見知らぬ二人の愛の物語
僕は今、メインルームの薪ストーブの横に置いてあるソファーに沈み込んでいる。ガーデンランチの後のジョギングがコタえているのもあるが、その後、ミステリーチャンネルで解き明かされた舞の謎を一つひとつ思い出し、彼女の置かれた立場と心情を推し量っていたら、すごく疲れてしまった。薪ストーブ前の敷物の上で寝ていたデブ猫を撫でようと手を伸ばしたけど、何かの気配を察知したらしく、サッとよけてそのままヨタヨタと歩き始めた。どうやら僕の気配を察知したのではなく、瞑がこちらにやってくるのに気づいただけだ。彼女が一旦立ち止まってデブ猫の頭を撫でると、ソイツは回れ右し瞑と一緒にこっちに戻って来た。
ソファーが少しだけ沈み、瞑は僕の隣りに座った。すかさずデブ猫が彼女の膝の上に乗る。
「随分慌ててログアウトしたみたいだったけど、どうかしたのかしら」
「いや、理科系の女子たちが珍しく集まったので、積もる話でもあるんじゃないかと……」
「別にそのまま居てもらってもよかったんだけど」
あの時、瞑はリケジョの二人の先輩に、僕のことをどう思っているのか尋問されていたのだ。そんな場に並の神経の男子なら居合わせたくないだろう。
「沢井さんと千堂先生に質問されたことなら、別に気にしなくていいよ……ちなみに、湯沢君は大事なパートナーだって答えておいたから」
「え⁉」
「このプロジェクトのね」
「ああ、そうだよな」
瞑の目線を追ってみると、自分がこう言ったら僕がどう反応するかを観察して楽しんでいるような気もする。
「ところでさ、さっき、僕を餌にして『アノニマス・カップル』と『Start Over』の世界で、舞が意識のオモテに出たくなる体験をさせるって言ってたよね。なにか具体策は考えてるのかな?」
「あら、そんなに難しくはないわ。特に『アノニマス・カップル』の方はね」
「そうかな?」
「だって、原作者の有馬さんに協力をお願いして、後は湯沢君が舞を誘って『アノニマス・カップル』のテーマワールドに一緒に入ればいいだけの話だもの」
「僕が舞を誘うって……そこが一番難しいんじゃないの?」
「まあ確かに、君の腕次第っていうところはあるわね」
このメインルームに瞑が来てから、彼女の様子が少しおかしい。なんか喋り方に抑揚がないっていうか……
「あの、瞑さん……」
「なに?」
「具合でも悪いの?」
「そんなことないわ。どうして?」
「いつにも増してクールというか……」
「いつにも増して?」
瞑の目の奥で何か光った。
「い、いや間違い……普段よりも元気がないって言うか……」
「ああ、これね……さっきのミステリーチャンネルでわかったでしょ。舞は『潜んでいても』私や私の周りのことがわかるって」
「そうか、それであまり感情を悟られまいと」
「まあ、気休めだけどね。実際どうやってそれを認識しているのかわからないしね。こうやって話していることも筒抜けかもしれないし……それに、何かあの子に隠し事をしているみたいで、いい気はしないし……だから、もうやめるわ」
瞑の話し方が普段通りに戻ったような気がした。わずかにだけど。
「さて、今日のこの後の予定を決めましょう……今、十五時三十分か」
今日は丸一日、瞑と舞のことで時間を使わなくちゃいけないだろう。ベーシックワールドのデザインについては明日なんとかするしかない。明日の夕方までには沢井さんと加藤さんにプレゼンしなくちゃいけない。
「この後、有馬さんと連絡をとってテーマワールド『アノニマス・カップル』に入っても大丈夫か連絡をとる。OKなら君は舞を誘いだして、ログインして」
「いいけど、どうやって?」
「私に向かって呼びかければ出てくるんじゃないかな」
「そ、そんなにうまく行くかな?」
「うまく行くと思っている。なぜなら、これから体験することは、あの子の願望だから」
「?」
