

 靴を脱いでバッグと一緒にロッカーにしまい、ボタンを押すだけの自販機でドリンクを調達した。ドアの脇には『猫ちゃんのすり抜けに注意してね』と書かれていたのでスリッパを履き、すばやく部屋に入る。

 中は結構広い。入り口から向かって左側はスリッパを脱いで猫ちゃんたちと遊ぶスペースになっていて、黒猫が寝ている傍らで読書をしている女性がいたり、なぜかゲームコーナーがあり、猫そっちのけでゲームに興じている子供たちがいたり。向かって右側は、天井から円形の棚がたくさん吊ってあって、漏れなくその上で猫ちゃんたちがお昼寝している。

 何となく、瞑のテンションが上がっているのがわかる。彼女は室内に設置されている自販機で『猫アイス』なるものを買い、サバトラ柄の猫にそっと差し出しす。おいしそうに食べるその様子を瞑は目を細めて眺めている。三毛猫も寄ってきた。

 「これ、人間が食べてもうまいのかな?」

 瞑は、猫にしたときと同じように、僕に猫アイスを差し出して『どうぞ』と言って微笑んだ。


 スリッパを脱いで、空いている座卓に座る。脇では、ちょっと太めのサバ白が、人が来ようとお構いなしに、ぐでっと寝ている。


「ここ、やばいね」

 そう言って、瞑がアイスミルクティーのストローを咥えた。

「ポメラ持ってここで小説書いたら、すごくはかどるかも。いや、気が散るかな」

 彼女は足もとにいるサバ白をちらっと見て言った。

「僕は、眠くなってだめかも知れない」


 瞑が猫の傍ら小説を書く姿を妄想していると、彼女が切り出してきた。

「あの、話しておきたいことと、お願いがあるの。ああ、ごめん、合宿はよろしくね。こっちが先だったね」

「いや、いいよ。城崎さん、こちらこそよろしく」

「メイでいいよ。呼ばれ慣れてるし」

「じゃあそうする。僕のことは何て呼ぶの?」

「湯沢君」

 そうですか。


 瞑はサバ白の頭を指先で撫でながら唐突に話し始めた。

「私には、双子の姉がいたの。名前は『舞』。でも、生きて生まれることができなかった」

「そ……そうなんだ」

「今でも、私だけが生まれたこと、姉でなく、私が生まれたことに後悔している」

 後悔だなんて。僕はいきなりの話で戸惑ったが、彼女が背負っているものの重さをうっすらと感じた。


「私は、舞を生き返らせることを考えている」

「え! それはどうやって……」


「小学校に入ってから今まで、ずっとそのことを考えてきた。数学とか本当は好きじゃないけど、科学の力でなんとかできないかと。一生懸命勉強してきた」

 右左脳の姫君と呼ばれる彼女の原動力がそういうものだと知って驚いた。

「途方もない話よね。生まれてもこれなかった姉を生き返らせるなんて。でも、そのチャンスがやってきたの」

「それが、今回の小説コンクール?」

「そう。このコンクールの告知があったときに併記されていた協賛団体に違和感を感じたわ」

 僕は協賛団体なんて、気にもしていなかった。

「その各団体の名前をいろいろ組み合わせて検索してみると、なんとなく分かってきた。これらの団体が、温暖化対策のプロジェクトに関わっていること。その方法として、メタバース空間を研究していること」

「でも、何でそれをお姉さんを生き返らせるチャンスだと思ったのかな?」

「実はね、内緒だけど、審査副委員長でプロデューサーの黒川さんにいろいろ聞いてみたの。去年、別のコンテストで優勝したときに黒川さんから講評を受け、主催者のサイトに載せる記事用に対談してもらったことがあって。黒川さんの事務所に連絡してみた。応募する小説の参考にしたいって言って」


 おしとやかでおとなしそうな瞑のイメージだが、なかなかの行動力だ。サバ白の喉をさすっている瞑にその話の先を促す。


「黒川さんから聞けたことは、オリエンでも言ってたけど、募集する小説が『新世界』の原型となること。メタバースに存在させたいものは、その空間上の人も含めて、世の中のあらゆる膨大なデータから作り出すことができる、とうこと」

