エピローグ 君と僕の新世界、始動
那須高原から東京に戻ると『ロス感』が半端じゃなかった。あの合宿での共同生活・共同作業、そして仮想空間。その世界は現在実用に向けて準備中で、機密事項でもあるので、創造に協力した僕たちとてログインすることはできなかった。
高校生八人とはLINEグループで会話を続けていた。僕が勉強に身が入らないとつぶやいたら、お前らはまだいいよなあ、来年受験の俺たちの身にもなってみろと別府先輩からのボヤキの返信があった。三年生はみんなタイミングが合わずにAOや推薦入試を断念したが、玉名さん、道後さん、いぶすきさんからはそんなボヤキは聞かれない。普段からの心がけの違いの現れだろう。
仮想世界に入ることができず、家や学校では新世界プロジェクトのことを口にすることすらできなかったので、期末試験の準備もあり、ロス感は少しずつ薄まり、那須で過ごした思い出にふけることも少なくなってきた十二月初旬。
クリスマスカードが届いた。
差出人は……『新世界より』。
慌てて封を開けると、赤、緑、金色の多彩な模様で装飾された一枚のカードが入っていた。
“仮想空間『新世界』記者発表会へのご招待”
という表題が真っ先に目に飛び込む。
新世界の創造に協力した僕ら高校生宛ての招待状らしい。
開催は、十二月二十四日。クリスマスイブの午後だ。ウチの高校の終業式の日でもある。
文面を読むと、映像体験による新世界の説明、今後の募集計画とそのプロモーション施策が発表されるらしい。
当日の模様はネットのライブ配信で世界に発信されるとのこと。
発表と同時に、トライアルユーザー十万名の募集を開始するとも書いてある。
僕が思っていたよりもずっと早くプロジェクトが進行している。那須の研修センターの方々を始めとするスタッフのみなさんの努力の賜物だろう。LINEで確かめると、受験生の三年生を始め、八人全員が出席予定だ。別府先輩も万難を排して名古屋から駆けつけるという。受験勉強は? と聞くと、白旗のアイコンが投降、いや投稿された。
「あら、マコト⁉」
十二月の頭に吉祥寺の商業施設の中にある書店で参考書を物色していたら、背後から声がかかった。
振り向いたらダッフルコート姿の草津ミコトが立っていた。そういえば、彼女と僕はこの駅にある学習塾に通っていたのだ。
「やあミコト、久しぶり……でもないか」
「受験用?」
「うん、そろそろ真面目にやらないとヤバいと思って」
「アタシもそう。問題集買ってガッツリやって、気合入れ直すわ」
めいめい参考書と問題集を買うと、ミコトに誘われ付近にあるスタバに入った。
「やっぱあの合宿、インパクト大きすぎたわ。いまだに引きずってるもの」
飲み物を受け取って席に着くなり彼女が嘆く。
「確かに。でも、プロジェクトの事務局から口外するなとかログイン不可とか色々封じられているから、最近はちょっと落ち着いたかな」
「相変わらず薄情な男ね」
「え⁉」
「……ところでどうなのよ? 最近」
「何のことでしょうか?」
「決まってるでしょ、瞑と……それから舞」
「えーっと……」
彼女が僕をスタバに誘った目的はコレか。返答に詰まる。
「……えーっと、瞑から時々ダイレクトでメッセもらうよ。他愛もない用件だけど」
「どんな用件よ」
「んー、この間公開された映画が面白そうねとか、新しい図書館が近くにできたとか」
ストローでフラペチーノを啜り、ミコトは溜息をついた。
「……それ、マジに他愛がないって思ってんの?」
「そうじゃない?」
「あんた、ホントにラブコメ書いてんのよね?」
「うん、今は休止中だけど」
「そういうことじゃなくて!」
「え⁉」
「瞑、露骨に誘ってんじゃん。会うキッカケをポンポン出してさ!」
「そ、そうなんだ」
僕も何となくそうではないかと思わないでもなかったが、瞑が僕のことをどう思っているのか今いち確信が持てなかった。そして問題は、舞の存在だ。この二人にどう接していけばいいのか、正直よくわからない。
「で……どう思ってんのよ? 瞑のこと。舞のこと」
「そこ、今考え中」
「まあ、そんなこったろうと思ったわ……さすがにアタシのラブラブ攻撃をずっとスルーして続けただけの『ニブチンバリア』は鋼鉄ものね」
「え⁉」
「えって……まさかほんとに気づいてなかったの⁉」
「ま、まあ何となく」僕はお茶を濁す。
彼女はグラスをコースターに戻して下を向く。
「塾の同じクラスの連中にさ、『ミコトとマコト、ゴロがいいし、お似合いだからさっさとくっついちゃえ』って言われて……ちょっと嬉しかった」
