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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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26/30

青春体験、濃厚接触体育祭

 夕食は鍋物だ。調理室のおばちゃんの説明によると、那須塩原市の名物料理で『巻狩鍋』というらしい。ちなみに別府先輩が『おばちゃん』と呼んでいた女性は、この研修センターの料理長で、パリの三ツ星レストランや京都の料亭で修行と実績を積んだスゴ腕料理人だということがミコトのネット検索で判明した。

 巻狩鍋は、源頼朝がその権力を自慢するためにこの辺り一帯で大規模な狩りを行ったという史実に由来するらしく、狩りに参加した大勢の人々が大鍋を囲んだ料理をイメージして創作されたものがご当地グルメ化していったとのこと。地の野菜類やキノコはもちろんのこと、狩りにちなんでイノシシ、シカ、地鶏、カモ、キジがふんだんに使われている。今風に言えば、ジビエ料理か。『汁のベースは、味噌、醤油味プラス秘伝の隠し味よ』とおばちゃん料理長が自慢げに説明した。


 テラス席のテーブルにドンと置かれた大鍋を高校生八人が囲む。野生の肉類は、女子たちには敬遠されるのではないかと思っていたが、巻狩鍋本来の実力か、『秘伝の隠し味効果』か、むしろ彼女たちの方が野生肉を積極的に食べている。ジビエには美肌に良い栄養素が豊富に含まれているというネット情報も後押ししているようだ。


 そんな女子たちの中で、瞑の様子はどうかというと――正直よくわからない。表情はいつもと変わらないし(いつもポーカーフェイスだからよけいに)、会話の受け答えも普通だ。

 どちらかというと、別府先輩の様子の方が気になる。バーベキューの時はミコトと二人でカリスマ的に『肉奉行』を務めていたが、今日の夕食では、テーブル席の隅っこでちょぼちょぼと取り皿の料理を口に運んでいる。

「あのー……ミコト、別府先輩と何かあった?」

 今回も元気に鍋奉行の役を担っている、別府先輩のテーマ・ワールドのパートナーに探りを入れる。

「なんでアタシに聞くのよ……アタシのせいじゃないわよ。センパイはね、悪魔の小娘にコテンパンに打ちのめされたからさ」

「え⁉」

 悪魔と言えば、ミコト原作のテーマ・ワールド『陰陽幻想曲』で君臨する『ペルセ』のことだ。

「だって、あまりにも過激なんで、毒気を抑えるって言ってなかった?」

「サポーターさんに協力してもらって、確かにチューニングしたんだけどさー、センパイ、一人でログインしてヒドイ目にあったらしいの」

「一人で? 別府さん、ミコトと一緒に入るのも嫌がってたじゃん?」

「こないだアタシ、ペルセのこと、ドSだけど可愛いって言ったじゃない、どうもセンパイそれに釣られちゃったみたいでね」

「……いい趣味してるな」

「意気揚々とあのテーマ・ワールドに乗り込んでいったんだけど、悪魔っ娘ったらセンパイの煩悩をお見通しでスゴイ言葉攻めにあったらしいよ」

「言葉攻め?」

「うん、『お前なんかを暗黒の世界に送り込む価値はない!』とか……その後、過去から今にいたるまでの煩悩をほじくり返されて、言葉の波状攻撃を受けたみたい」

「うわっ、それはキツイなあ!」

 僕が一言だけ感想を漏らすと、取り皿と箸を持ったまま、別府先輩がうわ言のようにつぶやいた。


  “悪魔っ娘

   はらうつもりで潜りしが

   煩悩祓われ

   わが身消えつつ“


「何ですか、それ?」

同情しつつも、失笑気味に先輩に聞く。

「辞世の句というやつだな。合掌」

 隣で聞いていた玉名先輩が箸を置いて手を合わせた。


 高校生グループのテーブルで、鍋の締めのウドンを平らげたあたりで僕はみんなに切り出す。


「あの、みんなにお願いしたいことがあるんです」

「何よ急にかしこまって?」

 ミコトが太めのウドンを二本すすりながら、僕に顔を向ける。それに合わせてテーブル席は静かになった。

「薄々と感じていると思いますが、瞑……城崎瞑さんの周りで色々なことが起きていて、それを解決するために、みんなに協力して欲しいんです」

「協力って、何すればいいの?」

 ヒューマンドラマ部門入賞の道後さんが尋ねる。

「ガーデンランチの後、玉名さんが青春を追体験する『Start Over』のテーマ・ワールドを体験して欲しいって言ってましたよね……この夕食の後、みんなで一緒に入って欲しいんです」

