高原のガーデンランチ
「おい起きろ誠、腹減った! 昼メシ食うぞ」
二日連続で別府先輩に昼食だぞと起こされた。
いや、決して寝てたわけじゃないですがと言って、冷え○タをはがし、起き上がる。
『舞の部屋』からログアウトする間際、午後イチで今後の時間の使い方について打ち合わせしておこうと瞑に申し入れた。ベーシック・ワールドをデザインする時間の見当をつけておきたかった。一応、瞑と舞との姉妹ゲンカの仲裁?加勢?する時間も見込んで計画を立てた方がいいだろう。
「先輩たちはテーマ・ワールドの修正作業をしてたんですか?」
研修所の本館に歩きながら聞く。
「ああ、サポーターさんにも『陰陽幻想』の世界に入ってもらって、悪魔ッ子のドSぶりを見てもらい、リミッターをかけるのにほとんどの時間を使った。ミコトの奴、あんまり毒気を抜いちまってもつまんないと不満そうだったがな」
話を聞くだに恐ろしい。ミコトには悪いが、やっぱりダークな世界へのログインは遠慮したい。
「おめえたちは何やっていたんだ、誠?」
「……姉妹ゲンカに巻き込まれたというか何というか……まあ、僕がいけないんですけどね」
「はあ⁉ そんなことやっててベーシック・ワールドの方は大丈夫なのか?」
「まあ……午後から本気出します」
本館の玄関まで行くと、そこにはマイクロバスが停まっていた。
他の高校生六人は既にその前に集まっていた。
ドアが開き、女性が降りてきた。カラフルなパーカーにTシャツ、ショートパンツにレギンスという出で立ち。
眼鏡もかけていなかったから一瞬誰だかわからなかったが、産業医の千堂先生ではないか⁉ 白衣を着ている時に比べて随分若く見える。いったい、いくつなんだろう。大人の女性はよくわからない。
「今日は天気もいいので、気分転換も兼ねて屋外でランチを楽しみます。そろそろ運動不足も気になっていたでしょ?」
そう言って女医さんはその場でジョギングする真似をし、僕にウィンクした。
「ランチの後は、一時間ほど公園で自由に過ごしてもらうので、荷物が必要な人は、取りに行ってきて」
男子は全員残り、女子は部屋に戻った。玄関に台車で運び出してあるランチボックスらしき物と飲み物をマイクロバスに積み込むのを手伝う。
「こういうイベントって、産業医の先生が引率するもんなんですか?」
青春部門受賞者の玉名さんが尋ねる。
「そうよ。みんなの健康管理が仕事だからね……もっとも、ずっと引きこもりっぱなしというのもあって、私も体を動かしたかったしね」
女子たちが戻ってきたので、全員バスに乗り込み出発した。
向かった先は、雑木林やフラワーガーデン、芝生の広場とキャンプ場や遊歩道や池などで構成された民間の公園で、人の手で作られた場所だが、十分自然の雰囲気を楽しめる。秋風がひんやりと心地いい。
芝生の広場に日よけのテントが張られ、人数分の木製の椅子とテーブルが並べられていた。
持参したランチボックスは、バゲットタイプのサンドウィッチ、香草で焼いたチキン、サラダにフルーツと、見た目も綺麗でヘルシー。これも研修センターの厨房で作ったのだろう。
千堂先生がポットに入ったコーヒーをカップに入れて配ってくれた。
これは確かに気分転換になる。瞑の方をチラ見すると、女子たちとまあまあ楽しそうに会話している。
八人揃ってテーブルを囲んだのは、初日のバーベキュー以来だ。まだ一昨日のことだが、あの時からだいぶ時が経ったように感じるのは、仮想世界と現実世界を行ったり来たりしているせいか。
「ところで先輩の方々、大学受験の方はどうなっているんですか?」
とふいに食後の話題を振ってきたのは、恋愛部門受賞者の有馬未玖だ。彼女は高校二年生。同学年は瞑にミコト、それに僕だ。別府先輩はじめ、青春部門の玉名さん、ヒューマンドラマの道後さん、それにミステリー部門のいぶすきさんは三年生で、もうすぐ大学受験が控えている。
「私は最初推薦入試かAO入試を考えてたんだ。でも、このコンクールの受賞通知が来て、その後にも時間を拘束されるって聞いてね、ちょうど選考期間と重なるので断念したわ。合宿が終わってから普通受験の勉強、頑張る」と道後さん。あとの三人も同様だが、表情にあまり焦りはみられない。普段からちゃんと勉強していて、成績も優秀なんだろう。あっ、一人、別府先輩だけ『俺、やべえかも』と焦りが滲んでいるが……
このコンクールはそもそも去年が応募期間であったため、現在の高校一年生は、当時中学生だったので対象外。当時の三年生は、恐らく受験勉強で忙しく、応募どころではなかったかも知れない。多分そういう理由で受賞者は二年と三年生に集中している。
「ところでみんなさあ、作業の進捗状況はどうなってんの?」
ぎくっ! ……カップ片手にそう聞いてきたのは玉名さんだ。
みんな集まっているから、そういう話題になっても全然おかしくないけど。
ミコトと別府先輩が先陣を切って状況を報告してくれたが、この二人の『陰陽幻想曲』と『貫頭衣ライフ』の世界は、身をもって体験したり、詳しく話を聞いているのでだいたいわかる。道後さんの『異種間交流』の世界も体験済みだ。
この話題を振ったご本人の玉名さんがざっくりと話す。
「俺のは『Start Over』っていうタイトルの小説で、青春を追体験する世界なんだけどね。ここは、八人を上限としたグループで参加することになっていて、その人数と男女比で体験するストーリーが設定されるようになっているんだ」
「どうやってストーリーが設定されるんですか?」と恋愛部門の有馬未玖。
「基本、俺が書いた小説が元になってるんだけどさ、参加者の構成パターンが半端ないからどうしようかと思ってたんだが、AIがアレンジしてくれるんで助かってるよ」
「玉名さんはどんだけ作品書いてるの?」とミコト。
「うーん、中編と長編、シリーズものも併せて百五十くらいかな」
「ひ、ひゃくごじゅう⁉ いつから書き始めたんですか?」と僕。
「中三の夏ごろからかな」
一同驚く。一度創作の秘訣をうかがいたいものだ。それとも才能の問題か?
