新世界の仕上げ作業と解散式
ザワザワし始めた客席を通り、僕はスクリーンの横に置いてあるハイテーブルの前に立った。プロジェクターに繋いであるノートパソコンでパワーポイントを立ち上げ、投影する。
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「if」の揺らぎへの寄りみち
そして
そこで巡り会う、ささやかな奇跡
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「みなさん、ベーシック・ワールドの世界をご観覧いただき、ありがとうございました。また、この新しい世界を創造するために、強力にご支援いただいた、沢井さん、加藤さん、根岸さん、そして鎌田さん、本当にありがとうございました、というかみなさんに引っ張ってきてもらって何とかココにたどり着けた、というのが実情だと思います。……今スクリーンに映し出したメッセージが、城崎瞑さんと僕が考えたこの仮想世界のコンセプトです。」
「湯沢少年、今観た映像に関連づけて少し具体的に話してくれないか」
黒川プロデューサーからリクエストが飛んできたが、もともとそのつもりだった。
「はい、わかりました」
僕はいったん目を閉じ、頭の中で整理する。何せ、僕が書いたシナリオと、実際にこの仮想世界で瞑が体験したことは、多少ギャップがあるからだ。
「ここにお集まりのみなさんは、既にご存知だと思いますが、城崎瞑さんには双子の『お姉さん』の舞さんがいました。しかし、この物語の世界では、瞑さんがお姉さんになっていました。住んでいる場所も町田市と、今の住所とかなり異なっています。そして、大きな違いは、瞑さんと舞さんが既に社会人になっていたこと、そしてなんとあのリケジョの瞑さんが美術の学校を卒業し、その道に進んでいたことです」
「どないしてそんな違いが生まれたん?」と、ミステリー部門受賞者のいぶすきさんが問う。
「それは、『もし、こんな風になっていたらいいなあ』という潜在欲求をこの世界でかなえたかったからだと思います。みなさんの心の中にもそんな思いが潜んでいるんじゃないでしょうか? それをかなえるのがこの仮想世界なんです。現実世界とまんま同じじゃ、この世界への誘引力が弱いですからね。これを可能にしてくれたのが、量子コンピューターやAIなどのテクノロジーと、サポーター並びにエンジニアの皆さまのお力です」
「それが『ifの揺らぎへの寄り道』か……それで、ガーデンランチの時も君が言ってたが『ささやかな奇跡』とはどういうことかな?」
今度は青春部門のタイトルホルダー、玉名さんが質問を投げかけてきた。
「はい。みなさんが関わった『テーマ・ワールド』では、現実では起こりそうもない、いわば『大きな奇跡が』起きる場所でした」
「あの悪魔っ娘のペルセが大きな奇跡なのか? 恐ろしいだけじゃん、イテ!」
ミコトが隣りに座って愚痴をこぼす別府先輩の脇腹をどついた。
僕は続ける。
「一方、ベーシックワールドは、この仮想世界での暮らしのベースとなる場所なので、リアルの世界の延長線上になければいけない。でも今回の小説コンクールのテーマになぞらえて言えば『身を置きたくなる時空』であることも期待されているわけです。だから、この世界では、小さいけれども望んでやまない奇跡が起きる場所にしたかったのです」
「それが、瞑さんと舞さんの出会いだったわけね」と、異種との交流物語を描いた道後さんが納得する。
「そうです。二つの世界の微妙なズレとつながり。その『ささやかな奇跡』を演出してくれたのが、AIによって生み出された『ノンプレイヤー』今回の場合は舞さんのAIです」
そう言い終わった途端、メインルームのドアが開いた。
「湯沢君、それはそうなんだけど……ちょっと違うわ」
瞑だ。ログインしていた宿泊部屋からここに戻ってきたのか。僕は彼女の言葉に戸惑う。
この物語のヒロインは、プロジェクターのスイッチャーを操作しているスタッフさんに目くばせした。
画面が切り替わる。
「はーい、みんな元気ー?」
そこに映し出されたのは、髪を編み込みアップにした少女……舞だ。
背景から察するに、城崎邸の自分の部屋にいるらしい。
瞑は僕の隣りに立ち、説明を引き取る。
「みなさんとは青春追体験の世界『Start Over』でお会いしたと思うけど、改めて紹介します。彼女は私の『姉』の城崎舞です」
僕は状況が呑み込めずに瞑に質問する。
「これ、どういうことかな? あの子はNPCだよね……?」