「あー、俺は明日って言ったけど、別に今日でもいいよ……でも何で?」

 原作者の玉名さんが同意しつつ理由を聞いてきた。周りのテーブルに座っているサポーターさんやこの研修センターのスタッフさんたちも、地元の日本酒や焼酎を楽しみつつ聞き耳を立てている。

 ボクは瞑の顔をチラ見し、特に問題は無さそうなので、いきさつを話した。瞑には双子の姉、舞がいて、一緒に生まれてくるはずだったが、この世に生まれてくることはできなかったこと、瞑は密かにこのメタバース空間で舞を蘇えらそうとしていたが、この仮想世界を創造する過程で、瞑の脳内に舞の思考領域が見つかったこと、舞は時々瞑が知らないうちに入れ替わって『表』に現れていたが、それをやめて、瞑の体の中に潜んでしまったことを話した。

 別府先輩や、ミコト、ミステリー部門のいぶすきさん、恋愛部門の有馬未玖には既にそのことを話していたので、玉名さんと道後さんもその場の雰囲気を感じ取り、あまり驚いた様子はなかった。

「僕が舞さんを説得して『Start Over』の世界に入ってもらうことになっています。そこで、みんなとの体験を通じてリアルやバーチャルな世界では素晴らしいことがあるんだって知ってもらって、これからもちょくちょく『表』の世界に出てきて欲しいんです。みんな、ぜひ舞さんと一緒に素晴らしい青春体験をしてください」


 高校生全員の賛同が得られた。

 お風呂や身支度を済ませ『イマーシブ・ギア』を装着し、二十時にログインし、そのまま就寝するという段取りでテーマ・ワールドに入ってもらうことをみんなにお願いした。

 多分、舞は瞑の知覚や思考を通じてこの段取りを認識していると思われるが、夕食のテーブルを離れる前に瞑と向き合い『聞いているはず』の舞に話しかけた。


 ◇ ◇ ◇


 テーマワールド『Start Over』にログインしたとのアナウンスが頭の中に響き、目を開ける。僕が、いや僕たち八人が降り立った場所はどうやら、校舎の中にある部屋のようだ。みんな、同じ夏物の制服を着ていて、ロの字型に配列されたテーブル席を囲んで座っている。生徒たちの前にはプレートが並んでいる。


それを読み上げると……


生徒会長 道後知美  

副会長 玉名コージ  副会長 いぶすきのぞみ

書記 城崎舞  会計 草津ミコト  広報 有馬未玖

生活委員長 別府陽一 催事企画 湯沢誠

 

 となっている。どうやらここは生徒会室らしい。

 ここには予定通り、瞑ではなく、舞がログインしてくれたようだ。


「では、生徒会を始めます」

 会長の道後さんが発声した。

「今日の議題は、三か月後の十一月に行われる体育祭のプログラムの検討です。みなさんご存知の通り、新型コロナウイルス感染症のため二年連続で中止となり、久々に実施されます。体育祭の復活にふさわしい内容にしたいと思っています」

 道後さんは、自分の役回りをわかっているようで驚く。僕はといえばこの場で自分がどう振舞えばいいか今一つわからないが、アドリブで行くしかない。と思っていると、いきなり会長が僕に振る。

「催事企画担当の湯沢君、何か意見はあるかしら?」

「え、えーと、そうですね。みんな在宅学習期間が長かったので、急に激しい運動をするのは危ないと思いますので、ウォーミングアップになるようなものがいいかと……」

 何とか自分の意見を言う。

「それって、準備体操とかストレッチとかを中心にやるってこと? つまんなくない?」 

 リアルの世界では、小学生からつき合いの長い腐れ縁のミコトが突っ込んでくる。

「そうだよな、何かやってて楽しくねーとな」

 ミコトの仮想空間づくりのパートナー、別府先輩が乗っかる。

「そうねえ、何が楽しいかしら……例えば、在宅学習期間ではできなかったこととか」

 会長がみんなの意見を求める。


「はーい!」

 広報の有馬美玖が手を挙げた。

「学校の指導でも、テレビとかでも『濃厚接触』は避けろって言われ続けてきたじゃないですか。だから、思いっきり濃厚接触したいなあって……ここは仮想空間だから問題ないだろうし」