「……私、いえ私たちが中学の頃、舞の部屋で会話をしていた時に彼女が言ったの。『お姉ちゃんもそんな恋、してみたかったな』って」
「そうなんだ」
瞑の体の中で人知れずひっそりと生きてきた舞のことを思うと、その願いは確かに切実だ。
「ところで、その時、何で恋の話になったのかな?」
「そ、それは……私がフラれた話を舞に伝えた流れよ……もう! そんな無神経なこと、聞かないの」
「ああ、ごめんごめん。ところで『Start Over』、つまり青春を再体験する世界を選んだのはどうして?」
「ちょうど私たちはその真っただ中にいるわけだし、あの子にも、そういう体験させてあげたいし……それに心変わりしてくれるんじゃないかと思って」
「心変わり?」
「そう。この世界……リアルでもバーチャルでも、ここに出てくれば貴重な時間が過ごせるんだって」
「確かにそうだな……そしたらさ、小説仲間のみんなにも協力してもらわないか? 確か、同時ログインの人数制限を見直していたはずだし。一緒に青春体験するなら、プレイヤー、つまり人間が多い方が面白いだろうし」
「いい考えね。でも、どうすればいいの?」
「夕食の時に、みんなに話して――瞑と舞のことをいろいろ話すことになるけど――頼み込んで食後に『Start Over』に入ってもらおう」
「わかった」
有馬美玖は、テーマワールドに入っている最中だったので、瞑がチャットで連絡をとるとあっさりOKしてくれた。ただし『そこで何が起きたか、湯沢君からはしっかり聞かせてもらうから』という条件がついた。その理由が、このテーマワールドを改善するためなのか、単なる好奇心なのかはわからない。
問題が一つあった。
僕たち二人――つまり僕と『舞』だが――は『イマーシブ・ギア』の三点セットを身に着けて、どこでログインするか、だ。僕が舞に呼びかけて『表』に出てきたら、テーマワールドにすぐにログインできるようにしておいた方がいい。舞の部屋ではミコトが上の段のベッド寝ていて、失礼、ログインしていて、もし僕が部屋にいることがわかったら、半殺しの目にあうだろう。ボクの部屋はと言えば別府先輩がグーグー寝ている、失礼、ログインしている。
苦肉の策として、瞑と相談しながら選んだのは二階の医務室だった。千堂先生は瞑と舞の事情を知っているし、確かベッドが二組ある。僕と瞑はイマーシブ・ギアを持って医務室のドアフォンを鳴らした。
ドアを開けて出てきた産業医の先生は、白衣を着ておらず、私服に薄手のコートを羽織ってバッグを持っていた。
「あら、今からちょっと出かけるんだけど……宇都宮の大学まで届け物と受け取り物で。何か御用かしら?」
僕たちがカクカクシカジカと事情を説明したら、保健室の使用を快諾してくれた。
「ちょっと留守にしちゃうけど、何かあったら飛んで帰るから連絡ちょうだいね……それから、ついムラムラとして変な気を起こさないこと、なーんてね!」
「先生、悪い冗談はやめてください!」
その願望、いや危険性が頭をよぎらなかったと言えばウソになるが、瞑の手前、キッパリと否定しておかねばならない。
僕たちは先生から鍵を受け取ると、ベッドコーナーに行き、天井から下がっているカーテンを引いて、それぞれパジャマ風のギアに着替えた……ここは学校の保健室ではないが、こういうシチュエーションもラブコメのテンプレアルアルだなあと思う。
「湯沢君、いい?」
と言って瞑がカーテンをシャーっと開いた。ピンクの水玉のパジャマ姿の彼女と向かい合う。
「じゃあ、舞を呼んでちょうだい」
「……わかった。ところで、舞が出てきている時のことは瞑は覚えていないの?」
「そうよ。私が知らない所で何かよからぬことでもするつもりかしら?」
「いえいえ、決してそのようなことは……ただ聞いて見ただけで」
それから、瞑は目を閉じた。その姿をアホのように三十秒ほど眺めて、僕は決心して呼びかける。
「舞、舞……出てきてくれ」
彼女が目を開けた。
