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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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消えた舞


 研修センターに戻ると、まずは宿泊部屋のユニットバスでシャワーを浴びた。筋肉痛は無いけれども、全身バテバテだ。千堂先生が気分転換に外に連れ出してくれたところまではよかったけど、運動不足の体には刺激が強すぎた。瞑とは十四時三十分にメインルーム集合と約束してある。

 時間まであと二十分。バスタオルで体を拭き、パンツ一丁でベッドに横になった。


 この後の予定をゆるっと考える。まずは、ベーシック・ワールドの基本プランを話して瞑に同意してもらう必要があるだろう。さっきのランチタイムでは、ほとんど僕に丸投げするようなことを言っていたが、彼女なりの意見やアイデアも聞き出しておいた方がいい。それも踏まえて、今日のうちに基本構想を固めてしまいたい。サポーターの沢井さんと加藤さんには明日中に説明すると約束している。

 その後、どれくらい時間がとれるかわからないが、瞑といっしょに舞の部屋に行って、二人の間をしっかり取り持たなくてはいけない。

 恐らく、二人の争点は『瞑の体をどっちがどれだけ占有するか』ということだと思うけど、僕が聞いている限りでは、舞は瞑の体を借りて『表に出てくる』ことは全く望んでおらず、一方瞑は――極端な話だけど――舞に体を譲ってもいいと言っている。瞑の気持ちもわからなくはないが、とても舞が受け入れてくれるはずはない。じゃあ『半分半分で』というものでもないだろう……どうすればお互いが納得してくれるのか、今は何も名案が浮かんでこない。

 そんなことを考えていたら、あっという間に二十分が過ぎた。

 僕は慌ててデニムを履き、シャツとパーカーを着てノートパソコンを片手にメインルームに向かった。


 瞑は、薪ストーブ横のソファに腰かけていた。デブ猫が足もとで寝ている。お互い、この場所、この配置が気に入ったのだろうか。

 僕は部屋の隅に折り畳んで置いてあった可動式のホワイトボードをガラガラと引いてきて、ソファ席の前で広げた。

 瞑は何が起きるのかと少し不思議そうにホワイトボードを見上げている。メインルームに何人か残っている高校生やサポーターさんもチラチラこちらの様子をうかがっている。


 ●この空間、すなわち新世界の『世界観』


 ●人とノンプレイヤーが創るイベント・ストーリー


 僕は黒の太いマーカーで少し間を開けて、そう書いた。

 

さらに、その間に、


 “日常の延長にささやかな奇跡が起きる世界”


と書き加えた。


「昨日の沢井さん、加藤さんとエンジニアの方々との打ち合わせで出された課題は二つ。ここに書いた通り、新世界の『世界観』づくり、イベント・ストーリーづくりだったと思う」

「ええ、そうね」瞑に異論はない。


「で……さっき、ランチの後に瞑に断りもなく話して悪かったけど、ここに書いてある『日常の延長にささやかな奇跡が起きる世界』がこの空間のコンセプト、世界観だと思っている」

「もう少し具体的に言うと?」

 僕の考えに難色を示しているわけではないようだ。


「ちょっと手前味噌になるけど、これは僕の作品づくりの基本的な考え方で『こんなことが起きればいいな、でも起きないよね』という……なんというか、ある程度想像通りだけど、もうチョイいっちゃうんだっていう『裏切られ感』に読者はカタルシスを感じるんだろうなって思っている」

「湯沢君って、意外とポリシーを持って小説を書いているのね」

「……別府先輩みたいなこと言わないで欲しい」

「ごめんなさい。でも褒めてるのよ」

「わかった……でも、具体的にどういうことかわかるのかな?」

「うん、今回の湯沢君の受賞作にもそれが反映されていたと思う」


 ネタバレになるが、主人公の男子高校生が住む地域が災害に見舞われ、挫折を繰り返しながら一緒に音楽の道を目指していた恋人が行方不明になってしまう。彼女を探しつつ災害ボランティアをしているときに、ある被災者の家から難を逃れた古いヴァイオリンが見つかり、それを使って二人がよく演奏していた曲を弾くと、彼女の歌声がどこからともなく聞こえてきた、という話だ。