 さすが、恋愛部門の入賞者、大胆な意見だ。

「え、ウチ、無茶苦茶恥ずかしい。だいたい高校生が濃厚接触するのはヤバイんとちゃいますか?」

 副会長のいぶすきのぞみが難色を示す。

「でも、この世界、法律なんかに基づいて行動規制がかかっているみたいだからヤバイことは起きないんじゃないの?」

 玉名副会長が、メタな話を持ってきて身も蓋もないが、確かにそうだ。


 僕はこのやり取りを聞いている舞の反応をうかがっていた。書記としてノートパソコンの画面をのぞき込んでキーボードを叩いているので今いち表情がよくわからない。

 この仮想空間を高校生八人で体験するのは、瞑の体の中に引きこもっている舞を引っ張り出すことが大きな目的だ。

「舞はどう思う?」タイミングよく道後会長が尋ねる。

 彼女は手を動かすのをやめ、顔をあげた。

「そーだねー、ボクはすごくいいことだと思うよ……個人的に今まで人とベタベタすることはなかったし」

 舞は少し頬を赤らめて恥ずかしそうに答えた。

「じゃあ、具体的にどんな種目が考えられるか、アイデアを出し合いましょう」

 会長の裁量で、晩秋の体育祭のテーマが決まり、生徒会の役員メンバーみんなでプログラムを検討した。




 そして今日。


 三年ぶりに体育祭が行われる。というか、体育祭は初体験だ。空はすっきりと晴れ、ひんやりとした空気が気持ちいい。


 グラウンドに、生徒たちが整列している。僕たち小説コンテストの入賞者以外は、みんなノンプレイヤー(NPC)かと思ったが、高校生というには無理があるような人々も並んでいる。僕と瞑のサポーターの沢井さんや加藤さん、産業医の千堂先生など、見覚えのある顔もある。ログインの人数制限の上限も変更され、恐らく夕食の時の話を聞いて、新世界創造プレジェクトのサポーターさんや研修センターの方々も揃って参加してくれているのだろう。僕たち八人の行動に関心があるのか、ただ仮想空間で運動不足を解消したいのか(できるのか?)。


 道後生徒会長が朝礼台に上がり、一礼した。


「みなさん、今日は待ちに待った、体育祭です。清々しい天気で絶好のコンディションとなりましたね。ここ数年、新型コロナウィルス禍の中での生活を通じて、こうやって外で体を動かしたり、みんなで集まって一つのことをやることは大変貴重な時間なんだということを学びました。


 ここに参加している生徒は、誰も体育祭を経験したことがありません。だからこそ、今までの体育祭のあり方にこだわらず、自由な発想で、皆さんにのびのびと楽しんでもらおうということで、テーマとプログラムを考えました。


 そのテーマは『触れ合い、笑い合おう』です。

 さあ、みなさん、今日一日、恥ずかしがらずに仲間と触れ合い、楽しい思い出を作ってください!」


 こうして僕たちの体育祭が始まった。


 まずは、男女二人一組での準備運動。

 僕は、腐れ縁のミコトとペアとなったため、さほど照れや感動もなく彼女と両手をつないで体側を伸ばしたり、背中合わせ立ちや、体全体を使ってのじゃんけんをした。

「誠あんた、せっかくこのミコト様がペアを組んで差し上げてるんだからもっと楽しそうにしなさいよ」

 とクレームをつけられた。


 お次はムカデ競争。

 八人一チームで、ノンプレイヤーやプロジェクトメンバーの大人の方々と組むことになる。どのチームも息が合わず、転倒して身動きがとれなくなり、体と体が折り重なってもがいていた。