玉名さんは続ける。
「ちょうど俺たち八人じゃない。明日にでも、みんなで時間合わせてログインして体験してもらって感想を聞かせて欲しいんだ」
「この八人で青春体験! 楽しそうね」
ヒューマンドラマの道後さんが目を輝かせた。
「でも、学園モノなら八人って少なくねえか?」と別府先輩。
「ああ、サポーターのお二人も同じ意見で、人数制限数を大幅に増やすように設定し直している」
次いで、ミステリー部門のいぶすきさんが報告する。
「ウチが考えた話は、推理小説からハードボイルド、警察、スパイものなんかの好きなジャンルを渡り歩いて、事件や謎を解決していく話なんやけど、やっぱAIが手伝ってくれて、ネットから世界中の情報をもとに考えてくれるので、解決力がアップしたかな……せやけどあんまり簡単に解決しちゃうとお話になんないから、三幕構成とかの小説のフレームワークを入れ込んで、苦難を味わいながら最終的に解決する、みたいな調整をしているところなんよ」
「へー、実際の未解決事件とか、今まで解けなかった難問を解き明かすとか、そういう時に役立ちそうだな」と玉名さん。
「そうね。でもやっぱりストーリー重視にしたいわ」
「未玖よ、恋愛の世界の方はどうなんだ?」別府先輩がやけに馴れ馴れしい。
「んー、私の書いた『アノニマス・カップル』は、年齢や性別を超えた愛の形を綴ったものだったんだけど、その幅をもっと拡げられないか、試しているところ」
「それ、どないな感じに拡げるん?」いぶすきさんが興味津々に聞いてくる。
「そうね……人間以外にも。これ、道後さんのお話と被っちゃうかもだけど、AIで動くヒューマノイドとか、動物とか」
「ど、動物!」と驚いたのは僕だ。
秋風に髪をなびかせながら、恋愛を語る有馬さんだが、頭の中ではどんなことを想像しているんだろう。
「誠あんた、なんか変な妄想してんじゃないの? あんたが考えているようなことだけが愛情表現じゃないわよ」
とミコトが突っ込むが、僕は決してそんなことは妄想していない。自分で妄想したことを人に押しつけないで欲しい。
「さて、『ベーシック・ワールド』だな」玉名先輩がそう振ると、みんなの視線が僕と瞑を行き交う。
瞑が口を開いた。
「私は今回のコンクール用に書いた小説で、この世界を創造するベースとなる構想を提供したから、ベーシック・ワールドに関しては、主に湯沢君のアイデアを優先したいの。私の得意分野はSFファンタジーだし、あまり私の作風が色濃く出てしまうと『ベーシック』からかけ離れてしまうと思う」
瞑はそこまで話すと、目線で僕に話を振った。
えー、ずるい! ほとんど丸投げじゃん。……
僕はぬるくなったコーヒーを飲み干し、今この場で言えることを話す。
「今回の『新世界創造プロジェクト』は、人々を輪番制で仮想世界に来てもらう試みなんだけど、そのためには、『この世界に来たくなる』理由を作らなくちゃいけないと思うんです」
「へー! 誠おまえ、ちゃんと考えてるんだなあ」別府先輩が茶々を入れる。
「……なので、現実の世界で起きて欲しいけど、なかなか起きてくれないことが仮想世界では実現する、ということが必要かなと考えています。さっき瞑……城崎さんが言ったように、あまり現実からかけ離れすぎちゃうと、あくまでも仮想世界での夢物語で終わってしまう。そういう体験は『テーマ・ワールド』でしてもらって、非日常を楽しんでもらうのがいい。城崎さんと僕が創らなくちゃいけないのは……『日常の延長に起きる小さな奇跡』なんだと思っています」
僕はベーシック・ワールドのコンセプトを提示したつもりだ。みんなの反応を見ると、何となく微妙だが、瞑は唇に指をあて、何かを考えている。
「何となくいいような気もするが……まあ、瞑と仲よくどんどん具体化していってくれ」
という別府先輩の曖昧な感想で、作業の進捗報告会が終わった。
千堂先生は少し離れたテーブルでニコニコしながらみんなの話を聞いていたが、僕たちの会話が終わるのを見計らって立ち上がった。
「はーい、私と一緒にジョギングする人!」
と並走者を募る。別府先輩、玉名さんが釣られてハーイと手を上げ、フラフラと吸い寄せられるように先生に近づいていったので、仕方なく僕も従った。
四人の女子は、フラワーガーデンの方に向かっていった。
ジムで鍛えているという先生。登山家の別府先輩。玉名さんも中学までバスケ部だったとのこと。
体育会系の人たちと『並走』など続くわけがなく、僕は周回遅れで公園のジョギングコースを回り、芝生の広場に倒れ込んだ。