僕は何も言えなかった。
「まあ、今だから言える話なんだけどね……だからさ、あんた、あの子たちとうまくやんなさいよ。じゃないとアタシ、まじ怒るよ」
「ああ、わかった」
彼女はちょっと寂しさを漂わせながら微笑み、うなずいた。
「ところでミコト、別府先輩とはうまくいってんの?」
僕はちょっと姑息に話題を変えた。
「え、何それ⁉」
慌てて顔を上げる。
「いや、合宿の時とかすごく仲よさそうだったし」
「い、いやー、アレ……仲いいっていうか、ただのパートナーだし」
彼女が動揺しているのは、ハガネのニブチンバリアの僕でもわかる。
「最近連絡とってないの?」
「いやー、あの人名古屋だし、受験勉強忙しそうだし」
「ミコトが遠慮するなんて珍しいな」
「アタシのこと、なんだって思ってるのよ!……それにセンパイ、あの悪魔っ娘をアタシに重ね合わせてるフシがあるし」
「ハハハ」
「そこ笑うとこじゃない!……だいたいね、東京と名古屋と離れてちゃダメになっちゃうんじゃない。所詮、〇〇は距離には勝てないわ」
〇〇となっているのは、ミコトがごにょごょと言ってよく聞き取れなかったからだ。
「〇〇って何?」
「うっさいわね!」
少し調子は戻ったようだ。ボクなりに彼女を励ます。
「距離が離れてるんなら『新世界』が役に立つんじゃないかな?」
「そうね……早くまた、あの世界にログインしたいね」
「そうだな。でも、湯沢先輩を『闇の世界』に放り込んじゃだめだぞ」
「ハハハ、やってみたい」
そんな話をして、じゃあまた記者発表会でと挨拶して、僕らは家路についた。
記者発表は『デジタルブンガクドットコム(デジブン)』の授賞式と同じホテルで行われた。
その時よりも多くのメディア、特にテレビや動画配信のカメラがズラリと並び、プロジェクトへの関心の強さをヒシヒシと感じる。
オーケストラがオープニングの音楽を演奏する。確かこれは、ドヴォルザークのシンフォニー『新世界』の第四楽章だ。
演奏が終わると環境大臣が挨拶と趣旨説明が行われ、続いて黒川プロデューサーから『新世界』の概要が発表された。
それぞれの仮想世界を説明する際、大きなモニターで実際の空間を見せながら、原作者である僕たちを一人一人壇上にあげ、拍手を送った。テーマ・ワールドから始まり、最後にベーシック・ワールドが紹介された。壇上に上げられた瞑と僕をバックに、あの『ツインズ★エキスプレス』の動画が流れた。五分間のショートバージョンとのこと。今後、トライアルユーザーの募集プロモーションの一環としてロングバージョンが配信されるそうだ。多分うまく編集されるのだろうが、瞑と舞のプライバシーがどう守られるのか少し心配になる。
動画が終わると黒川さんがコメントを加えた。
「ご覧いただいた動画は、ベーシック・ワールドのプロモーション用に、この時空を創り上げた城崎瞑さんに出演してもらったものです。ストーリーは『ドラマ仕立てに創作されたもの』ですが、この世界にログインする方は、みなさんの潜在的な願望によってドラマチックな体験をすることになるでしょう」
なるほど。あのプレゼンデモは『創作されたフィクション』ということになっているのか。舞も『よくできたノンプレイヤー』という設定だ。確かにあれが実話です、ということになると双子姉妹のプライバシーは吹き飛んでしまう。
ちなみに、原作の使用料と合宿の参加協力料という名目で、僕たちの保護者宛てに、源泉徴収された報酬が政府名で振り込まれた。この金額等も守秘事項のひとつとなっており、口外できない。
続いて、トライアルユーザーの募集と、それを促進するための今後のプロモーションについての予告があった。
トライアルユーザーは十二月二十四日本日から募集を開始し、抽選の上十万人の当選者が来年四月から利用開始でき、改良を加えながら三か月おきに段階的にユーザーを増やしていくらしい。
「ではここで、新世界プロジェクトをがっつりアピールしてもらうアンバサダーを紹介します」
僕たち高校生は座席に戻っていたが、反射的に別府先輩がテーブルの影に身を隠した。そして彼の予想通り、闇の世界の悪魔っ娘、ペルセがステージ上に現れた。
「あれは『陰陽幻想曲』の魔女娘じゃないか?」
「人間のコスプレ?」
「まさか、ロボット⁉」
会場から客席から疑問の声とどよめきが湧き起こる。
悪魔っ娘は客席を一瞥し、先輩の姿を確認し『みーつけた!』と言ってニヤリと笑った。
ここで、黒川さんはペルセの紹介に移るかと思っていたが、さらにもう一人、いや二人をステージ上に招いた。
え⁉ 瞑! 舞!!!