 その後、逆走二人三脚リレーやフォークダンスが行われ、午前の部が終わった。


 昼食後、午後の部。

 午前中の競技は『触れ合い、笑い合おう』というテーマに沿いながらも、割と定番の競技メニューだったが、午後は少し変わった競技が織り交ぜられている。


 お姫様抱っこリレー⁉

 グラウンドを四分の一周ずつ、男女交代でお姫様、王子様になって抱っこしあって走る。僕がペアになったノンプレイヤーの女子は背が大きく、ヒーヒ―言いながら彼女を抱っこして走り、他の三チームより大きく遅れた。観客席からはヤジが飛ぶ。交代地点で女子生徒は僕を抱きかかえると超速でダッシュし、トップに躍り出て大きな拍手と歓声が起きた。


 愛の障害物競走⁉

 有馬未玖考案の謎競技だ。これも男女二人でペアになり、手を繋いで走る。ところどころに校内のイケメンや可愛い子が待ち構えていて二人を引っ張り、引き放そうとする。四チームの中で、それを乗り越えて早くゴールしたペアが勝者だ。

 僕と組んだ舞は、僕が可愛い女子生徒に引っ張られかけると、ビシッビシッとその手を払いのけ、グイと僕の手を引き、二位に大差をつけてゴールインした。


 その後、デカパン競争や、尻相撲が行われ、いよいよ最終種目。


「さあて、いよいよ本日ラストの競技やで! 周りの人と八人から十人のグループを作ってえな」

 いぶすき副会長がワイヤレスマイクでアナウンスする。

 彼女も加え、生徒会メンバー八人でひとかたまりになる。


「では、押しくらまんじゅう、スタート!」


♪おっしくらまんじゅう おっされって泣くな

  あんまり押すと あんこが出るぞ

  あんこが出ったら つまんでなっめろ♪


 僕は押しくらまんじゅうの歌の続きも、これが競技になっていることも知らなかった。

 地面に円のラインを引き、そこから出たら負け。

 今回のルールでは、最後に残った二人が勝者になる。


 みんながボンボンとはじき出される中、奇跡的にも僕は円の中に残った。

 そして、もう一人残っているのは、城崎舞。

 みんな手加減して、僕たち二人を残した疑念は拭えない。


 いぶすき副会長が再びアナウンスする。

「さあ、各チーム、勝負はついたんやろか……どのチームも二人ずつ残ってはるな?」

 

 円の中に立っている舞は、僕をちらっと見て、少し恥ずかしそうに笑った。


「はい、では勝者のペアはお祝いとして、しっかりとハグしましょう!」

 副会長は、そう言って僕にウィンクした。


 え⁉ それ聞いてない……お祝い? それとも勝ったのに罰ゲーム?


「さあ、早く!」

 モタモタしていると、周りのみんなが囃す。


 僕は観念して舞に両腕を回して抱く。仮想空間なのに、その暖かさが伝わってくる。

 彼女も僕に腕を回す。

 そして、僕の耳もとでささやいた。


「ありがとう、マコト」

「?」

「この仮想体験をボクのために企画してくれたんでしょ?」

「まあ、そうだけど」

「すごく楽しかった。いい一日だった」

「それはよかった……これを忘れないでいて欲しい」

「うん。ボクの大切な思い出、宝物にする」

「え⁉」


「もう、何も悔いはないよ」

「いや、そうじゃなくて!」


「じゃあね……バイバイ」


 舞はそう言って僕をギュッと抱きしめると、腕の力を抜いた。目が閉じられ、首を垂らした。

 僕は必死で支える。


「舞、待ってくれ!」


 そういうつもりじゃなかったんだ。

 僕たちと一緒にいると、こんなに楽しいんだよって伝えたかった。

 だから、これからも瞑と代わりばんこに、僕たちの前に姿を現して欲しいって伝えたかったんだ。


 

 やがて、脱力していた舞の体に力が戻り、自分の脚で体重を支えた。

 彼女は顔を上げ、目を開ける。その表情は、舞じゃない……瞑だ。


「ねえ湯沢君……なんで私たち抱き合っているの⁉」


 瞑はビックリして僕の体を押しのけようとしたが、僕の目から涙が流れ落ちているのを見て、その動作をやめた。


「ねえ……舞と何かあったの?」


 それに答えられないでいると、彼女は僕の体に手を回し、目を閉じてしばらくそのままでいてくれた。



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