「ひょっとして、舞?」
「違う、瞑」
「な、なんで?」
「もうちょっと優しく、誘うように呼びかけられないかしら?」
「ええ⁉」
そんな高等テクニックは持ち合わせていない。
「いいから、がんばって」
再び瞑は目を閉じた。
「舞……僕の声が聞こえるかい? 湯沢誠だよ……頼みがあるんだ」
瞑の上体が前に傾き、頭がガクンと落ちた。
かと思うと、再び背筋を伸ばし、顔を上げた。
目をパチクリさせ、周囲を見回す。
「舞さん……舞か? まさか瞑が舞のフリをしているんじゃ……」
「疑り深いなあ。ボクだよ。マイだよ」
確かに表情や座っている姿が微妙に瞑のそれとは違う。
「よかった……出てきてくれて」
僕は安堵の溜息をつく。
「ハハハ、心配かけてゴメン」
「ところで、舞は、僕と瞑がどんなことを話していたかとか、わかってるのかな?」
「うん、だいたいね……『ミステリーチャンネル』でボクが消えた謎を解き明かそうとしたり、その後のワルダクミもね」
「ワルダクミって! 決してそんなつもりはないんだけど」
舞にこんなに情報が筒抜けになっているとは思わなかった。瞑に話したらびっくりするだろう。
「ハハハ、ジョーダンジョーダン」
「……じゃあ、話が早いというかなんというか、僕と一緒にテーマワールドに入ってくれないかな?」
「うん、いいよ。でもどうして?」
「その説明、無茶苦茶難しいんだけど……」
「ハハハ、これもジョーダン。ボクもその世界、少し興味があったんだ」
「そうなんだ、それはよかった」
「しかもマコトと一緒に入れるなんてね。あそこ、ペア限定なんでしょ?」
「え⁉」
「アハハ! これもジョーダン。さあ準備しようよ」
そう言うと舞は率先してアイマスク風のギアと冷〇ピタ風のギアを着け始めた。
僕たちは、それぞれのベッドに横たわり、ログイン先のIDを確認してエントリー操作を行った。
◇ ◇ ◇
体の調子が悪くなって、家族に付き添ってもらいながら病院と自宅を往復する日々が始まってしまった。
ほとんどベッドの上での生活となり、できることもだいぶ限られる。
それを見かねて、スマホを買ってもらった。今まで使ったことはなかったけど、これがあると活動の幅が広がったような気がする。
そして、いろいろと検索して、素敵なサイトを見つけた。
お題が出て、みんな思い思いに物語を綴っている。恋愛だったり、異世界だったり、ミステリーだったり、青春だったり、コメディーだったり、オカルトだったり、ほかにもいろいろ。
もともと本を読むのが好きだったけど、単行本みたいに重くなくて、スマホ専用のスタンドも用意してもらって気軽に読めるのも助かる。
『読むの専門』でユーザー登録し、夢中にみんなの物語を呼んだ。超短くて、すぐ読めちゃうものから、いくつもの章に分かれている長編大作まで。家族から夜はちゃんと寝てねって注意されたけど、ついつい夜更かししちゃう。
私はそこで『不思議』という、七つの素敵な宝ものをもらったんだ。
一.出会えた不思議。
そこで見つけた。
可愛くて、楽しくて、でもちょっぴり切ない恋の物語。
それを書いている作者のプロフィールを読むと、どうやら中学生の女の子みたい。
いいなあ、こんな素敵なお話が書けて。
私もこういうの書きたかったけど、きっと上手にできない。
その感動を誰かに伝えたくて、家族にも話したけど、やっぱり作者の子、本人に伝えたい。
リアクションのマークを押して、あまり長くはコメントできなかったけど、読んだ感想をドキドキしながら書きこんだんだ。
二.返事をもらえた不思議。
まさか、返事が返ってくるなんて思ってなかったから、びっくりした。
『タマキちゃん、いつも読んでくれてありがとう』って。
『感じとって欲しいことをちゃんと感じてくれて、超うれしい!』って。
こんな素敵なお話を書く子から返事をもらえるなんて。
ちょっとウキウキした。