座席を確かめると、いつの間にか瞑の姿は消えていた。
……ということは、壇上にいる二人のどっちかが瞑本人?
同じ制服、同じ顔と姿かたちで佇んでいるが、一人は髪を編み込みアップにしてニッコリと微笑んでいる。
もう一人のセミロングの女子は、ペルセと反対側に並び、なるべく悪魔っ娘と視線を合わせないようにしている。
「闇の世界からやって来たペルセ、それにさっきもベーシック・ワールドで登場してもらいましたが、双子の姉妹、瞑と舞を改めて紹介します。ノンプレイヤーのペルセと舞は、ネットの世界からヒューマノイドの身を借りてココに姿を現しました」
どういうこと?
会場にいる記者団よりも、きっと僕を始めとした高校生たちの方が驚いているだろう。
その後、壇上の三人(うち二人はヒューマノイド)は黒川氏から簡単な自己紹介を求められ、ペルセは邪悪な表情を浮かべながら、舞はペルセの真似をしておどけながら、瞑はポーカーフェイスでコメントした。
後日、瞑にLINEで記者発表の出来事がいったいどういうことなのか質問してみたが、『そのうちわかるわ』の一点張りだった。
記者発表の反響は想像以上に大きく、海外のニュースでも大きくとりあげられたそうだ。
『悪魔っ娘ペルセ』のVTuberチャンネルが解説され、あっという間に百万人のフォロワーがついた。『中の人』は、テーマ・ワールドのノンプレイヤーで、ファンは彼女に罵倒され、暗黒の世界に誘われるのが堪らないらしい。モノ好き、変態が多すぎる。
瞑と舞の『ツィンズ★エキスプレス』のロングバージョンの動画配信数も順調に伸びている。僕が観た限りでは、フィクションの物語としてうまく編集されていた。二人で新世界それぞれの仮想世界を探訪したりしながら紹介するアーカイブ動画もそこそこ好評のようだ。
結果的にトライアルユーザーの申込倍率は百倍という狭き門となった。もちろん僕らプロジェクトに協力した八人はアカウントの発行が約束されている。
せっかく平常な生活、平穏な心に戻りかけていたのに、衝撃の記者発表会がきっかけとなって、僕の心の中ではあの仮想世界への憧れが再燃していた。早くあの世界に戻りたい。そこで双子の姉妹とじっくり会話をしたい。
そんな焦れた気持ちのまま年を越し、新学期を迎えた。
三学期の始業式。
体育館での全体会が終わり、教室に戻りホームルームが始まる。
担任の田中先生がガラリとドアを開けて入ってくるや否や、開けっ放しのドアの方を振り返り『どうぞお入りください』と声をかけた。
教室に入ってきたのは……
黄色いジャケットに色つき丸眼鏡のその人は、プロデューサーの黒川さん⁉
そして、微かなモーター音とともに、彼の後をついて来たのは……瞑⁉、いや髪をアップにしているから舞⁉
教室内がざわつく。
「三学期という年度の途中になりますが、新しい仲間が加わるので紹介しよう」
担任の先生は淡々と事もなげにそう言った。
「保護者の黒川です……冗談です。ネットやメディアの報道でご承知かと思いますが、『新世界プロジェクト』のプロデューサーをやっています。この取り組みの一環として、仮想世界からのアンバサダーをこのリアルワールドに連れてきています。それがこの子、城崎舞です」
黒川さんがヒューマノイドの背中をポンと軽く叩くと、その子はニコッと笑ってお辞儀をした。そして顔を上げると僕にウィンクした。
「く、黒川さん……なんで学校に、よりによってこの学校、このクラスに舞を連れてきたんですか⁉」
「やあ、湯沢少年! また会えたね。君にとっては知りたいところだろう」
「いえ、僕だけでなくみんなそう思っていると思います」
「新世界プロジェックトでは、仮想の世界に人々が入り込むだけでなく、ノンプレイヤーにも現実世界に来てもらって、交流を深めたり、労働を手伝ってもらう実験を始めている。新世界のアピールも兼ねてね。その手始めとして、舞君にココにきてもらったんだ」
「でも、舞は、ノンプレイヤーじゃ……」