「あの後、彼女はどうなったの? 生きていたの?」

「ち、ちょっと、小説を書く人がそういうこと聞く?」

「そうね、確かエピローグで何かほのめかしていたわね」

「そういうことじゃなくて……その先は読者に想像を任せたい」

「ごめん……で、『小さな奇跡』って、ファンタジー要素を少し入れる、ということかしら」

「テクニック的にはそういうことだと思うけど」

 一応、今回のコンクールで準グランプリをいただいたが、こういう風に端的にまとめられてしまうと、作品にも自分のコダワリにも、なんか自信が持てなくなってしまう。


「……そうだな。よく映画やラノベやアニメを揶揄する言葉として『ご都合主義』ってのがあるけど、あまり露骨じゃ無ければ、読んだり観たりしている人の潜在的な願望をくすぐって感動してもらえるんじゃないかなって僕は思っている」

「うん、何となくわかるような気がする。私はSFファンタジーが得意ジャンルで、常識からかけ離れた発想が要求されるけど、だからこそ『科学的にそれっぽい』納得感やリアリティは要求される。湯沢君の作品づくりとは逆のアプローチだけど、遠いようで、共通点もあるような気がする」

 何となく瞑に賛同を得られたようなので、ホワイトボードに戻って話を先に進める。


「ここに『人とノンプレイヤーが創るイベント・ストーリー』って書いたけど、そのファンタジー要素を創り出してくれるのがノンプレイヤーの役割なんじゃないかと思っている」

「人に『ささやかな奇跡』をプレゼントしてくれる、という関係か……」

 僕の話を聞いて何か考えるところがあるのか、デブ猫を膝の上に載せると、頭を撫でながら彼女はしばらく黙ってしまった。

「この仮想世界では、ネットを介した情報だけでなく、個人個人の記憶データを取得できるから、それをもとに潜在欲求を探り出して、ノンプレイヤーを介して『起きて欲しいささやかな奇跡』を生成する、ということね」

「そういうこと! 歴史を大きく変えない、という前提でね。で、この辺の技術的な仕様をまとめるのは瞑の方が得意だろうから、ぜひお願いしたいんだ」

 僕は自分の考えと瞑の考えを合体させて、


“人の心に思いを寄せ、小さな奇跡をプレゼントし分かち合う関係”


とホワイトボードに書き加えた。


「わかったわ。このあと考えるから『自習時間』をちょうだい……でも、代わりにお願いがあるの」

 そら来た。

「また舞の部屋に行って喧嘩、じゃなくて話し合いに協力をしてくれない?」

「……わかった」

「じゃあ、この間と同じ待ち合わせ場所で」


 そう言うと瞑はデブ猫を膝から降ろし、宿泊棟に向かって行った。

 もう少し、今後の作業スケジュールについて話しておきたかったのだけれど。


 ベーシック・ワールドの城崎邸の前にログインし、前と同じような段取りで瞑に家の中に入れてもらう。

 舞の部屋に入る前に瞑からリクエストがあった。

「舞と話し合って欲しいことは『私の体をシェアする』割合について」

「え、シェアするって言っても、舞さんはこの部屋以外の場所では出てこれないんじゃなかったっけ?」

「そうなんだけど、この部屋でなら出てこられる、ということは何かそれなりの理由があるがあると思う。それを突きとめて、他の場所でも同じ環境を作り出す方法をサポーターさんやエンジニアさんに相談するの」

「うまく見つかるといいんだけど」

「わからないけど、挑戦してみる価値はある」

「わかった」

「湯沢君、舞のホンネを聞き出してね。私に遠慮したら怒るよって言って」

「わ、わかった」


 舞の部屋のドアを開け、二人で中に入る。

 今度は瞑にベッドに腰かけてもらい、僕はデスクチェアに座らせてもらった。


 彼女の『降臨』を待つ。


 「今、瞑? それとも舞?」

 このアホみたいな質問を繰り返しながら。

 ひたすら、待つ、待つ、待つ……


 三十分ほど待っても、瞑はずっと瞑のままだった。


 瞑はベッドからすくっと立ち上がった。

「だめ。出てこないわ。舞の気配を全く感じない」

「そういうの、わかるもんなの?」

「ええ、何となく」


 瞑の表情が翳る。

「舞が……消えた」

 彼女は立ち上がって僕の肩に頭をもたせかけた。


 なぜ、ここに現れないのか?

 舞は本当に消えてしまったのか?


「リアルの世界に戻って、瞑の脳波をもう一度検査して舞の思考領域があるか調べてもらおうと思う」

 瞑が力なくそう言った。


 舞が消えた謎の解明か……


「瞑、あのさ、いぶすきさん原作のテーマ・ワールド『オムニ・ミステリーチャンネル』に行ってみない?」


 彼女は顔を上げ僕を見つめる。

「行ってどうするの?」

「舞が消えた謎解きをするんだ」


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