彼女は自分の首元をちょんちょんと指さす。そこには、チョーカーが巻かれていた。
「今、画面に映っている舞は、ノンプレイヤーではありません。私の大脳の思考領域に同居している舞の脳波を読み取ってログインしている、正真正銘のプレイヤーです」
僕はアホのように口をポカンと開け、固まった。
沢井さんと鎌田さんが、瞑に口止めされていたのはこのことだったのか⁉ でも……
「瞑、何でそれ僕に秘密にしてたの?」
「ただ、なんとなく。湯沢君が驚くところを見たかっただけ」
「そ。そういう事! モニターカメラを通してマコトのアホ面をバッチリ楽しませてもらったよ」
メインルームの天井のスピーカーから舞の声が響く。僕はその声に向かって問いかける。
「本当に舞なのか?」
「うん、ボクだよ」
「じゃあ、さっきの『ツインズ★エキスプレス』で登場してたのも?」
「もちろん!……あっ、やば……ボクの温泉シーン、まさか丸見えだった⁉」
「……それは湯けむり補正してもらったから大丈夫だけど……ところで、自分から進んでログインしたの? というかそれはできなくなってたはずじゃ……」
「瞑がつけているチョーカーのせいだよ。瞑と千堂先生と沢井さんと鎌田さんが結託して、ボクを無理やり『オモテ』に引っ張り出してログインさせたんだ」
「そう。舞さんの脳波だけ分離したから瞑さんと舞さんは別々のユーザー・アカウントに分けられたの。だから二人は仮想世界に同時にログインできるようになった」
座っている席から沢井さんがつけ加えた。
この合宿で瞑は好んで脳の記憶をスキャンしてデータ化する試みの実験台になり、自らの思いを実現させたことになる。
ミコトが首をかしげる。
「ところでさー、ベーシック・ワールドでの瞑と舞は、あの後どうなったの? また出会えるような、出会えないような微妙な終わり方だっだけど」
その質問に、参加している多くの人がそうそうと頷いている。僕は答える。
「多分だけど、この後の展開は、瞑と舞が何を望んでいるかによって変わって来るんじゃないかと思います」
「ベーシック・ワールドはそういう世界なので」と瞑がつけ加えた。
そこでズカズカと黄色いジャケットを着たの人物がスクリーン前まで歩いてきた。
黒川さんだ。このプロジェクトの実質責任者である彼は、瞑が体験した物語をどう判断したのだろうか?
「おいみんな、忘れてないか?」
会場がざわつく。
「拍手だ! 双子の姉妹に、そしてこの、新しい世界に!」
一同、思い出したように手を打ち鳴らす。
映画の初日の上映挨拶のようにスクリーン脇でお辞儀をする瞑。
そのスクリーン上でニタニタ笑って頭を掻く舞。
拍手が収まると再び黒川さんが口を開く。
「高校生諸君、それからプロジェクトスタッフのみなさん、本当にご苦労様。よくやってくれた」
僕はそのコメントを聞いてようやくホッとした。
「しかし!」
「さっき、城崎瞑君がカミングアウトしてくれた通り、この世界で小さな奇跡を起こしたのはノンプレイヤーではなく、舞さん、つまり実在の人物だ。これはチートと言ってもいい。だから、この後、ノンプレイヤーで同様な奇跡が起きるか、検証を繰り返さなければならない。また、量子コンピューターやデータベースがどこまで稼働領域を広げられるか、性能の見極めも必要だ。この結果よって『「if」の揺らぎ』の対応幅も調整しなければならない。これらは、主にこのプロジェクトのスタッフたちの作業となるが、高校生諸君にもまだまだやってもらうことがある。テーマ・ワールドもベーシック・ワールドも技術的なテストと一緒にシナリオを変更していく必要があるからな。この合宿の最終日まで、ミッチリと働いてくれ……まあ、今夜はもう少し飲み食いしたあと、ゆっくり休んでくれ。グッジョブ!」
黒川さんはそういてサムアップしながら足早に会場を去った。
席に座っていた参加者は瞑や僕の肩を叩いたり、握手を求めてきた。まあ、うまくいったと考えていいのだろう。とにかくここまでたどり着けたことが何よりも嬉しいし、ホッとしている。
一通りねぎらいの儀式が終わると、瞑が近寄ってきた。
「湯沢君、本当にありがとう」
「お疲れさん……でも、物語はあんな終わり方で本当によかったのかな?」
「うん、十分。さっき君が言ってくれた通り、ここからは私と舞の問題だから」
「そうか。でもびっくりした。まさか舞本人が本当に『出演』してくるなんて」
「ウフフ、驚いたでしょう! これは感謝の気持ちよ」
そういって瞑は僕をギュッと抱きしめた⁉
これは『ストルゲ』、つまり単なる親愛の表現だと思うが、彼女は海外生活の経験でもあるのだろうか?