「ち、ちょっと黒川さん……さんざん守秘・機密事項といいながら、やばいことペラペラ喋べってんじゃん!」

「そう、チートよね。……で、私は思ったの。『舞が生きて生まれてきた物語』と『舞に関する情報』があれば、メタバースの世界で舞を蘇らせることができるって」

「…………『お姉さんが生きて生まれてきた物語』は書けると思う。でも、生まれてこれなかったお姉さんのなら、情報はどこにもないのでは?」

「あるの。ひとつは『ゲノム』。舞と私は一卵性双生児。遺伝情報は全く同じなの」

「なるほど。でも、それだけだと、君のコピーがメタバースに生まれるだけでは?」

「だからもう一つ。それは『舞との会話』」

「会話?」

「そう。信じられないかもだけど、物心ついた時からずっと、私の中で舞が話しかけてくれているの。私が寂しいとき、悲しいとき、落ち込んだとき。その膨大な会話の情報を覚えているし、記録もとってある」

「た、確かにお姉さんに関する情報だけど、それで蘇った人は本当にお姉さんなのかな?」

「正直わからない。でもいつも私に話しかけてくれる声は、確かに舞のもの。そう信じている。だから、メタバースの空間だけでも蘇ってもらいたい」


 僕がサバ白の頭を撫でようとすると、猫は「ウニャッ」といって嫌がった。

「えーっと、話をまとめると……」

「あなたと私で創る『ベーシック・ワールド』に私たち双子が無事に生まれた物語を書き込む。私の遺伝情報と、瞑との会話のデータを世界生成AIに取り込む。私は黒川さんに『遺伝情報もNPCの生成に役立ちますね』と聞いたら、ゲノムの研究機関も協賛団体に加わっているって教えてくれたわ。個人情報の問題もあるから、すぐには遺伝情報を取り込む機能はオープンにしないと思うけど」


 恐ろしい。このプロジェクト、『右左脳の姫君』に牛耳られてんじゃん。


「私は、失った大切な人を取り戻す物語を書いて応募した。今度はそれをメタバースの空間で実現させる。湯沢君に手伝って欲しいの」


 その切なる願いを聞いて、黒川さんの言葉を思い出す。そこが瞑の落胆の原因だったと今さらながら気づく。

「『過去の事実を変更できない設定になっている』と黒川さんが言っていたけど」

「そうね。『設定になっている』ということは『設定を解除することもできる』と思っているわ。その解除と、舞のデータのインプットを手伝って欲しい」


 そう言うと舞は僕の右手を両手でぎゅっと握り、それから再びサバ白と戯れ始めた。


 誘ったのは私だからと瞑に猫カフェ代を出してもらったので、ちょっと無理強いして、早めの夕食を奢ることにした。情けないが、瞑にグルメサイトを検索してもらい、秋葉原UDXビルの二階のイタリア料理店に入った。

 モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼ、パスタはカルボナーラ、ピザはマルゲリータを頼んで取り分けて食べた。


「湯沢君の小説、結構読んでる。ユーモアがあってほのぼのとしてるけど、そのあと、じんわりしてちょっと切ない。そんな作風、結構好き」

「ありがとう。光栄極まりない」

「でも、今日実際に会って話してみると、小説とギャップがあって面白かった。……恋愛経験あまりないでしょ?」

「あらら、そういうオチか」

 腐れ縁の草津ミコトからも『童貞妄想大魔王』と揶揄されている。

「でもね。すごく気軽に話しやすかった。気分も少し軽くなった」

「ま、まあ。猫ちゃんの癒し効果もあったんじゃない?」

「そうかも」

「やっぱそうだよね」

「フフフ」

 こんなに屈託なく笑う瞑を初めて見たかもしれない。

 合宿のことは先送りして、この瞬間を楽しもう。

「僕も城崎さんのイメージ、今日でだいぶ変わったよ」

「メイでいいってば……そうなの? 今までどんな風に思ってて、どう変わったの? 率直に言ってみて」

「うーん、最初はクールでとっつきにくいと思ってた」

「……今は?」

「積極的で大胆不敵」

「……どれも女の子の褒め言葉じゃないわね」

 瞑さんのかわいい眉尻が、少し吊り上がったような気がする。


 夕闇が深まりかけるころ、僕らは反対方向の総武線各駅で帰る。それぞれのホームに上がるエスカレーターの前でお別れだ。

「メイ」

 瞑は、僕に急に名前で呼ばれ、びっくりして振り返る。

「あ、いや名前で呼んでいいって言われたのに、一回も呼んでなくて。もったいないな、と思って」

「何それ? ……でもちょっとラブコメっぽいよ」

 僕は、笑顔で手を振りながらエスカレーターを上る瞑を見送った。



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