家族のみんなから、最近元気になったねって言われた。
三.つながる不思議。
コメントの返事にね『今度、“X”で私のペンネームを検索してみて』って書いてあったんだ。
その子のペンネームは『もの書きリン』ちゃん。
Xの使い方がよくわからなかったけど、家族に手伝ってもらって、アカウントを作ってみたよ。
で、ペンネームを探してみたら、もの書きりんちゃんはすぐに見つかった。本のこととか、毎日のくらしとか、思ったこととかいっぱい書いてあって、そっちも昔の投稿にさかのぼっていっぱい読んじゃった。
でもね、気になることが書いてあった。どうやら学校に行くのがシンドイみたい……ちょっと心配。
思い切ってダイレクトメッセージを送ったら、すぐに返事が来た。
LINEの方が気軽にやりとりができるからって、番号を教えてくれて、これも家族に聞きながら自分のアカウントを作った。
こうやってLINE友だちにもなれたんだ。
いろいろ教えてくれた。なんで小説を書いているとか、学校に行くのがどうしていやなのかとか。
誰にいじめられてるってわけじゃないけど、どうもクラスに馴染めなかったり、同級生や先生の視線や話が気になっちゃうみたい。
私も、からだが弱くて、家から出られないことを伝えたら『わたしたち、おんなじだね』って言ってくれた。それがうれしくて、でもなんか悲しかった……なんとなく、リンちゃんにウソをついちゃったんだ。私も中学生の女の子だよって。
四.広がる不思議。
リンちゃんはすごい、私も物語を書きたいけど上手に書けないって伝えたら『大丈夫だよ、自分の気持ちや頭の中にあることをそのまま出してみてごらん』って返事をくれて、背中を押してくれたんだ。で、思いきって短いお話を書いて投稿してみた。
そしたら、すぐにリンちゃんからリアクションがあって『沈んだ気持ちが楽しくなれるお話をありがとう!』ってコメントもくれたんだ。すごく嬉しかったんだけど、他のモノ書きさんもリアクションしてくれた。その人たちのペンネームを見ると、いつもリンちゃんのお話を読んでいるファンみたい。リンちゃん効果、すごい。書くことにちょっとずつ自信が持てて、書くことがいっぱい楽しくなってきた。
五.知りたくなる不思議。
リンちゃんから不思議なメッセージが入った。
〉ねえ、『愛』っていくつかの種類があるって、聞いたことある?
うーん、何となく聞いたことあるかもだけど、よくわからない〈
〉カナダの学者の人が考えたみたい。ギリシャ神話にも同じようなのがあるみたいだけど、
ルダス、遊びの愛
プラグマ、実用的、計算高い愛
ストルゲ、友情の愛
アガペー、自己犠牲の愛
エロス、情熱的な愛
マニア、偏執的な愛
に分けられるとか。エロスってエロいのかと思ったけど、それだけじゃないみたい。
へえー、愛の種類なんて考えてるんだ。
リンちゃんって大人だねえ〈
〉タマキちゃんが、わたしに感じているのはどれかな?
え⁉ そんなこと聞くの?〈
〉ハハハ、ジョーダンジョーダン
もう、いじわる!〈
でも、もっと知りたいと思った。愛のことも、リンちゃんの気持ちも……そして、私自身のリンちゃんへの気持ちも。
六. 元気でいられる不思議。
入院が決まった。自分では元気なつもりだけど、一応大事をとって検査したり、診察を受けた方がいいみたい。
家族も『最近は元気そうなのにねえ』と言ってくれる。
体はちょっと重いけど、ほんとうに心は軽い。
退院したら、リンちゃんに会いに行こう。
ウソをついていたこともすっかり白状して。
怒るかな。
嫌がるかな。
それとも、笑って許してくれるかな。
七.愛する不思議。
生活の場がずっと病院のベッドの上だと、やることが限られてくる。
サイトでリンちゃんが書いた物語を読むか、リンちゃんのことを考えているか……
学校に行けてるかな。一人でさびしくないかなって。
〉ねえ、今度タマキちゃんのこと、写メで送ってもらってもいい?