「あーずりい! 瞑ちょっと代わってよー」
天井のスピーカーから悔しそうな声が聞こえ、スクリーン上では激オコ満載の舞の顔が大映しになっていた。
◇ ◇ ◇
合宿最終日までの三日間は、黒川さんの予言? たくらみ? 通り、ミッチリと働かされた。 ベーシック・ワールドの基本デザインができたので、もうあんまりやることはないんじゃないかと高をくくっていたのだけど。新たな作業はそれほどなかったが、今まで設計したものの確認やチューンナップに手間がかかった。プロンプターと根岸さんと、シナリオのセンテンスごとの意図を聞かれたり、プログラマーの鎌田さんと一緒にベーシック・ワールドのモニター画面を見ながら調整を行ったりと。これらの作業には、瞑も同席していたが、細かなやりとりが続くので彼女とはあまり会話する時間がなかった。
食事の時間は、何となく自然な流れとして、各作業のパートナー同士で食べることが少なくなり、その時その時でテーブルに同席するメンバーが変わった。それだけみんな打ち解けられたのだろう。と言っても、なぜか別府先輩と一緒になることが多かったような気もするが……
合宿六日目のランチは、瞑と有馬未玖とミコトとの四人テーブルで鰻重を食べた。那珂川で獲れた天然モノらしい。
僕は瞑をチラチラと見遣り、今『オモテ』に出てきているのが瞑なのか舞なのかを確かめる癖がついた。二人の間でどういう取り決めになっているのかはわからないが、時々瞑の挙動に、これは明らかに舞だろうと見受けられるものがある。今、向かいで鰻重をつついている女子が本当に瞑なのか疑わしい。
そういえば、瞑と舞はベーシック・ワールドと『異種交流』テーマワールドにログインして何度か会っているようだ。どんな会話をしているのか少し興味があるが、二人だけの秘密ということで瞑の口は固い。
ボクも昨日の夕食後に二人とベーシック・ワールドの舞の部屋にログインしたが、ただ本棚にあったマンガなんかを読んで時間をつぶしただけだった。
「ねえ、瞑にずっと聞きそびれてることがあってさ」
ミコトが鰻重をほおばりながら聞く。
「何かしら?」
「こないだあんたがベーシック・ワールドに入っている時、まわりをふわふわ浮いている子がいたじゃん、名前何だっけ……」
「ああ、パンダくらげのことね」
「そうそう、アレ、いったいナニモノ?」
「普通に私の友達よ。小さい時からの」
「「「え⁉」」」
僕たちは一様に驚く。
「そうね、やっぱりみんなには見えてないようね……だけど、舞には見えてたみたいね」
「あの、そのパンダくらげちゃん、今もいるの?」
未玖が恐るおそる尋ねる。
「ええ、ちょうど今、有馬さんのお重を覗いてるわよ」
そういえば、昨日舞の部屋にログインした時、何かが空中を漂っている気配がした。その前に、瞑と何度も仮想世界にログインした時は全然気づかなかった。瞑にそう伝えると、どうやら『ツインズ★エキスプレス』の時からあっちの世界でも現れるようになったらしい。もちろん僕がシナリオに書いて登場させたわけではない。
その日の夕食後、入浴も済ませて、誰もいないメインルームからテラスに出てみた。秋も深まり、さすがに寒いが、空気がピンと澄んでいて星空の美しさは圧巻だった。ボーっと眺めていると、宇宙空間の奥行を感じて上下の間隔が麻痺し、無限の世界に吸い込まれそうになる。
そういえば、仮想世界の星空はどうなっているんだろう。今度確かめてみよう。
「あら、湯沢君、ここにいたの?」
瞑がガラスの大扉を開けて外に出てきた。
「ああ、でも寒いからそろそろ部屋に入ろうかな」
「いいじゃない、もうちょっとだけつき合ってよ」
「……うん、わかった」
瞑はテラスの前の方に進み、夜空を見上げる。少し濡れたままの髪が光った。
「わあ、すごい星空ね」
うん、これは瞑に間違いない。いいチャンスだから聞いておこう。
「あのさ、リアルの空間では、瞑と舞はどういうローテーションで『オモテ』に出てきてるのかな?」
彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
「舞に希望を聞いたんだけど、基本は瞑がずっと出てていいよって遠慮してるの。もともと瞑の体なんだからって」
「そ、そうなんだ」
