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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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舞の苦悩と渇望、そして悲しみ

 髪を編み込みアップにした舞は、体をリズミカルに揺らしながら僕に微笑みかける。


 「ねえマコト、ボクに感じている愛は、どれかな?

  ルダス、遊びの愛?

  プラグマ、実用的、計算高い愛?

  ストルゲ、友情の愛?

  アガペー、自己犠牲の愛?

  エロス、情熱的な愛?

  マニア、偏執的な愛?

  さあ、どれ?」


 そう聞いてきたのは、『モノ書きリンちゃん』ではなく、まさに舞だ。


「この仮想体験をボクのために企画してくれたんでしょ? 

すごく楽しかった。いい一日だった。

うん。ボクの大切な思い出、宝物にする。

……もう、何も悔いはないよ」


 笑いながらそう答えたのも、舞だ。


 そう。ここは、僕の夢の中だってわかっている……残念ながら。


 夢だから醒めなければならない。

 もうすぐ朝がやってくることもわかっている。


 夕べあの後、瞑とチャットで連絡をとり、ベーシック・ワールドの城崎邸、舞の部屋に二人で駆け込んだ。

 何度も呼びかけたが、舞は出てこなかった。

 その後、瞑に頼み込み、テーマ・ワールドの『異世界交流』の世界に入ってもらった。

『AIロボの中のナビ子』として現れるはずの舞は、やはり姿を見せなかったとのこと。


「瞑、ごめん。僕がいけないんだ……舞にもっとちゃんと伝えられれば、何とかなったかもしれないのに。僕がやり方を間違ったせいで、こんなことになってしまって」

「湯沢君、君がそんなに落ち込まないで。舞は最初からきっと、もう姿を現さないって決めていたんだと思う」

「落ち込んでるんじゃないんだ!……悲しんでいるんだ」

「そうなの?……それってどういう……」

「ごめん、うまく言えない」


 そして、僕と瞑はリアルの世界に戻った。イマーシブ・三点セットを取り外し、脱ぎ捨て、布団に潜った。

 浅い眠りと夢を繰り返し、間もなく夜が明ける。

 きっと瞑も同じような朝を迎えているに違いない。


 僕は自分の気持ちが全然整理できずにいる。


 自分で言った『落ち込んでいるんじゃない、悲しんでいる』……それってどういうことだ?

 瞑の願いをかなえられなかった後悔、罪悪感なのか、それとも?

 僕自身は、どういう結果を望んでいたんだろう……

 瞑と舞が仲良く、代わりばんこに現れること?

 それとも、瞑がずっと瞑のままでいられること?

 ……それとも?


 一見、陽気な性格に見える舞だが、ひっそりと内にしまい込んだ苦悩、淋しさ、悲しみ。

 僕はそれに同情しているだけなのか?


「ねえマコト、ボクに感じている愛は、どれかな?」

 僕は舞に『愛』を感じているのか? それはどんな愛なのか?

 そして、僕は瞑に『愛』を感じているのか?それはどんな愛なのか?



「ねえマコト、ボクにはもう何も悔いはないよ」

 

 待って、待ってくれ!



 そこで僕は完全に目が覚めた。

 既に朝食開始の時刻を過ぎている。別府先輩は僕を起こさずに、もう部屋を出たようだ。

 気を遣ってくれたのか。


 やる気がまったく出ないが起きなくてはいけない。

 瞑とはもっとちゃんと話さなくてはならない。

 ベーシック・ワールドのデザインを進めなくてはいけない。

 なにしろ、今日の夕方、サポーターの沢井さんと加藤さんにプレゼンすることになっているのだから。


 僕はデニムのパンツを履き、パーカーを羽織って部屋を出る。

 

 メインルームに入ると、恐らく僕以外はみんな席について食事をとっている。

 僕ら高校生とサポーターさん、そしてこの研修センターのスタッフさんたち。みんなの人数を合わせると四十名近くこの場にいるはずだが、部屋の中は静かだ。僕の姿を認めると、余計に静まりかえった。

 ここにいるほとんどの人が、夕べ、青春体験のテーマ・ワールド『Start Over』に入っていた。みんなで楽しい青春の思い出づくりに協力してくれた……そして誰もがその結末を知っている。


 トレーを持ち、バイキングコーナーに向かう。

「中国粥と点心だよ。朝、中国の人はみんな、これを屋台やなんかで食べて、元気に働きに行くのさ」

 食堂のおばちゃん、もとい料理長はそう言ってニコリと笑った。そういえば、この人も濃厚接触体育祭に参加してくれていたな。それで今朝はこのメニューなのか? お粥の他には、セイロに入った蒸し餃子各種、シュウマイ各種、それに春巻きに焼き小籠包。優しくて消化に良さそうな……いや、さすがに夕べの今朝でこれらを用意するのは無理だろう。

 まったくココの食事は、いつもタイムリーだ。僕はお粥だけをよそってもらう。おばちゃん料理長がザーサイと干しエビをトッピングしてくれた。涙が出そうになるのを必死でこらえた。


 重くなったトレーを持ち、瞑の姿を探す。決して瞑と同じテーブルで食事をするためではない。

 なるべく彼女と離れた場所に座りたかったからだ。


 僕は卑怯者だ。


 彼女は産業医の千堂先生、サポーターでデータエンジニアの沢井さんと同じテーブルに座り、何か熱心に話している。リケジョトリオ。瞑は一瞬ちらりと僕を見たが、すぐに三人の会話に戻った。内心ホッとしたような、置いてけぼり感のようなものを感じたが、どうしようもない。

 ノロノロとお粥をすすっていたら、僕が一人座っているテーブルに瞑がやって来た。『ここ、いい?』と目で尋ね、返事するまでもなく、彼女は僕と向かい合って席に着いた。先に口を開いたのは彼女の方からだった。