困った。どうしよう。がっかりされたくない。嫌われたくない。
仕方がなくて、私は病室の窓から見える風景を写メして送った。
『ありがとう』って返事が返ってきた。
いつのまにか少しずつ。
いや、きっとあの子の物語を初めて読んだ、その瞬間から。
私はリンちゃんのことが大好きになってしまっていたんだ。
今ならハッキリ言える。
リンちゃんに感じている愛は、
ルダス、遊びの愛だって。
プラグマ、実用的、計算高い愛だって。
ストルゲ、友情の愛だって。
アガペー、自己犠牲の愛だって。
エロス、情熱的な愛だって。
マニア、偏執的な愛だって。
それをちゃんと伝えたい。
生きているうちに。
十月二十一日(月)
少し間があいちゃって、ごめんね。
ちょっと風邪気味で。〈
〉ううん全然……えー! 大丈夫?
うん、もうだいぶ治った。
学校の方はどう?〈
〉こっちも大丈夫、一日おきに行けてる。
調子いい時は、
るんるんるーんって感じだよ!
よかった。でも無理しないのよ〈
〉今日はね、
クラスの子と一緒にお弁当食べれたよ
それは、るんるんるーんだね!〈
十月二十四日(水)
〉ひょっとして、まだ調子悪い?
十月二十五日(金)
ごめんごめん、スマホ調子悪くて〈
〉レスもらえてよかった!
既読つかないからどうしたのかなって。
もうこれ以上、嘘はつけない。
このまま旅立って、LINEの返事がこなかったら、あの子は、私にも見捨てられたと思ってしまう。
せっかく学校に行けるようになったのに、逆戻りしてしまう。
十月三十日(水)
〉また、間があいちゃったね。
こんどタマキちゃんと
リアルで会いたいな。
私もリンちゃんに会いたい。
でも、その前に謝らないとね〈
〉?
私ね、おばあちゃんなんだ〈
〉え⁉
九十一歳。〈
〉そうなんだ。
騙してて、ごめんね。
もう会いたくないよね。〈
〉ううん。
それでも、やっぱ会いたい。
ありがと。でも私ね、病院にいるの。
そろそろだから。〈
〉えっ、そろそろって……そんな!
だからね、
LINEがこなくなっても
誤解しないでね。
いつまでも、リンちゃんのこと
好きだから。〈
〉ねえ、どこに入院してるの?
ほんとうにごめん。〈
〉タマキちゃん!
目を開けると、白い天井がいつもより滲んで見えた。
私はまだ、生きていたのか。
娘夫婦や孫がこの部屋にいるということは、今日で最後なんだろうな。
こんな風にちゃんとお別れできるのは、幸せなことなのかもしれない。
惜しむらくは、あの子とちゃんと会って、お詫びとお別れが言えなかったこと。
誰かが私の手を握っている。
なんとか首を傾けると、学生服姿の男の子がぼんやりと目に映った。
「タマキちゃん!」
「あなたは?」
「……リンだよ……僕こそ騙してて、ごめんなさい」
「リンちゃんなのね……どうしてここが?」
「前にLINEで送ってくれた、窓の外の写真。あれを見てここを探したんだ」
「すごいわね……見つけてくれてありがとう」
「ごめんね、ウソついてて……でも、学校に行けるようになったのは本当だよ」
「それが何よりよ……よかった」
「タマキちゃんのおかげだよ」
「友だち、できるといいね……でも無理しすぎないのよ」
「うん……でもタマキちゃんは、ずっと友だちだよ……いや、愛してる。絶対忘れない」
「私もリンちゃんのこと愛してるよ。ずっと忘れない、でもね……」
「?」
「あっちに行ったら、私もね、新しい友だちつくるから……るんるんるーんってね」
――ここで、ログアウトの予告メッセージが出て、一分後に僕と舞は現実世界に戻った。
◇ ◇ ◇
アイマスク型のギアをはずすと、保健室の白い天井がぼんやりと見えた。
冷えピ〇型のギアをおでこからはがし、横を向く。舞も同じような動作をしている。そういえば、カーテンでベッドとベッドの間を仕切るのを忘れていた。