「おっとそこまでだ、『手始めに』彼女を起用したのは、ボクが初めてじゃないよね?」
そう言うとプロデューサーはニヤリと笑って眼鏡をはずした。
「……そうですね」
危ない。舞の正体をばらすところだった。
クラスメイトは、一体何のことやらと訝しそうに僕と黒川さんのやりとりを聞いている。担任の田中先生が補足した。
「何せ学校がヒューマノイドを受け入れるのは初めてのことなので、みんなも知っている通り、プロジェクトに関わっていた湯沢君にケアしてもらった方がいいということになって……」
「え、僕何も聞いてませんが⁉」
黒川さんが続ける。
「実は僕もこの高校の出身でね、校長先生とは親しくさせてもらってるんだ。彼からも湯沢くんならしっかりサポートしてくれるだろうって太鼓判をもらってね」
右手の親指を上げ、彼は再びニヤリと笑った。
「さて、席は……」
ラブコメの常道通り、偶然僕の隣りの席が空いていた。女子生徒の吉岡さんが、海外留学のため前の学期に転校していたからだ。
黒川さんは手を上げて教室を去り、舞は僕の隣りに座ってニコリと笑い『よろしく!』と握手してきた。細かく見ていくと色々と違うかもしれないが、手の感触も表情も、人間のそれといや、瞑のそれと、さほど変わらない。
三学期の間中、僕は舞との学校生活を送った。
登校すると舞はすでに席にいて笑顔で僕を迎える。登下校の移動は新世界プロジェクトのスタッフが、『某所』から車で連れてきて『某所』に送り届けているとのこと。まさに、瞑から聞いた『異種交流世界』の『AIロボのナビ子』だ。舞は社交的な性格なので、すぐにクラスに溶け込んでみんなと仲良く学校生活をエンジョイしている。今までできなかった学校生活。まあ、せいいっぱいサポートしてあげよう。
その春。
高校三年生に進級した。二年生の時から進学の系統別の編成になっているのでクラス替えは無いまたものの、また一人海外留学が決まって転校していった。
入学式はまだなので、二、三年生だけの始業式が体育館で行われ、教室でのホームルームが終わったら下校になる。
担任の田中先生がガラリとドアを開けて入ってくるや否や、開けっ放しのドアの方を振り返り『どうぞ、入って』と声をかけた。
教室に入ってきたのは……セミロングの黒髪をハーフアップにした女子生徒……瞑⁉
僕の隣に座っている舞もポカンと口を開けて彼女を見つめている。
瞑はいつものようにポーカーフェイスで挨拶をする。
「この学校で学びたいことがあり、三学年からではありますが、こちらでお世話になります。よろしくお願いいたします。」
顔を上げた時にちらっと僕と舞に視線を送った。
この年度末に転校していった女子生徒は、僕を挟んで舞の席と反対側に座っていたので、瞑はそこに座るよう田中先生に案内された……僕は双子の姉妹に挟まれた。
ホームルームが終わると、舞が瞑の席の前に立った。
「ちょっとメイ、何であなたまでこの学校に来たのよ?」
「さっき皆さんの前で挨拶した通り」
僕が口を挟む。
「……この学校で学びたいことって何かな?」
「決まってるじゃない。人間関係よ」
「「人間関係?」」
僕と舞が同時に疑問の声を上げた。
「あら、お二人、ずいぶんと息が合ってるのね」
「人間関係ならどこでも学べるんじゃないかな」
「ちょっと変わった人間関係を学びたくてね……人間とヒューマノイドの」
「メイ、ひょっとしてボクへのヤキモチかな?」
舞が微笑みながら問いただすが、目が笑っていない。
「別にヤキモチなんて焼いてないわ……だって、もし舞が変なことをしそうになったら、コレを外せばいいだけだもの」
そう言って、首元のチョーカーを指さした。
舞も食い下がる
「そう来たね……でも、そんなことしたら、ボクは瞑の体の『オモテ』にずーっと出ててもいいんだけどさ」
椅子に座っている瞑、彼女の前に立っている舞。今二人の間に火花が散ったのを幻視した。
できれば、ラブコメ的展開は、ラノベやコミックスやアニメの中だけにして欲しい。
地でいくのは、ちょっと……
(了)