「夕べはありがとう」

「……いや、あんな結果にしてしまって、本当に……」

「終わったことはもういいの」

 彼女は僕の詫びの言葉をさえぎり、きっぱりと言った。

「これからのことを考えましょう」

「……これからって?」

「もちろん、ベーシック・ワールドのことと……舞のことをよ」

「え⁉」


「今ね、千堂先生と沢井さんと話しててね、両方とも一挙に解決できるかもしれないの」

「ええ⁉」


「あの子、出てくるつもりないなら、引っ張り出してやるわ」

「えええ⁉」

 瞑の瞳の奥に何か炎のようなものがゆらいだ。


「だからお願い。湯沢君の力を借りたいの」

「も、もちろんだけど……」


「この後、打ち合わせして準備して根回し……忙しくなるわよ」

「わ、わかった」


 瞑の表情に決して明るさは見えないが、やる気と真剣さがヒシヒシと伝わってくる。

 今は彼女、そして舞のために頑張るのみだ。


 朝食の後、一旦部屋に戻り、身支度を整えノートパソコンを持ってメインルームに戻った。

 瞑は既に薪ストーブ向かいのソファに座っている。デブ猫も一緒だ。どうやらそこは彼女と一匹の特等席となったらしい。


「湯沢君、『日常の延長に起きる小さな奇跡』というコンセプトを出してくれたでしょう?」

 僕が隣りに座ると瞑が切り出してきた。

「うん……変更したいの?」

「ううん、でもね、もう一つの要素を加えたいの」

「?」

「AIの創作能力が予想以上だって加藤さんから聞いたでしょ?」

「ああ、そういえばそう言ってた」

「沢井さんにも聞いてみたんだけど、量子コンピュータのデータ処理能力や演算能力はかなり当初の想定を超えているらしいわ」

「どういうこと?」

「ストーリーを柔軟に多く創り出すことができる、ということ」

 ますます話が見えない。

「時間や空間の設定の幅がより広がった、ということ」

 余計にますます話がわからない。

「……いいわ、この対応は私の方でやる。ベーシック・ワールドのプログラミング担当の鎌田さんに相談するから」

「ま、任せた」

「了解よ。でね、湯沢君はサンプルのストーリーを創ってくれるかな?」

「サンプル⁉」

「うん、今後は『世界生成AI』が自動生成してくれると思うけど、今日のプレゼン用に一つ創って欲しいの」

「プレゼン⁉」

「そう、今日の夕方、沢井さんと加藤さんにプレゼンすることになっているでしょう、それ用よ」

「サンプルのストーリーなんて、どう使うの?」

「ストーリーが出来上がったら、ベーシック・ワールドのAIプロンプターの根岸さんにプロンプト化を頼んで。それでベーシック・ワールドの体験デモとプレゼンをするわ」

「体験デモ?」

「うん。プレゼンしてコンセプトや文字面の説明をしてもわかりにくいでしょ……だから『ベーシック・ワールドはこんな世界です』って体感してもらうの」

「わかったような、わかんないような……で、どんなテーマのストーリーを創ればいいのかな?」

「もちろん、『私と舞の邂逅』がテーマよ。」

「で、でも悪いけど、この世に生まれてこなかった人を生き返らす訳にはいかないんじゃ……」

「そう。だから、『広がった時間や空間の設定の幅』を利用するのよ」

「……どうやって?」

「ここで『日常の延長に起きる小さな奇跡』を起こすの。この仮想空間だからできること」

 うっすらとだが、彼女が望んでいることが見えたような気もする。

「わかった。とにかく一度プロットを作ってみるから、ワンチェックして欲しい」

「そう、それでこそ湯沢君よ!」

 僕は瞑の気迫と熱意に圧倒されながらも、それが自分に乗り移ってきているのを感じた……いや、うまくおだてられているだけか。

 一つ、気になっていることがあった、今まで瞑がネックレスやイヤリングなどのアクセサリーを身につけているのを見たことがなかったが、今隣に座っている彼女は、何やら首に装飾品を巻きつけている。確か、チョーカーというものだったか。ライトブラウンの幅広の革製の帯に、サファイアのような藍色の小さな宝石がぶら下がっている。

「あのさ、さっきから気になっていたんだけど……その首に巻いているものは?」

「あら、気がついていたの? そういうことは早めに言うもんでしょ、可愛いとか、似合ってるよ、とか」

「……気が利きませんで」

「冗談よ、これ、千堂先生から渡されたの。あの冷えピ〇みたいなものの改良版だって」

「え?」

「昨日先生、宇都宮まで出かけてたでしょう、注文しておいたコレを受け取りにいってたみたい……私の場合、常時脳波をモニタリングしておいた方がいいからって、テストも兼ねて使わせてもらっているの」

「ええ! あの冷えピ〇みたのより、ずっとカッコいいじゃん」

「……でも、みんながコレを着けていたら、ちょっとキモくないかしら?」

「確かに」


「話を戻すけど、ここからは分業で頑張りましょう。そうそう、プロデューサーの黒川さんが、たまたま夕方ここにお見えになるらしいから、体験デモは、あの人にも参加してもらうよう、沢井さんに頼んでおいたわ」

「えええーーー!!!」


「それからね、サンプルのストーリーは『瞑と舞は仲良く暮らすことになりました、めでたしめでたし』みたいにしなくていいから……私はここで舞と出会えたことを本当に嬉しく思っている。湯沢君が得意な、ちょっぴり幸せでちょっぴり切ない物語にしてね」


 最後に難しい注文がついたが、限られた時間、できることを精一杯やるしかない。



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