僕の勘違いだったのか。
「どうして?」
「いや別に何でもない。」
「ならいいけど……さすがに寒いわね、中に入りましょう」
そう言って瞑は僕の背中を押した……と思ったらガシッと僕にしがみついてきた。
僕はびっくりしてそのまま動けずにいたら、瞑が顔を上げた……そして悪戯っぽくイシシと笑った。
「ま、舞か⁉」
「あたり!」
謎が解けた。舞は瞑に気づかれない程度にオモテ側に現れていたのだ。
「ちょっと、苦しいんだけど」
「まあ、たまにはいいじゃん」
舞はそう言ってしばらく離れなかった。瞑にばれたらいろいろマズイ気もする。
◇ ◇ ◇
七日目の昼食後、僕ら高校生は宿泊部屋の荷物をまとめてメインルームに集まった。いよいよこの研修センターともお別れだ。サポーターの方々、このセンターのスタッフの方々もゾロゾロと部屋に入ってきた。千堂博士はデブ猫を抱いている。その隣でおばちゃん料理長が早くもハンカチで目を覆っている。
一番最後に黒川プロデューサーが入ってきてドアを閉めた。彼は僕らをぐるりと取り囲んでいる研修センターの方々の真ん中に立ち、一礼した。
「みんな、今日までよく頑張ってくれた。本当にありがとう」
僕らも慌てて頭を下げる。
「これからは、ここに残った研修センターのスタッフと関連企業で準備作業を急ピッチで進める。温暖化の進展の速さを考えると待ったなしだ。これから、この仮想世界のトライアルユーザーを募集し、来年中に本稼働を目指す。ところで、ここで経験したことを周囲の人たちにいろいろと話したいだろうが『新世界プロジェクト』の公式発表があるまでは厳秘扱いで頼む。守秘契約を結んでいることを忘れないで欲しい」
そうお願いする黒川さんの方が外部にベラベラと喋りそうな気もするのだが……
「そうそう、君たちはボクらに、たくさんの驚きをプレゼントしてくれたが、最後にボクから君たちにサプライズをプレゼントしよう」
プロデューサーはそう言うと入口の方を振り返り、
「おーい! いいぞ。入ってきてくれ!」
と誰かを読んだ。
扉がガチャリと開く……そして、かすかにモーターのような音が聞こえた。
そしてそれが姿を現す。
瞬間。
「キャー!」
今まで聞いたことがないような叫び声をあげて、瞑が僕の背中に隠れた。
「どわーーーーーー!!!!!!」
同時に別府先輩が驚愕の声をあげてミコトに抱きついた。
僕らに近づいてきたのは、身長百三十センチくらいの小さな女の子。ただし、頭にはツヤツヤの黒い角を生やし、着ているワンピースは黒と赤のグラデーションがかかっている。黒いマントを羽織り、同色のアームカバーをはめた手には黒い杖を携えている。
ビンビンと危険なオーラが伝わってくる。これが闇の世界い君臨する少女、ペルセか⁉
悪魔の少女は僕ら高校生を睥睨し、別府先輩に杖を向けた。
「あらあなた、こんなところにいたの。ここから逃げようったって、そうはいかないの」
彼女は悪意ある微笑みを浮かべ、先輩に近づく。
「黒川さあーん、ワルイ冗談やめてくださいよー」
先輩はミコトに抱きついたまま、泣きごとを言う。ミコトは彼を必死に引きはがそうとしている。
プロデューサーは半笑いしながら答える。
「心配するな。そいつは、ヒューマノイドだ。危害を加えることはない。ただし、仮想空間にいるペルセのAIがその体に組み込まれて遠隔操作で動かしているから、口の悪さは本人そのものだ」
「それがたまらんのですうーーー」
僕は黒川さんに近づき問いかける。
「この間、台車で運んだのはこのヒューマノイドですね」
「その通り。なかなかよくできてるだろ」
「……この子、どうするんですか?」
「ああ、新世界プロジェクトのアンバサダーとなってもらって、この世界をガンガンアピールしてもらう」
「……ちょっと、新世界にダークサイドっぽいイメージがつきませんか?」
「大丈夫だ。ライトサイドのも今準備中だ」
「?」
『魔界の少女ペルセのヒューマノイドは、ご丁寧に僕らが乗り込んだマイクロバスの見送りにも出てきた。
瞑は隣りでギュッと僕の腕を掴み、別府先輩はミコトの肩にしがみつき、彼女にペシペシと頭を叩かれている。
大勢のスタッフたちに手を振って見送られ、バスは出発した。
こうして僕たち八人の新世界創造の冒険は終わった。