舞が上体を起こす。枕を抱えて僕の方に体を向けた。
そしてニコリと笑う。
「さーて、感想戦といきましょうか!」
「え……うん」
僕はまだ、自分の中で起きている感情の変化や新たに生まれた気持ちの整理ができずにいた。
『アノニマス・カップル』は年齢や性別を超えた愛の形を綴った物語の世界だ。それを体験すると、今まで自分が持っていた恋愛感情とか常識とかが揺らいでしまったような気がする。
「マコト……キミは『タマキおばあちゃん』だったね」
「うん、びっくりした。というか、物語が始まった時は正直自分が何者なのかわからなかった」
「そうなんだ。でもね、ボクもね最初、自分が文学好きな女子中学生ってなんか似合わない、むしろマコトの『役』じゃないの? って思ったけど、話が進むにつれて、ボクは完全にリンちゃんになっていた」
「あのさ、LINEで『愛の種類』を舞、じゃなくてリンちゃんが教えてくれたよね。あれって舞の考えなのかな?」
「……うん、ハッキリと六種類に分けてはいなかったけど、いろいろな種類があるなあっていつもぼんやり考えていた」
舞は、瞑の体の中でそんなことを想っていたんだ。
「ところで、ボクからも質問していい?」
「え、いいけど」
「リンちゃんに感じている愛って六つの種類全部だってタマキおばあちゃんは思ってたみたいだけど、あれは君の気持でもあるのかな?」
「……なんとなく、そういう気がする」
「そうなんだ。それは、リンちゃんへの思い?それともボクへの思いかな?」
「え⁉ それはなんとも……そう言われればそういう気もする……でも、舞のことまだそんなに知っているわけではないし……」
「アハハ、意地悪なことを聞いちゃったね」
「でもさ、『愛』ってそんな風に分けられるものなのかな。僕はラブコメばっかり書いているけど、そんな風に考えたことがなかった」
「そう? マコトの小説は、色んな愛の成分をうまく混ぜて愛情表現をしていると思うけどね」
「あれ、僕が書いたものを読んだことがあるの?」
「ああ、メイがよく読んでるし、書籍化されたのも買ってきて読んでたよ。今はボクの部屋の本棚に置いてあるけど」
そういえば、舞の部屋でそれを発見して驚いたんだった。
「だからボクはね、メイと同じくらい君のことをよく知っている。本を通じて。メイの心を通じて」
「瞑の心?」
「うん……あ、だからボク、メイが君に感じ、持っている『愛の種類』をよーく知ってるよ」
「え! それはどんな?」
「メイのプライバシーに関わることだから教えなーい!……どうぞご本人に直接聞いてくださいませ」
何でココまで話して寸止め?
「……まあ、そうだよね。ところで舞が僕に持っている『愛の種類』はどうなんだろう?」
ちょっと舞に揺さぶりをかけてみる。
「それ聞いちゃうの? 君もリンちゃん並にいじわるだねえ」
「いや、無理にとは言わないけど……」
逆にそれを聞くのは少し恐い。
そこで舞は医務室の壁に架かっている液晶の時計をチラ見し、ちょっぴり寂しそうな表情を見せた。
「そろそろメイと変わらなくちゃね」
「え、もうそんな時間か」
「すごい楽しい時間だったよ。テーマワールドも、感想戦も」
「それならよかった……あっ、そうだ、夕方から『Start Over』っていう青春を体験する世界に入るんだけど、舞にも、ぜひ入って欲しい」
「うん、わかった」
「必ずだよ」
舞はベッドに座って枕を抱いたまま、再び頭をがっくりと垂らした。そしてほどなく顔を上げた。
その表情は、瞑のものだった。
僕は段々と瞑と舞の表情の違いがわかるようになってきたような気がする。
この後『アノニマス・カップル』の原作者、有馬未玖を呼び出し、仮想世界であったことを瞑と一緒に聞いてもらった。
感想戦のパートで舞と話したことは、瞑にもあまり詳しく伝えていない。




